亜人の少女
“肉兎の森”の茂みを一つの集団が掻き分けるように歩いている。青銅職人や鉄鋼職人の職人冒険者の中隊規模のパーティーだが、凡そ部隊といえる統率のある行動ではなく、各々が別々の足取りで目的地に向かっている。その先頭集団の中に二人の職人冒険者が歩いている。
二人は周囲を警戒しながら進んではいるが、その歩は遅く後方の人物から罵声を浴びせられている。
「ちょっと! 早く歩きなさいよ! あんた達は探索位しか役に立たないんだから、もっと真面目にやりなさいよ!」
「そうです、貴方達、下賤の民は、お嬢様の指示通りに動けば良いのです」
そう高圧的に捲し立てるミーシャと側仕えの女性は、まるで奴隷のように二人に指示を出す。
あの騒動の後、正式にミーシャが“肉兎の森”に出現したオーガ三体を討伐せよという緊急クエストの総指揮に任命された。
まず彼女が行ったのは、部隊編成の十五人の選抜だが、自分の側仕えの使用人の女は勿論の事、騒動の周囲にいた野次馬達も採用していた。
そして、その選抜にはシルヴァとエマもパーティーに含まれていた。
ギルドが依頼主の場合、緊急クエスト受諾時のパーティー編成に選ばれたメンバーは基本的に拒否権がない場合が殆どであり、特に理由なく断った場合、ギルドからの評価が著しく下がり、最悪の場合、クエストを一定の期間受諾する事が出来なくなる場合があるとの事であった。
その為、メンバーの選抜にはギルドが公正に選ぶべきなのだが、緊急時においてギルドマスターや主要な職員が不在の場合には最も名匠な家名を持つ職人冒険者に指揮や編成等の権限を譲渡するというギルドの規約を利用してミーシャはやりたい放題やっているのだ。
「で、何か見つかったの?」
「いや……まだ何も見つかってない……」
「あんたねぇ、まず上官には敬語で話すのが常識のはずよ! それに、これだけ歩いてるのにオーガの痕跡一つ発見出来ないなんて、あんた達、ほんと無能よね」
「くっ……すみません……」
シルヴァは奥歯を噛み締めて辛うじて返事をする。パーティーでの指揮権が目の前の少女に譲渡された以上、些細な事で逆らうのは得策ではない。
名目は斥候役という役割に任命されたシルヴァとエマだが、実際はミーシャの理不尽な命令を馬車馬のように遂行する小間使いである。
川から飲みもしない飲み水を汲んできたり、先程のように罵声を浴びせたり、挙句の果てにはエマは渡された豪華な扇で彼女の隣で、そよ風を起こしている。
そんな物理的にも心理的にもバラバラな一団の行軍先から空気を切り裂くような女性の悲鳴が響いた。
すぐにシルヴァは抜剣し剣を構え、悲鳴の聞こえた前方へ神経を集中させる。
ミーシャも流石に事態の変化を察知したのか、使用人に預けていた細剣型の命ある剣を抜剣し事態に備える。
悲鳴の聴こえた方向から少女が走ってくるので、シルヴァは少女に大声で呼び掛けながら側に駆け寄る。
「どうしたんだ!? 大丈夫か!?」
少女は慌てて茂みを駆け抜けてきたようで、衣服の布はボロボロで土埃に塗れている。
更によく見ると少女の頭部には獣のような耳が生えており、臀部には白黒模様の尻尾のようなフサフサの毛が生えている。
「何かと思ったら亜人ね、何の用よ?」
シルヴァが事情を聞く前に追い付いて来たミーシャが、心底、嫌悪する瞳で少女を見据えている。
ギルメス帝国は人間が統治する国である。その人口も八割以上が人間が占めており、残りの二割が亜人である。亜人とは人と獣・魔物・人ならざる者との混血の事を言い、普通の人間とは容姿や気性なども大きく異なっており、人類の支配する帝国では差別の対象であった。
特に獣人族の亜人の扱いについては酷く、基本的に奴隷や傭兵の尖兵や捨て駒に使われる事が多い。
勿論、上流階級からの扱いも同様で物好きな貴族からはペットのような扱われ方をされており、凡そ人間として扱われる者は極小数派であった。
「た、助けてください! この先の洞窟に三体のオーガが突然現れて襲って来たんです!」
そう言うと亜人の少女は震える手で洞窟があるであろう方向に指を差す。
「よし! もう大丈夫だ。すぐに向かおう」
すぐに向かおうとするシルヴァの腕をミーシャが掴む。
「あんた、バカじゃないの? 亜人の話をまともに信じるの? コイツらはね、バカで嘘吐きで、どうしようもない屑なのよッ!」
そう言うと亜人の少女に蹴りを入れる。腹部に入ったようで、蹲り苦しそうに呻いている。
「貴様……いい加減にしろよ……弱っている者に対するその仕打ち、私にも我慢の限界がある」
「う……私は大丈夫です……それよりも……洞窟内には職人冒険者も捕まったようで、貴族様の使用人のような姿をした女性も……いらっしゃいました」
「何ですって!? それを先に言いなさいよ! 急いで全員を集めるわ」
確かに、いつの間にかミーシャの側仕えの女性が忽然と消えている。拐われた自身の使用人には愛着があるのか、ミーシャは少し焦った表情でパーティーを収集させる。
此方から小声で聞こえないが、集まった男の一人が、ミーシャに何やら話している。
「好きにしなさいよ」
彼女にそう言われた男はニヤついた表情で亜人の少女を近くの安全な場所に避難させると言い残し少女と共に姿を消した。
洞窟が目視できる範囲まで近づくと全員、命ある剣を抜剣する。シルヴァやエマ、他の職人冒険者も剣を構える。
「さぁ、あんた達! いよいよオーガ退治よ! オーガは確かに戦闘能力も高く、知性も高いし人語も話すわ。だけど所詮三体よ。私達の敵ではないわ! 突撃よッ!」
そう号令するとミーシャは洞窟内に走り出す。それにシルヴァやエマも続き全員が洞窟内に侵入する。
洞窟内は真昼だというのに光が殆ど届かず、まるで怪物の口腔内のような不気味な雰囲気で底冷えする冷気が全員を襲う。
ミーシャが魔道具らしき球体を手に握り洞窟の先へと投げる。すると球体は火の玉の如く燃えて辺りを明るく照らし出す。
皆が安心した束の間、全員の顔色が変わる。
オーガはゴブリンと同じような深緑色の体色をしているが、その生態はまるで異なっている。
体型こそ人間の大人より一回り大きい程度だが、盛り上がった筋肉は、丸太のような太さを誇り、個体によって本数は異なるが、頭には巨大な角が生えている。
更に襲った職人冒険者の装備を扱うだけの知性があり、群れで狩りを行う際は連携も行う。
魔道具により明るく照らされた眼前には、重厚な装備を着込んだオーガが薄ら笑いを浮かべながら数えただけでも七体待ち構えていた。




