2.街の潜入調査
――ボスアレスの街。
夕食を終えると、辺りが暗くなるのを待って街へ向かった。
今回はリヴァイに荷馬車の護衛兼留守を頼み、コテツには街壁の外で待機してもらっている。
何かあれば、念話が使えるので完璧な布陣であった。
俺は以前ゴブリーノ族のピーノから貰った鉤縄を使い、街壁を越え容易に進入する。
街はヘーベルタニアの街と同じくらいの大きさだったが、所々に柄の悪いヤツラが屯っており治安の悪さを窺わせた。
俺は周囲を警戒しつつ、闇に紛れ情報を集め易い酒場を探す。
気配を消しながら移動すると、明かりが灯った店を見つけ酒場だと分かった。
――酒場。
店の中に入ると、初めて入ったからだろうか視線が集まる。
ちなみに店に入る前、左手首を衣類で隠し、冒険者だということを悟られない様にした。
これは初めて東の国からの刺客と遭遇した際、自分の存在を知られたからだ。
俺は無難にソーダ水を頼み、店員に世間話を始める。
「俺は東の方の国から来たんだが、どこも景気が悪くて……何か面白い話や、儲け話はないか?」
「はあーっ! お前は、ロマリア王国から来たのか……それとも、オスマン帝国か? まさか、アテネリシア王国か?」
店員の慌てた声に、周囲の客が訝しげにこちらを見つめた。
「何だ? 俺は船に乗って砂漠よりも、もっと東の国から来たんだ? 少し前に来たばかりで、そんな国の事は知らないが……」
店員は笑みを浮かべ瞳を輝かせると、俺が質問しているのにも構わず色々と尋ねだす。
「はあっ!? お前、砂漠よりも東の国から来たのか? どんな国なんだ? 何か珍しいものとかないのか?」
(あまり目立ちたくなかったが、余所者には冷たいと聞いていたし許容範囲だろう)
俺は自分に言い聞かせる様に頷き、店員を落ち着かせる様に手で遮る仕草をした。
「何だ……今の仕草は? 初めて見るぞ! 東の……極東の国の作法か何か?」
店員が前のめりになり、俺を見つめる眼差しが益々強くなる。
俺は頬を引き攣らせ返答に迷ったが、
「えっ!? まあ、そんなところだ……俺の国は、この周辺の国々を併せたくらい広い領土を持っている。移動で何十日も掛かる程の広大さだ。山や砂漠を越えるのも大変だが、遠くに移動する時は船を使う」
そのまま店員の話に合わせる様に話し出す。
正確には自分の国ではなく、隣の大陸の国のことだったが……。
それでも、俺の話に店員だけでなく、周りの客も興味深そうに耳を傾ける。
「いや、あんたの話しは分かった……!? いや、初めて聞いたので驚いた。まさか、砂漠を越えた所に、そんな大きな国があるとは……俺もあんたの話に釣り合うネタを出したいが……この国は首都が大変なことになって、遷都したばかりなんだ……」
「えっ!? この国は遷都したのか? どうして遷都したんだ? 今はどこが首都なんだ?」
俺は興奮して店員に訊ねたが、店員が目を閉じて数回頷くと、興奮した俺を宥める様に手で遮って見せた。
(あれっ!? 今、俺がやった仕草じゃないか? もしかして、これを極東の国の作法だと思ったのか……)
俺はしばらく呆然と店員を見つめる。
「おっ!? これは……俺も真似てみたが効果あるな。しつこい客相手に毎回怒鳴り散らすのも疲れるので助かるよ……!? 旧帝都なら、数ヶ月前に突然、西の方からキラーアントの群れが襲って来たんだ。ヤツラがあっという間に繁殖して避難したという訳だ。ちなみに今の帝都はこの街だが、国力が落ちて周りの国がいつ襲ってくるかもしれない。お前も他の国に行った方がいいんじゃないか? そういえば、お前は余所者で街の門を越えて来たんだよな? それなら、闘技場に呼ばれたんだろう?」
「えっ!? ああ、そんなところだが……詳しい国の話を聞いてなくて、俺は金儲けに来ただけだから……」
俺は戸惑い顔を引き攣らせつつも、店員の話に合わせて答えた。
店員は俺の事を気に入ったのか、笑みを浮かべ次々に国のことを話し出す。
「儲け話と言ったら、闘技場で屈強な男たちを戦わせつつ、皇帝が強い兵士探しと資金集めをしているくらいか……。お前もそのくらいは知ってるだろう?」
俺はまさか、こんなに一度に情報が集まると想像してなくて混乱した。
そして、目を閉じて眉間に右手を当てて、左手で店員の話を遮る。
「ああ、すまない……俺も、そのくらいは知っているが……少し考え事をしていた」
「おーっ!? い、今のも、極東の国の仕草なのか? あんたと話していると勉強になるよ」
店員は益々俺に興味を持ったみたいで、周りの客もいつの間にか俺を見つめていた。
(目立たない様にするつもりが、どうしてこうなったんだ? みんなが俺のことを不思議そうに見つめている。もう今日は、十分に情報を得たが、帰れない……)
俺は結局、閉店まで店員と周りの客の話に付き合うことになる。
俺は途中から『極東の男』と呼ばれて人気者になってしまう。
帰り際に、また店に寄るとみんなに約束して店を出た。
店を出てから、店内で目立ちまくっていた俺を囲む様にゴロツキたちが近づいて来る。
俺は、これ以上面倒は勘弁して欲しいと思いつつ、間を素早くすり抜けて逃げた。
