09.『どっちがいい』
読む自己で。
「――というわけなんだけど、できるかな?」
翌日。
放課後に出ていこうとした吉武くんを呼び止めて事情を話していた。
部活動へ行くのを邪魔するのは心苦しいけど、三隅さんに頼まれたんだからこれは仕方ないことだ。
「今週の土曜日か?」
「そうだと思うけど」
「……村瀬も連れてきてくれたら考えてやろうかな」
「怖いって言ってたんだよね。だけど、頼んでみるよ」
なるほど、吉武くんにもメリットがなければ引き受けられないということか。
そして悲しいことに、三隅さんとお出かけできるのはメリットではない、と。
「あ。あと如月もだぞ?」
「え? わたしが行ったら三隅さんが怒るよ」
「大丈夫だ。どうせ女子と行くっつったら商業施設だろうし付いてこいよ」
気の利いたことも言えないからそれっぽい理由をでっちあげたんだけど、吉武くんの前には効かなかった。
「あ、そろそろ部活に行かねえと、村瀬のこと頼んだぞ!」
「あ、あんまり自信はないけど」
「頼んでくれるだけでいいんだ。仮に来れなかったとしても三隅とのそれは行くからちゃんと本人に言っておいてくれ。あ、その場合でも如月を連れてくるからな」
「はい……」
ばいばいと手を振って教室へ戻ろうとしたら怖い顔の三隅さんが出てきた。
「へえ、吉武くんって村瀬のことが気になってるんだ」
「う、うん、そうみたい」
「で?」
「で、とは?」
察する能力が高くなくて申し訳ない。
だけど適当に返事をされるよりかはいいだろうと判断し、わたしは待った。
「あんたは村瀬を連れてきたうえに参加するってこと?」
向こうからはそういうオーダーなわけだし従うしかないだろう。
……灯莉ちゃんが参加不可能でも、わたしは参加しなければならないのは苦だ。
「もし灯莉ちゃんが無理なら途中でフェードアウトしてあげるよ」
「……あんたわかってないわね、そんなことをしたら吉武くんはそのタイミングでやめるわよ」
「だけど三隅さんが複雑なんでしょ?」
それでもある程度は妥協してもらわなければならない。
それになにより、わたしだけが我慢しなければならないのは嫌なことだ。
善人というわけではない、だから受け入れてもらうしかない。
とかくわたしは誘うという役目を果たしたんだから文句を言ってほしくはない。
「さっちゃーん」
「あ。灯莉ちゃん! 今週の土曜日ってお暇かしら?」
「あははっ、なにその口調! ――土曜日かあ、ちょっと難しいかも」
残念、吉武くんよわたしは頼んだからな。
冗談はともかく、本人が難しいと言っているなら無理に誘うべきではないだろう。
「そっか……なら吉武くんと三隅さんとわたしでのお出かけ――」
「その話詳しく」
代わりに三隅さんが説明してくれた。
彼女は「なるほど」と口にし、少しだけ目を閉じた。
「三隅さんは吉武くんに用があって、吉武くんはぼくに用があると、そういうことだよね?」
三隅さんに話しかけている割には開けられた金色色の瞳がこちらを捉えてる
というか、用があるというよりも気になっている、というのが正しいけども。
「三隅さん的にはどうなの? ぼくやこの子が来てほしくない?」
「そりゃふたりきりがいいけど、ふたりきりだったらそもそも行けないでしょ?」
「吉武くんの希望を叶えようか」
「え、なら灯莉ちゃん来るんだ。でもなぁ……」
それで吉武くんのところばかりに行くようになってしまったら悲しい。
あくまで彼に興味があるのは三隅さんや他の女の子でいいのだ。
そこに灯莉ちゃん、光ちゃん、花音ちゃんが加わる必要はない。
「どうしたの?」
「……いや、べつに」
「言って?」
「……吉武くんのところばかりに行くようになったら嫌だなって」
「大丈夫だよ、これは三隅さんのためだから」
言うのは簡単なんだ。
だけど、どうなるのかは当日になってみないとわからない。
蓋を開けてみたら彼に惚れていた――なんてことも起こり得る。
「というわけで、いいかな? 三隅さんさえ良ければ行かせてもらうけど」
「うん、そもそも出かけられるだけで嬉しいしね」
「よし!」
勝手に決まってしまった。
ついでに、その土曜日にしなければならなかったことを済ますということで灯莉ちゃんも帰っていった。三隅さんもかばんを持って階段を下りていく。
「陽」
「あ、光ちゃん」
わたしもかばんを持って帰ろうとしたら光ちゃんが現れた。
彼女はピンク色の瞳でこちらを見ているのだが、少しだけ仄暗い感じがするのは
わたしの気のせいだろうか。単純に、教室に自分と彼女しかいなくて照明が消されているからなのかもしれないけど。
「……どうして灯莉とばかりいるの」
「あー……単純に会う機会が多かったというか」
うん、やっぱりわたしが二股をかけているみたい。
ところで、なんで光ちゃんはここまで変わったんだろう。
失恋のダメージがでかすぎてこちらに縋りたいとかかな?
