3.久々の教会(報告と懺悔)
――異世界生活二ヶ月と十二日目。
周囲がまだ暗い夜明け前、いつもの様にビアンカの気配で目が覚めた。
「おはようっす! コテツの兄ちゃんもおはようっす!」
「うむ、私への挨拶はなくても良いから、次いでの様に……止めてくれんか。それから、兄ちゃんも……なくて良い」
ビアンカに返事をしようすると、コテツは俺の返事を遮るかの様に不満を口にする。
「ビアンカ、おはよう。挨拶は分けなくても、二人一緒に声を掛けてくれればいいぞ」
「分かったっす! それじゃ、行くっすよ!」
ビアンカは返事こそしっかりしたが、早く外に出ようとそわそわしている。
頭の中は久々の狩りの事でいっぱいらしい。
(久々で嬉しそうだな。エリカと一緒では、遠慮してストレスが溜まっていたのか? そういえば……モーガン先生が、昨晩話してたな……)
久々にビアンカとの早朝の狩りを楽しんだが。
コテツは身体を元の大きさに戻し、気配を消して付いて来てくれた。
気配を消したのは狩りのためだが、不満はなさそうである。
帰りは大きなイノシシをビアンカとふたりで担いで運んだ。
初めの頃は必死だったが、今ではつい最近のことなのに懐かしい。
自分の成長も感じて、良い気分転換になった。
――朝食。
いつも通りというより、久しぶりのみんなとの朝食だ。
しかし、食卓の雰囲気がぎこちない。
アリーシャが、昨日の事を気にしている様子である。
俺と話そうしないどころか、目を合わせようともしない。
俺も何を話したら良いか分からず戸惑っていたが、他のみんなも同じ様な感じである。
結局、アリーシャと話をしないまま、手短に朝食を終えた――。
朝食後、カトレアさんの家に行き、久々にジャスティスに跨る。
厩舎では、馬たちがコテツを見て怯えていたが、しばらくすると大人しくなった。
コテツが、何か力を使ったのかもしれないが、気にしないことにする。
ジャスティスに跨って走っている横を、並走しているコテツが唐突に訊ねてきた。
「うむ、昨晩来客があってから気になっていたのだが、お前は気付いているのか?」
ちなみに、コテツは村の外に出ると元の大きさに戻っている。
俺は、コテツが何を言いたいのか分からずに首を傾げた。
「アリーシャのことですか?」
「うむ、大した話ではない……」
コテツは何か言い掛けたが、途中から何も話さなくなった――。
コテツは街の近くから、小さな姿に変わり俺の前に座る。
街に入ると、久々にジャスティスを街の厩舎に預けた。
ここでも厩舎の馬が怯えたが、しばらくすると大人しくなる。
――教会。
教会の扉を開けようとして、ヘーベに会うのも久しぶりだと気づいた。
(何だか、久々のせいか緊張するな……コテツを連れて来たが、どういう反応を示すだろうか……)
そんなことを考えつつ、扉を開けて中に入る。
そのままいつもの様に、何となく礼拝堂の方に足が向く。
礼拝堂に入ると、祭壇の前で自身と同じ姿をした女神像を背景にヘーベが佇んでいる。
「ああーっ、良く帰って来ましたね。我が従者カザマよ! アナタの活躍は聞いていますよ……さあ、取り戻した『憎』の宝石を私の胸のペンダントに嵌めて下さい」
(久々に会ったけど、やっぱりこの人の綺麗さは別格だ。女神さまだけど……それより何が従者だよ……あれっ!? 前も同じ様に思ったよな……)
色々と思い浮かび懐かしさを覚えたが、毎回同じことを考えている自分に呆れてしまう。
それからヘーベに言われた様に、ペンダントに宝石を嵌めようと近づく。
ヘーベの手前で屈み膝を床に着け、手を伸ばした。
コテツは俺の後ろでお座りの姿勢で、大人しく見つめている。
(以前はもっと起伏が小さくて、手が当たりそうでドキドキしたんだよな。今でもドキドキしてるけど……下から見上げると起伏が際立つな……)
俺はゆっくりと『憎』の宝石をペンダントの窪みに嵌めた。
ヘーベが眩しく輝き、両目を閉じる――。
