第十四話 利用
自分の小説の表紙を自分で描きました。楽しい。
頬を撫でる風が気持ちい。
そよそよと吹く風に揺られて青い花たちが楽し気に揺れる。
私の隣にはあの子がいて、泉のほとりで二人、静かに景色を眺めていた。
天には青い空がどこまでも続いている。だというのに、私たちは何処にもいけない。
私に課せられた運命がそれを許してくれないから。
私にできたのはこの時間が永遠に続けばいいと願う事だけだった。
『このまま、二人で遠くに行かないか』
その言葉と共に伸ばされるあの子の大きいな手。
彼の手を取ることが出来たなら。
彼とどこまでも共に行くことが出来たのなら、それはきっとどんな事より楽しくて幸福なことだっただろうと思う。
弱かった私はあの子の手を取ることが出来なかった。
あの子が私のために傷つくのが嫌だったから。
あの子を失うことが何よりも恐ろしかったから。
あの子は強い。
魔獣や魔物相手にだって戦えるし、そこらの男よりうんと強い。
でも、あの子は優しい子だから人を傷つければ彼も傷ついてしまう。
それに足手纏いの私を庇いながら国から逃げるのは至難の業だろう。
捕まってしまえば、きっと彼も殺される。
奇跡的に処刑を免れても絶対に酷いことをされる。
私のせいであの子がそんな目に遭うなんて、許されない。
でも、今度は私も強くなるわ。
あの子を守れるくらいに強くなるから。
だから、今度はきっとーー
「ええ、行きましょう。何処までも」
貴方の手を取ってみせるから。
***
夢から醒めた私は自身の手に残る感触に、覚悟を決める。
あの子と一緒に生きるためなら、どんなに辛いことだって耐えてみせるわ。
もう誰にも奪われなくてもいいように、失わなくてもいいように、諦めなくてもいいように、強くなるわ。
そうして強くなって、今度こそ彼と一緒に自由に何処までも行こう。
私はさっさとベッドから起きると、着替えるためにクローゼットのドアを開けた。
本来なら貴族の着替えは使用人がほとんどやるのだが、私の目標は平民として暮らすことなので、最近は自分一人でも着替えられるように努力している。
学園にも使用人を一人だけ連れていくことが許可されていたから、寮生活でも私の身の回りの世話は常に使用人がやっていた。
ドレスを着るのは難しいけれど、学園では制服が支給されますし、平民はもっと軽い服を着ているはずなので問題はない。と思います。
なんとかドレスを着ようと私が四苦八苦していれば、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「失礼しま、す……お嬢様!また一人で着替えようとしたのですか?」
「ええ、前回よりはマシになったと思うのだけれど、どうかしら?」
くるり、と私が回って見せれば使用人の彼女は「そうですけど、そうではなくて…」と、皺が寄った部分などを直していく。
私はお礼を言いつつ、チラリと彼女の様子を伺う。
彼女は前世で私の付き人として学園生活を支えてくれた使用人である。寮生活が始まるのは高等部に入ってからなので、記憶にある彼女より若干幼く見える。
「着替えは私たちがお手伝いしますから、お嬢様はお部屋で待っていてください」
「いやよ、私は私のやりたいことをやるわ。諦めてちょうだい」
説得が無駄だと分かりつつもそう苦言を呈する使用人に、私は笑顔で断固拒否の姿勢を見せる。
そうすれば彼女は分かりやすく肩を落とした。そんな彼女に「ふふ、ごめんなさいね」と形だけの謝罪をしながら朝食のために私は部屋をでる。
私もだいぶわがままが板についてきたのではないかしら。
この調子で自分の好きに生きてやるわ!
