記録九:キコリ村にて〜出発
キノクニ達はキコリ村へと順調に進んでいます。
道中、何度かゴブリンに遭遇しましたが、ボスゴブリンを殺したことが知れ渡ったのか、慌てて逃げ出す始末です。
「えらい嫌われとんなぁ!!わしゃしゃしゃしゃ!!今ならゴブリンにカツアゲできるんとちゃう?」
「必要性が無い…村へ急ぐ。」
「つか思ったんやけどな。お前あの魔人の顔食ったら、明らかに強なったやん?なんちゅうんかな…こう…違う魔力が合流したっちゅうんかな…」
「…何が言いたい。」
「つまりやなぁ、手当たり次第に顔奪って食ってけば、お前もっと強うなるんちゃうかなと思てん。どないや?」
「…私も昔、この力に気付いた時に同じ事を考え、実行したことがある。」
「ほうほう!…でも、今はしてへんよな……なんかあったっちゅうことか。」
「私の顔が奪ったものになりかけた。」
「え…」
「顔だけでは無い。体も、意識さえも持っていかれそうになった。なんとか抵抗しつつ自らの顔を剥がすと、それまで奪った全ての力が抜けていった。…それ以降、顔剥ぎの乱用は避けている…最低でも、3日は空ける必要がある。」
「ほえ~…やっぱどんな力にも、リスクがあるんやな……てかもう自分、のっぺらぼうとして生きていけばええんちゃう?めっちゃ強いし!」
「私の過去がそうなら、あるいはそれでも構わんだろう…だが、何も記憶の無い今、易々と決めるわけにはいかん。全ては私を知ってからだ…」
「そんなもんなんかね~…」
キノクニは喋りながら、息も乱さず進みます。行きはゴブリンに遭遇し続けたので、時間がかなりかかってしまいましたが、帰り道は気楽です。
「そろそろ村が見えてくるはず……あっ!あそこや!!」
村と森の境界、木で作られた門が開き、キノクニ達を待ち受けていました。
「いやー。なんや懐かしいなあ!ほれ!早く入ろうやないか!」
「待て…何やら慌ただしい…」
グリモアは気付きませんでしたが、確かに門の周囲でバタバタと村人達が走り回っています。
中には武装した冒険者なども混ざっているようです。
「止まれえー!!」
キノクニが門に歩み寄ると、それに気付いた見張りに止められてしまいました。
「貴様!3日前にセンジュの樹海に入った旅人だな!一体、樹海で何をやっていた!!」
「…探し物だ。」
キノクニはフードを目深く被り、編笠を俯けつつ答えます。もちろん、顔を隠す為です。
キノクニがのっぺらぼうだと分かれば、襲ってくる人もいる為、キノクニは用心しているのです。
「その、背中に背負っているものはなんだ!!」
「この村の村長の孫娘だ。」
「なっ……なにぃ?!!おいみんなぁ~~!!犯人がいたぞぉ~~~!!!」
見張りは突然キノクニを犯人呼ばわりすると、村人達や冒険者達に叫び伝え出しました。
一体どういうことなのでしょう。
「見つかったのか?!」
「メールちゃんは無事なの!?」
「メールを離せ誘拐犯め!!」
「俺の弓矢で殺してやる!」
「待て!村長令嬢に当たったらどうする!!」
皆、口々にキノクニを罵り、攻撃しようとさえしています。
しかし、キノクニは全く動じず、門に近寄ります。
「止まれと言うのが分からんのか!!」
ついに見張りが矢を撃って来ました。
パキン!
