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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第十四章 女神さまの祝福
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2.ユベントゥスの息吹

 ――夕食後。

 俺はモーガン先生の部屋を訪ねた。

 「先生、アレスサンドリア帝国のことを教えて下さい。古い地図が書庫にありましたが、それ以外は情報がなくて困っています。――それから、そんなに危ない国なのですか?」

 「カザマ、この国にはヘーベさんがいるだろう……。周辺のほとんどの国には、神が後ろ盾となっている。中には神が自ら率先して、国を支配している様な国もある。隣の帝国は、それとは違うが……神の名は『アレス』……戦争が好きな上、負けてばかりで国が衰退している。当然、国の治安は悪い」

 モーガン先生の話を呆然と聞いていたが、

 「他の国にも神さまがいるんですか? しかも、国の後ろ盾になっているのですか? ヘーベは後ろ盾になっている様には見えませんよ。寧ろ、俺に迷惑ばかり掛けていると思いますが」

 神さまという雲の上の存在は、すぐに実感が沸かない。

 しかし、ヘーベという身近な存在が脳裏を過ぎり、次々と疑問が思い浮かんだ。

 モーガン先生は顔を紅潮させ眉間に皺を寄せると、俺を叱り付ける。

 「落ち着け! お前は本当に落ち着きが足りない。隣の国と違い、ヘーベさんは率先して関わっていない。しかし、神聖な力を放っている。――アルヌス山脈の麓から『青春の息吹』が降り注いでいる訳だ。この国の女神の恩恵は……『ユベントゥスの息吹』と言われている。決して、裕福な暮らしが出来る訳ではない。健康な身体が手に入る訳ではない。だが、この国の民はいつも笑顔で生活している。活力がある。未来への希望で満ち溢れている。国の政策とも合致するだろう……」

 モーガン先生は俺を見つめたまま、ヘーベのことを話してくれた。

 いつも教会にいて、何をしているか分からなかったが。

 俺が知らなかっただけで、国の人たちのために尽くしているのが分かった。

 俺は胸の高鳴りに身体が震え、ヘーベに召還されて良かったと心から思う。

 俺が虚空を見上げる様に感動に浸っていると。

モーガン先生は話を続け、口端を吊り上げる。

 「情報収集は街の酒場で、いつもの様に行うと良いだろう。――それから、ビアンカとアウラを連れて行くのなら、移動は昼間だけにしてくれ。日没前に野営の準備をして、アウラの転移魔法で一度帰宅させろ。そして、朝から次の場所へ移動しろ。夜間は危険だし、日々の出来事の報告やいざという時の撤退も考えた……これで、どうだ?」

 「おーっ!? 先生! 先生は本当に賢者だったんですね!」

 俺はモーガン先生の作戦を聞いて驚愕すると、感動のあまり歓喜の言葉を発した。

 先生は俺の言葉を聞くと、またも顔を紅潮させ俺を怒鳴り突ける。

 「お、お前というヤツは……バカモノ!」

 先生を尊敬して褒めたつもりだったのに、久々に大声で怒鳴られてしまう。


 ――酒場。

 「よう、グラッド。王都ではレベッカさんから、お前が凄いヤツだったと教えてもらったぞ」

 「おう、カザマ。それは、今更だな……」

 「俺はてっきり、レベッカさんに養ってもらって、細々と生活していると思っていた。酒場の飲み代も払えないようだし……」

 俺はいつも通りグラッドに声を掛けたが、王都で知ったグラッドの偉業に饒舌になっている。

 グラッドは満更でもなさそうに得意気な笑みを浮かべていたが、眉を顰めて赤い瞳を細めた。

 「カザマ、お前、俺に喧嘩を売ってるのか?」

 俺は、グラッドが何故怒っているか分からずに怪訝な表情を浮かべる。

 「どうしたんだよ? お前が国中のクエストをほとんど空にしたんだろう? 普段何もしてないみたいだから、不思議に思っていたが……単にすることがなくなっただけだと分かったんだ」

 「お前ってヤツは……はーっ……もういい。お前に悪意がないのは分かった」

 俺は、グラッドのこれまでの活躍を褒めたのだ。

 グラッドは嘘偽りない純粋な俺の言葉を理解すると、溜息を吐いて大人しくなった。

 俺とグラッドの話が落ち着くと、リヴァイが口を開く。

 「おい、お前、グラッドだったか……お前もカザマを相手に苦労してるみたいだな」

 「おう、お前は、リヴァイと名乗る様になったのか……面白いヤツではあるんだが、感情的になると、周りの状況や他人の気持ちを理解出来ないみたいなんだ。初めて会った時は、もっと思慮深いヤツだと思ったんだが……」

