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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第十二章 アルヌス山脈
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2.事後報告

 ――モーガン邸。

 途中でゴブリンの集落で状況を説明したこともあり、帰ってきたのは夕方になった。

 「ただいまー! 朝から何も食べてなくて腹が減った。アリーシャ、今日の夕飯は何だ?」

 俺は空腹で能天気な気持ちで帰宅したが、アリーシャの表情は強張り……破顔する。

 「カザマ、お帰りなさい! 無事に帰って来て良かった! アウラの話では身体中ボロボロにされて、特に顔は輪郭が分からないくらい腫れ上がっていたと聞いたから……」

 その場に居合わせていなかったのだから、事情を知らずに心配していたのだろう。

 俺を見つめる瞳が潤んで見える。

 「心配掛けてしまったみたいだな……でも、顔の輪郭が分からないくらいは、言い過ぎだぞ」

 アリーシャに心配を掛けない様に頬を引き攣らせつつも、笑いながら話した。

 そこで、アウラはいつも通り胸を張り、誇らしげにしゃしゃり出る。

 「いえ、間違いないわ! それはもう、本当にヒドイ顔だったのよ! 私が回復魔法で、治療しなければ大変なことになっていたわ!」

 俺はアウラの言葉を聞いて、一気に身体が熱くなり震え出す。

 「お、お前は、いつもいつも……もっと言い方があるだろう! 人が気持ち良く帰ってきたのに、また引っ叩くぞ! 全く……」

 アウラに拳をちらつかせながら叱り付ける。

 アウラは両目をぎゅっと閉じ、両手で頭を押さえた。

 その様子を冷ややかに見つめていたビアンカが溜息を吐いて、話を促す。

 「はーっ……カザマ。セクハラ!? じゃなくて、パワハラは止めて話を聞かせて欲しいっす」

 俺はビアンカの言葉で渋々拳を収めると、話を始める。

 オーガの集落で族長のブルーノと会ったことや、食糧事情の問題によるこれまでの経緯を説明した――。

 「それでは、オーガの集落でも……冷蔵庫や冷凍室を作るのですか?」

 「そうだ。出来ればアウラに手伝ってもらえると助かるが……」

 俺はアリーシャの問い掛けにアウラを見ながら答えた。

 アウラはいつも通り切り替えが早く、エルフの集落の族長の娘の顔を見せる。

 「私は構わないわ。これでオーガの集落に貸しも出来る訳だしね……」

 「流石に族長の娘っすね。抜け目ないっす!」

 ビアンカは珍しくアウラに突っ込みを入れるが、俺はそれを聞き流すと話を続けた。

 「まあ、手伝ってくれるんだから、オーガたちもそれなりに感謝の気持ちは持つだろうな。それより、アウラはアルヌス山脈に、ドラゴンが住んでいるって知ってたか?」

 次いでの様に尋ねたが、アウラは笑顔を浮かべたまま硬直する。

 「どうして、それを……確かにいるわよ……でも、近づかなければ何もしないから、私たちの間では、山に関することは禁忌にされているのだけど……」

 アウラの動揺した姿を初めて見て、俺は首筋から汗を流し頬を掻いた。

 「エ、エルフの集落が、そこまで警戒する程……ドラゴンは強いのか?」

 「強いとか、そういう問題じゃないわ! 強力の炎で辺り一面を焼き、硬い鱗で攻撃を受けつけない。それだけでも厄介なのに……ここのドラゴンは、呪いを掛けてくると伝承にあるわ」

 アウラは先程までの堂々とした態度から、一変して余裕がなくなる。

 興奮して説明しているが、震えている様に見えて恐怖感が伝わってきた。

 「コテツ……ここのドラゴンは、そんなに凄いのですか? コテツでも太刀打ち出来ない程に……」

 俺はコテツに視線を移して話し掛けたが、これまで面識のなかったアリーシャが先程から、コテツを見て身体を震わせていたのだ。 

 アリーシャは顔を真っ赤にして、コテツの前に飛び込む。

 「も、もう、我慢出来ません! ……か、可愛いです! とても可愛いです! カザマ、この変わったネコの名前は、コテツというのですか?」

 アリーシャはいきなり興奮し出したと思ったら、コテツの前で屈むと素早くコテツを抱き寄せた。

 顔を真っ赤に染めて、アリーシャはコテツを抱きしめている。

 コテツは驚いたのか、怒ったのか分からないが、オッサン声で声を荒げる。

 「うむ、わ、私はネコではない! トラを神格化した神獣だ! 娘……私に、その様な態度で接するのは止めてもらいたい……」

 俺は散々ダメ出しをもらったコテツに、ここぞとばかりにお節介を焼く。

 「コテツ、そんなに照れなくても良いではないですか? アリーシャはコテツのことを知らないのですから……それに、今は街に帰っていないですが、エリカがいたらこんなものでは済まなかった筈ですよ」

