記録十一:とあるドワーフについて
ここは見渡す限りの平原です。
平原と言っても、ただの平原ではありません。
"タツノオ盆地"と呼ばれる、周りと比べると少し窪んだ平原でした。名前の由来はタツノオ…つまりドラゴンの尾が沢山見られることから、そう呼ばれるようになりました。それほどドラゴンがいるということです。
小型や中型のドラゴンが闊歩するその平原を、キノクニはグリモアを携え歩きます。
大荷物を背負って。
「ん~!気持ちええなぁー!なあ!キノクニ!ここらで休憩しようや休憩!オレ腹ペコや~!さっき取ってもろた和草!あれ食いたいわ!なあ!聞いとんのか!?なあ!なあて!おい!?キーノクーニさーん?!」
「…やかましい。休息は30分前に十分取った。次の休息は1時間後だ。」
「えー!!?嫌や嫌や嫌やー!オレ腹ペコやー!!!なあなあなあなあなあなあ!!」
キノクニは荷物を下ろし、なあなあと喚くグリモアをおもむろに両手で掴みました。
「なあなあなあなあなあ…あ?何する気なん?」
「ふん!!!」
メキャアッ!!
そしてグリモアを閉じたまま、真ん中から裂くように力を入れました。
グリモアからしてみれば、背骨を真逆に折られたようなものです。
「~~~~~~~~!!!!」
声も出せずに悶絶してしまいました。
「…5分ほど無駄にした。先へ進む。」
キノクニはそんなグリモアをバシバシと乱暴に叩くと、腰のホルダーに戻して再び歩き始めました。
すると、今度は助けを求める声が聞こえてきました。
「誰かあああ…助けてええええ!!」
丁度キノクニの行く手から聞こえてきます。
さして急ぎもせず、キノクニ達が進んで行くと、巨大な地竜が今にも荷車を押し潰そうとしているではありませんか。
荷車の横には、慌てふためく小さな男が座り込み、叫びながら泣いていました。
「あああああ…助けてくだせえ旅の方!!あの憎っくき地竜めが、わっしの商品を潰そうとしてくるのです!!」
「知らん。」
「ああ…ありがとう…ってえぇっ?!ちょちょっ…待ってくだせえ!!旅の方!この哀れなドワーフを、どうか助けて下さいませんか!!」
ドワーフはキノクニに縋り付き頼みます。しかし…
「知らん。」
キノクニには取り付く島もありません。
「もっ…勿論!お礼はしますよ!!見たところ旦那は大荷物!!しかし、わっしは何でも幾らでも詰め込める魔法のウエストポーチなんぞも扱っているんでさあ!!」
「…」
キノクニは立ち止まり、静かにドワーフを睨みます。
「…」
「へへっ…どうか…」
しばらく睨むとキノクニは視線を外し、荷物を下ろしました。
「……離れていろ。私の荷には近付くな。」
「へ、へい!!」
キノクニは荷車にじゃれつく地竜の尾を掴みました。
「ふうぅぅぅ…」
「あの…旦那?何をするつもりで…」
「ぬえりゃああああああ!!!」
キノクニは体を輝かせると一気に地竜の尾を引き上げ、地竜を荷車から無理やり引き剥がしました。
驚いたのは地竜とドワーフです。
「えええええええええええ!?!?」
「ぎゃうううううううん…」
ドズゥウウウウ…ン…
地竜は仰向けに倒れ、荷車は無事に地に着いています。
「あ…あ…すげえ…地竜を素手で投げた……旦那は…巨人の子か何かですかい??!」
「違う…」
「すげえぇ…」
「そんなことより貴様が言っていたバッグを…」
「ぎゃうあああああああ!!」
キノクニが振り返ると、倒れていた地竜がこちらに突進して来ていました。
ガララッ!
今度は荷車の方から音がします。振り返るとドワーフが、荷車を引いて一目散に逃げていました。
「おい。貴様…」
「へへへ!わっしは持っていると言っただけで、やるとは言ってやせんぜ!?礼はこれでさぁ!"ありがとうございやした"!!そいじゃあお達者でぇ~!」
キノクニはすぐさま地竜に向き直ると、片手で突進を受け止めます。
ズガァァァァァアン!!!
筋肉は引き千切れ、骨は砕け、血は噴き出しましたが、持ち前の回復力で強引に治し、地竜を止めてしまいました。
地竜はまたもや驚きますが、キノクニはこれでは終わりません。
「はぁー…ぬりゃあ!!」
ぐちゃん!!
空いている右手で地竜の左目を抉り込みます。
「ぎゃうううううっっっ!」
あまりの痛みに地竜はのたうち回りますが、まだまだキノクニは終わりません。
そのまま肩まで腕を突っ込むと、地竜の脳を鷲掴み…
ぶちゃあっ!!
そのまま勢いよく引きずり出してしまいました。
地竜は即死です。
グリモアは未だ表紙を折られた衝撃から声も出ませんでしたが、さらに出なくなりました。
「ぬんっ!」
ぶちゅんっ!
キノクニは左手も眼窩に突っ込むと、ハンマー投げのようにグルグルと回し始めます。
狙いは勿論、ドワーフの荷車です。
ぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるんぐるん…
ぶわっ!!
