5.アルヌス山脈のドラゴン
俺とレベッカさんは厩舎にいる。
今回は荷馬車でなくレベッカさんも騎乗するようだ。
俺はジャスティスに跨り、少しペースを落として進もうと考えていたが不要だった。
レベッカさんの馬はいつもの荷馬車の馬ではなく、ジャスティスと同じくらいの名馬であり、馬に詳しくない者でも、ひと目で分かる。
「あのーっ……レベッカさん。ギルドの職員は、結構給料が高いんですか?」
「えっ!? いきなり何を言ってるの?」
俺は恐る恐る尋ねたが不躾であり、レベッカさんは訝しげに声を上げた。
「いえ、失礼だとは思ったのですが、かなりの名馬だと……」
「ああ、これはオルコットさんの家で借りた馬よ。最近、カザマの話とかを聞きに行ったりして、通うことが多かったから……」
レベッカさんは微笑を浮かべ説明してくれたが、俺はその言葉に顔を引き攣らせる。
「スミマセン……俺のせいで、忙しくさせてしまって……」
「うふふふっ………冗談よ。カザマのこと以外でも用事があったのよ。でも、最近カザマがいなくて困ったのは、本当よ」
レベッカさんは少しだけ俺に意地悪したかっただけのようだ。
笑い声が爽やかで癒される思いがした……。
(これから命懸けのクエストが待っているのに、こんなに暢気で良いのだろうか……)
俺は違和感を覚え、心の中で呟いていたが声に出す。
「あっ!? 今回のこれって、クエストになるのですか?」
「あらっ!? クエストでも、賞金を取りに来ないのに気になるの?」
「えっ!? いや、その……もう勘弁して下さいよ……」
レベッカさんが表情を引き締め意地悪な返事したので、俺は顔を顰めた。
「冗談よ。うふふふっ……クエストよ! もう、カザマは本当に可愛くて楽しいわね。私も候補の中に、入れて貰おうかしら……」
レベッカさんは笑みを溢し、本当に楽しそうである。
これまで俺が顔を出さなかった仕返しだろうかと思ったが、そうでもないようだ。
俺をからかって遊んでいるのだろう……。
(全く、こんなに楽しそうに笑われると怒る気にもなれない……!? 候補の中って、何のことだろう……)
俺とレベッカさんがこんな感じのやり取りをしていたら、あっという間にカトレアさんの家に着いた。
初めてレベッカさんと村に訪れた時を懐かしく感じる。
厩舎に馬を預けると、モーゼスさんに挨拶して屋敷を後にした。
――アルヌス山脈南部の森。
今はモーガン先生の家も通り過ぎて、森の中に入っている。
レベッカさんは驚くべきことに、普段俺とビアンカが走る速さで森の中を進んでいた。
「あのーっ……レベッカさんって、こんなに走るのが速かったのですか?」
「あら、そんなに変かしら? 私はギルドでも、冒険者の担当だから、多少は動けても不自然ではないと思うけど……」
レベッカさんは走りながら息も切らさずに、当然の事の様に説明する。
だが、どう考えても多少動ける程度の体力とは思えない。
単純に走っているだけだが、蹴り足に余力を感じる。
しかも昼間といえ、森の中は暗い。
そんな中を平然と、いつもの俺とビアンカのペースで走っている。
明らかにレベッカさんは、普通の女の子ではないと分かる。
身体能力だけなら、少なくともエリカよりも上だと感じた――。
俺がそんな事を考えながら森の中を進んでいると。
何となく予想はしていたし、僅かに気配を感じていたが……。
「珍しい人と一緒っすね! アタシも行くっすよ!」
あっという間に、俺たちにビアンカが追い付いて来た。
「レベッカさん、どうしましょう?」
「まあ、ビアンカの場合はコテツもいることだし、大目に見るわ」
ここまで何も話してないが、コテツは元の大きさに戻り一緒に走っている。
「ありがとうっす! それで、どこに行くっすか?」
楽しげに声を上げるビアンカに、俺は渋々答えた。
「これからアルヌス山脈のドラゴンに会って、宝石を返して貰う……」
「本当っすか? カザマ、ドラゴンと戦うつもりっすか!」
俺は仕方なく行くことになったのに、ビアンカもピクニックにでも行く様なテンションである。
浮かれているビアンカに不安を感じた。
「ビアンカ、頼むから早まった真似はしないでくれよ! 俺たちは話し合いで宝石を返して貰うのだからな!」
「そうよ。これはカザマの戦いだから、友達なら黙って見守ってあげることも大切よ」
俺をフォローする様にレベッカさんもビアンカを説得してくれたが、知らないうちに俺が戦うことが前提になっている。
ビアンカも楽しそうに頷き納得いかなかったが、敢えて何も言わなかった。