 俺の言葉を聞くと、耐え難いとばかりにコテツが危機感を顕にする。

 「うむ、貴様は面白がっているだろう? 笑うのを止めろ! それからこの娘に、私のことを早く説明して止めさせろ! ……はっ!? もっと厄介な娘がいるのか?」

 誰かきっと、この様なリアクションを起こしてくれるのではないかと思っていた。

 コテツの小さくなった姿は、誰が見ても愛らしいトラの子供の姿なのだ。

 声はオッサンだが……。

 しかし、これまで会った奴らは、みんなコテツの正体を知って恐れていた。

 だから、アリーシャが、俺の期待に応えてくれて嬉しかった。

 (それしても、今のこの姿のコテツをエリカに会わせて大丈夫だろうか……。まあ、それは、その時に考えれば良いか……)

 エリカはさておき、普段しっかり者のアリーシャが、歳相応にはしゃいでる姿に心苦しく感じたが、頃合いだと説明を始める。

 「アリーシャ、今お前が抱いている子。じゃなくて……コテツは、街や集落の中では小さくなっているが、本当は白虎と言って巨大な神獣なんだ。大き過ぎて家に入れなかったり、人前では目立つので小さくなってくれている。そういう訳だから、そろそろ放してあげてくれないか」

 アリーシャは眉を寄せ、口を尖らせる。

 「そ、そうなんですか? それは残念ですね……えっ!? 神獣? な、何故ここに……カザマの隣にいるのですか?」

 アリーシャは俺の説明を聞くと残念そうに手放す。

 だが、俺の説明を本当に理解したのは、しばらく経ってからである。

 少し冷静になれば、コテツが意思疎通出来る時点で、ネコではないと気付く筈なのだが。

 余程可愛く見えたのだろうか、オッサン声なのに……。

 「俺がリヴァイの時と同じ様に召還したんだよ……」

 俺は、気まずく感じて頬を掻きながら、アリーシャから目線を逸らす。

 しかし、喜びの分だけ怒りも大きかったのか、アリーシャは許してくれない。

 「はあーっ!? カザマは、ベネチアーノでもドラゴンを召還して……しかも名前まで付けたと言いましたよね! 今度は神獣ですか? コテツって、また名前まで付けたのですか? あなたは一体、何者なのですか? ハアハアハア……」

 俺は、息を荒げて興奮しているアリーシャを落ち着かせることに専念する。

 「お、落ち着こう! まずは落ち着こうか……そこまで取り乱すなんて、らしくないぞ。それに何者も何も、俺はアリーシャが大好きなカザマだぞ」

 いつも通り右拳をアリーシャに向けて親指を立てた。

 「アリーシャ、落ち着くっすよ。カザマが普通ではないのは、以前から分かっていたことっす。それに、あんなに苛立つ格好を何度言っても止めない変わり者っすよ」

 俺とビアンカに続いてアウラが、アリーシャを宥めようとする。

 「そうよ。アリーシャ、コテツさまが私たち一族を守護しているシルフィードさまと並ぶ存在であっても……カザマ自身は、未だに結婚出来ないヘタレなのだから……」

 ビアンカとアウラもアリーシャを落ち着かせようと一生懸命だったのだろう。

 でも、それが必死である程、俺を馬鹿にしている様に聞えるのは気のせいだろうか……。

 (ビアンカのヤツ、俺の決めポーズをまた馬鹿にして……それにしても、アウラだ! 誰が結婚出来ないヘタレだ! 心の準備が必要だと言っただろう! ここぞとばかりに、嫌味を言いやがって……それにしても、エリカが帰った後で助かった。あいつがいたら収拾がつかなかったかもしれない……)

 口に出しては言えない愚痴を心の中で吐き出すと、ぐっと拳に力を入れて耐えた。

 「うふふふふ……カザマは相変わらず面白いです。ビアンカもアウラもありがとう!」

 アリーシャは瞳を潤ませ、笑みを浮かべた。

 俺はアウラを引っ叩くのを我慢して良かったと思う。

 ちなみに、ビアンカに対しても危なかった――。


 コテツは空気を読んで黙っていたが、

 「うむ、そろそろ話の続きだが……ここのドラゴンは特別だぞ。私も戦ったことがないので分からないが、恐らく炎は防げるだろう……だが、今の私の実体は仮の姿だ。攻撃が通じるとは思えない。それから、呪術の類は厄介だな……それに、お前が契約している水を司るヤツは、そのドラゴンを警戒している様だぞ……」

