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6.聖女様初心者

 わたくしとヴィクトル騎士団長も本屋を出たわ。いよいよ『ワンピース』を買いに行くのよ!


 本屋の外では、副団長が、ヴィクトル騎士団長の白馬の手綱を持って待っていてくれた。副団長は茶色の髪と瞳で、平民から成り上がった方なの。大柄で笑顔のやさしそうな方よ。


 ヴィクトル騎士団長は、わたくしを抱えて、ひらりと白馬に飛び乗った。わたくしはヴィクトル騎士団長の前に座らせてもらったの。


「わあ! 高いわ! すごいわ!」


 この白馬、わたくしが乗馬の練習で乗っている馬よりも、ずっと大きいわ!


 白馬が石畳を歩き始めた。


「きゃっ!」


 わたくしはヴィクトル騎士団長に抱きついた。


「大丈夫です。落としたりしません」


 ヴィクトル騎士団長が、わたくしを抱えなおしてくれた。


 道を歩く平民たちが、わたくしたちを見上げてくる。


「ヴィクトル騎士団長が女性と……」


「どちらのお嬢様なの……?」


 なんていう女性たちの声が聞こえてきた。


 仕立て屋はけっこう近くにあって、わたくしはすぐに馬から降ろしてもらった。


 ほんの少しの時間だけど、ヴィクトル騎士団長にさっそくお姫様抱っこをしてもらったわ。


 ――これって、わたくし、すでに溺愛されているということなんじゃないかしら?


 わたくしとヴィクトル騎士団長は、仕立て屋に入った。副団長たちは外でお留守番よ。


 店主であるマダムが、お店の奥からすぐに出てきて挨拶してくれた。


 ヴィクトル騎士団長は、わたくしの代わりに、マダムにどんなドレスが欲しいか伝えてくれた。


 わたくしは説明もあんまり得意ではないから助かったわ。


 いずれ、いろいろなことの説明も、もっと上手にできるようにならないと……。聖女様として、人々に教えを説くこともあるはずですものね。


「それでは、こういったドレスはいかがでしょう……?」


 マダムはピンクのシルクを広げて、トルソーという胴体だけのお人形に巻きつけた。


 肩は丸出しで、胸からお腹を一枚の布で隠している。スカートは一枚の布だけで、腰のギャザーでふんわりさせているわ。たしかにシンプルなドレスのようね。


「ちょっと大胆かもしれませんが、結婚式のお色直しでしたら、これくらいの露出度のドレスを着る方もおられますよ」


 マダムは「ホホホ」なんて笑うけれど、そうじゃないわよ!


「結婚式のお色直しのドレスじゃありません!」


 わたくしはちょっぴり腹が立った。こんなピカピカした立派なシルクのドレスが欲しいわけじゃないのよ。


 ヴィクトル騎士団長は、ちゃんと聖女様っぽいドレスと言ってくれたのに……。マダムったら、なにを聞いていたのかしら!?


「厳格な女性家庭教師が、仕事で着るようなドレスにしてもらえないだろうか?」


 ヴィクトル騎士団長が、言葉を変えて説明してくれた。


 マダムがトルソーに濃い灰色のドレスを着せて見せてくれた。


 首元までしっかり覆われていて、袖は長袖。スカート部分も広がりすぎていないわ。布地も、絹だけどピカピカしていない。


 これじゃあ、厳格な女性家庭教師が、仕事で着るようなドレスじゃないの!


「わたくしの家庭教師のログネダ先生とお揃いになってしまうわ……」


 ログネダ先生は子爵家の五女で、嫁ぎ先が見つからなかったから家庭教師をしているの。


 これを着て、そこらへんを歩いたら、わたくしも嫁ぎ先が見つからなかったと思われてしまうわ!


「もっとペラペラの白い服なんです。袖は長袖で……」


 わたくしが説明すると、マダムは「あらまっ!」と言って、トルソーに別なドレスを着せた。


 色は白だわ。袖も長袖よ。スカート部分の丈も膝下くらいね。かなり理想に近づいたわ!


「この袖だが、透けていないか?」


 ヴィクトル騎士団長が厳しい声を出した。


「はい、そうでございますよ!」


「もっと言うならば、胴体部分も透けていないか!?」


「はい、そうでございますよ!」


「下げてくれ!」


 ヴィクトル騎士団長が大声でマダムに命令した。マダムは慌ててトルソーからドレスを脱がせ始めた。


 あのスケスケのドレスは、ただの見本のはずよ。あんなに透けていたら、着て出歩けないじゃないの。あの見本を元にして、好みの色や装飾のドレスを注文するんだと思うわ。


「あの……、ヴィクトル騎士団長、さっきのドレスはかなり聖女様のドレスに近くて……。あのドレスを元にして、別な布で聖女様らしいドレスを作ってもらおうかと……」


 わたくしは小声で伝えた。ヴィクトル騎士団長は、ちょっと機嫌が悪くなってしまっているように見えるわ……。


 ヴィクトル騎士団長は、わたくしの前でひざまずき、わたくしの目をのぞき込んできた。アイスブルーの瞳が、とっても美しいわ。


「ヴィクトル騎士団長、透けない生地なら問題ないと思うんです。わたくし、やっぱりおリボンが好きで……。白い透けないドレスの胸元に、一つだけ大きめのピンク色のおリボンを付けてもらおうかと……。そのドレスを聖女様の正装として、持っておこうかと思っていて……」