「土曜日、出かけるの?」
「うん、三隅さんと吉武くんに頼まれてね」
「私も行きたい」
「え、それはどうかなあ……」
三隅さん的には他の女の子が増えたら気になるだろう。
ここに光ちゃんまで来てしまったら、複雑模様になってしまう。
「……陽が行く必要ないじゃん」
「それね……」
灯莉ちゃんを呼べたのならわたしが参加する理由はないんだけど。
灯莉ちゃんが来たらどうしたって吉武くんはそっちを優先する。
……三隅さんの悲しい顔を見たくないもん。
「……参加させてくれるまで教室から出て行かせない」
「そ、それなら三隅さんや吉武くんに聞いていただけると」
自分が帰りたいからといって「いいよ」なんて無責任に言えない。
わたしが主役というわけではないのだ、当たり前のことだろう。
でもあれだ、正直なところを口にさせてもらえるなら彼女が来てくれたほうが気が楽ではある。関係ない組としてふたりで行動できるかもしれないからね。
「わたし的には光ちゃんにも来てほしいけどね」
「灯莉がこの立場でも同じことを言うんでしょ」
「うんまあ……だけどさ、ひとりでとぼとぼ付いていくのも微妙だからさ」
恐らく行く場所は商業施設で、グループの後ろを付いていくだけ。
もしかしたら三隅さんの悲しそうな、悔しそうな顔を見るだけではなく、灯莉ちゃんのデレデレした顔を見ることになるかもしれない――そのことがいまのわたしにとっては嫌なことだ。
「吉武くんに靡かないか心配」
「ど、どうしたのいきなり……」
「吉武くんと一緒にいて照れたりしてたら嫌」
……バレているのか。
自分の演技力がゴミなのか、顔に出やすいのか、そのどちらでもある気がする。
「ふぅん、灯莉が好きなんだ」
「え、いや、あくまで友達としてだけど」
「はは……だって裸を見せたこととかもわざわざ言ったんでしょ? なんか言わなければならないからって」
「……灯莉ちゃんから聞いたの?」
「それしかないでしょ? あの子も律儀だけどさ――それがむかつくんだよね」
自惚れかもしれないけど、わたしが灯莉ちゃんといると彼女も苦しいのかな。
三隅さんと同じような立場、同じような気持ちを抱いているのかもしれない。
でもなあ、べつにわたしは贔屓しているつもりはないんだけどな。
灯莉ちゃんが来たらおしゃべりして、光ちゃんが来てもおしゃべりして。
思わせぶりなことをしているわけじゃないし、なんなら彼女には裸も見せたし。
「とにかく行かせて」
「……無理だと言ったら?」
「そんな脅しとかするつもりないし。私が単純に陽といたいだけ」
ふたりとも同じことを言うし似てるなあ。……胸囲は似てないけど。
「……わかった、頼んでみるよ」
「うん、私からも頼んで見るから」
「それじゃあそろそろ帰ろ――もう……」
わたしたち以外はいない空間だからいいけど、それ以外ではやめてほしい。
あとついでに言えばドキドキするので、そういう点でも遠慮してもらいたい。
「灯莉やその他の子にした分、私にもさせてよ」
「させてよ、なんだ?」
「うん、だっていつまで経っても陽からはしてくれなさそうだから」
べつに求めてくれればやるつもりだ。
わたしに特別な子ができたらできなくなるけど。
「まあいいや、帰ろ?」
「うん」
――で、学校を出で歩いていたのは良かったんだけど、
「あれ、家に来るの?」
当たり前のように別れ道を越えても彼女が着いてきた。
聞いてみると「当たり前でしょ?」と当然のように返されてしまう。
「ま、いっか」
宵姉だってもう諦めちゃってるし!