 落ち着いたところを見計らって説明してくれた。

 (まさか、コテツでも現状で倒せる見込みがないとは……それに、リヴァイが警戒しているドラゴンがこんなに近くに……!? 近くにいるって言ってたよな……)

 俺はまた周りに茶々を入れられない様に、ゆっくり背を向け、色々と振り返る。

 「では、敢えて関わらないに越した事ないですね」

 「えーっ! アタシは戦ってみたいっすよ!」

 「ビアンカ、無理を言ってはダメよ! 怒らせたら周りが火事になるわよ!」

 「そうですよ。遊びたいなら、今度コテツにお願いしたら良いではないですか?」

 「うむ、アリーシャよ……私はビアンカの遊び相手ではないのだが……」

 俺は無難に話を終わらせようとしたが、戦いに関して好奇心の塊というべきビアンカが駄々を捏ねた。

 それをいつも通りアリーシャとアウラに宥められていたが、今回はコテツが遊び相手に加えられている。

 知らず知らずに、コテツもここの仲間に認められたようだ――。


 ――オルコット家の屋敷。

 俺は夕食を済ませた後、状況説明のためカトレアさんに会った。

 念のため早めに知らせた方が良いと思ったのと、捕まえた連中の話を聞きたかったからだ。

 「そう……それで、こんな時間に報告に来たのね。殊勝な心がけだわ。私は嬉しいけど、冒険者ギルドの方は大丈夫かしら? この前、レベッカさんが訪ねて来て、カザマが報奨金を受け取りに来ないし、どこにいるか分からなくて、連絡も取れなくて困っていると嘆いていたわ……。それより、さっきから気になっていたのだけど、可愛いネコね。見た事ない毛並みだけど……」

 「いえ、コテツは神獣ですよ。人前では目立つので小さくなっているそうです……はっ!? すっかり忘れてました! どうしよう……」

 俺はカトレアさんもやっぱり勘違いしたなと思いつつ、コテツのことを簡単に説明した。

 だが、その最中で気付いてしまう。

 ボルーノの賊の捕縛やアナシアスタさんの件の報酬をすっかり忘れていた事を。

しかも、以前墓地でアンデッドのおじさんを浄化して解決した時も忘れていたのだ。

 それでレベッカさんが怒って、大変な思いをさせられた。

 俺は、恐怖で全身から汗を噴き出し震える。

 その様子を見ていたカトレアさんが訝しげに首を傾けた。

 「カザマ、突然どうしたのかしら? 忘れていたと言ったけど……誰にだって忘れることはあるし、一度くらいなら……明日にでも謝りに行ったらどうかしら?」

 「は、はい……そうします」

 俺は顔を引き攣らせて返事をした。

 しかし、これが二度目で、しかも一ヶ月近く忘れていたとは言えない。

 カトレアさんは本題の話を始める。

 「カザマたちが捕まえた賊だけど、アレスサンドリア帝国の傭兵らしいわ。今では、どこの国も相手にしてないのだけど……少しおイタが過ぎたかもしれないわね……」

 俺は首を傾げた。

 「その……アレスサンドリア帝国とは、どんな国なのですか? 俺はこの国のこと……あっ! いえ、この国のことさえ良く知らないので……」

 思わずこの国の事しか知らないと言い掛けて、この国の事すら良く知らなかった事を思い出し、近い内にアリーシャに教えてもらうことにする。

 「ああ、カザマは遠くの国から来たのね。あの国は嘗て、この周辺の王国を統治していた帝国だったのだけど……何度も戦争に負けて衰退した挙句、内乱もあって国が分裂して、滅亡間近の状態なのよ」

 俺は、初めて他国の情勢について耳にし、感嘆する。

 「へーっ……そうなんですか。やっぱりカトレアさんは社会情勢に詳しいのですね」

 カトレアさんは当然のように答えるが、途中で碧い瞳を見開く。

 「ええ……一応、貴族の家の娘として常識の範疇よ……はっ!? それよりカザマ、あなたは、知性豊かだけど……この国や周辺の国の関しては、ほとんど知らないわよね? 今度、私が二人きりで、ゆっくり教えてあげても良いわよ」