 「うむ、私も以前から思っていた。これは、あれのせいだろうか?」

 リヴァイがグラッドに話し出しドラゴン同士の挨拶になったが、途中からコテツも混ざって話し出す。

 三にんの話しを聞いていたが、俺の悪口ばかりなので我慢出来なくなった。

 「さっきから、みんなで俺の悪口を言うのは止めて下さい! ところで、あれとは何ですか?」

 「あれっていえば、あれなんだが……お前、契約した時にヘーベちゃんから何か言われただろう? こんな大事なことを忘れたのか?」

 「えっ!? そういえば……何か恩恵を受ける様なことを聞いた気がするが……」

 グラッドが何を言っているのか分からずに首を傾げて考えていると、コテツが口を開く。

 「うむ、カザマは自分の契約の事も覚えていないのか? 貴様は、確か一度見たり・聞いたりしたことは忘れないのではなかったか? 貴様はそもそも何のために、この世界に来たのだ?」

 「コテツはいつも厳しいことを言いますね……俺はそもそも、ヘーベの……!? もしかして、俺が良く怒られたり、勘違いされるのは……ヘーベの感情の恩恵なのですか?」

 「うむ、今日もエリカに指摘されただろう。貴様は、本当に気づかなかったのか? 自分のことだぞ? 貴様、本当に忍者なのか?」

 「うううううううううう……」

 またしてもコテツに厳しい指摘をされたが、返す言葉がなく奥歯を噛んた。

 自分の事は兎角分からないものである。

 モーガン先生の話を聞いて、ヘーベに対する印象が変わったが、再び元に戻ったことは言うまでもない。

 俺たちの話に顔を引き攣らせて聞いていたグラッドが口を開いた。

 「ところで、お前……俺に何か聞きたいことがあるんじゃないか?」

 「あーっ!? そうだ! 実は、仕事でアレスサンドリア帝国に行くんだが、情報が足りない。知っていることを教えてくれないか?」

 俺は肝心なことを忘れていて思わず声を上げると、やっと本題に入りグラッドから知っている事を教わる――。

 荒廃した様子は想像がついたが、大きな街は検問が厳しく、入るのが難しいと分かった。

 小さな街や村では、余所者は出入り出来ないらしい。

 情報収集のため潜入するにしても、俺やビアンカしか侵入することが出来ないだろう。

 他にも色々と聞いて、グラッドに酒代を奢り村に戻った。


 ――異世界生活二ヶ月と二十五日目。

 俺は朝食後、みんなに明日アレスダンドリア帝国に出発すると話す。

 モーガン先生は厳しい表情をして、アリーシャは俯いてしまう。

 だが、ビアンカはいつもと変わりない様子であった。


 ――演習場。

 俺が足を進める先に、アウラはいつも通り腰に手を添え胸を張っている。

 先程、カトレアさんにも帝国に行くことを伝えたが返事はなかった。

 微笑を湛えるアウラの顔を見て、何度か躊躇われたが思い切って話し始める。

 「アウラにお願いというか、出来ればで良いのだが……危ないから、嫌だったら断ってくれていいからな……」

 俺の唐突な話にアウラは柳眉を顰め、首を傾げる。

 「どうしたの? 急に……東の国に行くなら、付いて行ってあげても良いわよ」

 俺が悩みに悩んで用件を告げる前に、アウラの方から話し出し、あっさりと引き受けてくれた。

 俺は驚きのあまり、アウラの両肩を掴んで声を荒げる。

 「はっ!? どうして知っているんだ? ビアンカか、モーガン先生から聞いたのか? 危ないんだぞ? 人見知りで怖がりなお前が、大丈夫なのか……」

 「カザマ、落ち着いて! 昨日の話を聞いて、ビアンカも私も気付いていたわ。昨日、モーガン先生に会って、私たちは付いて行ってあげると伝えたわ。――それから、また顔が近いわ」

