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無題2048  作者: 菅原やくも
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後編

 少女はいまだに、台所のすみのほうで棒立ちだった。


「なかなかの演技派だな」男は少女に向かって言った。


「それは、そっちの方じゃないの?」少女はそっけなく答えた。


「ははは、それはそうかもな」


「なんで、私のことをかばったの? 別に、あいつらに突き出すこともできたでしょ」


「俺はいうほど、世間に対して従順なわけじゃないからなあ」


 すると突然、少女は台所へ取って返すと包丁を手に、それを男へ向けた。


「見返りに、私の身体を要求する気? だとしても、あなたみたいな、オジサンと寝るつもりなんてない。私だって選り好みするわ」


「おいおい、その包丁は丁寧に扱えよ。それだけしか持ってないんだから」


 彼女は、男の落ち着いたようすと予想外の言葉に、なんと言い返せばいいのか迷った。


「でも、だって、あの人達って……たぶん調べてまわってるんでしょ。オジサン、ヤバくないの?」


「さあ、どうかいな。いちいち戸籍とかなんか全部を調べるほど、暇じゃないだろうよ」


 男は包丁を構える少女のことなど気にせず、棚から余分な湯飲みを手にして居間へ向かおうとした。


「お茶が少し残ってる。よければ、休憩の続きに戻るとしよう」


 その言葉に、少女はためらいつつも包丁をもとに戻した。


 八畳ほどの居間にはちゃぶ台が置いてあり、飲みかけのハーブティーと、おやつ代わりにしている蒸かした芋が皿に乗っていた。

 普段の食事も、俗な言い方をすれば”ロクでもない代物”という感じだったが、少なくとも配給は安定的だし、食うに困るというほどの状況でないだけ、マシともいえた。


「一人で暮らしてるの?」


「そうだ。ずっと独り身だった」


「結婚とか、お付き合いしてる女性とかいないの?」


「いないね」


「もしかして、恋愛経験ないの? もしかして童貞だとしたら、キモイわね」


 少女はおちょくるように言ったが、男は怒りもせず、わずかに自嘲気味な笑みを浮かべた。


「まあ、そうだな……だが、俺だってお前さんくらいの歳だったときは、それなりにモテた気もする」


「へぇ。そうなの?」


「まあ、モテ期ってやつは、それっきり。女性関係は、今の今までご無沙汰だな」


「ふーん」


「それでも、思いを寄せている女性は、昔いた」


「過去形なのね。振られたとか?」


「残念ながら、その女性は、終わらせちまったんだよ。自分で、自分の人生をな……」


 その言葉で、部屋の中はどことなく、気まずい空気になりかけた。が、男は調子を戻して続けた。


「まあ、昔のことを後悔しててもしょうがないし、どうせ今は、そんな状況じゃないしな。案外、人生は独り身でもなんとかなるし、なんぼか気が楽だ。もっとも、今より歳とった後どうなるかは分からんが……今のお前さんに、理解できるか知らんがね」


「私は、自分が歳とったときのことなんて、想像できない」


「若い時は、それでいいさ」


 少女は、恐る恐るハーブティーを飲みながら訊いた。


「オジサン、ここにずっと住んでるのか?」


「いいや、そもそもこの家の持ち主ですらない」


「それ、どういうことなの?」


「もともとは、俺は都市部に住んでた。まあ、このふざけた戦争がおっぱじまってから、えらい目にあって……命からがらというやつだ。なんとか逃げてきて、ここに住み着いた」


「つまり、浮浪者になって、この田舎の他人の家に上がり込んで、勝手に住み着いた、ってこと?!」


「言い方にもよるな。まあ、どこから逃げてきたのか知たんが、君の境遇も似たようなものだろ?」


 少女は、問いかけには答えなかった。


「でも、都市部に住んでたのに、オジサンは、農業なんてできるのかしら?」


「為せば成る、ってやつだ。昔は、実家が農家だったからな。まあ……我流だが」


「分からないことがあったら、どうするの?」


「この、出来の悪い頭で懸命に考える」男は自分の頭を指先で示した。


「スマホでググるのは? 使える場所は、まだあるはず……」


「おっと、文明の利器のことは忘れることだ。電力事情も通信インフラも、不安定なのは例外じゃない」


「そうよね。言ってみただけ」


「まあ、なんとかやってるよ。夜は暗くなったら寝る。朝は陽が昇るとともに起きる。いやはや、少しの肉体労働と粗食と合わせると、ずいぶん健康的な生活。皮肉なもんさ」


「その……食事は? 野菜はいいとしても、米とかパンとか、お肉はどうしてるの?」


「もちろん配給だ。自転車で、一個山を越えたとこにある農協に取りに行く」


「え、わざわざ取りに行くの?」


「ここでは、贅沢を言わんことだ」


「誰の言葉だったかな……“壊すのは簡単だが、創造することはとてつもない労力がいる”ってな」


「オジサン、なんだか小難しいことが好きなのね」


「たぶん、哲学者向きの頭なんだよ」


「よく分からないわ」


「まあ、いいさ」


 すっかりお茶を飲み終えて男は言った。


「とにかく、お前さんと寝る気なんか無いが、もしもここに居候するつもりなら、畑仕事の手伝いはしてもらうとしよう。それと納屋の片付けも」

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