7.わたくしは愛を知らない
「これで外出の目的は果たされましたね?」
わたくしは、またヴィクトル騎士団長の白馬に乗せてもらった。
結局、聖女様っぽいドレスは買えなかったのだから、目的は果たせていないけれど……。たしかに用は済んだわ。
「そうなりますわね」
わたくしはヴィクトル騎士団長の顔を見上げた。たしかに綺麗すぎて落ち着かない顔をされている方だわ……。
「では、カーネリア侯爵家に戻られますね?」
わたくしのユニコーンは、わたくしを人目にさらしたくないようね。独占欲が強くて困ってしまうわ……。
「その前に、ヴィクトル騎士団長に、一つお伝えしたいことがあって……。わたくし、貧民窟の視察がしたいんです……」
「貧民窟……! 貧民窟ですか……!?」
ヴィクトル騎士団長が声を裏返らせた。
「わたくしは聖女様なので、飢えたり、病に倒れている民の様子も、把握しておこうかと……」
聖女様といったら、やっぱり困っている民の救済よ。たとえピカッと光れなくたって、わたくしも聖女様。なにかができるはずだわ。
「ニーナ嬢のお志の高さはわかりましたが……。貧民窟とは……」
民の前に、ヴィクトル騎士団長が困っているご様子だわ……。どうしたのかしら? 困るようなことはないはずよ?
「ああ、ヴィクトル騎士団長には、騎士団のお仕事がありましたわよね? わたくしったら、長々とお邪魔をしてしまって……。申し訳ありませんでした」
ヴィクトル騎士団長は、国と民を守る大事なお仕事の最中だったのに……。お仕事がはかどらないと、困ってしまうわよね……。
わたくしはヴィクトル騎士団長の胸を両手でそっと押して、少し距離を取ろうとした。ヴィクトル騎士団長の胸板って、すごく筋肉質だわ。わたくしは、ちょっとドギマギしてしまった。
「副団長、私は急用ができた。これより休暇に入る」
「はい、わかりました。お気を付けて」
副団長はうなずくと、騎士団員たちを連れて去っていった。
「貧民窟でしたね。お供しますよ」
ヴィクトル騎士団長は馬を歩かせ始めた。
ああ、わたくしのユニコーンは、わたくしと一緒にいたくて、今日はお仕事をお休みすることにしたのね……。本当に愛が重いんだから……。うれしいけれど、少し困るわ……。
わたくしは正式に婚約したらデートで行きたい場所を、あらかじめお伝えしただけだったんだけど……。ヴィクトル騎士団長ったら、すぐにデートに行こうとしてしまうなんて……。ちょっと張り切りすぎよ。
だけど、わたくしだって、早く貧民窟に行ってみたかったんですもの。今から行くのだって、急な話だけれど特に問題ないわ。
「ニーナ嬢、これから貧民窟に相当する場所へとお連れしますが、場所がわかったからといって、一人で行ったりしないでくださいね」
ヴィクトル騎士団長ったら心配性なのね。困ったわ……。これって独占欲よね。わたくしが勝手に一人で出歩くと、屋敷に閉じ込められたりするのよ。
わたくし、そんな男性が出てくる物語を、いくつも読んだことがあるわ。魔法使いの男性が多かったわね。
「わかりましたわ」
わたくしはこれまで、魔法使いは物語の世界にしかいないと思っていた。だけど、水晶玉には人の姿が映ったし、お姉様はピカッと光ってドレスを直せて、ユニコーンにも出会えた。魔法使いだって、意外と身近にいるかもしれないわ。
ああ、ヴィクトル騎士団長が魔法を使えたらどうしよう……。こんなに独占欲が強いんですもの……。わたくしがちょっと冷たくしただけで、魔力が暴走してしまうのではないかしら……? 騎士団長になるような方の魔力だと、王都が吹き飛ぶかもしれないわ。
「ヴィクトル騎士団長は、魔法は使えるのですか?」
「魔法……? そう……、ですね。まあ……、内容によるとしか……。ニーナ嬢は、どういった魔法を想定されているのでしょうか?」
「こう……、王都を吹き飛ばしたり……」
「なんのために……」
ヴィクトル騎士団長は黙り込んでしまった。
なんのためって言われても、目的なんてないわよ。
「魔力を暴走させないよう、気を付けてくださいませ」
