第7話 vsサキュバス⑥ アリス
チヒロの家を去ったアリスは屋根伝いに移動して、丘の上にある神社へと着いた。
ここまで来たら一安心と思い立ち止まると、両手を膝に当てて下を向いていた。
全速力で帰ったこともあって、息は切れている。
「おかえりなさい」
という声が横から聞こえて、その方向を見ると巫女装束の神様が立っていた。
「初陣にしては見事でしたね」
と褒めたたえたが、アリスは返事をしなかった。
「どうしましたか?」
神様はその様子を不審に思って尋ねてみると、
「神崎君に見られた…」
とアリスは消え入るような声で呟いた。
「なーんだ、そんなことでしたかあ。大したことありませんね」
「あるっ!」
あまりにも楽天的な神様の言葉に、アリスは怒り口調で反論した。
「大丈夫ですって。こんなに色っぽくなったら、誰もあなたとは気付きませんから」
「それじゃあ、私に色気が無いみたいじゃない」
神様はフォローをしたつもりだが、却って怒りに火を注いだ。
「何はともあれ…」
ここで神様は話題の流れをいきなり変えようとし、
「お疲れ様でした」
そう告げると、辺りが少しずつ光に包まれ始めた。
神様がこのまま姿を消すつもりだということを知っているアリスは、
「ちょっと待って!聞きたいことがあるの」
と神様を呼び止める。
「何でしょうかあ?」
神様はそれに応じると、光が徐々に収束していった。
「あなた、神様なのに何で私達に悪魔を倒させてるの?」
率直な質問を神様にぶつけた。
「細かいことをいちいち気にしますねえ。でも、そんなことはどうでも良くないですか?」
「良くないっ!」
神様がはぐらかそうとするも、アリスはそれを許さない
「チヒロ君は何の疑問も持たずに動いてくれるんですけどねえ」
「それはあなたが可愛い子ぶって、神崎君を騙しているからでしょ」
「酷い言われ様ですねえ。まあ、いいですけど」
神様はアリスの苦言を意に介さず話し始めた。
「大きな理由は2つありますが、まずは1つ目」
と言いながら、右手の人差し指を立てた。
「悪魔に対して、常に監視をするためです」
簡潔に説明した理由に対して、アリスは理解できていなさそうな表情だった。
神様はそれを悟ったのか、
「何しろ私一人で広い範囲を見ないといけません。私がうかつに動くと、強力な悪魔が動き出した時に止められませんから」
ここで神様は一呼吸置いて、
「実際にあの通り魔の時は、ちょうど上位の悪魔が別の場所に出没してしまいまして…。そちらに行かざるを得ませんでした」
と語った時、
「あっ…」
アリスは思い当たる節があるのか、言葉を漏らした。
「次に、2つ目」
と中指も立てて、Vの字を作る。
「人間に危害を加えさせないためです」
次も神様は簡潔すぎる説明で、アリスは何を言っているか理解できなかった。
だが、今度は理由が語られるとわかっていることもあり、黙って聞いている。
「小物の悪魔だと神には絶対勝てませんから、生き延びるために例えば人質を取るとかあの手この手を使ってきます。
ですから、人に悪魔退治をお願いしているのです」
と付け加えた。
「でも、人間が力を身に付けたら意味無いんじゃない?」
「いえいえ。どんな力を身に付けたとしても、人間が神の気配を身に付けることはありませんから」
アリスの疑問に対して、神様は否定した。
「今回もサキュバスに人質を取られているようなものなので、こうしてお願いすることになりました」
「それこそ、神様の力で何とか倒せないの?」
「サキュバスは小物といえども立派な悪魔ですからねえ。
私が瞬間移動しても、すぐに気配を察知されてしまって精気を吸い尽くされてしまいますので」
神様の説明は納得いくものでアリスは黙ってしまい、少しの間沈黙が続いた。
「それでは…」
とその沈黙を破って、神様が話し始めると辺りが光に包まれ始めた。
「ちょ、ちょっと!まだ聞きたいことが…」
再び姿を消すつもりの神様を呼び止めるも、光は徐々に大きくなっていく。
そして、光が収束すると神様は姿を消していた。
時は前日の晩に戻る。
「ふう」
メイド服のヒーローが帰った後で、白石イズミは大きなため息をついた。
それは精神的な疲労から出たものだった。
彼の正体を知ってしまったことを、本人を目の前にして隠し続けることに苦労したからだ。
その疲労もあってリビングのソファーでまどろんでいると、
プルルルル
と家の電話が鳴り始めた。
ディスプレイには“非通知発信”と表示されている。
こんな夜遅い時間にかかってくる電話を不審に思いつつも、緊急の用件という可能性も捨てきれず受話器を取ると、
「白石さん!私です」
受話器の向こうから昨晩聞いた神様を名乗る少女の声が聞こえた。
「大事な話しがあるので、今からそちらに行きますね」
「ちょ、ちょっと…」
神様の一方的な通告にイズミが戸惑っていると、一方的に電話が切られた。
すると目の前で光が発生し、
「よいしょっと」
という掛け声とともに神様が現れた。
「いきなり何なのよ!」
いきなりの登場に、それも二日連続でしたことにイズミは立腹した。
「いきなりですが、お願いがあります。サキュバスを退治してください」