内心でふふん、と上機嫌になっていれば廊下でバッタリと義弟に出くわした。
「あ、お、おはようございます」
「ええ、おはよう」
義弟が緊張したような声色で挨拶をしてきたので、不可解に思いつつも挨拶を返せば、義弟は安心したようにほっと息を吐いた。
なにに対してそんな態度を取っているのかは分からないが、別にどうでもいいことでしょうし気にせずにダイニングルームに向かう。
そんな私の半歩後ろを義弟は付いて来る。
同じ場所に向かっているので一緒に歩くのはしょうがないことですが、なにも言わないのは気味が悪いですわね。
いつもなら私を馬鹿にする言葉の十や二十が出てきてるはずですのに。
義弟の大人しい様子に懐疑心を覚えつつも、その後は何事もなく朝食を食べ終え、その日の座学の授業もつつがなく終えた。
ダンスの授業では義弟がこちらをチラチラと伺っていて鬱陶しかったですが、「初めてのダンスは大切な方とが良いので」とてきとうな嘘で断ったら、思いの外まともに取り合って頂けたので義弟と密着する事態は避けられました。
そもそも私はダンスの先生が変わって以来、真面目にレッスンを受けているので問題がないと思われているのでしょう。
全ての授業を終えて私がお茶をしていれば、想定通り義弟がやってきた。
そして許可もなく私の前の席に座る。
コイツ……私が許可を出さないと知っているから、なにも言わずに勝手に座りましたわね。
「この後はいつものように鍛練ですか?いくら一人で剣を振ってもあまり意味がないと思いますけど。
まあ、僕も手が空いていますので姉さんがどうしてもと言うなら、練習相手になって差し上げてもいいですよ。あ、いえ、でも別に嫌なら」
「じゃあお願いするわ」
「えッ」
ペラペラと捲し立てるような早口で言葉を紡ぐ義弟を遮ってそう言えば、彼は驚きで目をまん丸くしてこちらを見た。
自分で聞いてきたくせになんで驚いてるのよ。……また私が断ると思っていたからだろうけど、ならどうして聞こうと思ったのよ。
義弟の考えが分からないけれど、そもそも頭の作りが違うものね。
天才の思考回路を凡才以下の私が理解できるはずがないわ。理解する努力をしようとは毛ほども思いませんけど。
義弟は先ほどまでの澄ました表情から一転して、ぱあっと顔を輝かせる。
「しょ、しょうがないですね!貴方が僕とどうしても練習したいみたいですので、仕方なく、しかたなく!付き合ってあげますよ。感謝してくださいよ?僕のような優秀な弟がいることに!」
「ええ、そうね」
何度しょうがないと言えば気が済むのかしら。
義弟が得意気に生き生きとしながら捲し立てるのを聞き流しながら適当に相づちを打つ。
なんだか褒めてほしい子犬みたいな行動ですけど、そこにいるのは義弟なので全く可愛いと思えない。現実は非情ね。
その後、着替えと自己鍛錬ーー走り込みと素振りーーを終えてから、私は義弟と対峙した。
「お願いしますわ」
「ええ、いつでもどうぞ」
余裕そうに構える義弟に向かって私は剣を振り上げた。
そうして義弟に打ち続けること数十分、息が上がってきたので休憩を取ることにした。
完敗ですわ。
何度義弟に打ち込んでも、彼はそれらを完璧に受けきるか流してしまう。
でも、勉強になるわ。義弟が私の攻撃を受け流す時の身体と手首の動きを忘れないように後で紙に書いておかなくちゃ。
「まあ、当然ですけど僕には遠く及びませんね!これからも姉さんには僕の協力が必要でしょうし、仕方ないですけど時間が空いた時は付き合って差しあげてもいいですよ?」
「ええ、お願いするわ」
義弟は余計なことを言いつつも、調子づいて頼まずとも自分から協力を申し出てくるので、楽なのか面倒なのか分からなくなってきましたわ。
私が必要最低限の返事を返せば、義弟は急に静かになる。
「……どうして僕を受け入れるようになったのです?
昨日まで断固として僕の誘いを断っていたのに」
雑に受け答えし過ぎたかと思ったら、どうやら違ったようですわ。
流石に素直に受け答えし過ぎたのか、義弟は私の真意を探るようにそう聞いてきた。
「別に。強くなるために手段を選んでいる場合ではないと気付いただけです」
そう、私には選り好みをしている余裕も時間もない。
出来ることは全部やって、どんな手段を使ってでも力を得なきゃいけない。
「なぜそこまで強くなる努力をするのですか?
