2.召還
(苦しい! 何とかしないと……)
俺は突然、海の中に引き摺り込まれ、物凄い速さで沖の方に向かっている。
みるみる視界が暗くなり、身体が圧迫されるように辛くなった。
どんどん深く潜っているのだろうか、これほど水圧が強いとは……。
息が出来ない上、更に深くまで連れられてしまい、苦しみと恐怖から顔が歪む。
だが、それでもお姉さんを離さず必死に抵抗する。
「ちょっと、どこ掴んでるの! 変なところを獅噛みにしないで!」
海の中なのに、何故かお姉さんの声が聞こえた。
いきなり海の中へという驚きと、息が出来ない苦しさのあまり、お姉さんを締め付けた腕が解けそうになる。
それで今は、辛うじてお姉さんを後ろから抱きしめる形となり、胸を掴んでいる……。
(ああああああああああ――っ! 何とかしないと……!?)
『ウインド!』
咄嗟に得意の破廉恥魔法を発動させようとしたが、魔法は発動しない。
(水の中だから発動しないのか! どうしよう? 攻撃性の水魔法では意味がないし……!? 使うか……)
俺は、この状況を打開するための水魔法を思いつかない。
しかし、魔法で思い出してしまう。
俺は苦しいながらも、意識を自分の内へと、内へと……集中する――
(四神と契約し末裔、陰陽師、風間正義……今、いにしえの盟約に従い汝を召還する。出でよ! 『蒼龍!』)
俺は一度だけ、父親と祖父から教わったことを思い出した。
明治時代に忍者の家系は大きく衰退したが、陰陽師の家系は更に深刻だったらしい。
そこで、お互いに婚姻することで存続させたそうだ。
その時に四神である、守護神獣のことを教わったらしい。
実際に使えると思わなかったし、使う日が来るとも思っていなかったが……。
(……やっぱり無理……!? 何か変だぞ……)
何も現れなかったので、召還に失敗したと思った。
だが、俺たちの周りが、海水ごと浮かび上がっている。
発動させた俺が驚いているくらいなので、お姉さんの動揺は半端なかった。
「い、いや――!? もうっ! あ、あなた……何かしたわね! 一体、何をしたの? 何で、身体が勝手に浮かび上がってるの?」
海上まで浮かび上がると、海面に何かがいる。
俺は、自分が呼んだ蒼龍かと思ったが……。
「おい、お前! 久しぶりに呼ばれたと思ったら……どういう状況だ? 契約した世界と違うだろう! それから、お前は間違えてオヤジを呼んだだろう! 一体、何考えてるんだよ! 全く……あ、あ、あっ!? ……誰だ、お前?」
目の前のモノは、どこから突っ込んだら良いのか、混乱するような事ばかり口走った。
俺はそんな相手に対し、驚愕を通り越して叫んだ。
「はあーっ!? 今のは、肝心なとこでしょう! 『あ』って、あべ……とか、あし……とかいう名前じゃないんですか? 違いますか? それから、今の代は風間が継いでますよ! それにオヤジと間違えてとか……何ですか? えーっ……それから、何でそんな、身体してるんですか!!」
驚愕よりも好奇心が上回り、全力で突っ込んでしまう。
色々と混乱しながらも、怪訝に思ったことを次々に言葉にしたのだ。
「ヤカマシイ! お前! そんなに、一度に聞かれても困るだろう! 名前は……風間だったな。この世界にはオヤジと仲の悪いドラゴンがいる。それも近くだぞ! いきなりオヤジが現れたら、殴り込みだと思われるだろう! ちょっとは空気読めよなー!」
目の前のモノに怒鳴りつけられて、幾分気持ちが落ち着いたが、止まらない。
「はっ!? な、何言ってるんですか? ドラゴンじゃなくて、目の前にいるのはマーメイドですよ。それに、その……何で『タツノオトシゴ』の姿をしてるんですか? 俺じゃなきゃ、分かりませんよ!」