「ところで……レベッカさんは、途中までの案内だと思ってましたが、一緒に付いて来てくれるのですか?」
「あらっ? 何だか酷いわね……まるで私が、カザマだけ危険な所に送り込む、卑怯者みたいだわ……」
俺は何気なく口にしたつもりだったが、レベッカさんは表情を曇らせる。
「いえ、決してそんなつもりでは……普段は事務仕事しかされていない印象だったので、ここまで動ける方だとは思っていなかったので、つい……」
「それも酷い言い方ね。まるで私が引き篭もりで、ドン臭い女みたいだわ……」
落ち込んで見せるレベッカさんに、俺はまたも慌てて誤解だと言い訳を考えた。
「いえ、決してそんなつもりでは……あれっ!? 今も同じ様なことを言った様な……」
「うふふふっ……カザマは、本当に楽しくて可愛いわね」
俺は困惑してしまったが、レベッカさんは小聡明く口調と表情を変えて、楽しんでいる様である。
俺はまたも遊ばれていると気づいて顔を引き攣らせたが、ビアンカが口を開いた。
「あーっ!? ズルイっすよ! アタシもカザマと乳繰り合いたいっす!」
ビアンカの言葉は爆弾発言だ。
「お、おい! ビアンカ……お前、前も同じ事を言っていたが、言葉の使い方が間違っているぞ! その表現は誤解を招くから止めてくれ! それに若い女の子が、そんな言葉を使ってはダメだ! せめて、イチャイチャしてるくらいにしてくれ……」
俺は取り乱しながらも、ビアンカを叱り付けた。
ビアンカは意味を理解したのか不明だが、考え込んでいる様に見えた。
「うーん……分かったっす」
「カザマは、本当に面白いわね……」
俺は主にレベッカさんだが、ふたりに言葉で遊ばれながら先に進んだ。
時折、コテツに話を逸らす様、目で合図を送ったがスルーされた――。
――ドラゴンの洞窟。
オーガの縄張りを抜けて、山を登って行くと巨大な洞窟があった。
直径が十メートル以上はあろうかという洞窟は、真っ直ぐに下っている感じだ。
俺とビアンカは洞窟の先を見ながら口を開けて眺めていると、レベッカさんが活気のある声を上げる。
「この洞窟の先よ! さあ、気を引き締めていくわよ!」
「あのーっ……レベッカさんは怖くないのですか? それから、どうして場所が分かるんですか?」
怖いもの知らずなのかと思ったが、レベッカさんの態度は明らかに不自然だ。
俺が怪訝な表情を浮かべていると、レベッカさんは察したのか目を逸らす。
「なかなか鋭い突っ込みね……わ、私はそう! 冒険者ギルドの職員だから、これくらいの情報は当然よ。それに、変にオドオドしていても良いことはないわ……」
俺の質問に戸惑い気味に答えたレベッカさんは、俺たちに見向きもしないで洞窟に入って行った。
先程から静かになったビアンカが気になり様子を見ると、尻尾の毛が逆立っている。
コテツの方を見ても、同じ様に全身の毛が逆立っていた。
「ビアンカ、大丈夫か?」
「すごい重圧を感じるっす……」
ビアンカの声が震えていて、よく見ると身体も小刻みに震えている。
「コテツ、そんなに凄いのですか?」
「うむ、久方ぶりだな。これ程の威圧感は……」
コテツでも怖いのだろうかと頭を過ぎったが、強敵を前に興奮している様にも見えた。
そんな俺たちの様子を気に掛けない様子で、レベッカさんは下り坂を進んで行く。
「あのーっ……本当にレベッカさんは怖くないのですか? ビアンカもコテツも気配を感じただけで、凄く緊張しているのですが……」
「えっ!? そ、それは、怖いに決まっているじゃない……。私よりカザマの方が平然としている様だけど……」
俺の場合は離れた脅威より、目の前の浮かれている人が気になっているだけだが……。
「確かに、強大な力を感じるのですが……不思議と敵意を感じないので……」
「そうなの? それより、そろそろよ!」
今まで惚けた感じで、俺の問いに答えていたレベッカさんの表情が引き締まった。
――ドラゴンの住処。
巨大な通路の洞窟を下っていくと、更に巨大な空間がぽっかり開いている。
その奥を見ると、想像もしていない物があった。
「な、何だ……これは……?」
「うん、ここの主であるドラゴンの住処みたいね」
俺は目の前の光景を見て、上手く当て嵌まる言葉が思い浮かばない。
目の前には、こんな場所に不自然なこと極まりないような、貴族が住む大きな屋敷があったのだ。
しかも、それは巨大なひとつの岩を削って作った様な、芸術的なものである。
レベッカさんは、それを見ても驚きもせず、平然と答えたので俺は顔を顰めた。
