第2話 vsヴァンパイア③ 尋問
月曜日、化学教師の遠藤ユカは1時間目の授業に向かう途中にため息をついた。
ため息の理由は週末が終わって学校が始まったからではない。
金曜夜に起きた不可思議な体験について、いまだに整理できていないからだ。
それは、吸血鬼に連れ去られて血を吸われてしまったというものだ。
その後メイド服姿の女の子が駆けつけて噛み付かれた所で意識を失ってしまったが、
意識が戻ったら何事も無く、吸血鬼もいなくなっていた。
おそらくはあの女の子が逆転して倒したのだとユカは推測をした。
これだけを聞いたら、夢を見たのではないかと言われるかもしれない。
だが首筋にある二つの傷跡が現実に起こったことの証拠である。
そう考えながらタートルネックで隠している傷跡を触っていると、一人の少年が背後から追い抜いていった。
ユカはその少年の詰襟から除く傷跡を見逃さなかった。
翌火曜日、チヒロは校内放送で帰りのホームルーム後に化学室に来るよう呼び出しを受けた。
本人としては学業や素行で呼び出される要素が見当たらないため、なぜ呼び出されたのかわからなかった。
ドアをノックして化学室に入ると、白衣を纏ったショートボブに眼鏡をかけた女性教師が教卓に座っていた。
チヒロは教師の顔を見て、あることに気付いた。
あの日ヴァンパイアに噛み付かれた女性だったのだ。
心拍数が急速に上がる。
「どうぞ座ってください」
とユカが言うと、チヒロは教卓の前の椅子に座った。
「私は化学を担当している遠藤です。初めまして・・・ではないですよね。神崎チヒロ君」
遠藤ユカはチヒロのクラスを受け持っていないため、本来であれば初対面のはずである。
だが意味深長な言い方がチヒロは気になった。
「それで何の用でしょうか?遠藤先生」
「金曜日の件について、きちんとお礼を言っておこうと思って」
「何のことですか?」
チヒロはとぼけたふりをした。
だが、確実にユーリアの正体について疑われていることは間違いない。
全身に嫌な汗をかいているのを感じた。
「しらばっくれなくてもいいのに。ところで、これを見て、思った感想を言って」
と一枚の写真を差し出した。
「かわいい女の子ですね」
チヒロは率直な感想を言った。
「そう思うでしょ。でもこの人は実は男性よ。最近では女性にしか見えない女装をする男性が増えているみたい。」
さらに続けて、
「神崎君も実はそうなんでしょ?」
「いきなり何を言い出すかと思ったら、何か証拠でもあるんですか?」
チヒロは不快感をあらわにしたようなふるまいをした。
「証拠ねえ。じゃあ、その首の傷はどう説明するつもりかしら」
とユカはタートルネックをめくり二つの傷跡を見せる。
「私と同じ傷が神崎君の首にあるのはどういうこと?」
決定的な証拠にチヒロは心臓を鷲掴みされた気分になった。
「これは虫に刺された傷です」
かなり苦しい言い訳であることはわかっていた。
それをごまかすかのように、強い口調で反論するしかなかった。
「まあ、いいわ。論より証拠。このウイッグを付けてみたらはっきりするわ」
とユカはユーリアと同じ栗色ロングヘアーのウイッグを手渡した。
チヒロとしては何としてもウイッグ装着を回避したかった。
だが、それは疑惑を認めることになってしまう。
選択肢としてはウイッグを装着して人違いだったという運頼みしかなかった。
ウイッグを徐々に頭に近づける。
ユーリアの正体が暴かれるかもしれない危機に呼吸が乱れる。
そして、いよいよ装着の段階で一つの考えが浮かび、手を止めた。
「ふぅー。危ない、危ない。遠藤先生に難癖つけられて、恥ずかしい格好をさせられるところだった」
「難癖つけているのはどっちよ」
あと一息のところで勝手に止められ、ユカは激高した。
「僕がその少女じゃないと証明できればいいんですよね」
「今週末の文化祭。それまでに証明できなかったら、文化祭の時にメイド女装で校内を歩いてもらうから」
「え?」
これにはチヒロも回答に詰まる。
ピンチを脱するための作戦が、逆に傷口を広げてしまったのである。
「じゃあ、今すぐウイッグ付ける?どっちにする?」
チヒロにとっては究極の選択を迫られたが、とりあえずは現状のピンチを凌がなければならない。
「証明できなかったら、文化祭で女装でも何でもしますよ」
チヒロは語気を強めながら立ち上がり、
「では、失礼します」
と言って化学室を後にした。
「メイド女装、楽しみにしているから」
去り際にユカが嫌味たらしく言った。
とりあえずチヒロはピンチを凌いだが、問題を先送りにしただけで、まだピンチは続いている。
チヒロは賭けに出るため、ある場所に向かうことにした。