多分、怒られることはないだろう。
土曜日になった。
わたしがのろのろと集合場所に向かったら既に吉武くんが来ていた。
こちらがメインというわけではないため適当に会釈をし3人を待つ。
ところで、どうしてこうも当日になると足が重くなるんだろう。
昨日までは光ちゃんとどうすればうまくフェードアウトできるだろうかとか、なにをすれば光ちゃんと楽しめるのかを考えてワクワクしていたんだけど。
んー、それにしても3人が来ないな。
あれ? 集合時間は13時で現在は13時半……。
「来ないな」
「うん、来ないね」
吉武くんとふたりで行ったって意味はないんだよぉ!?
「ごめん、遅れた!」
「お、三隅」
おぉ、語彙力がないからうまく言えないけど、可愛らしい服装で来ていらっしゃる。吉武くんもイケメン対応で「服、可愛いな」と褒めていた。
「三隅さん、灯莉ちゃんや光ちゃん知らない?」
「あー……なんか先に入っているらしいよ?」
「「は?」」
彼は「だったら連絡してこいよ……」と言い微妙な顔をしていた。
本当にそのとおりだ。……というか、ふたりで行動するなよな、ぶぅぶぅ。
これ以上ここにいても時間の無駄にしかならないのでふたりがいる場所――フードコートに向かうと、
「だからー! バニラが1番なんだって!」
「違うよー! チョコレートが1番だし!」
なんか無駄な争いをしているようだった。
なにを考えているんだこのふたりは! 三隅さんの顔が怖くなっていくんだってまじでさあ!
「三隅、ふたりで行くか」
「えっ? だけど村瀬はあそこに……」
「いや、三隅が俺と行きたかったんだろ? だったらいいだろ? というわけで如月、ありがとな」
「う、うん……えと、楽しんでね?」
あの、今日ここにわたしが来る前に決断してほしかったことだが!?
「おう。じゃあ行くぞ三隅」
「う、うんっ」
うわぁ、あんな可愛らしい笑みを浮かべる三隅さん初めて見た。
そして吉武くんのイケメン力! ……そりゃモテるわけだ。
――フードコート前でぽつんと立っていたら可哀相な人だ、面倒くさい言い争いをしているふたりに近づくことにしよう。
「おふたりさーん、バニラもチョコレートもどっちもいいでいいでしょ!」
「あ、陽」「あ、さっちゃん」
なぜだか制服姿なのが気になるところだけど、勝手に空いてる席に座らせてもらった。
「吉武くんたちは?」
「あ~、三隅さんとふたりで回ることにしたって」
「「え、なら私たち来た意味ないじゃん」」
「それ」
「さっちゃん、あーん」
灯莉ちゃんが差し出してくれたアイスを食べてチョコレートアイスを味わう。
「うん、冷たくて美味しいね」
「はい、2対1でバニラの負けー!」
「はぁ!? 陽、バニラも食べてよ!」
「……うん、バニラも美味しいよ?」
「引き分けー! だけど陽が真っ直ぐに『美味しい』って言ったし、バニラ派の勝ちとみなしてもいいよねえ?」
「がるるるる!」
「きしゃああ!」
いいなあ、どっちが好きかでここまで盛り上がれて。
わたしとしては、周りに人がたくさんいてちょっと恥ずかしんだけどな。
シャイとかではなく、子どもっぽいふたりといて、だけど。
だから食べ終わったのを確認して行こうと誘い出す。
どうせ来たのならフードコートだけで終わらせたくはない。
ふたりも特に拒むことなく納得してくれて移動を開始。
雑貨さんや服屋さんみたいな女の子がよく行くであろうお店を見ていく。
「ワンピースといったら白でしょ!」
「黒だって可愛いじゃん!」
が、どこへ行っても言い争いが発生するらしい。
ちなみに、わたしもワンピースといったら白だと思うけど。
もうふたりで並ばせると喧嘩するので、間に入ってふたりの手を握った。
「ちょ……さっちゃん……」
「陽……なんで?」
「喧嘩するから罰ゲーム」
三隅さんも吉武くんと仲良くできていればいいな。
そこからも適当に歩いて適当に寄って、小腹が空いたらフードコートに戻ってうどんを食べたりもした。
「あ、もう17時前だね」
「早いなあ」
「陽とふたりきりだったらもっと早かったかも」
「むぅ、いちいち喧嘩腰なんだから!」
「はいはい、喧嘩しないの。そろそろ帰ろっか」
あまり長居すると宵姉が心配するし、ごはんも作ってあげたいので帰ろとしたときだった、入り口へと向かって歩いていた私たちを抜いて三隅さんが走り去っていったのは。
「あれ、三隅さんだよね?」
「どうしたんだろ……」
「ふたりともごめん、ちょっと追うね!」
……わたしの予想が正しければ――とにかく早く追おう。
そうして、わたしはふたりと別れて商業施設をあとにしたのだった。