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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第十章 森での生活と脅威
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4.エルフの集落へ

 俺とビアンカは夕食を簡単に済ませると、森の中を北へと走った。

 「なあ、かなり中途半端な時間に出発したが、アウラの集落へはどのくらい時間が掛かるんだ? オークの集落の北の方だから、就寝前には間に合うかな……」

 移動中に何気なくビアンカに尋ねたが、俺には距離感がない。

 「エルフの集落の近くは、迷いの森になっているっす。アタシは一度通ったから分かるけど……夜明け前には着くと思うっす」

 ビアンカはさらりと答えが、俺は自分の耳を疑った。

 「そんなに時間が掛かるのか!」

 ビアンカは驚き戸惑う俺をちらりと見ると、

 「距離自体はそこまで離れてないと思うっす……ただ、どうしても途中で道が入り組んだ感じになるっす……」

 走りながらも頬を掻いたように見えた。

 「つまりビアンカでも、正確な道が分からないのか?」

 「そうっす……」

 俺は、後ろからビアンカを追い掛ける様に走っているので顔が見えない。

 しかし、森の中では常に自信に満ちたビアンカの事だ。

 きっと、奥歯を噛み締める思いであろう。

 

 ――途中でオークの集落を通過する際にトロイに会い、簡単に俺とビアンカがエルフの集落へ向かうことを告げた――


 深夜になり、既にオークの集落を通過して数時間が過ぎている。

 オークの集落を通過してからは森が深くなるというよりも、上り坂が多くなり山を登っている様に感じられた。

 「なあ、アウラの集落は山の中にあるのか?」

 決して走り続けて疲れた訳ではない。

 ただ、月明かりがあるとはいえ、夜の森の中を何時間も進むのにストレスを感じていた。

 ちょっとした息抜きの気持ちだったのかもしれない。

 ビアンカはいつも通りの口調で答える。

 「アウラの集落は、アルヌス山脈の麓にあるっす。しばらく上り坂が多かったけど、そろそろ迷いの森に入るっすよ」

 ビアンカの返事を聞いて、ふと思い浮かぶ。

 「なあ、迷いの森に入るということは……もし本当に、オーガがエルフの集落に向かっていたら、遭遇するかもしれないよな……」

 俺は疲労とストレス、恐怖から汗を流したが、ビアンカは平然と答える。

 「そうかもしれないっすね。でも、オーガの群れが迷いの森にいるなら、エルフの集落へは入っていないということになるっすよね」

 ビアンカの話を聞いて不安になってきたが、

 「それはそうかもしれないが……もし鉢合わせになったら、俺たちは二人だけで遭遇戦を演じるかもしれないってことだよな?」

 俺の言葉にビアンカは短く答える。

 「出来るだけ、そうならない様にするっす」

 ビアンカの言葉を聞いて、一抹の不安が過ぎった。

 「なあ、何だか、ビアンカは戦いになった方が、嬉しい様な感じに見えるが……俺の気のせいか?」

 「気のせいじゃないかもっす……」

 ビアンカに話し掛けて良かった。

 先程から黙々と走っているので、アウラのために必死になっていると思っていた。

 だが、戦いの衝動を抑えられないようである。

 (そういえば、月が大分丸く見える。明日は満月だろうか……満月のビアンカって、どんな感じになるんだろう……神さま、戦闘になるなら、せめて昼間にして下さい!)

 何となくオーガよりもビアンカに身の危険を感じて、神さまに祈った。

 (あっ!? ここの神さまって……ヘーベなのか……)

 しかし、微妙な気持ちになる。


 ――オーガの群れ。

 俺が神さまにお願いをしてから、一時間くらい過ぎただろうか。

 突然、ビアンカが足を止め、俺もすぐに状況を察した。

 (姿は見えないが、三十はいるな……離れた所まで分からないが……)

 ビアンカは俺に目で合図を送ると、迂回を始める。

 (思ったりより冷静そうだな……もしかして、神さまへの願いが効いたのか……)

 俺は一瞬肝を冷やしたが、安堵しながらビアンカの後に続く。

 

 更に一時間くらい過ぎただろうか。

 ビアンカが再び足を止める。

 「予定より速く着いたみたいっす。もしかしたら、迂回しようとしたのが幸いしたかもしれないっすね……」

 俺は何となくだが違和感を覚えた。

 「そうか、まだ集落は見えないが、この先にあるのか……!? お前、何か様子が変だぞ。元気がないというか……珍しく疲れたのか?」

 ビアンカは普通に話し掛けている様に聞えたが、身体を震わせている。

 「違うっすよ……カザマは先に集落へ向かうっす。前にアウラが、カザマを招待すると言ってたっす。きっと独りでも集落へ入れると思うっすよ……」

 ビアンカは我慢出来なくなったのか、言葉も苦しそうに変わった。

 俺は戸惑いつつもビアンカに声を掛ける。

 「……それで、お前はどうするんだ……」

 「アタシは、オーガの群れに行って暴れてくるっす。もう我慢出来ないっす!」

 ビアンカはそう言うと、あっという間に走り出した。

 「ちょっ!? おま、待てよ……」

 俺は言葉もそこそこにビアンカを追い掛けて走り出す――。


 幸いにもビアンカを見失うことなく、追いつくのに時間は掛からなかった。

 「どうしたんだよ……お前っ! どうしてもダメなのか! 我慢出来ないのか!!」

 俺は走りながらビアンカに話し掛けたが、返事がないので怒鳴り衝けた。

 しかし、ビアンカから、返事はなく黙々と走り続けている。

 来た道を戻っている訳ではなさそうなので、オーガの群れの位置を本能的に把握しているのであろうか……。

 「ああ、分かったよ! 俺も付いて行ってやるよ! その代わり、俺がいいというまでは我慢してくれ! 一応は交渉してみないとな……」

 俺は、どうにでもなれと半分自棄になりビアンカに声を掛けたが、

 「付いて来てくれるのは嬉しいけど、交渉は無理だと思うっすよ。どうせ無理だと思うから、少しだけなら我慢するっす……付いて来てありがとうっす……」

 ビアンカの返事は素っ気無く聞えたが、途中から口篭っていた。

 それだけ相手は、理性がない集団だということなのだろうか……。

 (そういえば小さな声だったが……『ありがとう』と言ったな。ビアンカがお礼を言うのを初めて聞いた。後から茶化すとするか……)

 如何しようもなく馬鹿げた状況にも関わらず、少しだけ楽しい気持ちになった――。

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