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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第九章 再びの下宿生活と幼馴染の来訪
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1.逃亡の末

 ――オルコット家の屋敷。

 村に着くと辺りはすっかり暗くなっていた。

 俺は取り敢えず、カトレアさんの家に向かう。

 屋敷に着くと、ジャスティスを厩舎に入れて玄関へ移動した。

 呼び鈴を鳴らすと、執事のモーゼスさんが扉を開ける。

 「この様な時間に、どうなさったのでしょう?」

 「こんな時間にすみません。事情があって、しばらくジャスティスを預かってもらいたいのですが……」

 どの様に話そうかと考えたが、取り敢えずジャスティスの事をお願いした。

 「ジャスティスは元々当家の馬ですので、特に問題ないかと思います」

 「ありがとうございます………」

 俺は安堵して、カトレアさんに取り次いでもらおうとした。

 だが、何を話したら良いか分からずに躊躇ってしまう。

 「まだ、何か用件が……? もしかして、お嬢様に用事でも……」

 「はい……でも、何を話したらいいか分からなくて……」

 俺が遅くに訪ねてきた事と落ち着きがない様子に、モーゼスさんが眉を寄せる。

 「少しお待ち頂いてもよろしいですか?」

 「はい、特に急ぐ用事もないですから……」

 モーゼスさんは一旦扉を閉めて屋敷の中に入って行った。

 しばらくして、再び扉が開く。

 「カザマ様、お嬢様がお会いになるそうです。こちらへ……」

 モーゼスさんがカトレアさんに取り次いでくれたようだ。

 カトレアさんの許可が出てからは、屋敷に知り合いが多い事もありスムーズだった。

 俺は応接室に通されてカトレアさんが来るのを待つ――。


 扉を叩く音が聞えてモーゼスさんの声が聞こえた。

 俺はどの様に切り出そうかと考えていたが、慌ててモーゼスさんに返事をするとカトレアさんが中に通された。

 「カザマ、こんな時間にどうしたのかしら……!? ま、まさか、私に……」

 カトレアさんは双眸を大きく見開くとすぐに細め、薄っすらと染めた頬に手を添えて、俺を見つめる。

 俺はそんなカトレアさんの仕草にドキドキしつつも話を進めた。

 「いえ、困ったことが起きてしまって……でも、カトレアさんには、直接関係ありません」

 「はあっ!? わ、私には、関係ないですって……」

 カトレアさんは自分に関係がないと耳にすると、表情が険しくなる。

 (カトレアさんは、何か自分に関係がある話だと思っていたのだろうか…)

 「ち、違うんです! 教会で俺を援助してくれている方がいるのですが……何を思ったのか、俺の国から幼馴染を呼び寄せたのです」

 「へっ!? お、幼馴染……」

 カトレアさんは口元を引き攣らせ動かなくなった。

 俺は硬直しているカトレアさんを気に掛けながら、

 「教会の方が、俺の誕生日プレゼントだといって呼んでくれたのですが、正直かなり困っているんです」

 カトレアさんは口を開けたり閉じたりして、困惑しているようである。

 「た、誕生日? 困っている……」

 俺は、あの時を思い出しながら話し出す。

 「はい、旅行の道中で、ボルーノの街に一泊したことがありましたよね。あの時は、賊が出てたりと慌しかったですが、俺の誕生日でした。色々とありましたね……」

 カトレアさんは端整な顔を引き攣らせる。

 「あ、あの日……あなたの誕生日だったの!」

 「はあ、そこまで驚かれることではないと思いますが……その、あの時は、色々なことが遭って、言いそびれてしまいました」

 カトレアさんは、急に俺から顔を背けたと思ったら、何か呟いた。

 「ちっ! そうと分かっていれば……」

 本当は舌打ちも聞えていたが、聞えてない振りをする。

 「何か言いましたか?」

 カトレアさんは、いつもの余裕のある笑みを浮かべ、あっという間に体勢を立て直す。

 「いいえ、特に何も……ところで困っている事とは、何かしら?」

 「はい、実は幼馴染が俺の許婚だと言い出したんです……全く、突然現れたと思ったら……」

 俺は気恥ずかしい思いから頬を掻いた。

 しかし、カトレアさんは再び驚いたのか、碧い瞳を見開いた。

 「はああああああああああ――!? い、許婚ですって? カ、カザマは、そんなこと……」

 カトレアさんは、これまで見たことがない程取り乱し、俺の両肩を掴み、顔を近づける。

 正確には、ヒステリックモードの時に錯乱している。

 (ち、近い……ツバが飛んでるが、嫌じゃない……!? そうじゃなくて……)

