6.再会と逃亡
ヘーベは得意気な笑みを浮かべ、胸を張って腰に手を添えた。
「それでは、私からの誕生日プレゼントよ! もう入って来て良いわ……」
「はあっ!? 入って来てって……」
俺は、ヘーベが何を言ってるのだろうと思ったが。
訝しさを抱きつつ、扉に視線を向けた。
そして扉が勢い良く開かれると、
「マー君! 久しぶり!!」
聞き覚えのある声が響き、見覚えのある姿が飛び出した。
「ああああああああああ――!? な、何で……お前が、ここに……エリカ」
青い軽装の甲冑姿に、二本の刀を腰に差したエリカが俺の前に現れる。
久々に見るエリカの黒髪は真っ直ぐ肩甲骨まで伸び。
前髪は綺麗に揃えられている。
青い瞳に、白い肌、整った相貌は、認めたくはないが美少女である。
だが、それだけではなく、程良い胸の膨らみから腰辺りのくびれ。
お尻までのラインが美しい。
(今は鎧で見えないが……!? ち、違う! 何で、エリカが……ああ、どうして……)
俺は驚きと共に、久々に会った幼馴染に懐かしさを覚えたが、放心状態に陥る。
しかしエリカは、そんな俺に構わず抱きついてきた。
「マー君、そんなに会いたかったの……」
エリカは、俺の胸の中に顔を埋めながら声を上げる。
「感激のあまり声も出ないのね……」
俺は放心状態から脱出出来ずに、エリカにされるがままでいた。
この世界に来る前のように……。
「あのー……カザマは、あまり嬉しそうに見えないのですが……」
俺のただならぬ様子を見て、レベッカさんが顔を引き攣らせ、呟く様に声を掛けた。
「あなたは黙っていて下さい! 私たちは、お互いの親同士が認めた許婚です!」
エリカはレベッカさんを圧倒する様な勢いと。
『許婚』という切り札とも言える言葉を使用したのだ。
「そ、そうなの……私、カザマに許婚がいるなんて、初め聞いたから……その、ごめんなさい……」
俺のために声を掛けてくれたレベッカさんだが、エリカを相手に翻弄された。
「エリカ、感動の再会で気持ちは分かるけど、説明くらいさせてもらえないかしら」
俺はヘーベの声を聞いて、放心状態から脱出する。
「実はかなり前から予定していて、どのタイミングで呼ぼうか考えていたの。都合良くカザマの誕生日があったから……」
得意気に説明をするヘーベを見て、俺は身体の芯から熱いものが込み上げ。
身体を熱く滾らせると、抑えられない感情が身体を震わす。
「じ、じゃあ……何だ。この茶番は、俺がこの世界に来た頃から考えていたと……」
「そうね、あなたを呼ぶ前から考えていたけど……決めたのは、カザマが嘘をついた時よ」
ヘーベの聞き捨てならない言葉に、震える口から疑問の声を上げる。
「う、嘘って……!? 俺は、いつ、どんな嘘をついたと……」
「カザマ、嘘をついたことを責めている訳ではないわ……だから、そんなに震えなくても……」
未だに理解出来ないのか、勿体振った言い回しをするヘーベに、益々イラ立つ。
「そんな事は良いから、早く教えてくれませんか?」
口調は抑えつつも、心の中で声を荒げる。
(い、いい加減……俺の考えが分かるだろう!)
俺は、ヘーベを見つめる瞳に力を込めた。
しばらくして、ヘーベは散々勿体振った後で、口を開いた。
「私がカザマのことをニンジャの家系では……と訊ねた時、あなたは違うと、嘘をついたわよね? それで、その時にエリカの事を、特別な恋愛感情がないと言ったことも……嘘なのよね? それにね、エリカに恋人が出来たと言った事も、嘘だと分かっていたのよ」
ヘーベは長い前振りから説明を終えると、再びどうだと言わんばかりに腰に手を当てて胸を張った。
俺は我慢強い人間である。
だが、忍者の子孫なのだから当然ともいえる。
しかし、既に我慢の閾値を超え、溢れ出る衝動を抑えきれなくなった。
身体が震え、頬から涙が流れているのを感じる。
俺は掌に爪跡が残りそうな程、強く拳を握った。
ヘーベは呆然と俺を見つめている。
「えっ!? 何かしら? そんなに嬉しいの? まさか、泣くほど嬉しかったなんて……!? さっきから、カザマの視線が熱いのだけど……」
俺はとうとう頭が沸騰しそうな程上気して叫び出す。
「な、何が嬉しいもんか――!! アンタ、俺の考えが分かるんだろう!! しかも、俺の誕生日プレゼントなんて、嫌がらせにも限度が……!? は、離せ、エリカ! アイツの頭を引っ叩いてやらないと……」
ヘーベは状況を把握出来ずに、困惑してオドオドしている。
俺はあまりに怒って、我を忘れた。
「ちょっと、マー君! どうしたの……急に? 何だか別人みたいよ! しかも、女神さまの頭を叩くって……」
エリカは、俺が怒った姿を初めて見て混乱したのか。
後ろから俺を羽交い絞めにしたまま声を荒げる。
「二人とも感動の再会は分かるけど落ち着いて……はっ!? カザマ、今、私の頭を叩くって言ったわよね? どうして……酷いわ……」
尚も自分の仕出かした事に気付かず、俺の気持ちを盛大に勘違いしたままのヘーベは、悪びれる様子を見せない。
