6.ドラゴンとの戦い
「カザマ、武器を抜け! 私は素手で戦う。そちらが来ないなら、こちらから仕掛けるが……」
俺はレベッカさんの言葉に意を決して……ゆっくり深呼吸して刀を抜いた。
「俺の名前はカザママサヨシ。果し合い、確かに受けた。そちらの名前を教えて欲しい」
「ふむ、やれば出来るではないか! 先程までとは見違えるようだ! 良かろう、私の名前は『グラハム・ペンドラゴン・ファフニール』だ! と言っても……ファフニールは昔、人間たちが勝手に付けた名前だ。他は後から付けた名前だが……」
グラハムさんは余裕があるのか、わざわざ解説までして微笑を浮かべている。
(……はっ!? ファフニールって言ったよな……御伽噺に出てくるドラゴンじゃないか! そう言えばリヴァイのオヤジさんが、ライバル視する様な相手だったか……)
俺はその名前に一瞬萎縮したが、すぐに集中し直した。
幸いグラハムさんは、先手をこちらに譲るつもりらしく動いてない……。
「――では、『ウインド!』……グラハムさん、俺は先手で守りを固めさせてもらいます」
「ふむ、そうか……だが、今はその様な児戯は必要ない!」
俺の得意の破廉恥魔法は、グラハムさんの言葉の後で消えてなくなった。
「お前のことは色々と知っている。不詳の息子や可愛い娘から聞いただけでなく、実際に見させてもらった」
グラハムさんの言葉に、俺は嘗てない焦りを感じる。
魔法を封じられただけでなく、戦いそのものを見られていては、自分の戦術が通用しないかもしれない。
ニンジャとは本来、単独での強さに比重を置いていない。
隠密の使命を主任務として、決して目立たない存在だ。
そもそも、こんなに面と向かって一騎打ちすること自体、異例の事だと言えよう。
俺は、そんな不利な状況にも関わらず、グラハムさんに静かに答える。
「そうですね……確かに娘さんは、明朗活発で非の打ち所のない素敵な方です。息子さんの方は、良いヤツだと思います……でも、あの自由過ぎる性格は、苦労されたのではないでしょうか?」
グラハムさんは俺の話を聞いて、右手を顎に載せると赤い瞳を閉じて頷いた。
「ふむ、カザマは相手を見る能力に関しては、ひと際秀でた才能があるな……」
(初めて会った時から娘を溺愛するタイプだと思ったが、ここまでとは……)
忍者の術であるの五車。
ニンジャスキルではなく、俺が日本で修行して会得した技であり、相手の感情に訴え掛け動揺を誘う術。
本来忍者の術はこういう類が多い。
言葉による術を使ったが、この隙にグラハムさんの背後に回り、一気に肩口目掛けて刀を振う。
「ふむ、娘を褒めてくれたのは嬉しいが、嫁にやるつもりはない……それから、さっきも言ったが、児戯は止めろ。ただ、無心に、お前の全力で掛かって来い」
グラハムさんは後ろを向いたまま、俺の攻撃を避けるも防ぐもせず、まともに肩で受け止めた。
不意を付いたつもりだったが、逆に思わぬ形で攻撃を凌がれて動揺してしまう。
そんな俺の気も知れずレベッカさんは、両手を頬に添えて照れまくっている。
だが、俺の知るところではなく、全く気付かずにいた。
ビアンカとコテツは、何とも言い難い空気に戸惑っている……。
俺は一旦後ろに飛び、間合いを空けた。
(どうする? 魔法による攻撃、無詠唱魔法ならどうだ……威力の制御が利かないし、狭い洞窟の中で限りがある。だが、他に攻撃手段がない……。氷の刃よ、突き刺され!)
俺はこの閉鎖的な空間で使えそうな無詠唱魔法を発動させる。
氷の刃を無数に発生させてグラハムさん目掛けて撃ちつけた。
グラハムさんは全く避ける気配もない。
多少なりとも氷の刃による攻撃で、ダメージを与えたかに見えた。
しかし、グラハムさんは相変わらず険しい表情をしたまま動かない。
「ふむ、カザマは賢いヤツだと聞いていたが……私の話が通じないのだろうか?」
グラハムさんから発せられた言葉で、全く効いていないと伝わった。
俺はすかさず次の無詠唱魔法を行使する。
(膨張し凍らせろ!)