貴方を守る人は大勢いるでしょう?」
貴方自身が強くなる必要はないのでは、と言う義弟は間違っていない。
私は侯爵令嬢で、王族の許嫁で、守られる側なのは明白だ。
断罪でもされない限りは。
力を持っていて損はないわ。断罪されてもされなくても、私は逃げると決めているし。
でも一番の理由はやっぱりーーー。
「私が守りたいからよ」
守られてばかりなんて嫌よ。私はあの子の隣に立ちたいんだもの。
それに、あの子を守る人はこの国にはいないじゃない。
処刑人は皆から"人喰い"と呼ばれ忌み嫌われている。
人の命を断つことで金と地位を得ているのが理由でそう呼ばれているらしい。
でも、それってあまりにも身勝手だわ。
誰もやりたがらない仕事を押し付けている癖に、勝手に嫌って見下して、恥ずかしくないのかしら。心苦しくないのかしら。申し訳ないと思わないのかしら。
彼らを人喰いにしているのは、他でもない私たちじゃない。
でも、きっとそれが当たり前なのね。
人の考えや習慣は根付いてしまえば簡単に変わることも消えることもない。
だから、私はこの国も民も、どうでもいいわ。この地を捨てることになんの躊躇もない。
私にとって重要なのは、あの子が笑っていられることよ。
「……殿下が、そんなに大事なのですか」
義弟はどこか不満げにそう言った。
どうして義弟も教官も、私の大事な人=第二王子だと考えるかしら。
まあ、許嫁ですし仕方ないでしょうけど不愉快ですわ。ええ、とても。
「この話はもうお終い。鍛練も充分でしょうし帰りましょう」
嘘でもそれを肯定したくなくて、私は半ば無理矢理に話を切り上げて屋敷に歩を進める。
義弟は私に置いて行かれまいと急いで私の後を付いてきた。
***
「姉さんは左から剣を振ることが多いです」
夕食後、話があると言う義弟に連れられて私は図書室にやって来ていた。
本当は断りたかったけれど、「今日の鍛錬の改善点についてです」と言われてしまえば行くしかなかった。
「その所為で攻撃が単調になりがちなので、
そこを変えるだけでも違ってくると思いますよ」
「なるほど。勉強になるわ、ありがとう」
義弟は打ち合い中でも私を観察するだけの余裕があったようで、私の小さな癖などを教えてくれた。
なんだか親切すぎて怖いわ。なにか後から要求とかされたらどうしましょう。
「流石ね、とても分かりやすいわ」
でも義弟の説明が分かりやすく有益なのは事実。
彼を利用しようと思いついた過去の私を褒めたいくらいだわ。
想定以上の利に私が内心でほくほくしていれば、義弟が急に静かになった。
どうしたのか、と義弟を見れば、彼は静かに私の手に自身の手を重ねた。
「僕のことをもっと頼ってくださっても構いませんよ。
誰よりも貴方の役に立てると自負してます。
もちろん殿下よりも、ね」
私の目をまっすぐに見つめながら義弟はそう言った。
そうして彼は満足そうな顔をすると、「それでは今日はここまでにしましょう」と言いながら席を立つ。
私はもう少しだけ一人でここに残って考えを整理したいと伝えれば、義弟は少し残念そうにしながらも、それに理解を示した。
「では、先に戻りますね。おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい。いい夢を」
そうして義弟がドアを閉めたのを確認すると、私は盛大に額を机に打ちつけた。
義弟に手を握られた時、思わず彼の頬を張りそうになった。
身体は強張ってしまったけど、表情はちゃんと取り繕えたかしら。我ながら本当によく我慢したものだわ。
全身に鳥肌が立つほど嫌悪感と不快感に吐き気がする。
私は震えてきた身体を抱くよう腕を回す。きつく抱きしめても震えは収まらない。
利に傾きかけていた天秤が一気に害に傾こうとするのを必死に耐えながら、私は深呼吸を繰り返す。
落ち着くのよ、私。義弟は利用価値があるわ。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。私なら耐えられる。
負けないんだからっ、こんなことで膝をついて堪るもんですか!
私は懐からハンカチを取り出す。青い小さな花を刺繍したあのハンカチ。
あの子との思い出を形にしたそれを見て、私は平常心を取り戻す。
そうよ、この程度なんだってないわ。
私ならやれる。頑張れるわ。だから、だからーーー
はやく、もう一度、私に手を伸ばして。