「ああ、そちらでしたか……。ええ、そうですね。王都が吹き飛んではいけませんよね」
「わたくしは聖女様なので、民を傷つける者は、たとえヴィクトル騎士団長でも討伐しますわ。そんなことにならないよう、自制心を養ってくださいませ」
わたくしはヴィクトル騎士団長に、聖女様としての決意を伝えた。
民を守るのが聖女様の務めですもの……。
「自制心ですか……。人並み以上に持ち合わせていると思いますが……」
ヴィクトル騎士団長は自制心には自信がおありのようだけど、ご自分のことはよくわからないものよね。
そんなに自制心があったら、わたくしとデートするために、お仕事を休んだりしないと思うの。
「しかし、気を付けましょう。ニーナ嬢がそんなにも真剣に、民の心配をしているとは思いませんでした」
「わたくしは聖女様ですから……。だけど、ヴィクトル騎士団長を討伐するなんて嫌ですわ。わたくし、悲恋は好きじゃないんです」
だいたい、どうやってヴィクトル騎士団長を討伐したらいいのかわからないし……。ヴィクトル騎士団長に相談してみようかしら……? それもおかしな話よね。討伐対象に討伐の仕方を質問するなんて。
「ニーナ嬢はレオニード殿下がお好きなのでは? レオニード殿下がイネッサ嬢をお訪ねになると、必ず同席しようとしてくると聞きましたが……」
ヴィクトル騎士団長ったら、本当に独占欲のお強い方ね。
「お母様に同席しろと言われていたんです。思えば、あれもおかしな話ですわよね。なんだったのかしら? 婚約者同士なのに、二人きりにしてはいけなかったの?」
「お母様がですか……」
「レオニード殿下を好きだとか、レオニード殿下と婚約したいとか、そんなこと思ったこともありませんわ」
わたくしはヴィクトル騎士団長を見上げた。ヴィクトル騎士団長のお顔が、すごく近くにある。ヴィクトル騎士団長はわたくしと目があうと、困ったような笑みを浮かべられた。
「わたくし、レオニード殿下から迷惑そうにされて、嫌なことを言われたりして……。実はレオニード殿下のこと、あんまり好きではないんです。腹が立つっていうか……。よく『失礼ね!』って思うというか……」
ヴィクトル騎士団長の方が、出会ったばかりだけれど、レオニード殿下よりずっと好きだわ――。そう思ったら、顔が、かあっと熱くなった。わたくしったら、変ね。どうしたのかしら……。
「そうですか……。そうだったのですか……。それはお辛かったですね」
ヴィクトル騎士団長が、わたくしの身体を抱き寄せて、そっと髪をなでてくれた。
そうね……、辛い時間だったわ。お姉様からも、レオニード殿下からも、邪魔者として無視されて……。
お母様が本当にわたくしを好きなら、あんな惨めな思いをすることなんて、きっとさせなかったわ。
――今なら、わたくしにだってわかる。
お母様は、お姉様ではなく、わたくしを王太子妃にしたかった。
お姉様はお祖母様と似ていて、わたくしはお母様に似ているから……。
これって代理戦争というものよね。歴史の授業でやったわ。
わたくしはお母様の代理で、お姉様はお祖母様の代理だったのよ。
わたくしがお姉様をやっつけたら、お母様の勝ち……。
わたくしも、お姉様も、お母様に愛されていなかったんだわ。ただのゲームの駒みたいなものだったのよ。
お父様にも愛されていなかった。お母様がおかしくても、放っておいているんですもの。
お母様はわたくしたち姉妹の仲を悪くさせていた。そのことは、お父様も知っているはずよ。一緒に食事をしたりしていたんですもの。
お父様がもし娘たちを大事に思っていたら、そんなお母様をなんとかするはずだわ。
「ああ、わたくしは、愛を知らないんだわ……。お父様の愛も、お母様の愛も……」
悲しい言葉が、わたくしの口から、ぽろりとこぼれ落ちた。
わたくしは愛を知らないのに、聖女様としてやっていけるのかしら……。
「ニーナ嬢……」
ヴィクトル騎士団長が、ぎゅっと抱きしめてくれた。
わたくしはしばらく、ヴィクトル騎士団長の胸で泣かせてもらった。