指定領域内の空気を膨張させ、凍らせる魔法を発動した。
今回は、今まで練習で行っていたよりも強く作用する様に膨張率を高く設定する。
「ふむ、不可解な……魔力の発動を感じなかったが、身体が凍っていく……」
俺はグラハムの臍の辺りから、身体全体を覆う様に空気を膨張させた。
これは通常の魔法というより、アウラから話に聞いた精霊魔法に近いロジックだ。
俺が自分の魔法に満足していると、レベッカさんが厳しい口調で意見する。
「カザマ、動きを封じて、何故攻撃をしないの? まさか、その程度の凍結魔法で終わったと思ってるの? 本気で怒らせるつもりかしら?」
俺は慌てていたこともあり、風と炎に次ぐ得意魔法を発動させた。
『ライトニングピアス!』
致命傷にならない様に、グラハムの右肩に狙いを定めて照射する。
岩をも容易に貫通する威力のある攻撃であるが、それでもグラハムの肩に当たると弾かれた。
(一体、どんだけ硬いんだ! 鎧だけの硬さじゃないよな? こんなのを傷付けるって、身体の組織……身体の組織を構成する物質を破壊しないと無理じゃないのか……)
俺が一瞬、呆けていると目の前の光景が一変する。
グラハムさんは身体の周りの氷を破壊して、
「ふむ、貴様は口で教えても分からぬヤツのようだな……」
一瞬姿を見失ったが、俺の目の前に距離を詰めていた。
俺は息を呑み、後ろに下がろうと跳躍する。
だが跳躍する前に、腹の辺りに猛烈な衝撃を受けて、後ろに飛ばされた。
俺は一昨日の夜、ビアンカから攻撃を受けた時の様に数十メートル飛ばされたが、今回もコテツに受け止められる。
俺は背後のコテツにお礼を言おうと思ったが、熱いものを吐き出し、息が出来ずにその場に蹲った。
俺が蹲って血反吐を吐いている中、グラハムさんは俺を怒鳴り突ける。
「立て! 貴様からは覚悟や必死さ……何より戦士と必要な闘志を感じない! 嘗て、私の前に現れた勇者たちと……貴様との違いだ! 貴様は殺す気で戦っていないだろう? 私を馬鹿にするのも大概にしろ!」
グラハムさんは漆黒のオーラを漂わせながら震えていた。
「カザマ、立つっすよ! 全力でぶつかるっす……」
ゆっくり顔を上げると、ビアンカが身振り手振りをしながら涙声を上げている。
「うむ、ビアンカの言う通りだ。私は胸を借りるつもりで戦えと言ったのに、貴様は策を弄するばかりで、全力で当たっていない。相手は侮辱されたと思って憤怒する寸前だぞ」
俺の後ろに移動したコテツも、俺に活を入れる言葉をくれた。
(全く、みんな人事だと思って……でも、一度正面からぶつかってみないと、分からないこともあるようだな……)
俺はガタガタと笑う膝と、全身の痛みにムチを討つように歯を食い縛って立ち上がり、グラハムさんを睨んだ。
身体のあちこちが悲鳴を上げるかの様に痙攣しそうである。
ダメージが大きいためだろうが、幸いにも痛みを感じている。
それは身体の感覚が麻痺していない証拠。
俺は静かに刀を構えると、眦を吊り上げた。
そして地面を蹴り、真っ直ぐグラハムさん目掛けて突進する。
相手の目の前まで一気に加速し、左肩目掛けて袈裟懸けに刀を振り下ろした。
「ふむ、やっとやる気になったか……」
グラハムさんは余裕の笑みを浮かべて、左手で刀を受ける。
だが今度は、初めて防御した。
しかし、俺は止まらない。
弾かれた勢いのまま回転して右腹に刀を振った。
それも右腕で防がれる。
次も防がれた反動を利用して右に移動して、グラハムさんの左側面から打ち込む。
今度も同様に防がれたが、俺の攻撃速度は次第に速くなる。
連続攻撃の猛攻が始まった。
本来、力を入れて身体を動かす際、筋肉を収縮させるためにタメが出来る。
身体を動かした後も、収縮させた筋肉が弛緩して身体が硬直する。
武術では、その一瞬の間を極限まで減らし、隙とならない様に鍛錬を積む。
一撃の速さだけでなく、攻撃全体の速さ。
日本での修行は中途半端であったが、この世界に来てからビアンカと修行して開花しようとしていた。
息つく暇もない程の攻撃を続けたが、グラハムさんはすべて防いだ。
攻撃速度は上がっているが、次第に自分の攻撃が単調になりつつあると悟る。
手詰まり……俺は限界を認識した。
