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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第十一章 エルフの集落
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3.風の精霊王

 俺たちはアウラに続き歩いていたが、アウラの足が止まる。

 「ここの奥の建物は私が通っていた学校よ! 手前にあるのは、私たちを守護している精霊王……『シルフィード』様の像よ。私たちはシルフィード様の眷属として、代々その名前を受け継いでいるのよ」

 アウラは胸を張り、両手を腰に添えて威風堂々と説明してくれた。

 「エルフの集落には学校があるのか?」

 俺は精霊の像も気になったが、学校に目が留まる。

 アウラは先程のことを忘れたかのように、説明を始めた。

 「ええ、そうよ。十歳から通えるわ。ただ、家の事情や本人の能力などで通う時期や期間が違う場合もあるけど、ほとんどみんな三年間通うわよ」

 気持ちの切り替えの早さにも驚いたが、アウラの話を聞いて思わず嘆息する。

 「凄いな……この世界に学校があったとは……はっ!? もしかして、モーガン先生のところで青空教室を開いたりしているのも……エルフの集落を真似てなのか?」

 学校という教育システムを確立させているエルフの文明水準の高さに舌を巻いた。

 そして、不意に青空教室を思い出したのだ。

 アウラは柳眉を寄せて唸っていたが、俺の推測に首を振った。

 「うーん……それは、違うと思うわ。青空教室が作られたのは、最近のことだから……この国が……王さまが変わった影響だと思うわ。カトレアさんも国の方針だと以前話していたわよ」

 珍しくまともなことを話すアウラに感心しつつ尋ねる。

 「そういえば、前にそんな話をしていたな……この国の以前は、どんな感じだったんだ?」

 俺は街や村、自分に関係した所にしか、行く機会と余裕がなかった。

 そのため、国のことを考えことがない。

 アウラは頬に手を添えると首を傾げていたが、

 「私は外に出ないから、詳しくは知らないけど……王さまが中心で、その下に貴族がいて、領地を統治している感じだったかしら……」

 自信がなさそうであったが、大まかな説明をしてくれた。

 俺はアウラの話に頷くと、更に詳しく知りたくなる。

 「所謂一般的な封建政治だな。それで、今の国になって何が変わったんだ?」

 アウラは首を傾けたまま顔が引き攣った……。

 「ホウケン……セイジ? 難しい言葉ね? カザマは、本当に私の分からない事ばかり話すわね……。今の王さまに変わってから、王さま意外はみんな平等だと布告があったと聞いたわ。それを聞いた貴族たちは王さまに抗議したらしいの。それで王さまは、今の地位が欲しければ、領土の民を平等に扱い、学問を普及させる様にと言ったらしいわ」

 初めは俺の言葉に動揺を見せたが、途中から自分の話しに酔ってきたのか、胸を張り腰に手を添えて堂々と説明する。

 いつもメルヘンなことばかり言っているのに……今回ばかりは、俺もアウラの話に釘付けにされた。

 「まさか、恥かしがり屋で世情に疎いと思っていたアウラが、こんなにも国の動向を把握しているとは思わなかった。それより驚いのが、今の王さまだ……貴族たちは反乱を起こさなかったのか?」

 アウラに対する評価を上乗せして、意外に世俗に詳しいと思い尋ねたのだ。

 アウラは頬を染めて嬉しそうにしていたが、赤くしたままの頬を膨らませた。

 「もうーっ……私を何だと思っているのかしら。はーっ……貴族たちに王さまと戦うつもりはないと思うわ。だって、今の王さまは独りで城に乗り込んで、国を乗っ取ったのよ。遠くから覗いていたから詳しくは分からないけど、王さまは全然本気で戦っていなかった様に見えたわね。国の損害もほとんどないわ。ただ、酷い統治を行っていた貴族を、一晩で滅ぼしたみたいだけど……」

 アウラは馬鹿にされたと思ったのか頬を膨らめて、ムッとした表情を見せる。

 しかし、溜息を吐くと、更々と説明を続けてくれた。

 俺は本当の事を言っただけなのだが……。

 「はっ!? ひ、独り? 独りで国を乗っ取ったのか? 不意打ちにしてもあり得ないだろう……洗脳ではないんだよな?」

 俺は何をどうしたら、独りで国を乗っ取れるのか想像も出来ずにいる。

 「洗脳ではないわ。それに、今の王さまは人ではないわよ。正体は分からないけど……でも、私たちに危害はないし、むしろ友好的に感じるから、余計な詮索はしないことにしているの」

 アウラは途中から腕組みをして得意気な様子ではなく、落ち着いた様子で話してくれた。

 普段はそわそわして周りの目を気にしている様だが、本来の姿はこんな感じなのだろう。

 「はーっ……流石は族長の娘だ。集落の政策もしっかりしているんだな……まあ、この世界の多くの貴族たちは、目先の欲に目が眩んで王さまの考えが分からないだろう……。でも、王さまの言う通りにすれば近い将来、この国は著しく発展するだろう」