 わたくしは、ヴィクトル騎士団長に一生懸命に説明した。


 ヴィクトル騎士団長は、一つ大きなため息を吐いた。


「ニーナ嬢、あなたは私の婚約者となる女性ですね」


「えっ、はい、そうです」


 それが、聖女様らしいドレスとなんの関係があるの!?


「夜着のようなドレスを着て出歩いて、他の男を誘惑するのですか?」


「は……? え……、夜着……? 誘惑……?」


 ヴィクトル騎士団長ったら、いきなり刺激的なことを言い出したわ!


「あれは花嫁が初夜に着るドレスですよ」


「えっ、そうなんですか!? それは……、あの……」


「私以外の者に見せて良い姿ではありません。わかりますね?」


「はい……。よくわかりました」


 あのドレスの問題点が、とってもわかりやすかったわ。


 絵本に出てくる聖女様が、花嫁が初夜に着るドレス姿なわけないじゃないの。


 ユニコーンであるヴィクトル騎士団長は、わたくしが聖女様らしいドレスを着て出歩くと、嫉妬してしまうのよ。


 ユニコーンは、聖女様の運命の伴侶よ。傷つけてはいけないわ。


「愛らしいニーナ嬢、今日のドレスも、貴女にとてもよく似合っていますよ」


 ヴィクトル騎士団長は、どこか辛そうにほほ笑まれた。ああ、わたくしのユニコーンは、嫉妬の炎に焼かれて辛いのね。かわいそうなことをしてしまったわ……。


 今着ているドレスは、フリルもリボンも控え目よ。だけど、かわいいピンク色で、たしかに、わたくしによく似合っているのよね……。


「ごめんなさいね」


 わたくしが謝ると、ヴィクトル騎士団長はわたくしの頬にそっと触れた。


「聖女様は無駄遣いなんてしません。今あるドレスが『もったいない』ですよ」


「ああ、そうですわ! 『もったいない』ですわ!」


 聖女様の故郷の日本では、物を大事にすることが尊ばれていたのよ!


 わたくしったら、うっかりしていたわ。


 今あるドレスを大事にすることも、ちゃんと考えないといけなかったんだわ。


「わたくし、異界の日本から来た聖女様の服装ではなくて、お心を見習うことにしますわ!」


「それでこそ、聖女様ですよ」


 ヴィクトル騎士団長は、蕩けるような甘い笑顔でうなずいてくださった。


 わたくしはヴィクトル騎士団長のお顔が素敵すぎて、また頭がぼうっとしてしまった。


 ああ、いけないわ! しっかりしないと!


「わたくし、目が覚めましたわ! これまでのドレスを大事に着ていきます!」


「そうしていただけると、私も嬉しいです」


 ヴィクトル騎士団長は、ほっとした顔をした。


 わたくしったら、かわいいユニコーンに、だいぶ嫉妬させてしまったようね。


 わたくしはヴィクトル騎士団長の頭をなでてあげた。額や、鼻の上もよ。わたくしの乗馬用の馬も、こうしてあげると喜ぶの。


 ヴィクトル騎士団長は顔を真っ赤にしていたわ。恥ずかしかったようね。


「なでるのは、ユニコーン姿の時だけで」


 と、こそっと言われてしまったわ。


「わかりましたわ」


 これは『ユニコーン姿に戻れるようになった時、ご褒美にいっぱいナデナデしてほしい』ということよね。


 ヴィクトル騎士団長は、ユニコーン姿に戻ることを諦めていないのよ。お馬さん姿こそ、ユニコーンの本来の姿ですもの。


「マダム、ごめんなさい。わたくし、ドレスを買うのはやめることにします」


 わたくしが伝えると、マダムは少し残念そうだった。


 もっとよく考えて行動しないといけなかったわ。


 わたくし、まだまだ聖女様として未熟ね……。


 だけど、きっと大丈夫よ!


 わたくしは自分が聖女様だと知ったばかり。


 つまり、聖女様初心者ということよ。


 最初は誰だって失敗してしまうこともあるわ。


 みんな、失敗したりしながら、いろいろ覚えて、上手にできるようになったり、一人前と呼ばれるようになったりするのよ。


 わたくしだって、まだまだこれからよ!

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