(卓越した技もスピードも通用しない。すべてにおいてグラハムさんの方が上だ。せめて、俺に一撃必殺の攻撃手段があれば……さっき頭を過ぎった、あれを試してみるか……)
俺は攻撃を続けながら、グラハムさんの身体を構成する組織。
もっといえば分子構造を視ようと集中する。
だが、生物を構成する複雑な分子構造を見分けることは出来ない。
そこで俺は、もっと単純に分子を分解するイメージだけを膨らませる。
そして、刀身に分子を分解する意識を載せた。
(モレキュール・ディカムポジション)
分子分解の攻撃をグラハムさんの左肩目掛けて振り下ろす。
グラハムさんは、これまで通り左手で防ごうとする。
一瞬グラハムさんの赤い瞳が見開かれ、突然身体を動かし始めた。
先程まで自分の立っている場所から、俺の腹を攻撃した一度しか動いてないが。
それだけ俺の渾身の一刀に、これまでにない何かを感じたのだろうか……。
俺は刀を振り抜いた。
この戦いで、初めて刀は弾かれることなく振り抜かれる。
グラハムさんの左手は、手首から先が無くなっていた――。
俺はグラハムさんから少しだけ距離をとり、中段の構えを保つ。
「……ふむ、見事だ! まさか傷つけられるどころか、左手を失うことになるとは……」
グラハムさんは左手を失ったというのに、何故か嬉しそうに笑っている。
「カザマ、おめでとう!」
「カザマ、やったっすね!」
「うむ、見事な一撃だった。だが、私も見た事がない攻撃に見えたが……」
レベッカさんとビアンカが笑みを浮かべ、祝福の声を上げた。
コテツも褒めてくれたが、俺の技を理解出来ないのに不満なのか、怪訝な表情を浮かべ見つめている。
グラハムさんも右手を顎に添え眉間に皺を寄せて、不思議そうにしていた。
「ふむ、私も今の攻撃は初めて見た。実際に受けてみたが、触れた対象を腐食させる類の魔法に感じたが……それでは、攻撃を受けたと同時に、左手首を切り落とされたことが理解出来ない……」
グラハムさんの切断した筈の左手首からは、既に出血していない。
痛がっている素振りどころか、気にも留めていない様に見える。
「あのーっ……手首を……グラハムさん、スミマセンでした……」
俺は考え中のグラハムさんに頭を下げて謝った。
「ふむ、カザマは、私との約束を守って戦った。しかも、人間の力で、伝説級の武器もなく、私にこれ程の傷を負わせた。賞賛されることがあっても非難されることはない」
「そうよ! カザマはお父さんを相手に、これだけの負傷を負わせたのだから誇るべきよ!」
胸を張って微笑を湛えるグラハムさん。
レベッカさんは両手を胸の前に重ね、頬を染め俺を見つめている。
俺はふたりの反応に顔を引き攣らせた。
(俺は、あなたのお父さんに怪我をさせたのですよ! 怒ってないのですか?)
俺は、自分の気持ちと正反対の態度をとるレベッカさんに、声を出さずに突っ込んだ。
ここで俺の気持ちを察しない元気な声が響く。
「そうっすよ! カザマはドラゴンのおじさんから負けを認めさせたっすよ!」
「ちょっと待て! 私は負けを認めた訳ではないぞ! 今回はこういうルールにしただけなのだ! 負けた訳ではないぞ!」
ビアンカが大喜びで叫んでいたのを聞いたグラハムさんは、大人気なく反論した。
「うむ、確かに、今のカザマにしては見事ではあったが、私も先程の攻撃が分からない……」
コテツは周囲の反応を余所に、先程から俺の攻撃が気になって仕方がない様子。
――俺は周りのみんなの様子を見ながら、自分の使った魔法というよりスキルを解説することにした。
「世界に存在するもの……すべての最小単位は原子です。原子と原子が結合して分子となり、分子と分子が大量に結合して組織……つまり物が出来ます。物は水、空気、砂、岩、獣や人間も含まれます。さっきのは、俺の刀に触れた部分の分子の結合を分解させました……」
「何を言っているか分からないわ……」
「アタシもさっぱりっす……」
レベッカさんとビアンカは首を傾げながら、お互いの顔を見つめる。
しかし、グラハムさんとコテツは無言のまま考えているようだ。
「……実は、俺も詳しくは分かりません。本来説明する資格もないのです……俺はこの国に来る前は、この様なことを勉強している最中でしたので……」