 腕組みしたまま口を尖らせたアウラが、また破天荒なことを口にする。

 「どうして、そんな未来のことが分かるの? はっ!? カザマは、もしかして……未来を見通す力もあるのかしら?」

 俺は先程までの好評価をグッと下げて、顔を歪めた。

 「そんな便利なものはない。俺の国は昔、似た様な経緯で発展したからだよ」

 「ふーん……カザマの国は確か、東の遠く離れた所にあるのよね?」

 「そうだが……今では俺も、遠過ぎて帰ることが出来ないが……」

 俺とアウラはふたりで話し続けていたが、お互いに話すこともなくなり、良い感じに見つめ合ったまま黙ってしまう――。


 ビアンカが頬を掻いて、おずおずと話し出す。

 「あのーっ……ふたりとも、そろそろいいっすか? さっきから何を言っているか分からなくて、退屈っすよ……それから、そんなに見つめ合って、イチャつくなら……誰もいないところでして欲しいっす」

 コテツは獣の姿でも分かる様に相貌を顰め、渋い表情をしていた。

 「うむ、こんなところで政治の話で盛り上がるとは……お前は、学校が嫌いではなかったのか?」

 ビアンカとコテツは冷や冷やかに俺とアウラを見つめている。

 コテツはそんな気がするだけだが、俺が引き篭もっていたのを知っているみたいで返す言葉がなかった。

 俺が肝を冷やす思いをしていると、いきなりコテツが叫んだ。

 「シルフィード! 見ているのだろう! 姿を見せたらどうだ?」

 コテツはシルフィードの像を見つめ、ビアンカは尻尾を逆立てる。

 「そんな作り物の像がしゃべる訳ないじゃないですか? 突然変なことを言わないで下さい」

 驚いているアウラやビアンカが、ガッカリする前にコテツの言動を諌めた。

 「私も話し掛けるタイミングを計っていたのですが、アウラと貴様の契約者の会話が弾んでいたので機会を逃していたのです。それより、その姿、うふふふふ……」

 俺は驚愕して、思わず仰け反ってしまう。

 「作り物の像がしゃべったぞ! コテツ、この世界の像はしゃべることが出来るのですか? しかも、何か笑った気がするですが……」

 俺は目の前の像がいきなりしゃべり出して腰が抜けそうな程驚いている。

 左右を見渡すと、ビアンカも驚いて口を開けたまま突っ立っていた。

 だが、アウラは膝を地面に着けて頭を下げている。

 「うむ、私の契約者は好奇心旺盛だからな……貴様の眷属もその点では似ているではないか? それから、この姿は貴様の眷属たちに配慮しているだけだ……」

 コテツは当たり障りない本当のことを話したが、石像は負けず嫌いのようだ。

 「すみません……確かにそうですね。ただ、私の眷属の方が礼儀正しい様ですよ。貴様の契約者と違って、混乱して無様な姿を晒したりはしていませんから……」

 「うむ、それを言われると返す言葉がない……」

 コテツは石像の言葉に返事を濁らせた。

 いつもメルヘンで奇天烈な言動をとり、俺を困らせてばかりのアウラより行儀の悪い扱いをされている。

 しかし、余計なことを言わない様にと、拳に力を入れて耐えることにした。

 石像は尚も話を続ける。

 「今回は、私の眷属のために力を貸してくれたことに感謝します。……それより、貴様が契約するとは思いませんでした。そこの者は、それ程有能なのですか?」

 石像の話に返事をすると、コテツは青い瞳を輝かせた。

 「うむ、力を貸したのは偶然だ。感謝も不要だ。その代わり、この地に度々用件が起こるかもしれん。その際、私の進入を無条件で認めて欲しい。……それから、カザマは有能でもあるが、面白いヤツだから契約した。久方ぶりに楽しい日々を送れそうだ」

 「分かりました。今回の礼の代わりに許可しましょう。……それから、貴様がそこまで言うからには、アウラとの結婚も認めよう。では、何れまた……」

 「うむ、何れまた……」

 コテツと石像は言葉を交わし、目の前の像から声がしなくなる。

 俺は呆気にとられていたが、ふと先程のまでの会話で違和感を覚えた。

 「……はっ!? ち、ちょっと……何? 今のは一体、何だったのですか?」

 「うむ、落ち着け、カザマ。その様な醜態を晒しているから馬鹿にされるのだ。それから、お前は不意の状況に対しての対処の仕方が、些かお粗末過ぎる気がする……」

 俺はコテツの指摘を尤もだと思い反省したが、何だか腑に落ちない。

 「私は、正式にカザマとその……結婚……」

 俺とコテツの話の合間に、アウラが顔を赤く染め恥らいながら口にした。

 アウラの言葉を聞き、違和感の正体に気付く。

 俺はアウラの続く言葉を遮る様に口を開いた。

 「アウラ、さっきの話は許すとは言ったが……許可をもらったに過ぎない。俺は、まだ誰とも結婚するつもりはないと、以前からみんなに話していたよな?」

 俺に話を遮られ不満だったのか、アウラは頬を染めたまま口を尖らせて呟く。

 「分かっているわ……でも、いつかは結婚するのでしょう……」

 「まあ、それはそうだが……」

 俺はこれ以上何も言えなかった――。

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