目の前の愛くるしいモノが吼える。
「お前、何キレてるんだ! そんな小物など、どうでも良いだろう! お前がオレを呼んだくせに……しかも間違えたくせに……」
先程から訳の分からないことばかり言っているタツノオトシゴに落胆した。
折角格好良い登場シーンを期待したのに、台無しにされて興奮を抑え切れない。
それに対して、タツノオトシゴは興奮して話している俺を誤解して、拗ねてしまった様に見えた。
見た目通り性格も可愛らしい様だが、お姉さんのことは眼中にないようだ。
「いえ、キレてないですよ。ただ、現状を理解出来なくて混乱してるだけです。間違えて呼んだって、どういう意味ですか?」
「オレが昔契約した人間は、お前程魔力が強くなかった。だから水を司る龍を呼ぶのに、選択の余地がなかった。だが、お前は強い魔力で召還しただろう! それで、オヤジが反応してしまったという訳だ。次からは曖昧な呼び方は止めて、オレの名前を呼べ! 分かったか!」
タツノオトシゴは一瞬拗ねた様に見えたが、さっきから尊大な口調で俺を叱りつけている……愛らしい姿で……。
(何だか、馬鹿にされてる気がしてイラッとするが……それより、俺の魔力って、そんなに高いのか?)
色々な葛藤が溢れ出し、先程から耐えに耐えているが、今更の様に耐えた。
「あのーっ……宜しければ、名前を教えてくれませんか? ついでにオヤジさんの名前も教えて欲しいです。仲の悪いドラゴンも……」
「はっ!? ないぞ、そんなの……俺たちに名前なんか要らないだろ? ちなみにオヤジは、人間たちから『リヴァイアサン』と呼ばれていたが……仲の悪いヤツは、機会があれば教えてやらないこともない……」
(名前がないのに名前を呼べって、コイツは……頭が悪いのか? でも、オヤジさんには名前があるんだな……!? リヴァィアサンって、超大物じゃないか! 仲の悪いドラゴンっていうのも……同じくらいの大物なのか? この件は、触れない方が良さそうだな……)
「オヤジさんの名前を人間が付けたのなら、俺が名前を付けましょうか? オヤジさんがリヴァイアサンなら、レヴィアタンとか……」
俺は態度を急変させ、手のひらを重ねて言葉を綴る。
下手に出た俺に対し、タツノオトシゴは大声を放った。
「お、お前、何考えてるだ――!! それは昔、どっかに行った俺の母親の名前だ! その名前をオヤジに言ったら、お前諸とも周りが消滅するぞ!!」
再びイラっとさせられたが、話を聞いて驚愕し、戦慄する。
「ヒィイイイイイイ――! そ、そんな、カオスは遠慮しておきます! で、では、リヴァイとか……」
「おっ!? オヤジに似てるし、良い感じじゃねぇ!」
(ち、ちょろいぞ……お前! カオスなことを言った後に、このリアクションって……)
タツノオトシゴ、改め――『リヴァイ』とのやり取りに疲れて、溜息を吐こうとした。
そこで、ふと隣にいるマーメイドのお姉さんを思い出す。
俺たちに放置され怒っているかと思ったが、呆然とリヴァイを見つめている……。
(何時でも逃げる隙はあったが、あまりに馬鹿馬鹿しい会話に呆れてしまったのだろうか……)
俺はそっとお姉さんの肩に左手を載せて、右の拳をお姉さんの前に突き出し、親指を立てたが、リヴァイが反応する。
「お前、オレを馬鹿にしてるのか! それは見ていて腹が立つから、止めろー!」
「べ、別に馬鹿にしてないですよ! それにリヴァイの方こそ、初めて現れた姿がタツノオトシゴって……ドラゴンのプライドとか……」
お姉さんを元気づけようとしたのに、何故かリヴァイが怒り出したので、思わず言い返してしまう。
「お、お前……オレが折角周りに気を使って、目立たない姿で現れたのに……じゃあ、オレもお前に合わせて、ヒト型になってやる」
