記録十:緑の遺跡後日談
ここは人間の住む国からは遠く離れた魔人の国です。
その魔人の国の中でもさらに奥。魔王の住んでいるお城にて、わずかな騒ぎが起きていました。
「行方知れずだったワイズリー様が殺された…!」
「どうなっておる!幹部クラスの魔人が人間界で死ぬなどと!ついに勇者でも現れたか?!」
「そんな反応も情報も、出ておりませぬ!!」
城内部は、ある意味ではお祭り騒ぎでした。
「静まれぇえい!!」
慌てふためく城の住人達を、しかしておさめる声が上がります。
全ての視線が集まるそこには、籠があり、その周りに甲冑を纏う兵士達がいました。
籠の前にはこの国の大臣もいます。
「控えおろー!!この籠におわす方をどなたと心得る!第99代魔王、コンセイ・ココノエノカミ様であらせられる!!頭が高い!」
「「「ははー!!」」」
住人達は皆一斉に平伏し、籠の前にこうべを垂れます。
すると、籠の窓がパカリと開き…
「やほー!皆の衆!苦しゅう無い無い!面をあげい!」
真っ黒で細くて、しかし巨大な腕のみが出てきて、手の平にある口で喋り出しました。
「研究班のみんなー!おつかれおつかれ!今度カジョウでシースーでも食わない?!余がおごっちゃうよ!」
「…えっ…はっ…はっ…」
「ん~!リーノーアクサイ!ケイシー。」
ズパンッ!
研究班の職員の1人。答えようとした若者は、首を即座にはねられました。
「ひっ…」
ズチャッ…
研究班長の横に落ちた生首は、虚ろな目で班長を見つめます。
「そこは皆の衆でははーっでしょ?」
「「「ははーっ!!」」」
「いーねいーね!ノッテるねー!」
腕はウネウネと喜びます。首をはねた際の血が飛び散り、研究班の職員達に降りかかります。
「…でさー!班長ッ!話変わるけどお…ワイズリーちゃんが見つかったってぇ?ガラテオじゃん!どこ?どこいんの??」
「はっ…恐れ多くも魔王様…ワイズリー様は…何者かに殺されました。」
「…は?」
「その際、音魔法も奪われてしまったようで…その…いかが」
「シャレんなんねぇよ。」
ズパンッ!
班長の首も飛び、若者の横にズチャリと転がります。先代の時代の時から、魔王に従っていた班長にもかかわらずです。
研究班の職員達は皆一様に震え上がり、平伏し続けるばかりです。
「馬や鹿じゃあるまいに…見つかったと思ったら、殺されてました。ハイそーですかって……なる訳ねぇだろこのクズどもがあ!!!」
ゴゥッ!!!!
職員達を、魔王の苛立ちが襲います。気絶する者、或いは、そのまま死ぬ者もいます。
「どーすんだよ!!!音魔法がねぇと地下鉱脈やら水脈を見つけらんねぇだろうが!!!だから俺はアイツを棄てた時にすぐ殺せっつったろうが!!この役立たずどもが!!!それを可哀想だから生かしておいたらまんまと逃げられやがって脳無しどもめ!!!貴様らに生きる価値などありゃしねぇ!!!」
ゴオオオオオオオオオオッ!!!!
ついに全ての職員が倒れてしまいました。これぞ"魔王の八つ当たり"です。
「ったくよぉ…クソっ…ナメアちゃん香煙ちょうだい香煙…」
いつの間にか兵士達に紛れて、黒いスーツに身を包んだ女性が、籠の横に立っていました。
「禁煙中でハ?」
「解禁よ解禁!!……はぁあ…せっかくシースー予約したのに…キャンセルしといて。」
「かしこまりましタ。追加の資料がありますが、お読みしますカ?」
魔王は人差し指と中指で香煙…タバコを挟み、指を屈曲させて器用に手の平の口で吸っています。
「スウゥゥゥウ…ぶはあああ。うんめぇえ~…あぁ、うん。一応読んで。」
「では恐れながら…"ワイズリー様の視覚情報から、最後に天井を見上げている事が判明。しかし、脳に組み込まれていた記録媒体は消失してしまっており、詳しい情報の解析には至らなかった。また、その直前の視覚情報には、顔の部分が白くぼやけた映像が検出された。これも記録媒体の損傷によるものだと考えられる"…以上でス。」
「……天井を見上げて死んだの?…ワイズリーちゃん、まあまあカイデーよね?」
「ハイ。約5mはあったかト。」
「…そんなワイズリーちゃんが、天井を…?押し倒されたってこと…?」
「魔人を押し倒ス…人間業ではありませんネ…」
「…顔が白くぼやけた映像ってのは?」
「どうやらこのままの意味のようでス。スクリーン用意。」
「はっ。」
兵士達が籠の前に映写機と白幕を準備し、映像を流し始めました。
そこにはナメアと呼ばわり女性が説明した通りの映像が映し出されました。
「…ふーん。…ナメアちゃんそこ止めて。」
「ハッ…どうされましたカ。」
「少し戻して…むー。これが白くぼやけた映像ね…」
そこには、画面いっぱいにキノクニの、顔の無い顔が映し出されていました。
「…ゴワルドちゃん、どう思う?」
魔王が大臣に呼びかけます。
「恐れ多くも魔王様…よもや映っていないのでは無く、"最初から顔が無い"のではないかと…」
「だよね…周りの映像も乱れてないし、顔だけ白いなんてあり得ない…顔の無い殺人犯……ちょっと興が出てきたかも!」
「では魔王様。此奴が音魔法を奪ったのでしょうか。」
「としか考えられないね!!ハハハハハ!!他者の魔法を奪う力…興味深いよ!!ねえ!ナメアちゃん、ゴワルドちゃん!!」
「「ははっ。」」
「ハハハハハハハ!!苦しゅう無い!面をあげい!余は戻る!もし本当に、失われた"顔無しの一族"だとしたら…こいつは是非とも余の手駒に欲しい!!さもなくば…」
