1.帝国領に入り
――街道。
俺たちは帝国の街道を東へ進み、帝都であるザクレスを目指した。
ベネチアーノから馬車で四日程の距離である。
街道の途中にボスアレスという街があるそうだが、ベネチアーノからは二日程の距離で中間にあたるとアリーシャから聞いた。
俺たちは、今ボスアレスに向かっている。
(この国の神さまはアレスと聞いたが、街の名前が微妙に似ているのは気のせいだろうか……)
「うむ、気のせいではないだろう。この国の神は戦いが好きで、国は戦争ばかりしていると聞いたであろう」
「やっぱり、そうですか……。横暴な政治をしている様なら批判的な人たちというか、組織があると思うのですが……」
俺はコテツと今後の作戦について話し合おうとしたが、
「おい、お前、それならとっくに逃げ出したか、処罰されているぞ。空気読めよ……」
リヴァイに叱られて話が途切れた。
「私のことなら大丈夫ですから、そんなに心配しなくても良いですよ」
「あっ!? スマナイ……」
俺はリヴァイの言った意味をアリーシャの言葉で理解して俯くが。
アウラとビアンカが俺の顔を覗き込んでいる。
「さっきから突然話し始めて、どうしたの?」
「そうっすよ。気になるっすよ……」
「うむ、カザマが余計なことを考えていたので、リヴァイに叱られたのだ」
「そうなの……カザマが落ち着きないのは、いつもの事だから仕方ないわね。でも、そろそろ緊張感を持ってもらわないと、心配だわ……」
「そうっす!」
コテツは説明が面倒だったのか適当な事を言ったが、アウラもビアンカも納得した。
俺は悪口を言ったアウラを叱ろうとしたが、周りから攻撃的な気配を感じる。
アリーシャ以外は表情を引き締め、みんなも気配に気付いているようだ。
「コテツ、リヴァイ、盗賊でしょうか? まだ国境を越えて、そんなに進んでいませんが……」
「うむ、国境を越えたから、盗賊たちが待ち構えているのではないか?」
「おい、お前、それくらい少し考えれば分かるだろう」
俺はコテツには頷いたが、リヴァイの返事はイラっとしたので聞き流した。
「みんな、余程危ない状況になるまで魔法は止めてくれ。あまり目立ちたくない。俺は、既に帝国に知られているだろうから、俺が攻撃を……!?」
俺が指示を出している最中に、ビアンカは馬車から飛び降り、周囲を囲んでいる盗賊目掛けて走り出す。
俺は潜入して僅かしか経っていないのに頭を抱える。
「ああっ! み、みんな落ち着いてくれ! アウラとアリーシャは馬車から放れるなよ! コテツとリヴァイはアウラとアリーシャを守って、馬車に近づくヤツラを殺さない様に手加減して迎撃して下さい。俺はビアンカと一緒に突入します」
「おい、お前、俺たちは何から守ればいいんだ?」
「うむ、貴様は肩に力が入り過ぎだ。落ち着け! 何度言わせれば分かるのだ」
アウラとアリーシャは、苦笑しながら俺を見つめていた。
盗賊の数は十二、三人いたが……俺がみんなに作戦を説明している間にビアンカによって倒されている――。
俺は落ち込みしばらく声が出なかったが、盗賊たちを尋問した。
盗賊たちはこの辺りを縄張りにしているらしい。
有力な情報は得られなかったが、ここからボスアレスとの中間くらいから森に入るようだ。
昆虫種のモンスターや野犬やオオカミなどが出没して危ないので、この辺りを縄張りにしていると聞いた。
俺は盗賊たちを叱り付けたが、ビアンカの姿を見る方が怖かったようだ。
俺たちは先へ進む――
――夕方。
俺たちは野営の準備をした。
野営と言っても、俺とコテツとリヴァイだけ残るので荷馬車で泊まる。
食料もあるので、火を起こすくらいしかやることがない。
「私たちは一度、帰るわね」
「カザマ、風邪を引かない様に気をつけて下さい。コテツ、リヴァイ、カザマの事をお願いしますね」
「帰るっす。明日はもっと手応えがある相手と戦いたいっす」