十分な勢いを乗せて、キノクニは腕を引き抜きました。
地竜は綺麗な放物線を描き、飛んで行きます。
ドズゥゥウン…!
ぎゃああああああ…
どうやら見事に当たったようです。
キノクニは慌てず騒がず荷物を持つと、歩いて声の方に近付きます。
案の定、荷車ごと地竜の下敷きとなったドワーフでした。
「あああ…助けてええ……ああっ?!おおおおおお…お前っ!お前の仕業か?!」
キノクニはドワーフに一瞥もくれず、ドワーフの荷車を漁ります。
「まままま….待てぇ!ま…待ってくれぇ!!それは全て王国に頼まれた品なんだよぉ…頼むから…」
キノクニは勿論意に介しません。
そしてガラクタのような品や綺麗な玉、香り袋や黒い箱、それらを掻き分けた先に…
「これか。」
ベルトに付いた大きなポーチの左右に、小さなポーチがいくつか付いています。
「随分と古ぼけたポーチだ…」
「~~~っああ!お前、竜をも投げる怪力で、オレの背骨を折りおってからに!!あー痛い!…それは"アルノルドの懐袋"やな!有名な探検家、アルノルド・シュガーの魔法のポーチや!凄まじく強力な空間魔法と時間魔法がかけられとるさかい、あらゆる害悪から中身を守ってくれる!…正直オレもそこのドワーフにはムカついたからな!貰ってまえ貰ってまえ!」
「ふん。」
キノクニはグリモアに言われずとも、既に荷物をポーチに入れ、腰に巻きつけていました。テントや予備の防具、薬草や回復薬、食料も全て入ってしまいました。
「中々使える。」
「当然やで!…そこの地竜も入るんとちゃう?」
グリモアが地竜の死体を指して言いますが、キノクニは気乗りしない様子です。
「ああああ…お慈悲を…お慈悲をくだせえ……」
「ほら…ああ言っとることやし…もう十分とちゃう?」
「それはお前が決めることではない…おい、貴様。もっと役に立つ物はあるか。」
「ひぃっ!な……無いと言ったら…?」
「地竜はこのまま。貴様もこのままだ。」
「へへへっ…ご冗談…を…」
「…先を急ぐ。」
「待って待って待ってくだせええ!!…今はありやせんが必ずお渡しします…その剣!その剣を鍛え直せる鍛治師の知り合いが居ます!!」
「…これをか。」
キノクニは背中の剣を抜き、ドワーフに見せます。
「へっへい!都に…この先の都、ウォーにいるんでさあ!!わっ…わっしの言うことなら必ず聞く奴でさぁ!なぁ!頼んまさぁ!」
「…もし貴様がもう1度嘘をついていてみろ…」
「へっ…へへっ…そんなことは…」
ザンッ!
純白の斧を地に刺し、刃を見せつけ言い放ちます。
「貴様の体と首は永久に…」
「永久にっ…?」
「ガアアアアアアアア!!!!」
「ひゃああああああああっ!!!」
強大な咆哮がドワーフを襲います。
まるでドラゴンの咆哮のようですが、ドラゴンではありません。キノクニの上げた声でした。
「~っっっ……かぁあ…お前…音魔法を脅しに使うなやっ…耳が痛うてかなわんわっ…」
「耳など無かろう。」
「アホ抜かせぇっ!…あるは耳くらい!…心の中に。」
キノクニはここでやっと地竜をポーチにしまいました。
今度も簡単に入ってしまいます。
「へへっ…ですからその…そいつを返していただけやせんかねぇ…」
「ダメだ。これは先程貴様を地竜から救った報酬だ。」
「…そこを、なんとか…」
「ダメだ。」
「はぁ…分かりやしたよ…でも!…それはある冒険者の依頼で特別に入手した世界に1つだけの品。…要はそれ持ってて殺されても知りやせんぜ…?」
「構わん。」
「…いくら旦那がお強いと言っても…」
「黙れ。」
「…へいへい。付いて来てくだせえ……もうすぐ都でさあ…」
ドワーフはキノクニが散らかした商品を詰め直し、壊れた荷車を放って袋をかつぎます。
キノクニは手ぶら、ドワーフは袋の大荷物。
グリモアはとても可笑しくなりましたが、敢えて黙っていました。
「…さあ、見てくだせえ。この丘を降りれば、都ですよ…」
キノクニが丘から見下ろすと、そこには円状に広がる都市が堂々と存在していました。
「はー!ごっついなー!」
「首都ウォーか…」
「……へへっ…お達者でっ!!」
ドスッ!
ドワーフが背中からキノクニをナイフで刺します。
しかし、キノクニもグリモアも動じません。
「……あれ?あれれ?…なんで、叫ばないんでやんすか…?」
「貴様は嘘をついたな?」
「なんで死なない…?」
「救いようの無いアホやな…」
「なぜ悲鳴を上げないんだああああ?!」
ズパンッ…
キノクニの剣が、ドワーフの首と胴を切り離しました。
じわりと血が滲みます。
ドプッ…
首からも胴からも、ドクドクと血が漏れ出ます。
「貴様の首が紹介状だ。」
「まー、しゃーない!こらしゃーない!」
哀れな名も知れぬドワーフは、こうして死んでしまいました。
みなさんも嘘…とくに嘘重ねには、気をつけてくださいね。
続きは次回のお楽しみです。