キノクニはそれを手で払うと、立ち止まります。
「なっ…矢を手で……?」
「あんなのはマグレさ…慣れりゃあ俺でもできる!」
「とにかく村長令嬢を取り返さねば攻撃もできんぞ…」
村人達が門前で言い合っている間に、キノクニは再び歩き出し、見張りが気付いた時にはすでに眼前にいました。
「ひっ…なっ……なんだ…」
「この娘を。」
「えっ?!ちょっ…うわあっ!」
キノクニはメールを優しく背中から外すと、見張りに引き渡しました。
見張りは驚きによろめきましたが、キノクニがメールに手を添えていたので、なんとか受け止めることができました。
「えっ…ちょっ…ど、どういうことだ!?貴様…誘拐犯では無いのか!」
「誘拐犯では無い。…その娘は死にかけた。一命は取り留めたが、かなり疲労しているはずだ。早く暖かい部屋に寝かせろ。…村長はどこだ。」
「そう言われてすぐに信じるはずが…おいっ!待てっ!誰かコイツを止めろ!」
キノクニは構わず、門…普通なら大人の男6人がかりで開く門…を片手で押し開き、村の中に入ります。
「なんだあの力…人間か?!」
「村長が狙いらしいわよ…あんな大男に襲われたら…ただでさえ村長は病気なのに!」
「メールちゃんはいない!撃て!攻撃しろ!!」
キノクニに矢が飛び、刺さります。しかしキノクニは意にも介しません。
村の男を1人を捕まえ、詰め寄ります。
「ひぃっ!助け…」
「言え。村長はどこだ。」
「だっ……誰が誘拐犯などに……」
「村長は、どこだ。」
「ぐっ…きゅう…」
男はあまりの恐怖に気絶してしまいました。キノクニは男を離すと、民家を1つずつ、強引に開け放っていきます。
「私の家がぁ!」
「俺の家!」
「いやぁあ!!」
村人は次々と悲鳴を上げ、冒険者は次々と矢を撃ち、矢は次々とキノクニに刺さりますが、状況は何も変わりません。
キノクニは続々と民家を開けていきます。
「お前強引にも程があるやろ…ちょっとは説明しようとか思わへんの?」
「ああなった人間は…容易には変わらん。それより今は…同胞たる意志を全うする。」
「はぁ…まぁ…そらそうやけどやなぁ…」
「待て……」
キノクニが次の扉に手をかけた時です。
肌が薄く緑になり、ヨボヨボでイボだらけの小さな老人が、フラフラと歩み寄って来ました。
「儂が……この村の…村長じゃ……襲撃者よ……何が…望みじゃ……儂の命か……?」
今にも老人…村長は死んでしまいそうです。
「村長…そんな!逃げてください!!」
「誰も見ていなかったのか?!」
「それどころじゃないだろう?!誘拐犯と聞いて居ても立っても…」
村人達は口々に責任を押し付け合っています。
キノクニはマントだけを外し地面に敷くと、老人に手を差し伸べて座らせました。
「…?…なんじゃ……何を…する気じゃ…」
「本よ。薬の作り方は?」
「合点や!まず薬草を細かく刻んで…」
キノクニは荷物の中から製薬道具を取り出し、薬草を加工し始めました。
村人や冒険者は、その様子にも気付かず、口論を続けています。
矢が飛んで来なくなったのは、幸いでした。
「…最後に普通の回復薬と混ぜたれば完成や!!」
「……良し。飲め。」
「これは……」
「お前の孫の頼みだ。その病を治す手伝いを頼まれた。お前の孫は立派に戦っていたぞ。」
「メール?!まさか…メールは…」
「無事だ。死にかけたが、今は寝ている。それより飲め。お前を救うことが、あの娘の悲願だ。」
「あの子が……わかった…例え毒だとしても…これを飲もう。」
ゴクッゴクッゴクッ…
村長は一気に薬を飲み干していきます。
「みろ!アイツ…村長に何か飲ませてるぞ!!」
「最早…全員で取り押さえるしか……」
「行くぞー!!」
"うおおおおおおおおおおお!!"
村人、冒険者総出でキノクニに襲いかかって行きます。
しかし、その侵攻はすぐに止まってしまいました。
村長が手で制したからです。
「…体が…軽くなる……」
「よっしゃ!成功やで!!」
「そうか。」
村長の体は見る見るうちに緑が引き、イボも萎んでいきます。
そしてついには、完全に元の姿に戻りました。
「本当に…薬だったのか……おお神よ……なんと御礼を申し上げればよいか…」
「言葉などいらん。それより食料と各種薬草を__」
「村長が…治ったぞおおおおおおおお!!!!」
「うわあああああああああああ!!!」
村人達は驚きと喜びに震え、一斉に叫び、村長に群がりました。
「良かった…村長!もうダメかと…」
「嘘でしょ…信じられない…」
「やったああ!村長万歳!!」
しかし、そんな中、キノクニは斧を抜き、立ち上がっていました。
殺気を感じたからです。
「…快く思わん者もいるようだ。」
「なんや…まさかまた魔人でも出てくるんかいな。」
村長だけでなく、キノクニにも人々が群がります。
「アンタは村の恩人だ!誘拐犯扱いして悪かった!」
「お兄さんありがとう!」
「やるじゃねえか兄ちゃん!その斧、中々の業物だなぁ!俺の剣と交換しねえか?」
キノクニは構わず、周囲を警戒します。
キィィィィィィィィン……
良く聞くとキノクニの口からは音が聞こえていました。
花魔人・ワイズリーから奪った音の魔法で超音波を発し、殺気を放っているであろう人物を探しているのです。
これにはグリモアも感心しました。
「はー!器用なやっちゃなぁ!確かにそんな使い方もあるか!あの魔人はもっと直接的な使い方しとったけどなぁ!」
グリモアの声に反応もせず、キノクニは集中します。
すると、遠くの建物の上に1人、明らかにこちらに矢を撃とうとしている人影を探知できました。
いや、今まさに、矢は撃たれました。
「伏せろ!」
「なんじゃっ…?!」
キノクニは村長を伏せて立ち上がり、矢からかばいます。
間一髪、村長には当たりませんでしたが、キノクニのフードと編笠を吹き飛ばし、矢は地面に刺さりました。
「むぅ…」
「きゃああ!顔が…」
「化け物だぁ!!」
「うわああああ!!」
村人や冒険者は、キノクニを見ると驚き、散り散りになって逃げ出したり、剣を突きつけたりします。
「約600m…いけるか。……ぬりゃあ!!」
ブオンッ!!
