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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第十四章 女神さまの祝福
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1.密命を受けて

 ――異世界生活二ヶ月と十九日目。

 朝食後しばらくして、俺たちは王都を離れる。

 俺は先に帰るが、みんなには王都の見物を楽しむ様に話した。

 だが、みんなは律儀にも付き添ってくれたのだ。

 帰りの挨拶で再び王さまのグラハムさんに謁見したが、レベッカさんと別れるのが寂しそうで、本人も認めるドータコンであった。


 ――異世界生活二ヶ月と二十三日目。

 俺たちは十日ぶりに、オルコット村に帰ってきた。

 俺は一度ヘーベルタニアの街に帰り、教会で密命の事をヘーベに話すと準備のため再び村に戻る。

 エリカは護衛のため、そのまま教会に残った。


 ――モーガン邸。

 夕食後自分の部屋に戻ると、ビアンカの衣類の尻尾の部分を加工しながら考えていたが。

 「リヴァイは、東の国のことをどのくらい知ってますか?」

 「おい、お前、俺が人間世界のことを詳しく知っている訳がないだろう。コテツに聞いても同じだと思うぞ。俺たちには瑣末なことだろう……」

 俺は珍しく真面目に答えてくれたリヴァイの顔を見ながら頷いた。

 (アレスサンドリア帝国だったか……国の地理や情勢を少しでも多く知っている人を同伴させる必要があるな。――それから今回の特殊な依頼は、俺と同じ様な特性を持つビアンカに同伴を頼みたい。万一の時のために治療や回復役に一人、アウラになるか……)

 俺は声に出さず人選のことを呟く。

 土地勘のある人材がいないため、明日カトレアさんに尋ねることにする。


 ――異世界生活二ヶ月と二十四日目。

 朝食後、書庫でカトレアさんが来るのを待った。

 「おはようございます。相談したいことがあるのですが……」

 「おはよう……!? な、何か大切な用事があるのかしら?」

 カトレアさんは何か勘違いしたのか、頬を薄く染めている。

 「王都では私の服を選んでくれなかったけど……後からプレゼントするつもりだったのね? あらっ!? 私としたことが、気づかない振りをしていた方が良かったわよね」

 「えっ!? いや、その……」

 カトレアさんから、予想以上に露骨な催促を受けて返事が出来なかった。

 明らかに期待の眼差しを向けるカトレアさんの返事に困惑していると。

 俺が買ってあげたメイド服を着たアリーシャが、頬を薄っすら染め身体を捻らせながら後ろに立っていた。

 「ア、アリーシャ……いつの間に着替えたんだ。良く似合っているじゃないか……」

 「はい、朝から着ようと思ったのですが、朝食の準備と片付けで汚れるといけないと思って……」

 これは寧ろ、そういう時に着る服だと教えようと思ったが、タイミングの悪さに冷や汗を流しつつ我慢する。

 「ちょっと、カザマ! 今、私と話をしている最中よ!」

 「はっ!? いえ……その、カトレアさんに庶民の服は……ないと思って、初めから考えていませんでした」

 「えっ!? そうなの? 別に、高価な服でなくても良いのだけど……私を蔑ろにしていないのであれば……」

 俺は決して誤魔化そうとした訳でなく、ただ事実を伝えただけであった。

 初めから庶民の服を買いに行くのに、カトレアさんのことは考えていなかったのだ。

 カトレアさんが納得してくれたので、何か勘違いしているかもしれないが。

本題に入りたかったので、敢えて余計なことは言わず。

 俺は表情を引き締め、カトレアさんに話し始める。

 「実は、新たにクエストを受けて東の国に行くことになりました。危ない国らしいので、みんなと一緒にという訳にはいきません。そこで、東の国の方の地理や情勢に詳しい方を知っていたら、紹介して欲しいのですが……」

 「はあっ!? 何よ、それ……」

 俺は背筋を伸ばして真剣にカトレアさんに尋ねたが、カトレアさんは俺の話を聞くと動かなくなった。

 俺はどうしたら良いか困り、アリーシャの方を見る。

 アリーシャは両手で顔を覆い震えている。

 (コテツ、俺はそんなに驚かせることを言いましたか? リヴァイ、東の国ってそんなに危ないのですか?)

