4.探索活動と楽しい修行の日々
――異世界生活十五日目。
探索を開始してから一週間が過ぎた。
だが、特に有力な情報を得られずにいる。
それでも俺は慌てる訳でもなく、忙しい毎日を充実した気持ちで過ごしている。
教会に戻った当初は下宿生活が突然終了してしまい、納得出来ない気持ちでいた。
しかし、今は俺がいないと、ヘーベが独り寂しく食事をすることになる。
そう考えると無理を言えず、今の生活にも大分慣れてきたのだった。
(欲を言えば、アリーシャとの本の読み聞かせを続けたかったが……)
俺にもひとつだけ不満はあったが、敢えて気にしないことにしている。
朝食をいつも通りヘーベと一緒に済ませ村へ向かうところを、今日は少し寄り道をしてから村へ向かう。
――モーガン邸。
最近の日々は、モーガン先生の家に着いてからアリーシャと話をする。
しばらくしてから、カトレアさんがやって来るが。
それから三人で話しとなり、演習場に移動する。
魔法の話だけでなく、探索の話、世間話、一番興味を持たれたのが荷車の改良についてだった。
「あれは、一度にたくさん運べるが、重過ぎて実用的じゃない! 量が少なければ、重くても担いだ方が楽だなんてあり得ない! いきなり荷車は難しそうだから……一輪車か二輪車を考案したい! 車輪の上に丈夫な籠の様な物を付けて、後ろから押す感じのものを……車は出来れば、ゴムの様な材質が良いかな……」
「うーん……そうね、見てみないと分からないけど、面白そうだわ。実際に作らせてみましょう」
村人の生活に役立つ道具の考案は、貴族であり領主の長女であるカトレアさんにとっては、関心の高い話題のようだ。
何故かアリーシャも、そういった話題に高い関心を示した。
本当に勉強熱心な娘である。
こんな生活が最近のパターンになっていた――。
魔法の練習は、カトレアさんとアリーシャが見に来ることもある。
しかし、アウラと一緒に行うのが定番になってきた。
「カザマの魔法は、私の精霊魔法と同じ系統だと思うの! 本人は隠しているみたいだけど……きっと、どこかの精霊と契約している筈よ!」
アウラは、何故そのような勘違いをしたのだろうか。
相変わらずメルヘンな感じで熱弁し、俺の魔法の練習に付き添うようになった。
魔法の練習を始め出すと、ビアンカが森から帰って来て見学する。
一時間程我慢して見ているが、ビアンカが期待している様な面白魔法は、滅多に起きる訳もない。
ビアンカが我慢出来なくなると、俺を連れて狩りに出掛ける。
以前の様に待ち伏せでなくて、周囲にいる獣をダガーと体術を駆使して襲撃していく。
俺も初めに比べるとメンタル面だけでなく、技術と体力が向上したのである。
それから、弓を使うようになった。
「それは邪道っすよ!」
「まあまあ、そんなことを言わずに、俺の練習だと思って……」
ビアンカは弓での狩りを好ましく思っていないようだが、高い所にいる鳥などを狙うのには適材適所であろう。
狩りを手早く済ませると、再び演習場に戻る。
――演習場。
演習場に戻るとアウラが待っていた。
ヘーベの女神さまの力とは違うが、精霊魔法で俺たちの様子を覗う事が出来るらしい。
俺とビアンカは演習場に戻ると訓練を開始する。
最近は、ビアンカから格闘の訓練を受けていた。
ダガーを使うのに躊躇ってしまうので、短めの木刀を使っている。
「どうせ、当たらないからいいっすよ!」
「それでも、ビアンカに刃物を向けるのはイヤなんだ! それに、その内当たる様になるから……」
こういうやり取りを何度か繰り返して、今では木刀で納得してくれたらしい。
――午後。
最近はビアンカも家で食事をするのが普通になってきて、アウラも加わる様になった。
俺が来る前は、たまに三人で食べていたそうだ。
だが、基本的にはアリーシャ独りだったらしい。
今では四にんになり、大分賑やかになっている。
勉強の時間になると相変わらずビアンカはいなくなるが、アウラが勉強する様になった。
俺はエドナとも大分親しくなり、今ではエドナとアウラに算術を教えている。
正確には掛け算だが……この世界には、『九九』がないみたいだ。
俺が初めて九九の話題にした時は、周りの反応が凄くて。
特にカトレアさんの反応は強烈だった。
「カザマはやっぱり貴族よね! 庶民がこれ程の知識を持っている筈ないわ! 縁談の話はないのかしら……」
「ち、違いますよ! いい加減、貴族じゃなくて、せめて学者とかにして下さい。それに、俺の国では学問や教育が進んでいるのです。十五歳までは義務教育と言って、誰もが強制的に学校で勉強をさせられるんです」
「「「えーっ!?」」」
俺の話を聞いて、この場にいる全員がハモった。
この世界で生活する者として、相当画期的な事であったようだ。
何となくそんな気がして黙っていたが、再三カトレアさんから強烈な勘違いを受けて、ついに我慢出来なくなり話してしまったのである。
「カザマ……もし、あなたの言う事が本当なら、子供たちは昼間働いていないのですよね? あなたの国では、労働力はどのように補っているのですか?」
俺の話にカトレアさん以上に食いついてきたのは、アリーシャだった。
顔を目と鼻の先まで近付けてくるので、心臓がはち切れそうな程ドキドキさせられる。
「ああ、アリーシャ落ち着いてくれ……モーガン先生が初めに話したと思うが、詳しくは言えないんだ。さっきは、カトレアさんがあまりに情熱的に誤解された様なので、つい……」