 アウラは先程までと同じ様に誇らしげな姿をしていた。

 だが、俺から視線を逸らし、薄っすらと頬を赤くしているのが分かる。

 興奮からなのか、羞恥のためか、或いはどちらともであろうか。

 俺はアウラの肩から両手を離すと、アウラの顔を見つめ顔を歪めた。

 「ありがとう! ありがとな……」

 感極まって、肩から離した両手でアウラを抱きしめ、泣き出してしまう。

 「ち、ちょっと、カザマ、何も泣くことないじゃない……仕方ないわね……。アルベルトが見たら笑うわよ……」

 俺はアウラを抱きしめて、アウラから頭を撫でられている。

 そこへ、良い感じの雰囲気を壊す様に、ビアンカの声が響く。

 「ふたりとも、何、乳繰り合ってるっすか? アタシはまだ何も聞いてないっすよ!」

 ビアンカは口を突き出し剥れているようだが。

 自分が出てくるタイミングが分からず、飛び出してきたのだろう。

 「ビアンカ、ありがとう! それから、また言葉の使い方が間違ってるぞ」

 「余計なお世話っす! カザマは、アタシが付いてないと駄目っすね……」

 俺は飛び出してきたビアンカにも抱きつき、お礼を言う。

 ビアンカは俺の突っ込みに頬を膨らませたが、アウラと同じ様に頭を撫でてくれた――。


 俺は落ち着いたところで、昨日エドナの父親から受け取った新しい刀を抜いた。

 そして、感触を確かめる様に素振りを行う。

 試し切りは済ませていたが、軽くなった分だけ若干長くしてもらった刀は、切れ味だけでなく刀身のブレを微塵も感じさせない。

 新しく覚えた『スパティウムセクト』を一度だけ試したが、木刀の時よりも刀身のブレがないお陰か、スムーズに行使出来て頬が緩んだ――。


 午後からは、明日からの遠征に備えて荷馬車を借りた。

 長期滞在になる潜入作戦に、ジャスティスは必要ないと判断したからである。

 それから、食料や必要な物を購入した。

 王さまが王宮で用意してくれると言ってくれたが、具体的なことも分かっていない状況で用意出来なかったからだ。


 ――自室。

 俺は夕食とシャワーを終えると、明日に備えベッドで横になり英気を養っていた。

 そこへ扉を叩く音とアリーシャの声が聞こえる。

 「カザマ、ちょっと良いですか?」

 俺は扉を開けてアリーシャを通したが、

 「ああ、どうしたんだ……」

 潤んだ水色の瞳が細くなり察しがついた。

 アリーシャは眉を寄せ、口を開く。

 「あのー……私も一緒に行きます! 私はすぐに怪我を完治出来る治癒魔法だけでなく、アウラが苦手な土魔法、他にも神聖魔法も少しは使えます!」

 声を荒げるアリーシャに、俺は顔を顰めた。

 「ああ……気持ちは嬉しいが、危ないから……アリーシャは普通の女の子だから、無理しないで留守を頼むな」

 アリーシャは随分悩んだのであろう。

 いつもと明らかに表情と口調が違い、必死に見える。

 アリーシャの気持ちは理解出来た。

 だが、その必死さを健気に感じたが、同時に危うくも感じて遠まわしに断ったのだ。

 しかしそれでも、アリーシャは引き下がらない。

 口篭りながらも秘密の一端を顕にする。

 「私は……以前、この国に住んでいました……街や村、帝都だけでなく、大きな道から抜け道も知ってますよ」

 「えっ!? お、お前……そんな事言っていいのか? 秘密にしないといけないから黙っていたんだろう? 正直、それだけ情報を持つ仲間がいてくれたら助かる……!? どうせ、アウラとビアンカは、夕方になれば毎日帰って来るんだぞ。分からないことがあったら、その時に聞いてもらうから……」

 俺は驚愕で顔を歪め驚きの声を上げるが、アリーシャを落ち着かせようと説得した。

 アリーシャは俺の説得を聞くと、向きになったのか更に相貌を歪ませる。

 「聞いてもらうとは何ですか? カザマは帰って来ないのでしょう? やっぱり、私も行きます! 隠れ家に丁度良い場所も知ってます! 私がいれば、きっとカザマの役に立ってみせます!」

 「ああ、ありがとう……それでも、アリーシャは駄目だ。戻って来たら、何でもアリーシャのためにしてやる。どんな我がままなことでも聞いてやる。だから、頼むから……」

 まさかアリーシャが、秘密にしていた以前のことを話し出すとは思いもしなかった。

 俺を気遣う気持ちや覚悟の程は痛いほど伝わる。

 でも、それだけ余計に危うさが増すのだ。

 戦場で逸る気持ちは命を落とす。

 一度も戦争を経験したことはないが……。

 「分かりました。私はもう何も言いません……」

 アリーシャは、俺が返事をする間もなく部屋から飛び出していく。

 コテツとリヴァイは、何も言わなかった。

 後ろ髪を引かれる思いに心がざわめき、寝付けなかったが遅くに就寝する――。

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