真剣に考えるグラハムさんとコテツに申し訳なく思い、お詫びを兼ねて捕捉した。
それを聞いたグラハムさんの相貌が緩んだ。
「ふむ、ではカザマは、良く分かってもいない魔法を発動させたのか?」
「はい、但し自分でイメージ出来ないのでは魔法を発動できません。自分の分かる範囲での魔法ということです。俺がこれからもっと知識を身につけたり……或いは俺でなくても、俺よりもっと知識のある者が、この類の魔法を使ったら……世界が滅ぶ程の威力になるかもしれません……だから、俺はこの類の魔法の開発をする気はありません」
驚いた表情を見せるグラハムさんに、俺は頬を掻きながら語った。
「ふむ、そうだな……神々を巻き込んだ戦争に発展するかもしれない。貴様が混沌を望まないのであれば、それが正しい選択であろう……」
俺とグラハムさんの会話にコテツは黙って頷いていたが、レベッカさんは眉を寄せて首を傾げている。
ビアンカは話が難しくて飽きたのだろうか、岩の屋敷の方を見ていた――。
一通り感想を言い終えて、頃合いだとばかりにグラハムさんが口を開く。
「ふむ、約束通り褒美を与えなければならないな……」
「そ、それは有難いのですが、俺はグラハムさんの手首を切り落としてしまいました。本当は傷を付けるだけのつもりでしたが、身体があまりに硬くて……」
俺は、腕組みして何やら考え事をしているグラハムさんに申し訳ない気持ちでいた。
「ふむ、それなら、既に治っている。それより先程の魔法……技か? 何という名前なのだ……」
グラハムさんの素っ気無い口ぶりに、俺はこれまでと違った意味で驚愕する。
「えっ!? な、何で……そこに落ちているのは……?」
俺は地面に転がっているグラハムさんの手と、切り落とした筈の手首から先を何度も見返した。
「ふむ、既にドラゴンは種の変化を遂げているが……元々は爬虫類だから、これくらいなら再生可能だ。それよりも技の名前は何と言うのだ? 私の戦いの歴史に刻んでおきたい」
「へっ!? わ、技でしたね……あまりに信じられない現象に、言葉が出なくなりました……あれは魔法というよりも、スキルに近いと思います。簡単にそのままの意味で……『ディカムポジション』と名付けましょう」
俺は驚きから立ち直り、グラハムさんの言葉を頭の中で巡らせると銘々した。
グラハムさんは、俺の言葉を聞くと破顔する。
「ふむ、分かった! それでは約束の宝石だ。それから、貴様の武器は、既に使い物にならないだろう。私から切り落とした爪を持って行くが良い……だが、まだ不足だな。私の手首を切り落とした褒美としては足りない……」
俺は、グラハムさんがレベッカさんに手渡した『怒』の赤い宝石を受け取る。
爪と言われて気になったが、グラハムさんが言葉を発した後で、手首から先はドラゴンの前足の指から先に変わった。
半分呆けたままレベッカさんから受け取ったが、思ったよりも軽い。
俺に対する褒美をと悩んでいるグラハムさんに、ふと思いついた俺は口を開く。
「……では、お願いがあります。俺が以前召還したリヴァイ、リヴァイアサンの息子なのですが……」
「ふむ、リヴァイだけでなく、貴様が召還した者は、私の縄張りへの立ち入りを許そう。但し、貴様が対等以上の契約でなければならない……。勝手に騒ぎを起こせば即座に排除する。それよりも、お前に対する褒美を……」
グラハムさんは、俺が話している途中で即答した。
あれ程リヴァイが警戒していたのに……全く気にも留めないで、再び俺に対する褒美を考えている。
「あのーっ……もう十分ご褒美は頂きましたので……」
「ふむ、そうか……だが、それでは私の気が収まらない。何か考えておくことにしよう……!? だが、娘はやらないからな!」
俺は本当に何もいらなかったが、グラハムさんは後日、他のご褒美をくれるようだ。
レベッカさんはグラハムさんの言葉を聞くと、何故か頬を膨らまして剥れていた。
俺たちは、グラハムさんにお礼を言い帰ることにする。
ビアンカは岩の屋敷が気になって入りたがっていたが、何度も説得すると諦めてくれた。
俺も本当は気になっていたが、疲労が強く早く帰りたい気持ちが好奇心を上回る――。




