3.旧帝都へ
俺たちは三にんが合流した後、東へ向かう。
今後の方針を話し合っていたこともあったが、俺が叱られて反省している時間の方が長かった。
数時間移動して、再び森に入っていく。
今回も周りに気配を感じたが、俺は昨日のこともありそれ程警戒することなく進んだ。
――昼食。
森の中に入ってしばらくして、馬を休ませる目的もあり休憩する。
「さっきから色々な気配がするのですが、段々増えている気がします。流石に俺たちを襲ってくることはないでしょうが……」
俺は何気なく口にしたつもりだったが、アリーシャは相貌を顰める。
「えっ!? そうなんですか? この国の東側に亜人種が統治する国もあり、東に行く程大型の獣や知性の高いオオカミなどが出没する筈なのですが……」
「そうっすね。アリーシャの言う通りっす。さっきから、こちらの隙を覗って攻撃しようと囲んでいるっすよ」
俺はアリーシャの話を聞いて少し驚いたが、ビアンカの話を聞くと口を半開きにして硬直した。
俺の顔を見たアウラは柳眉を寄せて、美しい相貌を歪める。
「カザマ、食べている最中に口を開けたままにしないで!? き、汚いわ……」
俺はアウラの言葉に呆けていた状態から脱して、声を荒げた。
「!? はあーっ! 何だよ? この前は全然襲って来なかったじゃないか! この前は俺だけ必死に警戒したのに、落ち着きがないと叱られて馬鹿みたいじゃないか!」
「カザマ、アウラに注意されたばかりですよ。口の中に食べ物を入れたまま大声を出して、恥かしくないのですか?」
アウラに侮辱されてキレ掛かったが、アリーシャに叱られたので我慢する。
だが、襲ってきたヤツラは絶対に返り討ちにしてやると昂った。
――昼食後。
移動を開始して間もなくして、モンスターが襲ってきた。
俺たちは、ヒョウ柄をしたトラに似た獣たちに囲まれている。
「おい、あれは何だ? ヒョウみたいな柄をしているが、大き過ぎないか?」
「あれはタイガーモドキっす。トラと同じ様な体格をしているっす。トラとの違いは群れで活動しているのが、厄介だと言われているっす」
俺は驚き声を上げたが、ビアンカが落ち着いた声で説明してくれた。
俺は昨日、盗賊を退治したビアンカのように、一番に飛び出していくつもりだった。
しかし、野犬程度だと思った相手が、トラと同じくらいの体型で群れを成して襲って来るとは想像もしていない。
そのため、完全に気後れしてしまう。
そこへ、アリーシャが指示を出す。
「ビアンカ、攻撃をお願い。リヴァイとコテツは守りをお願いします。私とアウラは待機して備えます」
「分かったっす」
「おい、おま……分かった」
「うむ、承知した」
「分かったわ。いざという時は任せて」
ビアンカ、リヴァイ、コテツ、アウラが順に声を上げて迅速に行動する。
タイガーモドキは大きな身体の割りに俊敏に動き、獣とは思えない連携を見せた。
恐らく、嘗て襲撃して来た賊たちよりも遥かに強い。
だが、ビアンカの強さはそれを凌駕していた。
一瞬、ビアンカが囲まれた様に見えたが、殴ったり、蹴ったりして吹き飛ばす。
それなりに賢い獣なのか、力量の違いを悟るとすぐに引き上げた。
「おい、お前、お前に従う必要はないのだが、守ってやると言ったからだぞ……」
「うむ、迅速な采配だった。カザ……!? いや、何でもない……」
リヴァイはアリーシャに向かって偉そうなことを言ったが、何もしていない。
今回もビアンカが一人で片付けてしまったからだ。
コテツはアリーシャを褒めて、気になることを言い掛けた……。
(カザの次は何だよ! 気になるじゃないか? どうせ、また俺の悪口だろう……)
俺は全く戦闘に参加することなく終わり、一人で拗ねてしまう。
独りストレスを抱えたまま、やり場のない憤りで注意が散漫する。
「止まるっす!」
「あっ!? 何だ……」
「おい、お前、何やってるんだ! 馬車を止めろ!」
「うむ、やむを得ないか……」
しばらく何事もなく過ぎていたが、ビアンカとリヴァイが声を上げた。
俺が呆けていると、これまで小さな姿で荷馬車にいたコテツが飛び降りて、本来の姿に戻る。
そして周囲に強烈な旋風を巻き起こし、周りの木々を薙ぎ払った。
コテツは周りを見渡すと、再び小さな姿に戻り荷馬車に飛び乗る。
「あ、あのーっ……」
恐る恐る訊ねようとしたが、誰も答えてくれない。
俺は俯いて、荷馬車を走らせ続けた。
周囲の木が倒れている中に、透明な太い網の様な物が所々に見える。
そして、先程のタイガーモドキと同じくらいの大きさのクモが、身体を引き裂かれて転がっていた。
「いやーっ……意外と大きかったっす」
