第3話 vsメフィスト② 化学室の決闘
夕方になると、文化祭のメインイベントの後夜祭がグラウンドで開催されていることで、校舎内が静まり返っている。
チヒロの教室も昼間の喫茶店で賑わっていたのが嘘だったかのように静まり返っていて、今は神様と二人きりである。
「では、始めます」
静寂に包まれた教室で神様の高い声が響く。
チヒロは光に包まれ、メイド服姿のユーリアへと変身した。
「じゃあ、行ってくるよ」
とユーリアがやや小さめな声で言ったのに対して、神様は
「気を付けてください。メフィストの力は欲望の大きさに比例します。おそらくリリスやヴァンパイアよりも大変な闘いになるでしょう」
普段は出撃時でさえ楽天的な神様だが、この時ばかりは神妙な面持ちだった。
それに合わせて、ユーリアも緊張した表情で小さくうなずいて教室を後にした。
ユーリアが向かうのは遠藤ユカが待つ化学室である。
昼間の内に、神様が果たし状を作って決戦の場所を指定しておいたのだった。
「はあ・・・」
化学室に向かう途中、ユーリアは思わずため息をついた。
それは敗北が正体暴露だけでなく、遠藤ユカがメフィストに乗っ取られてしまうという、
かつてない重圧を感じているからである。
さらには、今こうしてメイド女装で校内を歩いているという背徳感も、その要因だった。
化学室に到着すると、扉の向こうで遠い場所に悪魔の気配を感じる。
おそらく教卓の付近に座っているのだろう。
不意打ちはなさそうだ。
意を決してドアを開けると、予想通りの場所に遠藤ユカが座っていた。
化学室でも展示や公開実験といった催しが開催されていたが、すっかり片付けられていた。
おそらく決戦に備えて、ユカが中心になって片付けたのであろう。
そんな化学室内の風景に注意を奪われていると、いきなり
「待ってたわ」
と言って立ち上がり、驚くべき跳躍力で生徒用の机に飛び乗った。
そして八艘飛びの要領で机から机に移り、ユーリアに近づく。
(ヤバいっ!)
ユーリアはユカの常人離れした動きに立ちすくんだ。
間合いが詰まったところで、ユーリアに飛びかかる。
ユーリアはギリギリのところで、左手でユカの右手首を掴んだ。
ユカの狙いは肩の後ろにある、ユーリアの髪である。
「髪をそんなに必死に守っちゃって。それウイッグ何でしょ?神崎君?」
そう問いかけるユカの眼は血走っていて、正気を失っているように見えた。
「そんな訳ないでしょう。汚い手で触られたくないだけ」
とユーリアは反論した。
ユカの眼は血走っていて、正気を失っているのがわかる。
そうしている間にも、ユカの右手は少しずつ髪に近づいている。
その手を掴んでいるユーリアの左手は力の限界で震えている。
(くそっ!何ていう力だよ。)
メフィストが与える力は欲望の大きさに比例すると昼間に神様から聞いていたが、
これだけの強大な力を見て、改めてユカの欲望の大きさに恐怖を感じた。
そして、まさに髪に触れようとした時に、ユーリアは体を左90度に反転させて間一髪かわした。
その後もユカは幾度となくユーリアの髪を掴もうとする。
だが、スピードこそ上回るものの右手一本で掴もうとする単調な動作のため、
手が動く瞬間に後退すれば簡単に避けられてしまう。
ユカの左手はというと常に左胸のあたりに位置している。
神様が扮したユーリアと幻影との闘いを見たことで、弱点を把握しているのだろう。
ユカの単調な動作をユーリアが後退して避けるということを数回繰り返した後、
その動きに変化が生じる。
髪を掴み損ねた後、スピードを上げて右肩をユーリアの体にぶつけようとする。
体当たりだ。
この動きにはユーリアも予想外で、まともに喰らってしまう。
尻餅をついたユーリアの目の前にユカの手が近づく。
「しまった」
ユーリアは体を後ろに倒して床に仰向けになり、両手で前髪を押さえ、
さらには膝も曲げて全身を縮ませた。
その姿はまるで亀のようである。