「さもなくば…?」
「殺せ。」
「「御意に。」」
「ハハハハハハハ!!さあ、戻れ戻れ皆の衆!!今夜も宴だー!!」
「ナメア。ソスイに連絡。それと暗部に伝達。」
「は。ソスイ氏には蘇生術の旨、暗部には顔無しの件、伝えておきまス。」
魔王と兵士達が去り、大臣も去った研究室には、ナメアと大量の死体が取り残されるのみでした。
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ところ変わり、ここは人間の国、キコリ村も所属する、"ウォーベスト共和国"の首都"ウォー"にある冒険者ギルドの本部です。
その本部の大部屋のうちの1つで、SSS級と呼ばれる冒険者達がまばらに座り、ギルドの各運営部の長達、支部長達が一堂に会し、壇上に視線を送っていました。
そこにはギルド長が座し、とある村…キコリ村に現れた、顔無しの旅人の目撃情報について話しています。
ギルド長は真っ赤な仕立ての良い長衣を羽織り、額に真っ赤な宝石の飾りをつけた、真っ赤な髪をオールバックにした偉丈夫です。
「…以上が顛末だ。ギルドとしては直ちにこの顔無しを捕らえたい。」
「それが国からの要請でござるか~?」
席もまばらなSSS級冒険者の内の1人から、質問が飛びました。
「そうだ。報酬はなんでも望むものを好きなだけ。それと白金貨1000枚だ。」
「それはまたっ…破格でござるな~…」
「何故そこまで王国は、その者を捕らえようとしているのですか?!」
部屋中が騒めく中、今度は支部長席から質問が飛びます。
ギルド長は苦い顔をして答えました。
「機密事項だそうだ…だが皆も聞いたことがあるだろう。かつてこの国を襲った魔物、"顔無しの一族"のおとぎ話を。」
「なっ…あれは作り話では…それに近頃は、ほとんどの者が忘れ去り、語られてもいません!」
「…ならば語れ。噂を流せ。顔無しの恐怖を、再び思い出させるのだ…これは王よりの勅命。国家存亡をかけたクエストだと思え。」
そして、会議は続きます。キノクニの名は知られずとも、その存在は国中に、まことしやかに広まっていく。
その始まりでした。
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キコリ村はもうすぐ村祭りの季節です。
村は1週間前の騒動も忘れ、大賑わいです。
屋台や出店からはいい匂いが立ち込め、豊作を願う踊りをみんなで踊って過ごします。
そんな中、メールと村長は、家の中で療養中でした。
「…今連絡が入った。儂を毒殺しようとしたのは、纏め頭のオイスらしい。あの狙撃犯も、オイスの差し金じゃった。…のう、メール。彼の容疑は晴れたぞ。」
「…それをあの人は知らないわ……あの人に謝りたい……最後までわたしを助けて、おじいちゃんまで救ってくれた、あの人に…」
メールは、村人達のキノクニへの非礼を知り、悲しみに伏せっていたのです。
また、恋心かどうかもわからない好意が、メールを後悔させていました。
「はぁ…」
「…メールや。儂はこの村の長を止めようと思う。」
「えっ!?なんで…」
「儂はこの村を混乱させた。毒ぐらい、普通は気付くはずじゃ。なにせゴブリンの爪垢を飲まされたんじゃぞ?臭くてかなわん…じゃが儂は気付かずに飲んでこのざまじゃ。結局、おまえも守れなかった。」
「それは違うわ!だってわたし、今もこうして生きてるじゃない!おじいちゃんがいなかったら…」
「それこそ違うぞ。メール。おまえが今こうして、儂と話せているのは、全てあの顔の無い恩人のお陰じゃ。」
「お…おじいちゃんは…あの人を恐れてないの…?」
「儂を、何よりメールを救った御仁じゃぞ…?顔の有無など関係ない。彼は間違い無く、儂らの救世主じゃ。」
「じゃあ…備蓄庫からあの人が、食料とか持っていったのも怒ってないの…?」
「村人の手前、怒ったふりはしたがなあ…へんな儂らの命を救った報酬としては、少ないくらいじゃ。しかも、神殿への道を開き、薬草を産業として利用できるまでしてくれたんじゃ。怒るなどバチが当たる。」
「おじいちゃん…」
「いいか。メール。おまえは弓矢が上手い。何より恩人たる戦士と共にあったんじゃ。おまえも確かに戦士じゃ。そうじゃな?」
「うん…!」
「ならば儂は退き、村の皆の中から推薦で村長を決めて貰おう。おまえは自由じゃ。何をしようと…ギルドに属し、冒険者や旅人になろうともな…」
「…!」
メールの目からは大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていました。
自分のことを考え、村長を辞めると言ってくれた祖父の気持ちが嬉しかったからです。そして、キノクニを探しに行けるという事が嬉しかったからです。
「メール。どのような人生を送り、どのような道を歩もうと、儂はお前の幸せを、1番に願っておるよ。」
「…おじいぢゃん……」
もうじき日が暮れます。
夕陽が優しく村を包み、村人達はなお踊り続けます。
村長の家では、最早ただの老人となった元村長と、後に高名な冒険者となるその孫娘が、静かに抱き合っていました。
全ては予定調和のように、良くも悪くも動き出します。
一度動き出せばもう止まりません。
キノクニとグリモア。そして、それに関わる全ての者達の運命が、動き始めたのです。
続きは次回のお楽しみです。