「スパイダーグレードね? 最近は治安が良くなったお陰か、私たちの森に出なくなったから、少し驚いたわ」
「コテツ、ありがとうございます。ビアンカでも倒せたでしょうが……助かりました」
ビアンカとアウラは、転がっているスパイダーグレートという巨大なクモを見ながら声を弾ませ、アリーシャは攻撃したコテツに感謝の言葉を掛ける。
「うむ、あのまま進んでいたら、私は兎も角荷馬車が巣に絡まって大変だったからな」
「おい、お前、俺もすぐに攻撃出来たんだ。調子に乗るなよ」
「あらっ!? コテツさまだけでなく、リヴァイさまも助けてくれるつもりだったのかしら?」
「おい、お前、余計なことは言わなくていい……」
コテツはアリーシャに返事して、それを聞いたリヴァイはヤキモチを焼いたのか文句を言ったが、アウラが突っ込んで良い感じの雰囲気になった。
(俺がいなくても大丈夫じゃないのか? いや……俺がいない方が、アリーシャが中心になって纏まっている様な気がする……)
俺は、そのまま何も言わずに荷馬車を東へ進める――
――夕食。
少し開けた場所に出た。
「うむ、この辺りで野営の準備をしよう」
コテツの言葉を聞き、荷馬車を止める。
それから、俺は火を起こして野営の準備をした。
アウラたちは、昨日と同じ様に転移魔法で帰っていく。
リヴァイとコテツは三にんが帰ると、俺を問い詰める様に口を開いた。
「おい、お前、さっきは何だ?」
「うむ、私も言おうとしたが、昼食の後から様子が変だったぞ?」
「えっ!? 何って……!? それより、ふたりとも俺のことを無視していましたね?」
俺は何のことか分からずに、さっきから気になっていたことを言い返す。
俺の言葉を聞いたリヴァイとコテツの表情が険しくなった。
「おい、お前、お前は馬鹿か? 昼から急に気配を強くして、獣たちを刺激したと思ったら……その後は全く覇気がなくなり、あんな罠に気付かないとは……」
「うむ、貴様は敵を呼び寄せた後、何もせずに怯えていたな。その後は呆けていてクモの罠に気付きもしなかった。情緒不安定に程があるだろう。何か理由があるのか?」
リヴァイとコテツから叱られて、コテツから理由を問われる。
俺は俯いて返事が出来なかった。
そんな俺を見つめ、コテツが信じられない事を告げる。
「うむ、貴様はアウラとは関わらない様にしろ。アウラと関わると貴様は落ち着きがなくなり、冷静な判断が出来なくなる。今回のことで分かった……」
コテツの言葉を聞いた俺は動揺しつつも文句を言う。
「えっ!? 待って下さい! そんな急に……確かに、アウラが俺の悪口ばかり言うのが悪いです! でも、そこまでしなくてもいいじゃないですか?」
「おい、お前、お前は悪口と言っているが、アウラは悪気があって言っている様に見えないぞ。寧ろ好意があってお前と話しているのだろう。そもそもお前は、何故向きになって毎回答える。相手にしなければ良いだろう」
リヴァイは、俺とコテツの話を聞いて、更に俺を問い詰める。
「俺は、アウラが非常識過ぎるから叱っているだけで、悪くないと思います! アウラが、もう少し常識的になれば問題ないと思いますよ!」
俺はコテツとリヴァイに向きになって答えたが、本当は子供が駄々を捏ねているのと同じだと分かっていた。
コテツとリヴァイは互いに顔を見合うと、それから何も話さなくなる。
――アレスサンドリア帝国潜入四日目(異世界生活二ヶ月と三十日目)
翌朝になり、アウラたちが合流した。
俺たちは、再び東へ移動する。
予定では、今日中に旧帝都のザグレスに到着する筈だ。
俺は、コテツとリヴァイのことを意識して大人しくしていたが。
「今日も頑張るっす」
「今日は、私が活躍してみせるわ。朝はアリーシャが美味しい朝食をご馳走してくれたし、張り切っていくわよ」
「アウラ、褒めてくれたのは嬉しいですが、はしゃぎ過ぎですよ」
ビアンカとアウラとアリーシャの三にんは楽しそうに話しをする。
アウラのはしゃぐ姿を見て注意しようとしたが、思い留まった。
アリーシャが指摘したこともあったが、コテツとリヴァイの視線が気になったのだ。
俺はこうして、みんなの会話と周囲に気を使い馬車を東に進めた。
――旧帝都ザグレスの街。
昼食後、まだ陽が高い内に到着する。
今日は、周囲に気配を感じたが襲われることはなかった。
俺の所為なのかと思っていると、目の前の光景に声を漏らす。
「あーっ!? あれが、帝都なのか……」
ザグレスの街は、湖に周囲を囲まれ要塞が浮いている様に見えた。
しかしその要塞は、黒く覆われて街の中心付近である城に近づく程、黒さが増している様に見える。
「やっと、しゃべったっす」