「はあっ!? レベッカさん……何を冷静に言っているんですか? ここにドラゴンがいるんですよね! 魔王が住んでいる訳ではないですよね!」
俺が興奮するのも当然であろう。
ドラゴンが洞窟の中に、屋敷を立てて住んでいる訳がない。
「カザマ……ち、近いわ! あなたは興奮すると顔を近付けてくるから……」
俺が取り乱す程驚いているのに、レベッカさんは何故か恥かしそうに頬を赤くして、俺から顔を逸らす。
その時、この場の空気が変わった……。
一瞬の静寂を感じたが、目の前にある屋敷の扉が開いた気がする。
そして、扉から薄っすらと、人が出て来た様に見えた。
だが、突然目の前に漆黒の鱗に覆われ、赤い瞳をした巨大なドラゴンが現れる。
大きくてはっきり分からないが、三十メートル以上はあるだろう。
「ヒィイイイイイイイイ――っ!? な、な、な……」
俺は突然の出来事に言葉が出ずに、目の前の巨大なドラゴンの威圧感に呑まれ、腰を抜かしそうになった。
しかし幸いなことに、すぐに襲ってくる様子でもない。
ゆっくりビアンカの方に視線を移すと、先程の様子と変わりなく尻尾を逆立たせたまま震えている。
コテツに視線を移すと、身体の毛を逆立たせた状態で身構えていた。
この中で唯一、臨戦態勢を整えているのはコテツだけのようだ。
冷静さを保っているコテツの様子を見て、少しだけ安堵する。
俺は静寂の中、両手を広げゆっくりと深呼吸した。
「あのーっ……突然お邪魔してスミマセン! 街の教会の使いで来たカザマという者ですが……お願いがあって来ました!」
震える身体に気合を入れ拳に力を入れると、大きくしっかりした発声でドラゴンに話し掛ける。
「あら、カザマ、やるじゃない……」
俺に返事をしたのはドラゴンではない。
この場の緊張感にそぐわない柔らかい口調で、レベッカさんが答えたのだ。
俺は両目を見開きレベッカさんを見ると、腕を組んだまま平然としている。
先程は頬を赤く染めて恥らっていたが、流石にレベッカさんの振る舞いに困惑してしまう――。
突然、目の前のドラゴンが声を発し、憤りを顕にする。
「おい、そこの人間! 先程、そこの娘に……如何わしい事をしようとしていたのではないか!」
「ヒィイイイイイイイイ――っ! と、とんでもありません! 寧ろ、いつも意地悪されてばかりです!」
身体が震える程の威圧感を漂わせドラゴンが話し掛けたが、何を思ったのだろうか。
先程の俺とレベッカさんのやり取りを勘違いしている様である。
俺はこんな事を訊ねるドラゴンに普段なら違和感を覚えただろう。
だが、恐怖のため、問われるままに返事をしてしまった。
「ヒ、ヒドイ言い方だわ……」
レベッカさんは頬を膨らませ剥れている。
(さっきから、何平然としているのですか……あなたの危機意識は壊れていませんか?)
あまりに場違いなレベッカさんの仕草に、口をパクパクと動かしていたが、声には出せなかった。
俺の弁明を聞くと首を傾げ、俺たちを眺めていたドラゴンが再び声を出す。
「まあ良い……それで、この私に願いとは……!? まさか、私の宝をよこせと言うのではあるまいな!」
「ヒィイイイイイイイイ――っ! え、えーと……あなたのではなくて、元々は俺が教会で世話になっている方の物です」
俺は目の前のドラゴンに震えながらも、正論で答えた。
だが、本当の事でなければ、答える事は出来なかったのであろう。
ドラゴンは、ただでさえ怖いのに眉間に皺を寄せている。
「何だと、私の所にあるものは……私のものだろう!」
「それは盗まれたもので……それがどうして、ここにあるか分かりませんが……」
俺はドラゴンに会って、一時は完全に存在感に呑まれていたが、会話が可能ということで少しずつ冷静になっていた。
(このドラゴンは宝物のコレクターなのだろうか? それにしても、レベッカさんの様子が気になるが……恐怖心がなくて、勢いで突っ込んで行ったりしないよな……)
俺は少しだけ余裕が出来たのか、レベッカさんの方を見る。
「カザマ、話をしている時は、話している相手を見ないと失礼でしょう!」
「えっ!? いや、その……スミマセン……」
レベッカさんは冷静ではあるが、何となく違う気がした。
そんな様子をドラゴンが赤い瞳を細めて、不思議そうに見つめている。
「……ふむ、どうやら嘘を付く人間ではない様だな……」
「では、分かってくれましたか?」
ドラゴンがどうして急に俺の評価をしたのか分からなかったが。
このまま話し合いで解決する糸口が見えた気がして、頬が緩む。
「……だが、誰のものであろうと……ここにあるものは、すべて私のものだ!」
