15.救国の大聖女ニーナ様
「ぎゃああああ……!」
悪魔レモラはすごい悲鳴を上げた。
それから、ニヤリと笑ったの。
とっても嫌な笑い方だったわ。
「俺様は魔王へと至るほどの悪魔! つまり、大悪魔だ! ただの人間ごときの攻撃で、死んだりするわけがなかろう!」
悪魔レモラは「ギャハハハハ――ッ!」と下品な大声で笑った。
わたくし、大事な宝物のティアラまで投げたのに……。
――そう思った時だった。
急にあたりが白い光に包まれて、不思議な勇ましい音楽が聞こえてきたの。
純白のユニコーンが、黄金の光に包まれながら天から降りてきた。その背中には、お姉様とルカが乗っていたのよ!
「ヴィクトル騎士団長、よく持ちこたえてくれたわね!」
「当然だ! ニーナと民を守ることが、この私の務めだからな!」
ヴィクトル様が飛び退って、悪魔レモラから距離を取った。
「ニーナも、よくがんばったわね!」
「当然よ! わたくしは聖女様ですもの!」
わたくしも元気にお返事したの!
「そうね! ニーナは聖女様だわ!」
お姉様も、わたくしを聖女様だと信じてくれていたわ!
――わたくし、もう悪魔の言うことなんて信じない!
悪魔って、嘘がとっても上手なのね。
わたくしと占い師のやり取りを、まるで見ていたみたいに説明したわ。
占い師の言ったことを、そっくりそのまま言っていた。
みんなの助けがなかったら、わたくし、悪魔の嘘を信じるところだったわ……!
「そいつは間違いなく『滅びの悪女』ニーナだったはずだ! 聖女なんかじゃない!」
悪魔レモラは、まだそんなことを言い張っていた。
そんな話、もう誰も信じるわけないじゃないの!
「わたくしの妹を侮辱したこと、後悔するがいい!」
お姉様たちを乗せたユニコーンが後足で立ち、激しくいなないた。あのユニコーンも、わたくしのために怒ってくれているみたいだわ。
「まおう、たおす!」
ルカは二歳児らしく、二語で決意を語ってくれた。
しゃべった内容は、あんまり幼児らしくないけれど……。
「幼児の勇者なんか連れてきたのかよ!」
悪魔レモラは、またゲラゲラと笑った。
ルカは、すうっと宙に浮いた。
ユニコーンとお姉様が、ルカと悪魔レモラから離れる。
「どいつも、こいつも、ぶっ殺してやる!」
悪魔レモラが、ルカに向かって黒いフォークを構えた。
「だめっ! やーだーっ!」
ルカはイヤイヤ期なのよ……。
「ハッ、駄々をこねてやがる!」
ルカはすっと片手を上げて、空中から金色に光る剣を抜き出した。剣の刃には、小さな雷がまとわりついている。
ルカが小さいのもあって、すごく大きな剣に見えるわ。
「聖剣フィーニスだとっ!?」
悪魔レモラが叫んだのと、ルカが剣の柄を握って降り下ろしたのは同時だった。
悪魔レモラの身体は左肩から斜めに切り裂かれ、黒い炭みたいになって崩れて消えた。
「勇者様が悪魔を倒したぞ!」
「ユニコーンだ! 聖女様とユニコーンがいる!」
沿道の民たちから、すごい歓声が上がった。
みんな、とっても元気よ!
怪我人が出なくて良かったわ!