「今日はカザマがほとんど話さなかったから、お腹でも壊したと思って心配したわ。昨日は調子が悪そうだったから、お腹が空いていたと思ったの……だから、変な物でも食べたのかと思って心配したわ」
「アウラ、心配するのは分かりますが……まだ食料が残っているのに、変な物は食べないと思います。また、カザマが癇癪を起こすといけないから、気持ちは分かるけど気をつけてね」
俺の言葉を聞いたビアンカとアウラとアリーシャは、順に口を開いた。
ふたりはいつも通りだったが、アリーシャは気を使っている様に感じる。
(いや、ビアンカもアウラも心配してくれていた。アウラも言っていることはアレだが、本人なりに心配しているのだろう……)
俺は頷いて、三にんの頭を順番に撫でた……。
「あっ!? 急にどうしたっすか?」
「は、恥かしいわ……」
「カザマ、みんなの見てる前で止めて下さい」
ビアンカは尻尾を左右に振り、アウラは顔だけでなく耳まで赤くなり、アリーシャは頬を赤く染め、俺の手を払おうとしたが素振りだけだ。
コテツとリヴァイは、顔を見合わせたが何も言わない。
俺は三にんに元気をもらって、息を吹き返した様にコテツとリヴァイに訊ねる。
「街の黒いヤツはキラーアントでしょうか? 以前は数を減らして飛ばした筈ですが、こんなに増殖するのですか?」
「うむ、以前のことは詳しく知らないが、女王アリが多くいれば増殖するのも早いであろう。だが、この数は異常だな。池の周りで餌が豊富だったのかもしれないが……」
「おい、お前、何者かの陰謀かもしれんぞ。流石に、あの数は異常だ」
コテツとリヴァイは俺の問いに、久々にまともに返事をしてくれた。
俺は拳に顎を載せて、リヴァイの返事から思考する。
「……何者かの策略だとしても、何のためでしょう? それに、個人で仕掛ける策としては、大き過ぎる気がします」
「もしかしたら、周りの国のどこか……或いは複数の国が、この状況を利用しようとしているのかもしれません。この国は周りの情勢が悪くなると、戦争を仕掛けて恨みを受けています。でも、あまりに戦下手で返り討ちに合い、年々国力が低下しています……」
今度はアリーシャが答えてくれたが、以前この国に住んでいたことなどから推測を含めた分かり易い説明だった。
この国の偉い人は、相当頭が悪いのだろうかと首を傾げる。
「この国の権力者に反対勢力はいないんだよな? 他人の俺が言うのも何だが、政権交代した方がいいんじゃないか?」
「それは、みんな思っています。でも、何故か皇帝が失脚しないんです。これだけ衰退しては、もう皇帝とは言えないでしょうが……」
アリーシャは苦笑いを浮かべながら答え、コテツとリヴァイは俺に目で合図を送った。
俺はコテツとリヴァイに微笑を浮かべ頷く。
「アリーシャ、良く聞け。俺たちの国もだが……この周辺の国々は、神さまが後ろ盾になっているらしい。だから、へっぽこ皇帝でも国を存続出来るのではないか」
「えっ!? ど、どうして……! これだけ、たくさんの人たちを苦しめている人が、神さまの恩恵を受けているなんて……本当なんですか?」
アリーシャは余程驚いたのか、俺に食って掛かるかの様に問い質してきた。
コテツとリヴァイは、何故か俺の顔を睨みつけている。
俺はコテツとリヴァイの視線に、まだ配慮が足りないのではと意気込む。
「俺は大人だから酒場とか、街中とかで色々と情報を集めているからな……。それより、アリーシャの話を聞いて気になったが、周りの国は何かしら仕掛けてこないか? 現に俺は、こうして偵察に来ている訳だし……周りの国の様子も少しは知っておきたいな」
「カザマは大人だから、酒場やカジノに行けるんすか? でも、不思議っす。大人なのに叱られてばかりいるっす。この前もレベッカが凄く怒っていたっすよ……」
「カザマって、私と同い年よね? その割に、いつも誰かに叱られているわ。それに、私に良く意地悪してくるし……す、好きな相手で、恥かしいのは分かるけど……」
俺が周りの国の情報を得られないか真剣に訊ねると、ビアンカが余計なことを言ってきた。
俺は聞き流すつもりでいたが、アウラが顔を赤くして更に余計なことを言ってくる。
何度か我慢したが堪忍袋の尾が切れる様に、アウラを怒鳴りつけようとした。
「お、お前は、少しは空気を……」
「うむ、空気を読むのは、貴様の方だ。先に余計なことを言ったのは貴様だぞ。大人なら、早く結婚相手を選べ。出来ないなら、余計な事を言わずに話を進めろ」
コテツは、俺がアウラを叱ろうとしたのを遮ると俺を叱り付け、話を進める様に促す。
俺は、アリーシャを落ち着かせるために、場を和ませようとしたのだ。
それなのに理解されず、拳を強く握って我慢した――。