ゆっくり目を開けると、ヘーベが更に成長していた。
身長は多少伸び、体型は起伏が目立つというより、身体のラインがより美しく感じた。
年齢は俺より少し年上くらいか、カトレアさんと同じくらいだろうか。
それよりも益々輝きを増した美しさに、驚愕させられる。
「あのーっ……以前にも聞きましたが……まだ、成長されるのですか?」
更に成長したヘーベに、戸惑いを覚えつつ尋ねた。
「いえ、身体の成長は、然程変わりないと思いますよ。残りは後一つですから……うふふふふ……」
ヘーベは大人の余裕を思わせる微笑を湛えている。
しばらく呆然とヘーベを見つめていたが、
「……はっ!? そうだ! まずは紹介します。エルフの集落の迷いの森で、俺が召還した白虎のコテツです。これから助けてくれることになりました。リヴァイのことも話しましたが、コテツは俺と対等な契約をしてくれました」
慌ててコテツの事をヘーベに紹介した。
コテツは俺の緊張を余所に落ち着いている。
「うむ、初めまして……で良いのか」
俺の紹介に対してコテツは謙る訳でもなく、無難に挨拶している様子だ。
「はい、初めまして。我が従者がお世話になっています。カザマと対等な契約ということは、私とは……」
それに対してヘーベは、悪戯っ娘の様な笑みを浮かべ、本当に悪戯っぽい言葉を発する。
コテツは牙を剥き出しにして、ヘーベの話を途中で遮ると、
「うむ、貴様の縄張りの立ち入りに関しては、貴様の従者との契約で十分な筈だ。それから、私は貴様に対して特別な感情はない」
自らの意思をはっきり告げた。
コテツの険しい表情にヘーベは微笑を湛えている。
「はい、それで十分ですよ。私もコテツと呼んで良いかしら?」
「うむ、では、私も貴様のことをヘーベと呼ぶことにしよう」
ヘーベの子供っぽい挑発に、コテツは表情を緩め大人の対応を見せた。
それには、ヘーベも満足そうに見える。
俺はお互い良好な関係を築けそうだと安堵した。
だが、気を抜いた俺に、ヘーベは矛先を変える。
「コテツは、カザマと対等の契約をしたそうですが、カザマと違ってはっきりしてますね。私の従者は六にんの女性に色目を使って、はっきりさせていない様子ですが……」
「うむ、私もそのヘタレっぷりな様子が、気になっていたのだが……」
ヘーベの言葉にコテツまでも、急に仲が良くなったかのように乗っかった。
そのやり取りを聞いて戸惑いつつも、慌てて声を上げる。
「ち、ちょっと待って下さい! ふたりが仲良くなってくれるのは嬉しいです! でも、俺の悪口で盛り上がるのは、止めて貰えませんか!」
(全くいつもいつも…!? 六にんって言ったよな。エリカとカトレアさんとアウラの三にんだけの筈だが……)
俺が首を傾げていると、更にふたりは話を続けた。
「私はカザマの悪口は言ってませんよ。私がそんな事を言う訳がないではありませんか。ただ、本当の事を言っているだけですよ」
「うむ、私も少し気になっていたので……」
ヘーベもコテツも、決して冗談で話している訳ではなさそうだ。
俺はこの機会にと、今まで胸に秘めていた思いを伝える事にした。
「えーっ……そこまで言われるのでしたら……女神さまの前なので、はっきり言います! 俺は、結婚はしたいと思います。ただ今は、その時期ではないと考えています。良いですか? これから俺の世界の常識の話をしますよ。――男一人に、残りが女の子の仲良しグループという設定に対して、ですね……男は、その中の特定の誰かに対し、恋愛するのはタブーとされているのです! 何故なら、それによって選ばれた方の遠慮や、選ばれなかった方の嫉妬で、ギクシャクした関係に変わるのです。それ故に、恋愛を行う時は覚悟を決める必要があるのです。俺は今まで、親しい友人がいませんでした! 初めて出来た友人たちです! せめて、もうしばらくの間、恋愛でなくて友情を大切にさせて下さい……」
