8、包丁を買う。事が大きくなる。
出かける支度は整った。
それから家を出て森の中を見て回った。
モンスターやらなにやら出るのを少し楽しみにしていた気持ちも確かにあったが、動物すら出会うことはなかった。
この土地はどこまでなのか、貰った地図に書かれてあるらしくキリカの案内でその端まで行く。
何があったわけもなく、森というより林程度の木、ちらほらキリカが教えてくれる薬草も数回程度目を凝らして見つけられるほどしかなかった。
大して期待をしていたわけでもない、自分が買った土地がどれくらいの大きさなのかを把握したかっただけなので充分収穫はあった。
「町、行くぞ。」
「はい。」
キリカに案内されながら街へ向かう。
包丁などの扱いは鍛冶屋が行うらしく、すたすたと目的地に案内された。
鍛冶屋、というだけあり、外装にあまりこだわりが無い様子で少しボロい印象を受ける。
中に入ると、剣や盾などの冒険に必須な道具が壁や棚に無数置かれており、包丁は見当たらなかった。
「子供連れて何の用だ。」
渋い声が聞こえ、視線をやればそこには100センチ程の小さくガタイのいい褐色の肌を持つおじさんがいた。
長い無精ひげを撫でながら雅たちを見る。
「包丁を買いに来た。後、木を伐採するためののこぎりも欲しい。」
お目当ての物がないが液晶越しでない本物の剣という物に視線を逸らさずにその男に注文する。
「あ?普段使いする包丁はわかるが、のこぎりってのはなんだ。木を切るのは斧と決まってるだろうが。」
冷やかしか?と苛立ちを顔ににじませる。
雅も何言ってるのだ、と顔をしかめた。
「いや、失礼しました。斧じゃなくてのこぎりが欲しいんですよ。包丁は25センチくらいの刃の万能包丁が理想ですが、よろしいでしょうか。」
年上に失礼な口を利いたと口調を直して再度お願いすると、更に顔がこわばった。
「なんだその気色悪い貴族語は。庶民だと馬鹿にしてんのか?のこぎりってのが貴族で流行ってるのか知らんがな、知らんもんは作れん!!帰れ!!」
男は怒鳴りつけた。
「あぁ。のこぎりが無いのかなるほど。じゃあ俺が言う剣を作ってくれって言えばその通りに作れるのか?それから、年上に敬意を払うべきだと思った。気を悪くしたなら申し訳ない。」
雅の様子をしばらく見つめた後、重々しく口を開く。
「・・・ある程度なら可能だ。付与はつけられんが、それでいいならな。」
男は紙と鉛筆サイズの炭を差し出した。
「付与が何なのかがわからんが、それでいい。充分だ。できれば金貨20枚内でどうにかしてほしい。そうだな、のこぎりはこういうのでこのギザギザな刃が特徴なんだが、出来るか?」
絵を描きながら金貨を20枚差し出す。
キリカは驚いたようにその手の中にある金貨を掴んだ。
「ミ、ミヤビ様!!それは払いすぎです!!包丁や木を切る斧を作るだけにそんなお金は使いません!!精々金貨1枚でも多いくらいです!!」
焦ったように雅から金貨を奪い取った。
「そうなのか?そのくらいで済むなら包丁以外にも作ってもらいたい。剣や盾とは違うものだが、刃物には違いないからな。どうしても職人の協力がいる。
それとキリカ、作るだけなんて軽々しく言うな。多かったのは俺の失態だがな。」
男は驚いたように雅を見る。
「こんなもんで魔物は倒せねぇ。精々街の連中の様な生活の一部の役に立つだけで精一杯の鉄くずだ。
そんなもんで、本当に満足すんのかお前は。」
そう笑いながら問いかけた。
「何言ってる。頼んでんのはこっちだぞ?その鉄くずでいいからここにきてる。充分だからここに来てるし頼んでる。
のこぎりは複数欲しくてな、他にもカンナとかのみ、後どうせなら曲尺も欲しいな。釘はあんのか?ねじは?どういうのがあるんだ?」
「待て待て待て!!落ち着け!!そう馬鹿みたいに矢継ぎ早に言うな!!釘は作っとるが他は知らん!!ゆっくり話してくれ!!」
「ああ、すまん。じゃあそれらも全部作ってくれ。鉄でいい。そうなったら金づちも欲しいな。まあいい、一通り書くから全部作ってくれ。」
目に入った紙に片っ端から自分が思いつく工具の全てを書き記した。
それを見ながら顔が青白くなっていく。
数十枚にもわたって書き終えると、男に手渡す。
それを冷汗をにじませ一つ一つの説明を頭がパンクしそうな勢いで覚えていく。
パンクせずに済んだ理由は、雅が紙に構造や注意するべきところを書き込んでいったからだ。
「と、こんな感じなんだが、大丈夫か?」
男はとても苦い顔をしながら
「出来る、とは言え、これほどのもんを作らせるんだ、材料費だけじゃ割に合わんぞこれは。」
頭を描きながら何度もその注文書を見ていた。