リヴァイはそう言うと、全身を発光させて姿が見えなくなった――。
光が消えてゆっくり目の前を確認すると、白い肌に水色の髪と水色の瞳。
そして、エドナと同じくらいの身長の美少年が立っていた。
「あ、あのーっ……大人の姿では、ダメでしたか? 俺は構いませんが、他人に嘗められそうな気がするのですが……」
恐る恐る慎重に、丁寧に声を掛けたつもりだった。
「ヤ、ヤカマシイ!! さっきから余計なことばかり言いやがって……この姿は、他のヤツに警戒されないためだ! 嘗めた態度したヤツがいたら……」
折角親切で指摘したのに、リヴァイはまたもや怒り出してしまう。
何度も怒鳴られて腹が立つが、その可愛らしい姿と声に怒りを抑える。
「わ、分かりました! 俺が悪かったですから……俺は色々とトラブルに巻き込まれ易いみたいで、慎重なだけですから……」
リヴァイは単純なのか、思ったよりも理性的な性格なのか。
「分かれば良いのだが……ところで、お前、何か俺に用があったんじゃないのか?」
あっさりと話を本題に移し、俺の方が意表を衝かれて驚く。
「あっ!? 忘れてた! お姉さんに海に引き摺り込まれて、死にそうだったんだ!」
俺がお姉さんを見ると、呆然としていた筈が、急にそわそわして震え出す。
「あ、あなたは、カザマという名前なの? 何か私、色々と誤解していたみたい……もし良ければ、そちらのリヴァイ様を紹介して貰えないかしら? も、勿論、あなたのためでしたら、宝石は差し上げますよ……」
お姉さんは先程までと、態度を一変させた。
結果的には有難いが、何か裏切られた気がする。
「……確かに受け取りました。それから、人間を襲うのは止めて下さいね。約束してくれるなら、お姉さんは無害だとギルドに報告しておきますから……リヴァイを紹介して欲しいというのは、目の前にいるから自分で言えば良いじゃないですか?」
俺は、お姉さんから無事にピンク色の宝石を受け取り、穏便に済ませられる様にお姉さんを説得した。
「私、人間を襲ったことはないわ。あなたに声を掛けたのは……あの時話した様に、聞いた事がない歌が聞えたからよ。それに、私が歌ったのは歌いたかったからで、魅了させても、何もするつもりはなかったわ。ただ、何故かあなたには効果がなかったので向きになってしまったわ」
お姉さんは言い終わるとちらりと舌を見せ、頬を染めて微笑んだ。
(か、可愛い……)
俺とお姉さんは良い感じで笑みを交わしていたが、
「……おい、話は終わったか? 終わったなら、それは食っていいか?」
リヴァイは俺とお姉さんの話に割って入ると、とんでもないことを言い出した。
お姉さんは先程までの騒動が嘘の様に、震えながら俺の腕にしがみつく。
そして、俺の背中に隠れる様に張りついて来た。
(お、おっ、胸が良い感じで……!? 違ーう! 今はリヴァイを説得しないと……)
「それは、止めてもらえまえせんか? このお姉さんは俺の友達ですし、リヴァイの庇護を受けたいみたいですが……」
お姉さんは、俺の肩越しで話しを聞きながら頷いている。
「何でオレがそいつの面倒を見るんだ? 何の代価もなしにか……大体、お前はオレに何をくれるんだ?」
俺は驚き口を開く……。
「えっ!? 何か、あげないといけないんですか?」
「はーっ!? もしかして、何もないのにオレを呼んだのか? お前……馬鹿か?」
(な、何言ってんだよ、こいつ! お子様の姿で……)
俺は、リヴァイもヘーベやアウラの様な気がして、頭を引っ叩きたくなったが我慢した。
「もし良ければ、俺が宿でプリンでも作りましょうか……」
「はっ!? プリンって、何だ……美味いのか?」
今度はリヴァイが驚いたが、俺は得意気に話を続ける。