 「うむ、突然そんなことを聞かれても……」

 「おい、お前、俺は分からないと教えた筈だぞ」

 俺が念話で伝えたことを、コテツとリヴァイが言葉で返事をした。

 すると、動きを止めていたカトレアさんとアリーシャが反応する。

 「カザマ? さっきあなたは、みんなと一緒にという訳には……と言ったけど、誰か連れていこうとしているのかしら?」

 「はい、引き受けてくれるなら、ビアンカとアウラにお願いしようと思っています」

 カトレアさんは先程までとは違い、表情も口調も真剣になっていたが、俺の返事を聞くと柳眉を顰めた。

 「カザマ、ビアンカとアウラなら……死んでも良いと思っているのかしら?」

 「えっ!? な、何を言ってるんですか? そんな訳ないじゃないですか?」

 「あなた、何も知らないでそんな事を言ってるの? 私がレベッカさんに断ってあげるわ!」

 俺はカトレアさんから予想外の返事を聞き、身体が強張る。

 自分が想像していた以上に、隣の国は情勢が悪いようだ。

 以前、エリカが西の国に遠征していたので、楽観していたのかもしれない。

 「ま、待って下さい! カトレアさんだから話しますが、これは国からの命令です。レベッカさんに言っても無理ですよ……。それに、そんなに危ない国だとは知りませんでした。俺一人で行きますので、情報だけでも教えてもらえませんか?」

 俺は興奮しているカトレアさんを止めるために密命であることを話し、せめて情報だけでも教えて欲しいとお願いした。

 「地図だけで良いなら、この部屋にもあるわ……」

 「えっ!? 地図も置いてあったんですか?」

 カトレアさんは無言で頷く。

 俺は書庫の中のものをあまり触ったことがない。

 ほとんど、演習場で魔法の練習や実践的なトレーニングをしていたからである。

 書庫にある帝国の地図を手に取ると、帝国に関する情報に目を通す。

 (地図が手に入ったので大雑把なイメージは掴めたが、地形が分からない。それにこれは少し前のものだし……アウラに聞いてみるか……)

 俺はカトレアさんにお礼を言い、演習場に移動した。


 ――演習場。

 俺は、コテツとリヴァイを連れてアウラが来てないか探す。

 「カザマ、アリーシャにだけ……あんなに可愛い洋服を……ずるいわ」

 「はあっ!? お前にも服を買ってあげただろう? し、下着も……それに、あれは家の中で家事をする時に着る服だぞ」

 「えっ!? そうなの……」

 アウラが勘違いしている様なので分かり易く説明したが、アウラは余程驚いたのか碧い瞳を丸めている。

 困惑する美少女の姿に飽きた訳ではないが、慣れてしまったので話を進める。

 「それよりも、聞きたいことがあるんだ……」

 「何かしら?」

 「東の国のことを詳しく知っている人がいたら、紹介して欲しい……」

 「東の国? 私は行ったことがないから分からないけど……。場所が分かれば、精霊にお願いして様子を探るくらいは出来るけど……」

 アウラは、何故そんなことを訊ねてくるのだと言わんばかりに訝しげな様子。

 俺は、アウラは連れて行けないと思った。

 「さっきから何の話をしているっすか?」

 「ビアンカ、近くで隠れて聞き耳を立てていたのか?」

 「アウラがアリーシャの服の話しをしていたから、邪魔したらいけないと思ったっす」

 ビアンカは友達のアウラを気遣って、出てくるタイミングを計っていたようだ。

 「その話題は解決したぞ。今は、東の国のことを知ってる人がいないか聞いていたんだ」

 「そうなんすか? それなら、モーガン先生に聞かないんすか?」

 俺はビアンカの言葉を聞き、顔を歪める。

 「あっ!? 忘れてた……」

 昨日はモーガン先生が帰って来なかったので、すっかりその存在を忘れていたのだ。

 モーガン先生は王宮で伯爵待遇の賢者になって、ますます忙しくなったのだろうと想像するが、モーガン先生が忙しいというのを、今まであまり信じていなかった。

 しかし、王宮での振る舞いや衛兵の態度から、本当に偉い人なのだと知ったのだ。

 先生が帰ってきたら相談することにした――。

 

 その後、演習場で新しい技を研究する。

 王さまに会って思い出したが、俺の奥義技と呼べる『ディカムポジション』は、効力は絶大だ。

 だが武器への負担が高い上、俺の知らない単一素材の武器や防具への攻撃は、効果を発揮しない諸刃の剣といえる。

 ディカムポジションは分子を分解する技だが、もっと簡単なイメージで効果的な威力を発揮するスキルを考えながら、木刀を振っていた。

 (!? いつもは刀だし、最近はダガーで気付かなかった。木刀のせいか、空を切る音って、意外と凄かったんだな……!? 空気を切る……空気でなくて、空間を切れないだろうか……)

 俺は目の前の空間に意識を集中する……。

 (空を切ることなく、目の前の世界のほんの一部分……刀で切る)