「そこを何とかお願いします! とても大事なものなのです!」
何となくドラゴンが言い淀んだ気がしたが、そこで何とか頭を下げて、お願いし続けようと昂った。
「ふむ、そこまで言うのであれば……」
「では、返してくれるのですか?」
「私は自分の宝の次に、好きなものがある……」
ドラゴンの言葉を聞いた俺は激しい緊張感から解放されて、安堵して気が緩む。
思ったよりも早く、しかも平和的に話が進んでいる。
何か依頼を受けるクエストでも起きるのかと、ドラゴンが次ぎに発する言葉を待つ。
しかし突然、ドラゴンが輝き出した。
驚いて顔を歪めたが、眩しくて片腕を上げ、目を隠した――。
光が収まり、ゆっくり腕を下ろし、前を見た……。
「はわわわわわわわわわわ……」
先程ドラゴンがいた場所に、漆黒の鎧を纏った長い黒髪の男が立っている。
身長は百九十センチくらいだろうか。
年齢は二十代後半から三十歳くらいに見える。
長い黒髪は紐で後ろに纏められ、鎧を纏った姿でも強靭な肉体を窺わせる。
それよりも、目の前の男の髪の色と赤い瞳が気になった。
俺はゆっくりレベッカさんの方を見たが、レベッカさんは無言のまま微笑んでいる。
「も、もしかして……ご家族ですか? 何て……」
俺の突拍子もない言葉に、レベッカさんは顔を引き攣らせた。
俺の問いに、突然現れた男が口を開く。
「ふむ、良く分かったな! 流石に、お前たちが気に入っただけはある……」
ドラゴンの声で返事をして、俺は驚愕に顔を歪め大声で叫んだ。
「はああああああああああああああ――っ!?」
何となくそうかもしれないと感じたが、半分は冗談のつもりだった。
俺はさっきから無言でいるビアンカとコテツを見る。
「なんだ、やっぱりそうだったっすか……」
「はあーっ!? ビアンカは気づいていたのか?」
「何となく、気配が……それに、ニオイが似ている気がしたっす」
「うむ、私は初めから知っていたが、黙っている様に言われた。貴様にとっては良い経験になるだろうと思い、互いに了承済みであった」
俺はビアンカとコテツの話を聞いて、驚愕に歪んでいた顔から力が抜け。
口を開けたまま茫然自失となり立ち竦んだ。
「はーっ……バレテしまったわね」
呆然と佇む俺に、レベッカさんは溜息を吐くと恥かしそうに舌を出した。
俺はやっとこれまでの不可解な出来事を理解する。
レベッカさんが、普通ではあり得ない体力を備えていること。
ここまでの道案内をして、全く怖がっていなかったことなど……。
俺は恐る恐るレベッカさんに訊ねた。
「もしかして、マッチポンプというやつですか……」
「ふむ、それは違う。先程言ったであろう。私が宝の次に、好きなことがあると……」
「えっ!? それって、何かクエストを受けるとかでは……」
ドラゴンではなく、既にレベッカさんのお父さんと言った方が良いだろう。
レベッカさんの代わりに答えると、不敵な笑みを浮かべている。
「ふむ、冒険者ギルドではそう言うのだったな……しかし、私を倒す事が出来るかな?」
「はっ!? 何言ってるんですか……レベッカさんのお父さんですよね? もう戦う必要はないじゃないですか!」
俺はいきなり馬鹿げたことを言い出すレベッカさんのお父さんに、恐怖を超えて声を荒げた。
「カザマ、無理よ……一度言い出したら……これも、ドラゴンの習性かもね。――それよりも、カザマが相手よ! 絶対に殺さないでよね!」
レベッカさんは呆れたように表情を弛緩させ、諦め気味の口調で俺に説明すると。
お父さんの方に顔を向けて、表情を引き締めた。
「ふむ……分かっている! 私は全力を出さないし……カザマが、私に傷をつければ勝ちとしよう」
レベッカさんの言葉を聞いたお父さんは、眉間に皺を寄せて険しい表情を作っているが、声の方は取り乱している様に聞こえる。
俺は、そんな親子の話はどうでも良いかのように、声を震わせた。
「い、いや……何言ってるんですか? だから、レベッカさんのお父さん相手に傷付けるとか……」
「もしかして貴様……私を馬鹿にしているのか……」
レベッカさんのお父さんは、急にドス黒いオーラを出して、双眸を吊り上げ怒りを顕にする。
「うむ、カザマ……これ以上刺激して、負のオーラを浴びると良くない。ここは胸を借りるつもりで、全力で戦ってみろ!」
「そうっすよ! 羨ましいっす! アタシが代わって欲しいくらいっすよ!」
コテツとビアンカは既に興奮して、俺の戦いを楽しみにしているようだ。
俺とレベッカさんのお父さんから離れ出している。