 「落ち着いて下さい。俺も初めて聞いたことです。それに今は、その……誰かと、結婚とか考えてなくて……」

 カトレアさんを碧い瞳を見開いたまま、俺の肩を揺すった。

 「そ、そうなの!! そうなのね!!」

 俺は照れ臭くも困った状態に、顔を逸らしつつも複雑な思いに揺れている。

 「カ、カトレアさん、落ち着いて下さい。そんなに肩を揺すらないで……」

 カトレアさんはとても興奮していたため、この後カトレアさんを落ち着かせるのに、しばらく時間が掛かった――。


 カトレアさんは、普段の姿からは想像出来ない程、頬を染めて恥じらいを見せている。

 「……コホン。それで、どうするつもりなのかしら……」

 ひとつ咳払いすると、カトレアさんは顔を逸らしたまま視線だけを向けた。

 俺は頬を掻きながら、取り合えず現状で思い浮かぶ退路を説明する。

 「はい、ほとぼりが冷めるまでモーガン先生のところか、森に隠れようと思っています」

 「そう、婚約を破棄して、他の誰かと婚約なり、結婚するという手段もあると思うのだけど……」

 カトレアさんは薄く染めていた頬を赤く染めて見つめている。

 (ここは大事なところだ。真剣に話さないと……)

 「俺はこれまでの人生を、親や祖父から言われた様に生きてきました。今までは、そんな生活に何の疑いも感じませんでした……ただ、この国で仲間たちと生活するうちに、今までの行き方に疑問を抱く様になりました。俺は自分の意思で、自分の好きな様に生きても良いのではないかと……今は、この国の人間だと思っていますからね。だから、自分の生き方は自分で決めます。これから結婚する相手も、自分が良く知った上で、決めたいと思っています」

 俺は長々とカトレアさんに偉そうに語ってしまった。

 しかし、カトレアさんは、そんな俺の話を碧い瞳を細めて見つめたまま、黙って聞いていたが……。

 「綺麗ごとね。カザマが好きな様に生きて……というのは、家族との縁を断つという意味かしら? 人は独りで生きられないわ。だから、人は誰かを頼り、コミュニティを形成して生活するわよね? それは、カザマが言うところの仲間なのかしら……実際に今、カザマは、私を頼ってここにいるわ。あまり自分本意過ぎる生き方は、どうかと思うけど……あなたが自分の結婚する相手を、自分の意思で決めたいという気持ちだけは共感出来るわ。私の出来る範囲でなら、力になっても良いわ」

 俺はカトレアさんの話を、半分口を開けたまま聞いた。

 たまに突拍子のない言動をとることがあるけど、基本的には厳格な貴族の娘である。

 こういった社会的な考えは、俺よりもしっかりしていると知った。

 カトレアさんを嘗めていた訳ではないが、信頼の気持ちが高まったのはいうまでもない。

 「はい、ありがとうございます。家族との縁を断つ……とまでは考えていませんが、カトレアさんの話は分かりました。自由に生きるというのは、口で言う程簡単ではないのですね……しばらく姿を隠すのに協力してくれると言ってくれて、凄く嬉しいです。それから、俺の国はあまりに遠くて帰れないかもしれませんが……」

 俺はカトレアの話に敬意を込めて、これまで口にしなかった祖国のことを仄めかす。

 カトレアさんは、案の定驚きの声を上げる。

 「えっ!? カザマの国は、一体どこにあるのかしら……」

 「東の砂漠よりも遥かに東です……それよりも、しばらくモーガン先生の家に匿ってもらって、ゴブリーノ族にお願いするかもしれません」

 カトレアさんの疑問の声を止める様に、話を進めた。

 「……そ、そう、そこまで考えているのね……では、今日はこの屋敷に泊まって、明日から出掛けると良いわ」

 カトレアさんは、これ以上の詮索は諦めたようだ。

 俺は思わず破顔する。

 「ありがとうございます! 助かります!」

 カトレアさんは、俺の笑顔を見ながら首を傾げる。

 「でも、ひとつ問題なのが……カザマが冒険者ということだけど……冒険者として登録されている訳だから、捜索でもされたら……」

 俺はカトレアさんの言葉を聞いて、驚愕し顔を引き攣らせた。

 「えーっ!? そ、そんなことまで、されるんですか?」

 「えっ!? あなたは教会で援助されていたのよね……」

 カトレアさんは驚愕している俺の姿に驚いたのか、口元を引き攣らせる。

 俺は動揺しつつも左手首のクリスタルを見つめた。

 (これは本当に恐ろしいアイテムだ。ヘーベは、きっと俺を探すだろう……)

 「そ、そんなに気を落とさないで頂戴……!? そうだわ! ゴブリーノ族の集落に行ったら、子供たちに読み書きや算術を教えたらどうかしら? あなたの知識なら申し分ないわ! 私から父に頼んでみましょう」

 カトレアさんは両手を合わせて笑顔を見せると席を離れた。


 ――屋敷に宿泊。

 カトレアさんたちは既に食事を終えており、俺は顔見知りの使用人たちと夕食をとる。

 みんな何事かと興味津々だったが、俺が教会から逃げ出したと話したら何も聞かなかったことにしてくれた。

 使用人の人たちはカトレアさんとの関係を誤解していたようだが、教会と聞いて態度が変わったのだ。

 やっぱり、どこの世界も教会の権力は高いのだろうかと肝を冷やす。

 夕食を終えると客室に案内された。

 客室は旅行で泊まった部屋よりも、遥かに豪奢である。

 ベッドには天蓋がついていた。

 俺は日本の生活を思い出す……。

 (エリカのヤツ、日本で充実した生活を送っていた筈なのに……)

 ベッドに横になりそんなことを考えてしまったが、一度頭を振り明日からのことを考えようと目を閉じた――。

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