 「はあっ! ……」

 木刀は無音のまま振り抜かれた。

 空気を切って空気が震える変わりに、目の前に生じた不思議な空間に空気が吸い込まれる様な感覚を覚えた……。

 (俺の目の前に一瞬だが、宇宙が見えた気がした……)

 「うむ、今の技は……」

 「おい、お前……何だ、今のは……」

 「今まで刀を振っていたので、空気を切る音を忘れていて気づきました。空気を切るのでなくて、空間を切れないかと……。今は空間を切って、宇宙が見えました。宇宙には何もないから、周りの空気を取り込んで元に戻った様です」

 コテツとリヴァイは目を細め、無言で俺を見つめている。

 「俺も今思いつき、初めて使ったから詳しいことは分かりませんよ」

 俺は頬を掻きながら、コテツとリヴァイに説明した。

 「おい、お前、人間の身で、そんな技を覚えてどうする……」

 「えっ!? どういう意味ですか? 俺はただ、以前王さまのグラハムさんと戦ったというか、手合わせをしてもらったのですが……。以前使った『ディカムポジション』という技が諸刃の剣だと思い、実用的な技を考えただけです。この先、強敵を相手にするかもしれないので、用心のために考えました。簡単に使うつもりはありません」

 リヴァイは俺の話を聞くとコテツに顔を向けたが、結局何も言わなくなる。

 「うむ、それで、その技の名前は?」

 「はい、『スパティウムセクト』と名付けたいと思います。空間切るという意味がありますが、まだこの技は未完成な気がします……」

 「おい、お前、今はその辺りで止めておいたらどうだ……」

 「はい、俺もこれ以上は必要性がないと思うので考えていません……」

 コテツは静かに俺を見つめている感じだが、リヴァイは何かを心配しているのか落ち着きなく感じた。

 「うむ、以前酒場でグラッドが言っていただろう。これ以上、無闇に力を知られると面倒事に巻き込まれるかもしれんぞ。唯でさえお前は、面倒事を引き起こすからな……」

 俺は折角新しい技を覚えて気分を良くしていたのに、コテツのお説教を聞いて台無しにされる。

 納得は出来なかったが、事実だと思い落胆したのだ。

 

 ――青空教室。

 昼食後の青空教室で、久しぶりにエドナや子供たちと会った。

 俺とカトレアさんはみんなにお土産を渡す。

 「カザマ、ありがとう……お父さんが、刀が出来たから店に来て欲しいと言ってたわ」

 「えっ!? もう出来たのか? ありがとう!」

 「えっ!? ち、ちょっと、何すんの?」

 俺は嬉しくて思わずエドナの頭を撫でていた。

 「ちょっと、マー君! 何やってるの? エドナにセクハラして……マー君だけ大きな仕事の依頼を受けて、浮かれ過ぎてない? 私も一緒に行きたいのに、街や村の守りが手薄になるって……」

 エリカがエドナとスキンシップを行っている俺に、ヤキモチを焼いているようだ。

 しかも、俺の密命のことをヘーベから聞いたのか僻んでいる。

 (こんなにべらべらと話されたら密命でなくなる……!? 俺もカトレアさんに話してしまったな……)

 「エリカもその内、大きな依頼が来ると思うぞ。多分……」

 「マー君のくせに、偉そうに……この国に来てからのマー君は別人みたいだわ。前は私だけを見ていてくれたのに……」

 俺はエリカのために慰めてあげたのに、エリカは何が気に入らなかったのか、日本にいた頃の話を始めた。

 俺は何度も否定したのに、同じ事を言い始めるエリカを叱る。

 「ち、ちょっと、待て! それは違うぞ! 何度、同じ事を言わせれば分かるんだ! 言いたくても言えなかっただけだろう! 全く……」

 「ふん、マー君はヘーベに会ってから変わったわ。絶対に許さないんだから……」

 「はあっ!? お前は何を物騒な事を言ってるんだよ。被害妄想も大概にしろよ……」

 俺はヘーベのせいで幾度も酷い目に遭ったので、気持ちが分からない訳ではない。

 だが、エリカの態度は看過出来なかった。

 そもそもエリカは、俺みたいに酷い目に遭っていないのだ。

 「カザマ、エリカの気持ちも考えてあげたら? あなたの話は理屈ばかりで思いやりが感じられないわ。女心も分からない様だし、優しさもなくなったら……」

 「えっ!? ちょっと、待って下さいよ。俺が悪いのですか」

 カトレアさんが、大人の対応でエリカの頭を撫でている。

 俺がエドナにやった時は、文句を言われて酷い扱いを受けたのに、みんなの視線が冷たく感じる。

 俺は黙ってアリーシャの買い物の時間まで待つことにした――。

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