ユカが触れるよりも速くユーリアが防御したことで、ユカは髪の毛が掴みづらい状況になった。
それでも、あきらめずに髪を掴もうとするユカに対し、
「いい加減、しつこい!」
とユーリアの怒りの声がこだまする。
するとユカは手を離し、
「ねえ」
と呼びかける。
「私だけの秘密にするから、あなたの正体を教えてもらえないかな?」
と意外にも取引を持ちかけた。
ユカを悪魔から開放できるならユーリアは自分の正体を明かすかどうか考えただろう。
だが今回のケースは逆である。
正体を明かすことはユカが悪魔に乗っ取られてしまうことになる。
だから断固として、その取引は拒否せねばならない。
そこでユーリアは縮めていた脚を伸ばして、そのままユカの腹部を蹴り飛ばした。
「やっぱり力ずくしかないか」
と言ってユカは起き上がると、続けて
「でも守ってばかりでつまんない。もっと反撃しなよ。あ、優しい神崎君は女性に暴力は振るえないよね」
と挑発した。
ユーリアはもうこれ以上挑発には乗らないことにしたが、
言われてみれば攻撃をしないことには埒が明かないと思った。
ただ攻撃をするにしても左胸を守っている左手をどうにかしないといけない。
一つだけ方法を思いついたが、できればそれは「男」としてやりたくない。
だが、このままでは敗北は目に見えている。
(やらざるを得ないか)
ユーリアは覚悟を決めた。
「そもそも・・・」
ユーリアは一瞬間をおいて、
「何で、私につきまとうの?」
と会話を切り出した。
するとユカは笑いながら、
「だってゾクゾクするじゃない?調べたら神崎君は学年トップクラスの秀才でしょ。
その秀才にこんな趣味があって、しかもここまで完璧に極めているなんて」
ユーリアは自分のこの格好が趣味と言われ内心ムッとしたが、
「ふーん、それでどうするつもりなの?」
と冷静に尋ねた。
「決まっているじゃない。君を私だけのものにす・・・」
とユカが言いかけたところで、ユーリアが全速力で間合いを詰める。
そしてユカの左胸をめがけて左手の剣で突き刺そうとする。
しかし、ユカはそれに素早く反応し、剣の樋を左裏拳で上に弾き返す。
するとユーリアはその行動を予測していたかのように右に回りこむ。
そして右手でユカの膝丈スカートの側面を掴み、思い切り捲り上げる。
いわゆるスカートめくりである。
「キャーッ!」
ユーリアの思わぬ攻撃にユカは悲鳴を上げ、左手でスカートを元に戻そうとする。
(今だ)
ここで空いた左胸をめがけて、ユーリアは再び左手の剣で突き刺そうとする。
だが、ユカは間一髪のところでユーリアの左手首を掴む。
「不意打ちとはやってくれるじゃない」
渾身の攻撃を防いで勝ち誇っているユカに対し、ユーリアは
「ああっ・・・」
と動揺している様子が表情に表れていた。
「しかもスカートまでめくって。女装癖に加えて痴漢行為。ここまでの変態だとは思わなかった・・・」
ユカが完全に勝利を確信したその時、背後から左胸に衝撃を感じて思わず、
「うっ!」
という声を漏らしてしまう。
おそるおそる自分の左胸を見るとユーリアの剣が刺さっていた。
左手を掴まれた後で素早く右手をスカートから離して、背後という死角から剣を刺したのだった。
「そ、そんな」
自分の欲望が打ち砕かれたことに絶望しつつ、ユーリアの顔を見るとニコリと微笑んでいた。
そしてユカは倒れた。
「危なかった・・・」
辛うじて自分の秘密を守れたこと、ユカを悪魔から解放できたことにユーリアは放心状態だった。すると、
「お疲れ様でした」
の声とともに神様が扉を開けて入ってきた。
「終わりましたよ。なんとか」
とやっとの思いで倒せたことを報告すると、
「いいえ、まだ終わっていませんよ」
と神様は否定し、さらに
「まだ、やるべきことがあります」
普段の温和さは消えて、真剣な表情になって最後の仕上げに取り掛かろうとするのだった。