「聖女ニーナ様たちが、勇者様を守っていたのか!」
「さすが聖女ニーナ様! ありがとう!」
「世界は救われた! 聖女ニーナ様のおかげだ!」
わたくしなんて、たいしたことをしていないのに……。
民たちは、わたくしのことも、たくさん褒めてくれたわ。
お姉様とユニコーンは、ルカを連れて乳児院に戻っていった。
あたりが真っ白だったのも、ユニコーンが見えなくなると元に戻った。
「ニーナ、加勢してくれてありがとう」
ヴィクトル様がティアラを拾って、馬車に戻って来てくれた。
「いいえ……、わたくし、あんまり役に立てなかったみたい……」
戦っていたのはヴィクトル様だし、ルカを連れてきたのはお姉様とユニコーン、悪魔レモラを倒したのはルカよ。
わたくしはヴィクトル様を応援したり、ティアラを投げただけ……。
自分なりに精一杯、できることをしたつもりだったけど……。
あんまり役に立った気がしないわ。
「ニーナもすごく勇敢だったわよ」
カタリナ殿下が褒めてくれながら、わたくしの頭にティアラを載せ直してくれた。
「ありがとうございます」
「かわいいわよ、ニーナ」
カタリナ殿下は鉱夫長のセルゲイに手を取られて馬車を降りた。
騎士の一人が、カタリナ殿下の元へと白馬を連れてきた。
カタリナ殿下はその馬に乗り、セルゲイが馬を引いて、二人で馬車の後をついてきてくれた。
お姉様もユニコーンに乗って戻って来て、わたくしたちを護衛してくれた。
馬車は大通りを進んでいき、王宮の前に到着した。
王宮の前では、国王陛下とマリア王妃殿下が立って待っていてくれた。
辺境伯夫人のエカテリーナ様も、病弱なアンナ様も、王立学院のお友達のソフィーとリディアも、ログネダ先生もいたわ。
わたくしはヴィクトル様にエスコートされて、みんなの前に立ったの。
お姉様とカタリナ殿下も、わたくしの前に並んだわ。
そして、みんな、ひざまずいたの。
国王陛下とマリア王妃殿下もなのよ!
わたくし、とってもびっくりしたわ!
「勇者ルカ様を助け、この国を守りし『救国の大聖女』ニーナ様、ご結婚おめでとうございます!」
国王陛下がひざまずいたまま、わたくしにお祝いを言ってくれたの。もうさっきの出来事を知っているなんて、きっと『王家の影』か誰かが伝えたんだわ!
「そんな……、『救国の大聖女』だなんて……」
「ニーナ嬢、いいえ、キートパー次期筆頭公爵夫人は、立派な『救国の大聖女』よ! このヒロインが保証するわ!」
マリア王妃殿下が、元気いっぱいで笑いかけてくれた。
わたくし、『救国の大聖女』なんて言われたのは初めてよ!
マリア王妃殿下と辺境伯夫人のエカテリーナ様は、『双璧の温泉聖女』という二つ名を持っているの。
病弱なアンナ様は、『医療聖女』。
カタリナ殿下は、『筋肉聖女』。
ソフィーは、『赤ちゃん聖女』。
リディアは、『職安聖女』。
ログネダ先生は、『教師聖女』よ。
お姉様も、『光の聖女』という二つ名があるの。
わたくしはたいしたことができないから、ずっと聖女様としての二つ名なんてなかったんだけど……。
こんなわたくしにも、ついに聖女様としての二つ名ができたのよ!
「レオニード殿下、いつまでユニコーンのままでいるのかしら?」
お姉様がユニコーンに話しかけると、ユニコーンがレオニード殿下になったの!
レオニード殿下も、わたくしに向かってひざまずいてくれたのよ!
「この国の王族は、ユニコーンと聖女様の血を引いています。ですから、レオニード殿下もユニコーンになれるのです」
ヴィクトル様が説明してくれた。
「まあ、そうだったの……!」
わたくし、まったく知らなかったわ!
やっぱり聖女様って、ユニコーンと結婚するんだわ!