「リヴァイの姿を見て思いついたのですが、その姿に相応しい味だと思います」
「そうか、やっとお前も、高貴な俺に対する態度が分かってきたようだな……」
俺の話にリヴァイは納得したようだ。
お姉さんは、俺の後ろで安堵した様に溜息を吐いている。
(もしかして、この世界の秘宝クラスの食べ物だと思っているのだろうか? 俺は、子供が喜ぶ食べ物のことを言ったのだが……)
俺たちは、多分ビアンカとアウラが心配しているだろうと思い、岬へ向かった。
岬まではそれほど離れてないが、お姉さんが俺をお姫さま抱っこして運んでいる。
リヴァイは、お姉さんの両肩を跨ぐ様に上に乗り、腕を組んで立っている。
(まさか女のヒトにお姫さま抱っこされるなんて、色々と当たって嬉しいが恥かしい……。それにしても、リヴァイのヤツ、お子さまの姿で格好付けてるつもりなのか……)
岬が見えて来ると、まずビアンカが俺たちに気づいた。
何か慌ててアウラに話しているが、無事に帰ってきて喜んでいるのだろう。
――岬。
岬に着くと、ビアンカがアウラの後ろに隠れて尻尾を逆立たせ震えている。
「カザマ、一体どうしたの? 上にいるヒトは……」
「ああ、色々と心配掛けたみたいだな……だが、もう大丈夫だぞ。お姉さんとの誤解も解けたしな。上にいるのは色々と世話になったリヴァイだ。こんな姿だが一応偉いヒトだから話す時は気をつけてな……」
俺たちは陸に上がった。
「そう、リヴァイさまというお名前なの……」
リヴァイは地面に飛び降りて、俺もお姉さんから降ろしてもらう。
そんな俺たちをビアンカは先程よりも興奮した様子で、アウラは両手を胸の前で合わせたまま俺たちをじっと見つめている。
そしてアウラは両手を広げ、笑みを浮かべながら俺に向かい走って来た。
アウラが喜びのあまり抱きついて来ると思い、受け止める様に両手を広げる。
「――初めまして、リヴァイさま!」
アウラはリヴァイに抱きついた。
抱きついたといっても、お互いの身長差を考えれば、母親が子供を抱きしめる様な感じである。
俺は両手を広げて、口を開けたまま固まった。
「な、何だ、いきなり……!? お前、シルフィードの眷属か?」
「はい、水を司る大いなるお方……」
俺だけでなく、お姉さんも呆気に取られ見つめている。
ビアンカはどうしたら良いか分からないのか、キョロキョロしながら挙動不審になっている。
「なあ、アウラ、知り合いなのか? 確か、水の精霊って、ウンディーネじゃなかったか?」
「ええ、そうよ。でも、強大な海の王に連なる方よ!」
「リ、リヴァイは、それで良いのですか?」
「良いも何も……!? おい、お前、何で、そんな目で俺を見るんだ……関係ないぞ! 娘も俺から離れろ! 何か用事があるなら、カザマに言え!」
リヴァイは、俺が悔しそうに見ていたのに気づいたのか。
アウラを拒絶して俺に振ってくれた。
アウラもリヴァイの言葉を聞くと、ビアンカの隣に移動する。
(あまり賢くはないみたいだが、空気は読めるヤツらしい……)
「それで、何がどうなったら、こんなことになるかしら?」
アウラはやっと落ち着いたみたいで、本題に戻った。
「お姉さんが俺のことを信じてくれて、宝石を返してくれた。そもそも、お姉さんは人間を襲ったことはないらしい。それでリヴァイには、俺が溺れそうになったのを助けてもらった訳だ……」
俺が大雑把に説明すると、アウラは首を傾げ腑に落ちない様子だったが、宿へ移動した。
マーメイドのお姉さんは、リヴァイの力で下半身をヒトの姿に変えてもらっている。
ついでに服まで作ってくれたのは、空気が読めるヤツだからであろう。
俺たちは、出発した時には想像も出来ない様な面子で宿に戻った――。