「金貨20枚じゃ、足りないか?」
不敵に笑う。
「阿呆抜かせ。全然たらん。が、金も要らん。これらの権利を全て貰おう。そうじゃな、売り上げの1割でどうだ?」
男も同様に笑う。
「いいねぇ。契約書でも書くか?口約束なんて、恐ろしい物は無いからな。」
余った紙をひらひらとなびかせながら声をあげて笑う。
「ずいぶん肝の座ったガキじゃ。契約書でいいならその話、引き受けよう。だが、本当に一割でいいのか?こういうのは3割だとか4割は持って行くものだろう?」
雅はさっそく契約書を手書きで書いていく。
「ただで貰えるならそれに越したことはないしな。それにこういう物は技術があってこそだろ、どんだけいいもん思いついても、それを形にしてくれる奴がいなけりゃ、ただの紙切れであり妄想の産物だ。
一応中立者を呼んで承認になってもらったりするんだが、キリカ、コレ読めるか?」
一通り書き終えた契約書をキリカに見せる。動揺した表情でその紙を見つめこくりとうなずいた。
「まあ、信じられんかもしれんが、コイツが証人ってことで、契約書の内容を呼んでもらう。それからえっと、どちらさん?」
「ガルーダだ。」
「ガルーダさんにも黙読してもらう。日付も確認してもらって、納得がいったらサインに捺印、はないから血判で。
同様の内容をガルーダさんも書いて同様にキリカに読んでもらって俺が読んでサインする。
ガルーダさんが書いたものを俺が、俺が書いたものをガルーダさんが各自で保管するって感じで。どうだ?キリカ、読んでくれ。」
そこまで言うと、また男、ガルーダの顔が険しくなった。キリカは気まずそうにつまりながら読み上げる。
「なにもそこまでせんでも・・・。まるで金に目が無い商人のようだな。心配せんでもそれを商会ギルドに登録する際にはおぬしの名前で出すから安心せい。」
深い溜息を吐きながらもその契約書に目を通し署名と血判を押す。
「なんだ?商標登録の様な概念があるのか?だとしても、それとこれとは別だ。商会ギルドってことはつまり金を預けたりなんかも出来たりするのか?その他に機密書類なんかを保管する、みたいな。」
「なんじゃ、妙に商人ぶってるからてっきりその手の者かと思えば違うのか?書類を管理はせんが、金は管理している。一年ごとに銀貨1枚を支払う事になるがな。」
「んじゃ、それ書いたら行くか?」
そう提案したが、首を横に振る。
「それをするのは、お前が思っている物を形に出来た時だ。包丁は今日中にでもできるが、残りはまだわからん。まったく、ワシは字を書くのが好かんと言うのに、こんなもん書かせよって。
お前みたいに字を綺麗に書けんのだ。読みづらくとも知らんぞ。」
ガルーダは少し顔を赤らめてそっぽ向いて自分が書いた契約書を差し出した。それをキリカは先ほどと同様に読み上げた。
そして雅も署名して血判を押す。
「じゃ、とりあえずは包丁頼むわ。」
「しっかし、なぜワシにそんなもん書かせる必要があった。ワシはまだその理由を聞い取らんぞ。」
ガルーダは雅の書いた契約書を恨みがましい目で見つめて聞いてきた。
「んあ?あー、その理由か。・・・例えば商標登録を俺の名前で出して、世にその技術が広まる分には大いに構わんし、恐らく登録したものを売るなりして得た利益を俺が何割か受け取る手筈になるんだろうが、
・・・もし俺が許可してない人間が作った時に、ただの口約束で「作っていいですって言われました」と言われた時の対策でもある。
お互いが書いたものを所持していることで、その契約書を偽ることは出来ない。追加で書くことも出来ない。何故なら片方にそれが書かれてないという事は、お互いの同意を得られていないということでもあるからだ。
向こうが勝手に契約書を持っていたとしても、それが俺の手書きでない時点でその証明にならないし、勿論向こうの契約書を俺が持っているわけもない。
お互いに持っているからこそ、この紙には意味が生まれるんだよ。だからこれは簡単に言うと信頼の証みたいなものだな。
・・・・それを商標登録の際に持って行き、ギルドの人間に商人になってもらえば、不正しにくくなるな。今後は商会の人間を証人になってもらって契約書を作成すればいいな、そうしよう。」
そこまで言ってもなお、ガルーダの表情はいいものではなかった。
「商会に力を持たせるつもりか?」
「商標登録なんてものをしてるくらいだ、力を持ってもらわないと説得力ないだろ。」
あっけらかんと答える雅に根負けしたように苦笑いを浮かべた。
そしてキリカはその話を聞きながらまるで教祖を見つけたような敬い以上の眼差しで終始見ていた。