エピローグ 15年後
「まったく出かけようなんて言うから付いていったら、何でココなのよ」
「ほら、最近ココは来る人が増えてゴミが散らかっているから掃除でもしようかなと思って」
「掃除?あなた何考えているの?」
「ほら、ここは二人にとっては思い出の場所だし」
男女二人が話している場所は神社の境内。
人の気配はまだ無い。
「だいたい掃除するにしても、何でこんなに朝早いのよ」
「日中だと人がいて、片付けたそばからまた掃除しなきゃいけないでしょ」
神社に人がいないのも当然でまだ朝日が昇り始めたばかり。
しかも季節は夏だから相当早い時間である。
「ほら」
男性は持参しているバックの中から軍手を取り出し、女性に手渡す。
「仕方ないわね…」
男性の方に諭される形で二人が神社のゴミ掃除をしていると、
「チヒロくーん」
と温和な少女の声が聞こえた。
そう声をかけられたチヒロが振り返ると、神社の本殿に巫女装束の神様が立っていた。
「あ、神様。本当に久しぶりだねえ」
チヒロは神様との再会の余韻に浸って思わずつぶやいた。
「本当に久しぶり過ぎですよお。最後に会ったのは2年も前ですよお」
神様はやや怒ったような口調でふくれっ面をしている。
それこそ神様に初めて会った頃は、毎月のように女装させられて悪魔退治を命じられていた。
チヒロの活躍により悪魔達が鳴りを潜めたのかもしれないが、時間の経過とともにその間隔も長くなっていった。
最後に悪魔退治をしたのは、もう10年以上前のことだ。
悪魔退治の依頼という機会が無くなっても、時々チヒロと神様は会っていた。
神様が下界に遊びに来たり、チヒロが神社にお参りに来るという形で。
もっとも最近はお互いに忙しくなったせいか、すっかり会わなくなってしまったが。
「そうだっけ?そんなになるっけ?」
「そうですよお」
「ゴメンね。忙しくて。でも会いに来ても良いのに」
神様に指摘されて、チヒロは改めて長く会っていないことを思い出し謝罪した。
「この神社も人が集まって来ましてねえ、神として姿を見せる訳にはいかないので外に出られないんですよお」
たしかにこの神社は数年ほど前から“縁結びのパワースポット”としてテレビに取り上げられ、人が集まるようになっていた。
15年前にチヒロが高校生だった時は、忘れられていた存在だったことに比べると信じられないことだった。
「まったく誰かが結婚式の時に『逢引していたのはこの神社』なんて言うから…」
「あっ」
たしかにチヒロには思い当たる節がある。
5年前に挙げた結婚式の時に質問を新郎新婦で合わせるという余興があったが、
その中の一つに“どこでデートしていたか”というものがあった。
その時にチヒロは答えが思い付かず、二人で行動を共にした場所である“高台の神社”と思わず答えてしまった。
そう答えた時、隣で彼女が凄く不快そうな顔をしていたのも思い出した。
「そう、その程度で現れなくなるなら、もっと噂を流すべきね」
「あーら、白石さん、いたんですか?」
横から口を挟んだのはイズミだった。
それに対して、神様はやや嫌味を含めて応対した。
「私、もう白石じゃなくて神崎だから」
イズミも負けじと嫌味含みで返す。
神様とイズミの間には無言ではあるものの、その視線には火花が散っていた。
チヒロが悪魔退治を始めて1年くらいで、その事情を知って協力することになったイズミ。
とは言っても彼女は依頼主である神様のことは良く思っていない。
それは、あの神様が天然を装いつつ、口八丁でチヒロに悪魔退治をさせていると思っているからである。
チヒロに悪魔退治の依頼があるたびに、神様自身に悪魔退治をさせようと掛け合う。
しかし、なぜかイズミ自身も神様の巧な言葉や軽度の脅迫により、彼女自身も変身させられてしまうのであった。
結局は神様の方が一枚も二枚も上手である。
そのことがイズミの敵視に拍車をかける。
「もう、二人ともケンカは止めなよ」
そんな二人に、チヒロは思わず仲裁に入る。
「あなたはどっちの味方なのかしら?」
イズミが冷たい視線を突き刺す。
「もちろんチヒロ君は私の味方ですよねえ」
一方の神様はチヒロの腕を組んで、懐いてきた。
その馴れ馴れしい様子にイズミは一瞬ムッとしたが、神様は全く意に介さない。
「ところでチヒロ君。弟君は元気ですか?」
「ん?ああ、ツカサ?元気だよ」
神様は不意にチヒロとイズミの息子の様子を聞いてきた。
「んー。そうですかあ。それは楽しみですねえ。チヒロ君のご子息だけに」
神様が含みを浮かべた笑みを浮かべていると、
「まさか、あなた」
イズミが神様の思惑に気付く。
「はい。チヒロ君の二代目として期待していますよお」
「ちょっと、何言ってるのよ」
神様の構想はイズミにとってはかなり勝手なもので、怒りを露わにする。
「ほら、今は悪魔も鳴りを潜めていますが、いつかまた人間に被害を与えるようになるかもしれませんし」
「だからー、あなたが直接働けばいいじゃない」
イズミの指摘にも神様は聞く耳を持たない。
「何でしたら、お姉ちゃんの方も白石さんの二代目としてお願いしましょうか?」
「ツカサもアオイも手を出したら許さないんだから」
調子に乗った神様の発言は火に油を注ぎ、イズミは思わず詰め寄る。
「おおーっと、誰か来ました。今日はこの辺で」
人影を察知した神様は一方的に会話を打ち切り、光を発した。
「待ちなさい」
イズミが呼び止めるも、そのまま姿を消してしまった。
「あっ、もうこんな時間。父さん達が泊まっているとは言え、僕らも帰らなきゃ」
神様が姿を消したのに合わせて、チヒロも帰宅を促す。
「どうしよう。アイツがあの子達に目を付けちゃったんだけど」
イズミが不安げな表情を浮かべて、チヒロに問いかける。
「うーん、少なくとも10年以上は先の話だし、今は当事者の神様もいなくなっちゃったから、今はどうしようもないけど」
完璧な回答では無いが、現状ではどうしようもないことからチヒロに同意せざるを得なかった。
「ねー、早く、早く」
「んだよ、こんな朝っぱらから」
チヒロ達が帰ろうと神社の長い階段を下っていると、若い男女とすれ違った。
女の子の方は元気に先導し、男性の方は気だるそうにしている。
女の子主導でこの神社に参拝しに来た恋人同士といったところだろう。
年はおそらく高校生くらいだろうと推測すると、チヒロは自分の高校時代のことを思い出し始めた。
神様との出会い、なぜか女装させられての悪魔退治、イズミの協力、どれも懐かしい思い出ばかりだ。
「手、つなごうか」
「どうしたの?急に」
いきなりの提案にイズミは驚く。
「ん?何となく」
「変なの」
一瞬疑問には思ったもののチヒロの提案を受け入れ、手をつないだ。
そして、思い出の地である神社を後にするのだった。