 俺は素直に唸ったが、お世辞の要素がなかった訳ではない。

 カトレアさんは途中から何か思い出したかの様に頬を赤く染めて、何か別の意図があるかのようだ。

 「そ、そうですね……しばらく忙しくなりそうですから、また機会がありましたら、お願いします。――それでは、明日は早くから、街に行かないといけないので失礼しますね」

 俺はそう言うと、何か言いたそうなカトレアさんから声を掛けられる前に、頭を下げて屋敷を後にした。


 ――モーガン邸。

 帰宅すると、俺はモーガン先生の部屋に説明しに行った。

 「まずは、ビアンカのためにありがとう!」

 俺が声を発する前に、モーガン先生が頭を下げて、驚愕させられる。

 「や、止めて下さいよ……俺はそんな、たいしたことはしてませんよ」

 俺は恐縮して否定しようとしたが、モーガン先生は話を続ける。

 「ビアンカは最近……満月の夜でも強い衝動が起きなかった。――カザマ、お前がここに来てからだ。初めはカザマを学ばせようと思って、ビアンカの狩りに同行させた……だが、ビアンカの方が、お前から得るものが大きかったようだ。それも含めて礼を言う」

 「いえ、俺は毎日楽しく生活していただけですから……」

 俺は頬を掻きながら、先生に頭を上げる様に促した。

 モーガン先生が頭を上げてから、これまでの経緯を説明する――。

 「なるほど、大体経緯は分かった。明日には街のギルドに行くのだな……それなら、先に教会に行くと良いだろう。お前がいない間に、みんなからドラゴンの話を聞いた。教会に行けば詳しい話を聞けるだろう。――それから、コテツのことは、みんなから聞いている。お前は、既に二体目の召還だな……しかも、これほど強大な力を持つとは……」

 俺はオーガのことや賊に関する事を説明しに来た。

 しかし、モーガン先生は、それよりも他に何か知っているか、教会に行く様に勧めてくれたのだ。

 それから、コテツを見て強大な力に気づいたようだが、詳しく聞いて来なかった。

 そしてコテツも、何も話さない。

 「分かりました。明日、朝食を済ませたら、一番に教会に向かいます」

 俺はモーガン先生に返事をして、自分の部屋に戻った。

 

 ――自室。

 ベッドの上に横になり、疲れてうとうとしていたが扉を叩く音が聞えた。

 「カザマ、起きてますか?」

 「アリーシャ、どうした? 中に入れよ……」

 この部屋で過ごす時は、よくアリーシャが訪ねて来る。

 俺も迷いもなく部屋に通す。

 そして、いつもの様にベッドの端に仲良く並んで座る。

 コテツは途中まで俺たちを見ていたが、今は目を閉じてじっとしていた。

 「カザマ、昨日はビアンカのために……」

 アリーシャは途中まで言い掛けると口篭り、水色の瞳を潤ませ俺を見つめている。

 「いや、俺はたいしたことはしてないから……」

 俺は先程の様に頬を掻きながら、アリーシャから視線を逸らした。

 

 しばらくして、アリーシャが話し始める。

 「アウラから聞きました……『俺は毎日、お前と修行をしていたんだぞ!』とか……『そもそも攻撃の時、冷静になれと言ったのはビアンカだろう!』……それから『そんな鈍らじゃなくて、いつもの切れのある攻撃をしてこい!』……格好良かったと、アウラが嬉しそうに話してくれました。それに……カザマが、頬にキスをしてくれたとも言ってました……」

 (ア、アイツ……どんだけ口が軽いんだよ……)

 俺は、今にも消えてなくなりたいくらい羞恥に震えたが。

アリーシャが俯いている姿に訝しさを覚え、顔の熱りが冷めた。

 「ど、どうしたんだ……!? アウラが何を言ったか知らないが、俺はアウラと結婚するとは言ってないからな! 俺には、弟がいないからアルベルトを見て……弟が欲しいなと思ったけど……」

 俺はアリーシャが誤解していると思い、必死に言い訳をする。

 だが、俺が話している途中で、アリーシャは俺の言葉を遮った。

 「私の大事な友達を助けてくれて、ありがとう……」

 アリーシャはそう言うと、俺の頬に軽く触れるくらいに唇を付ける。

 そして、俺に顔を背ける様に、慌てて部屋から出て行った。

 俺は頬を擦りながら柔らかい唇の感触の余韻に浸り、扉を見つめる。

 それから、今日一日で色々なことがあり過ぎて、疲れて眠ってしまった――。

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