そんなヘーベの様子に俺の怒りは収まるどころか、勢いを増す。
「アンタの方がよっぽどヒドイだろ――!!」
俺は涙を流しながら、再びヘーベを怒鳴り突けた。
ヘーベは柳眉を顰め、首を傾げたまま動きを止める――。
しばらくヘーベは、何か考えているようだったが……。
「何をそんなに……もしかして、二人の運命的な再会のあらましが気になるのかしら? 私も知らなかったけど、許婚だったのよね……」
突然ヘーベがとんでもない事を言い出した。
俺は驚きのあまり怒りがどこかに吹っ飛び、
「はあーっ!? 許婚って、何のことだ……」
理解し難い言葉を聞き硬直する。
ちなみに俺は、自分が放心状態の間、会話が耳に入っていなかった。
ヘーベは、俺の情緒不安定な様子に訝しさを覚えたのか……。
「さっき、エリカがレベッカさんに話したわよね? カザマは何も言わず見守っていたでしょう……」
俺はヘーベの言葉を聞いて、硬直状態を脱して再び思考を始める。
「な、何のことだ? 俺はさっきまで、突然エリカが現れたのがショックで……その、意識が朦朧としていたんだ」
俺の言葉が腑に落ちなかったのだろうか。
エリカは俺の拘束を解くと正面に向かい合い、
「ちょっと! 幾らマー君でも、今の言い草は聞き捨てならないわ! 私たちが許婚同士だという大切な話をしたのよ!」
凄い剣幕で話しに割って入った。
俺はエリカが何を言っているのか分からず、呆然とエリカを見つめる。
「……だ、だから、許婚って……何のことだと聞いてるんだろう!」
俺は半分キレ気味に問い掛けたが、エリカは狼狽えたように答えた。
「な、何よ、マー君のくせに……乱暴な言い方……それにヘーベに対する話し方も……」
「お、俺は日本に居た頃とは違うんだ! もう家の仕来たりとか、周りに気を使ったりとか……そんな事はしないことにしたんだ!」
「な、何よ……それっ! まるで、私と結婚するのが、嫌だと言ってるみたいだわ……」
エリカの狼狽えた様子が強くなり、少しずつ瞳が潤み出す。
「お前、さっきから許婚とか結婚とか言ってるけど、最近彼氏が出来たんじゃなかったのか……」
俺はエリカの表情の変化にも構わず、ここぞとばかりに言ってやった。
「あ、あれは……マー君が悪いのよ! 私たち、高校生になっても……全然進展がなかったじゃない? だから、友達に彼氏になったフリをしてもらったの……そうすればマー君が怒って、私のことを……」
エリカは、たじたじになりながらも過去の事を説明する。
そして、俺を見つめる瞳に輝きが増す。
俺はその説明を聞いて、先程のヘーベの話が腑に落ちた。
しかし、それでも、俺は引かない。
「はあーっ!? な、何で、俺が……それに回りクドイぞ!」
「だって仕方ないでしょう! 他に思い付かなかったんだから……」
エリカは声に覇気がなくなっていき、俯いて今にも泣き出しそうに表情に変わる。
「兎に角……俺は、お前が嫌だと言ってる訳じゃない……ただ、俺は、他人に決められた生き方はしない! 俺の人生は俺が決める! そう決めたんだ!」
流石にエリカが泣く姿は見たくないので、これまでの全否定的な言葉を弱めるが。
それでも、自分の気持ちに嘘をつけなかった――。
俺とエリカが無言で向き合っている。
エリカは瞳を潤ませ見つめていたが、俺は視線を合わせようとはしなかった。
そこへ、ヘーベが口を挟んでくる。
「あのー……さっきから、二人とも盛り上がっているみたいだけど……それでカザマは、私からの誕生日プレゼントは喜んでくれたのかしら?」
ヘーベは褒められると思ったのだろうか。
誇らしげに笑みを浮かべ、心なしか胸を張ってる気がする。
鎮火した衝動が再び燃え上がり、俺は激情に任せるまま声を荒げた。
「アンタ、俺の考えてることが分かるんだろう! いい加減、気付けよ! どうするんだよ! この状況……」
俺の叫びと怒りの表情に、ヘーベは青い瞳を丸める。
「えっ!? もしかして、今までの本当だったの……!? 私はてっきり、カザマがいつもの様に、照れ隠しをしていると……」
ヘーベは端整な顔を引き攣らせ、やっと俺が怒っている事に気付いたようだ。
俺は既に疲れてしまい、ヘーベを怒るのも白けてきた。
怒りが収まってくると、少しずつ今の状況と今後の事が気になってくる……。
(今の状況でも精一杯なのに、エリカの相手なんかしてられる訳ないだろう……)
エリカが呆けている隙を見て、逃げ出す。
「ちょっと、マー君! どうしたの?」
エリカが叫んでいるが構うことなく、礼拝堂から飛び出した。
そして教会の外に出ると、
「ジャスティース!!」
以前カトレアさんに教わったように、大声で名前を呼び、口笛を吹く。
厩舎から近いということもあったが、あっという間にジャスティスは来てくれた。
「おおーっ! ジャスティス、ありがとう……行くぞ!」
俺はジャスティスに騎乗すると、夕暮れの中を村へ向かって駆けて行った――。