キノクニは思い切り斧を投げ、荷物とマント、編笠をひっ掴み、すぐさまその後を追います。村人達の間をすり抜けて。
斧は放物線を描き飛びますが、途中で落ちて来てしまいました。
「はあ!!」
ガキンッ!
しかしすかさずキノクニが斧を殴り、再び打ち上げました。
今度はただ打ち上げたのではありません。
矢を撃った犯人が見えたので、"そこへ飛べ"と念じて打ち上げました。
斧はクルクルと回転し始め、吸い込まれるように屋根へと飛んでいきます。
「ぎゃ!!」
どうやら犯人に当たったようです。
「ほんま器用やな!なんであんな真似したん?!カッコつけか!?」
「斧は私が見て、認識した物にしか飛ばぬ。故に先にただ放り、犯人を見つけることで狙いを定めたのだ。」
「見つけてから投げてもええんちゃう?」
「それでは遅い。もしバレて小路にでも逃げ込まれれば、小回りの利かぬこの斧では、何かに刺さり動けなくなるからな…」
「なるへそなぁ…」
説明しつつ矢を撃った犯人を縛り上げ、"矢を撃った犯人"と書き置き、キノクニは斧をしまいました。あとは村人達が、煮るなり焼くなり好きにすることでしょう。
「…で、どうすんねや?顔、見られてもうたな。」
「…この先に備蓄庫と思しき建物があった。高床の建物だ。物資を奪いこの村から出る。」
「メールちゃんに…お別れ言わんでもええのん?」
「元々他人だ。いらぬ儀礼だろう。」
「そか…メールちゃん、悲しむやろなあ…」
キィン!
キノクニの睨んだとおり、その建物は倉庫でした。
薬草や食料、燃料などを粗方奪い、詰め込んでいきます。
「あっ!待って待って!そこの羊皮紙くれへん?押し当ててくれればええわ。……よしゃ!穴塞がったで!」
言い忘れていましたが、グリモアには触手に刺された際の穴が2つ、ポカリと間抜けに空いていました。
しかし、羊皮紙を食べたグリモアは、綺麗に元通りです。
「では行くぞ。」
「はぁー。ちょっとは宿のベッドで寝たかったなぁ…」
こうしてキノクニは、村人の騒乱冷めやらぬなか、ひっそりと大荷物を抱えて旅立って行きました。
キコリ村には後世に、こんな話が残っています。
"村長が命の危機に瀕した時、顔の無い天使と悪魔が現れこう囁く。「命か食料か…」と。一方を差し出せばもう一方が無事で済む。村人達は命を願い、村長を救ってもらったという。それ以来、村は天使と悪魔が現れた樹海の遺跡を聖地と崇め、幸せに暮らした"
キノクニは村人達にとって、まさに天使であり悪魔でした。
村長は助かりましたが、村の物資をほぼ持って行かれたからです。
また、一説にはこうも書かれています。
"絶世の美女である村長の孫娘が、天使の虜になり、弓矢の達人となった"と。
メールはどうなったのでしょうか。村長は元気になったのでしょうか。
キノクニ達の次の目的地は、一体どこなのでしょうか。
なんにせよ、今回の一件で、キノクニ達の存在は思わぬところにまで知れ渡ることとなります。
しかし、それはまた後のお話。
続きは次回のお楽しみです。