「それで……、その……、ニーナ……」
ヴィクトル様が、申し訳なさそうに続きを話そうとした。
「わかっているわ。ヴィクトル様はユニコーンになれないのよね。いいのよ、そんなこと」
わたくしはそっとヴィクトル様の背中をなでてあげた。
「いや、ニーナ……」
「ユニコーンになれなくたって、わたくしはヴィクトル様が大好きよ」
わたくしはヴィクトル様に笑いかけた。わたくしのユニコーンは、ユニコーンに変身できないことを、かなり気にしているのよ。
わたくしだって、完璧な聖女様ではないもの。
そんなに気にすることないのに……。
「皆様、楽になさってください」
わたくしが言うと、皆様は立ち上がった。
国王陛下とマリア王妃殿下にまでひざまずいてもらって、本当に良かったのかしら……。
わたくしはそのままヴィクトル様にエスコートされて、国王陛下たちに続いて王宮に入ったの。
わたくしたちは王宮のふかふかで真っ赤な絨毯の上を歩いて、バルコニーに出た。
バルコニーの下の広場には、民や他の聖女様たちがいて、わたくしたちに手をふってくれていた。
国王陛下とマリア王妃殿下は、先にお二人で民に挨拶をして、すぐに後ろの部屋へと戻ってしまった。そういう決まりなんですって。
お二人が引っ込むと、わたくしはヴィクトル様とレオニード殿下に挟まれて、バルコニーから民たちに手をふったの。どうやら王族は、男女男女って感じで並ぶという決まりがあるらしいのよ。王族って、変な決まりがたくさんあるみたいなの。
わたくしはレオニード殿下があんまり好きじゃないっていうか、嫌いだから、お姉様の隣が良かったんだけど……。決まりだし仕方ないわよね……。
――そういえば……。
わたくしは、こんな光景を見たことがあった。
そうよ、占い師の水晶玉よ………!
わたくしはレオニード殿下と共に、王宮のバルコニーに立って大勢の民に手をふっていた。
あの時、水晶玉は、今のこの姿を映していたんだわ!
レオニード殿下の反対側の隣には、ヴィクトル様が立っていたのよ! そして、レオニード殿下のさらに隣には、お姉様が立っていたの!
あの占いは、ちゃんと当たっていたんだわ!
『お嬢様は聖女様です。ふさわしいものを受け取り、ふさわしい座にお就きなさいませ』
占い師は、わたくしに囁いた。頭からすっぽり黒いマントをかぶっていて、すごく妖しい雰囲気だったわ。占い師って、そういうものよね。
『素晴らしきお嬢様、この老婆にはわかります。あなた様こそ、聖女様。最高位の神に愛されしお方です』
そうだったわ、自分で老婆だって言っていたじゃない!
あんな男性の悪魔なんかじゃなかったわ!
わたくしが最高位の神に愛されているかは、今はまだわからないけれど……。
バルコニーの下では、水晶玉で見た通り、たくさんの民が手をふってくれている。
わたくし、ちゃんと民に愛される聖女様になれたんだわ!
「キートパー次期筆頭公爵夫人、以前は誤解から辛く当たってしまった。あの時は、すまなかったな……」
レオニード殿下が謝ってくれた。
「もういいんです。あの頃は、わたくし、悪い子だったから……」
「それはお母様のせいよ。ニーナのせいじゃないわ。ニーナはずっと良い子だったわよ」
お姉様が庇ってくれた。わたくしは、お姉様の言葉は違うと思った。けれど、黙っていることにした。お姉様は、やさしい気持ちで言ってくれているんだもの。
「キートパー次期筆頭公爵夫人、ヴィクトルとの結婚おめでとう。幸せになれよ」
「はい。ありがとうございます、レオニード殿下」
わたくしは、レオニード殿下と笑いあった。とっても幸せな気持ちよ。
あの意地悪なレオニード殿下と、こんな風に笑いあえる日が来るなんて!
みんな、みんな、水晶玉で見た通りだわ!
「ニーナ、レオニード殿下との距離が……。ちょっと近すぎるのではないか?」
ヴィクトル様が、わたくしの肩を抱き寄せた。
わたくしのユニコーンったら、本当に独占欲が強くて……。
だけど、そんなところも、とってもかわいいの。
レオニード殿下とお姉様が、わたくしとヴィクトル様を微妙な表情で見ていた。
他人がイチャイチャしているところを見るなんて、あんまり楽しくないもの。仕方がないわよね。
この先は、水晶玉で見たことのない人生よ。
わたくしは『救国の大聖女』。
そして、ユニコーンであるヴィクトル様の妻。
これからも聖女様らしく、みんなを幸せにしていくわ!