街壁を越えてコテツと合流すると、リヴァイのいる荷馬車の方へ急ぐ――
――アレスサンドリア帝国潜入三日目(異世界生活二ヶ月と二十九日目)
翌朝、アウラの魔法で三にんが到着した。
俺は昨日のことをコテツとリヴァイに話していたが、アウラたちにも話し始める。
「西から飛んで来たキラーアントって、時期的に考えてもアウラが風の魔法で吹き飛ばしたヤツラだよな?」
「えっ!? そうなの……凄いでしょう! カザマはもう少し私のことを褒めても良いと思うわ」
アウラは腰に手を添えて胸を張っているが、頬を赤くしていつもよりも更に誇らしげにしていた。
「違うだろう! お前が余計なことをしたから、この国の人たちが困ってるんだろう! 少しは反省したらどうだ」
「痛―い!」
俺がアウラの頭を引っ叩くと、アウラは両手で頭を押さえて蹲る。
「なにやってるんすか? いつもアウラに手を上げて、カザマは弱いくせにすぐに暴力を振るうっす」
「そうですよ。本当にいつも癇癪を起こして、アウラは女の子なのですよ」
俺は反省している様子が見えないアウラを叱ったのだ。
だが、ビアンカとアリーシャは、いつも通りアウラの肩を持ち、俺を悪者扱いする。
俺が理不尽な扱いを受けて耐えていると、リヴァイとコテツが口を開く。
「おい、お前、アウラの責任だと思っているようだな。あのまま放置していたら、どうなっていたか、考えたのだろうな?」
「うむ、貴様はゴブリンとオークの集落を見捨てて、やがて村の方まで被害が出る可能性も考えたのであろう? 仲間たちや自国を見捨てて、他国を選ぶということか……」
俺は突拍子のないこと言われて驚愕するが、向きになって反論する。
「はあーっ!? ちょっと、待って下さいよ! 何もそこまで言ってないですよ! 俺はただアウラが迷惑を掛けたのに、反省してない様だったので叱っただけですよ」
リヴァイとコテツは冷ややかに俺を見つめ、更に話を続けた。
「おい、お前、言っていることが傲慢過ぎるだろう。あの時、アウラが駆除していなかったら、お前がどうにか出来たのか? 南にでも飛ばして自分の国の首都を襲わせるつもりだったのか?」
「うむ、貴様は何度も言わせるな! いい加減、落ち着け! 世の中、何事も犠牲を出さずに解決することなど不可能だ! 自分勝手な正義感を他人に押し付けるな!」
俺は今度こそ、何も言えなくなり俯いてしまう――。
しばらくして、俺はアウラの前に立って頭を下げた。
謝った後で、自分が叩いたアウラの頭を擦って痛くないか確認する。
みんなは俺のことを目を細めて見つめていたが、アウラは頬を染め俯いていた。
「さっきは、色々と悪かった。そ、それで話の続きだが……」
俺はみんなに一言謝ってから、酒場で聞いた話の続きをみんなに聞かせる。
「キラーアントを駆除しようにも、今は以前よりも数が増えている。しかも、迂闊に他所に飛ばすと、二次災害どころか三次災害になる。あの大群をすべて殺すには、ザグレスの街を焼き尽くすことになり兼ねない」
「何もしないで放っておいたらいいっすよ」
「うーん……それも考えたが、繁殖力の高さを考えると、この辺りにまで被害が出るかもしれない。俺たちにも責任があるが、この国ではなにも対策を立ててないのだろうか?」
ビアンカの話を聞いて、俺もそれが一番無難かとも思ったが、後々のことを考えると賛成出来なかった。
俺は拳に顎を載せて考え耽る……。
「カザマは酒場で色々と話したのでしょう? どうして、国がどういう対策を立てているか、聞かなかったのかしら?」
俺は、アウラの思わぬ指摘に顔を顰める。
「それは……一度にたくさん聞き過ぎると、怪しまれると思ったからだ……」
「本当は極東の男とか言われて、人気者になって浮かれていただけじゃないのかしら」
アウラは時折瞬きしながら、大きな碧い瞳を輝かせながら俺を見つめた。
確かにその通りだと思ったが、他に言い方があるのではないかと肩を震わせる。
(アウラの話を真に受けていると、また俺が悪者になってしまう。悔しいが我慢しなくては……)
俺は拳に力を込めて我慢したが、この後も色々とアイデアが出る。
キラーアントの群れを殺すだけなら色々と方法があるようだ。
しかし、威力が強過ぎて、どうしてもザグレスの街や周辺に被害が出てしまうらしい。
そのため、国の方針を知る必要があった。
結局、アウラの言ったことが正しかったのだ……。
(さっきは、いつもの様に怒って、頭を引っ叩かないで良かった……)
俺は安堵して肩を上下させる。
「夜になったら、また酒場に話を聞きに行くが……一度ザグレスの街は見ておきたいと思う。アウラは一度行った所なら転移魔法で移動が可能なのだろう? ザグレスの街に行ってから、またこの場所へ転移させてくれないか?」
俺がアウラにお願いすると、アウラは胸を張り鼻息を荒くする様に答える。
「分かったわ。私に任せておいて」
「この街から東へは、少し危ない気がします。帝都を放棄して遷都したとなると無法地帯になっているかもしれません」
アリーシャはこの先の道中を警戒する様に言ったが、俺は昨日の事を思い出し真に受けなかった――。