「わ、わたし…?」
昨晩のグローブを通じて感じた力に、自分にも悪魔退治ができるものと思っていた。
だが、実際に悪魔と闘うとなると、その未知の世界に恐怖を感じ、戸惑っていた。
「大丈夫ですよお。前にも話しましたが、そのまま殴り合っても勝てるくらいサキュバスは弱いですから」
「で、でも…」
神様が勇気づけるも、イズミははっきりとした返事ができなかった
「強制は私の主義に反しますが、仕方ありません。チヒロ君の生命にかかわりますし」
この一言で、身近な人が生命の危機にさらされていることを、イズミは改めて思い出した。
しかも、その人は命の恩人である。
そして今、彼の命を救う機会が目の前にある。
そうなると答えは一つだ。
「わかったわ」
かなりくぐもった声で答えたが、その表情からは決意を感じ取られた。
「おお、やってくれますか。では、早速…」
と神様が言うと、辺りは光に包まれた。
光の収束とともに、胸元と大腿に空気を感じたので、視線を下に落とすと、
「何よ!これ!」
と叫んだ。
まず、ピンクのワンピースという自分には合わないと思う服を着ている時点で恥ずかしく感じた。
しかも、胸の上部が自分でも見えるくらい胸元は大きく開いていること、
さらに脚は大腿の半分以上が見えるスカートという、露出の高さが恥ずかしさを何倍にも増幅させる。
そして頭にはウイッグを付けている感触があり、視界には金色の髪の毛が見える。
何だか不良になったような気分だった。
「恥ずかしすぎるんだけど!」
というイズミの怒りも
「そうですか?私はかなり良く出来ていると思いますが、何が不満なんでしょうか?」
という神様の自画自賛の前に、全く通用しなかった
「詰め物をしたり、肉を寄せたりして、こんなに胸を大きく見せているというのに」
「余計なお世話よっ!」
イズミは一番のコンプレックスを言われ、更に激高した。
「だいたい神崎君に見られたら、どうするのよ!」
激高ついでに、一番の心配事を吐き出すも、
「大丈夫です。チヒロ君は夢の中ですから」
神様は冷静に言い放った。
たしかに言われてみれば、その通りである。
これにはイズミも黙っているしかなかった。
「でも、声はそのままだと気付かれるから、声色は変えた方がいいですね」
「神崎君みたいに声を変えてくれないの?」
「チヒロ君はどんなに頑張っても女性の声は出せませんよね?」
イズミは神様が何を言いたいか理解し、
「そうね…」
としぶしぶ了承した。
「こんな感じでどうかしら」
と声のトーンを上げると、
「これなら白石さんとわかりませんね」
と神様は太鼓判を押した。
「それと、この力の使い方ですが、昨晩練習したから大丈夫ですよね?」
「な、何のことかしら?」
とイズミはとぼけたが、
「あの後、こっそりチヒロ君の衣装を身に付けていたことですよ」
正義のヒロイン気分を味わっていたことを知られ、さらに恥ずかしさが増した。
「ホントッ!最低ッ!」
その恥ずかしさを打ち消すかのように、イズミは憤慨した。
だが、神様はそんなイズミの様子を全く意に介さず、
「さて、準備は整いました。チヒロ君の家に行きましょう」
と本題に話題を移す。
「待って。何で、サキュバスの標的が神崎君ってわかるの?」
イズミはなぜ神様がそう断言できるのか不思議でならなかった。
「実は昨晩、サキュバスはこの家に来ていました」
「それって、もしかして…」
この神様の一言で、イズミはその理由を推測できた。
「はい。サキュバスは昨晩もチヒロ君の精気を吸おうとしていました。
まあ、昨晩は白石さんがいたので未遂に終わりましたが」
一歩間違えていたら、チヒロが死んでいたかもしれないということに、イズミはぞっとした。
「でも、何でサキュバスは神崎君を狙っているの?」
「さあ」
イズミの更なる質問に対しては首をかしげた。
「ちょっと!」
いい加減な回答に声を荒げたが、
「でも、私が惹きつけられる何かをチヒロ君を持っているから、悪魔を惹きつける何かも持っているんじゃないですかあ?」
「そう…」
いまひとつ要領を得ない理由だが、何となくではあるものの納得した。
「おっと、おしゃべりはここまでです。早く行きましょう。私は神社で待っています」
という神様の声に、イズミは黙ってうなづき、そのまま出動するのだった。
時は元に戻り、神社では光が収束すると、アリスは元の白石イズミの姿に戻った。
それと同時に神様の姿も消えていた。
「もうっ」
イズミは話途中で勝手にいなくなった神様に憤慨した。
そして、仕方無く神社を後にするために、長い階段を下りる。
下り切ったところで、後を振り返ると、はるか上には先ほどまでいた神社の鳥居が目に入る。
「あの、神様って子…」
イズミは昨晩のことを振り返る。
最初に会話をした感じでは、温和そうな性格だった。
だが、実際に会話を進めていくと、その裏ではかなり狡猾な性格だとわかった。
「油断ならないわね」
とつぶやいたのだった。
次回予告
コータローが入手したユーリアの画像
それを見たチヒロは、思わず愕然としてしまう
第8話 vsシトリー 盗撮にはご用心
お楽しみに