昂る自分の思いを熱く語ると、ヘーベの前で膝を着いたまま頭を下げる。
しばらく真剣な表情で俺を見つめていたヘーベが口を開いた。
「カザマの気持ちは分かりました。友情も、また青春ですからね……」
ヘーベは少し潤んだ瞳で、優しい笑みを浮かべる。
「わ、分かってくれましたか!」
俺は破顔したが、ヘーベは首を横に振った。
「はい……但し、私はカザマの気持ちだけを尊重することは出来ません。あなたの友人たちの思いもありますよね……カザマは何度か、十八歳の誕生日と言ってましたね? その時までに、友人たちの気持ちに応えてあげて下さい。友人思いのカザマですから、女性の婚期を考えると……分かりますよね?」
俺の喜びの笑顔は、すぐに霧散する。
ヘーベは優しくもあり、厳しい口調で俺を問い質したのだ。
「はい、分かりました。今まで自分本意過ぎたかもしれません。自分だけでなく、みんなのためと思っていましたが……決して、それだけが正しい訳ではないのですね……人それぞれに、幸せの形はあるのですね……」
もしかして今度こそ、初めてヘーベに対し、女神さまらしく接しているのかもしれない。
膝を床に着けた状態で、尊敬の眼差しをヘーベに送る――。
俺の眼差しを受け佇んでいたヘーベは、優しい笑みから口端を吊り上げた。
「さて、この話はひとまず良いですかね……」
ヘーベは先程までの女神さまらしい微笑みから、悪戯っ娘の様な笑みに変わっている。
俺は嫌な予感に襲われ、全身から汗が噴き出た。
「えーっ……オーガの侵攻に対しての報告があります!」
俺は何とか話題を変えようとオーガの件を皮切りに、これまでの経緯をすべてヘーベに説明し始める――。
ヘーベは瞳を潤ませると、溜息を吐く様な落胆した声で答えた。
「なる程……また他所の国から、ちょっかいを受けましたか……」
その様子に、俺は即座に反応し、嫌な予感も忘れて、ヘーベに少しでも明るい話題を提供しようと考える。
「オーガの集落での冷蔵庫作りは、今日か明日中に行きたいと考えています」
「まあ、それは素晴らしいですね。カザマのお陰で、この国の北エリアの生活が豊かになっています。その内、ギルドからだけでなく、国からも何かしらの褒賞があるかもしれませんね……」
俺は、決して見返りが欲しかった訳ではない。
「えっ? 国からですか……」
「そうです……ですが、その前に、大事なことを済ませておかなければなりません」
ヘーベの表情から笑みが消えていき、真っ直ぐ俺を見つめていた視線を、俺の目の前に落とした。
浮かれていた俺の表情は、瞬く間に戦慄に歪む。
ヘーベの言いたいことを理解した俺は、ゆっくりともう片方の膝も床に着けて正座をした。
「……コホン。では初めに……私の誕生日プレゼントは、そんなに不満だったのでしょうか? あなたは、私に何の相談もなく逃げましたよね? 今回はゴブリンとオークの集落での技術支援と、子供たちに学問を教えた功績で不問としますが……。それから、ウェアウルフの娘に対して、格好良い振る舞いでしたね……。何か色々と言ってましたが、確か……『俺は毎日、お前と修行をしていたんだぞ!』とか……『そもそも攻撃の時、冷静になれと言ったのはビアンカだろう!』……それから『そんな鈍らじゃなくて、いつもの切れのある攻撃をしてこい!』だったかしら。はーっ……次は、エルフの娘に対するセクハラですね。頬を突いた挙句、頬にキスを……」
「イヤ――っ!! も、もう止めて下さい!! ごめんなさい! ごめんなさい……」
俺は次々とヘーベの口から、俺が行ったことやセリフを暴露されて耐えられなくなる。
ヘーベが話しを続ける途中で発狂して、謝り続けた。
「ほ、本当は、今度こそビンタのひとつもと……私の従者として恥かしいわ……ま、まあ、今回も、このまましばらく反省してもらいましょうか……」
ヘーベはそう言うと、コテツを連れて礼拝堂を後にする。
また、いつも通り俺だけ取り残された――。