アウラとビアンカは、遊びから家に帰る子供の様であった。
――アレスサンドリア帝国潜入二日目(異世界生活二ヶ月と二十八日目)
翌朝、ビアンカとアウラとアリーシャが合流して出発する。
「今朝のベーコンエッグは美味しかったっす。明日も狩りしてくるからお願いするっす」
「はいはい、分かりました」
「ビアンカ、そんなに美味しかったの? 今度、私も朝ごはんを一緒に……」
「アウラの分も用意するから大丈夫よ」
三人とも合流して早々に、俺には関係ない話題で盛り上がっていた。
「うむ、カザマ、どうしたのだ? トイレなら早めに済ませておいた方が良いぞ。この先は、森になるから……」
「違いますよ! 俺が……!? 何でもないです……」
俺は、三にんが俺の居ない食事の様子を楽しそうに話しているのが嫌だったのだ。
だが、任務が始まって二日目で、こんな事を言える筈がない。
森に入ってから時折、離れた所から気配を感じ警戒していた。
しかし、ビアンカは移動の最中に勝手に荷馬車から飛び降りて、木の実や果物を取って来ると、みんなに分けて食べたりと楽しんでいる。
俺はそういった油断が命取りになると思い、更に警戒を強めた――。
大分辺りが暗くなっていたが森を抜けると、地平線近くに太陽が沈んでいくのが見える。
離れた所に、夕日に照らされ街の外壁が見えた。
俺は、あれがボスアレスの街だと気づく……。
「違うだろう! もう中間地点なのに、何もないじゃないか! 初めてベネチアーノに行った時の方が、まだ危なかったぞ!」
「どうしたの、カザマ? また、突然叫びだして……お腹空いたの? 明日はパンを差し入れに持ってくるわ」
「そうですよ。言いたいことがあるなら、癇癪を起こさずに素直に言って下さい。みんなが心配しますよ」
「良く分からないけど、お腹いっぱい食べて寝るっすよ」
俺の叫びを聞くと、アウラとアリーシャとビアンカは順に答えた。
「そうじゃないんだ……!? パンはなくなったから持って来てくれると嬉しい……い、いや、そうじゃなくて、この国は危ないんじゃなかったのか? カトレアさんにアウラとビアンカを誘うと言ったら、命の危険があると言われて叱られたんだからな! 森に入ったら危険がいっぱいと聞いたが、何も現れないじゃないか? どうなってるんだ?」
「カザマ、どうしたの? 明日、パンを持って来てあげるから……」
「カザマ、疲れているんだったら私たちが交代するから、一度戻ってベッドで休んだ方が良いと思います。私たちにはコテツとリヴァイがいるから大丈夫ですよ」
「良く分からないっすが、そうっすよ! それから、危険がいっぱいってなんすか?」
三にんはまたも順に声を掛けてくれたが、的外れなことばかりである。
俺は身体を震わせ、誰も分かってくれない孤独感に耐えた。
そんな俺に、リヴァイとコテツが口を開く。
「おい、お前、我がままを言うのも大概にしろ! これだけの面子が集まっているのに、雑魚が近づいて来る訳ないだろう。少しは頭を使えよ」
「うむ、私も何度も言いたくないのだが、リヴァイの言う通りだ。貴様は仲間が危険な目に遭っても良いのか? 少しは自重しろ! 大きな街を前にしているのだ。貴様はこれから仲間のために潜入して、様子を探る必要があるのだろう? それに一国の中に、全く強敵がいないとは思えない。力を温存しておけ。貴様は、決定的に経験が足りないのかもしれない……」
リヴァイの話は、確かにその通りだと思ったが、イラっとした。
出会った当初は可愛らしい男の子の姿を見て、弟だったらと心を弾ませたが……。
コテツの話は相変わらず厳しいが、厳しい中にも思いやりと知的な印象を受け、俺にやる気を与えてくれる。
「みんな、スマナイ……もう大丈夫だ。俺は夜中に一度、街の壁を越えて様子を見てくる。明日の朝、その情報を元に予定を考えよう」
俺の立ち直った姿を見ると、三にんともアウラの転移魔法で帰宅した――。