初めの約束を口にすると、不服そうな表情を浮かべてアリーシャに嘯く。
「ああ、なるほど……それは、仕方ないですね……」
「だ、誰が、情熱的な誤解ですって……! アナタは私の気持ちに対して……良い度胸してるわ! 良い度胸してるわ…」
アリーシャを何とか説得したと思ったら、カトレアさんは誤解の上に勘違いをしたようだ。
初めて会った頃のヒステリックなエスキャラに変貌する。
「ち、違いますよ! 俺みたいな庶民が高貴なカトレアさんの事を、とやかく言う訳ないじゃないですか!」
俺は必死に言い訳して、今回はムチで殴られずに済んだ。
(まさか、俺の世界の話を少ししただけで、こんな騒ぎになるとは……それにしても、カトレアさんは美人でスタイルも良くて、非の打ち所がないのだが……たまに『ヒステリックモード』に変貌するんだよな……)
俺は色々と現実の厳しさを思い知らされる。
――村の中心付近。
いつも通りアリーシャと二人で買い物に行こうとしたが、何故か全員ついて来た。
事の発端は、アウラが俯き加減の上目遣いで弱々しく呟き。
「私も村に行ってみたいのだけど、良いかしら……」
アウラは人見知りのため、今まで村の中に入れずにいた。
俺とアリーシャは、恥かしそうにしているアウラを見て喜んで了承する。
しかし、その様子を見ていたカトレアさんがローブを手に取った。
「エドナ、今日の勉強はこれまでにするわ。これから一緒に買い物に行くわよ」
「「「えーっ!?」」」
今度はカトレアさんの言葉に、俺とアリーシャとエドナがハモる。
「カ、カトレアさん、俺たちは夕飯の買出しに行くだけですよ。アリーシャとアウラに囲まれて、村を歩くだけでも注目を浴びそうなのに……そのー、カトレアさんまで一緒だと……」
「な、何? 私が一緒だと嫌なのかしら。良い度胸をしてるわ……」
「い、いえ、とんでもありません! よろしければ、ぜひご一緒させて下さい!」
またもカトレアさんが変貌しそうだったので、俺は勢いに流されてしまう。
その様子を見ていたアリーシャとアウラは、無表情のまま冷たい視線を俺に向ける。
(そ、そんな目で俺を見ないでくれ! 俺はどう考えても悪くないぞ!)
俺は心の中で悲痛な叫びを上げた。
こういう状況になると無垢なエドナの存在は貴重である――。
村に繁華街はないが、店が並ぶ通りに着くと案の定、周囲の視線を釘付けにした。
(どうして……どうして、こんな状況になった!)
「ど、どうして領主さまの……」
「カトレアさまが……」
「あの超美少女を引き連れてる変なヤツは……」
「……あいつ殴りてー……」
俺が予想した通り、まずはカトレアさんが注目を浴びた。
次にアウラとアリーシャが人目を引き、最後にそんな美少女を引き連れて歩く俺に対する嫉妬の視線……。
(……帰りたい。このまま、何もしないで帰りたい……!? 最後のヤツ、ヒドクね!)
俺は自分がこの世界に来て、大分変わってきた実感がある。
だが、根本的な性質まで変わってないと知った。
「……なあ、エドナ。俺の刀の出来具合はどんな感じかな?」
「……うーん。工房の手伝いはしても詳しい作業までは……」
刀の完成はまだ先のようで、会話が続かなくなってしまう。
俺は周囲の視線に落ち着かずにいた。
人見知りのアウラも同じ様な感じで、周りの視線を苦痛に感じているようだ。
しばらく我慢していたみたいだが、このメンバーで一番身体の大きい俺の腕に抱きついて、寄り添うにして隠れていた。
(ア、アウラ! 澄んだ良い香りが心地良い……!? お、おっ、胸が当たって……や、柔らかい……)
俺は過酷な現状の中にも至福の喜びを感じ、周囲を警戒しつつも時折アウラを見て鼻の穴を膨らませる。
そんな俺を見てアリーシャが頬を膨らませているが。
事情を理解出来ているのか、眉を寄せ耐えているようである。
しかし、カトレアさんは違った。
「……アウラ。アナタ、カザマに近づき過ぎではないかしら!」
(こ、こわーっ! こわーっ! 今日のカトレアさん、凄く怖いのですが……)
俺は掛ける言葉も思いつかず、全身から汗を噴き出してひたすら耐える。
アウラは周りの視線が気になるのか、俺の汗を気にも留めずに傍から離れない。
「……き、今日は、もう帰りましょうか? ……ね?」
俺は状況の打開は無理だと考え、みんなに最も平和的な解決策を提案する。
「……わ、私も帰りたいわ。む、村がこんなに怖いだなんて……」
「ア、アウラ、いつもはこんなに人がいないし、こんなに人から見られないからな。今日は、何か色々と特別だから誤解しないように……後からアリーシャに話を聞きなさい。また、今度一緒に来ような」
俺は折角、前向きに行動し始めたアウラに、後味の悪い思いをさせたくなかった。
その様子を聞いていたカトレアさんも、先程より穏やかな表情に戻っている。
「……分かったわ。私もさっきは言い過ぎたわ。アウラのために、私もとっておきを使うわ。……ジャスティース!! フィ――っ!!」
カトレアさんは大人の余裕を見せると、突然愛馬の名前を叫び、口笛を吹いた。
――三分くらい経ったろうか。
カトレアさんは一体、何がしたかったのだろう。
みんなで顔を見合わせていると、突然周りの人が割れる様に道を開けた。
「ジャスティス! 良く来てくれたわね!」
俺たちが唖然として見つめている中、カトレアさんは突然現れたジャスティスの頭や身体を撫でて褒め称えている。
「ほら、アウラ。恥かしいなら、ジャスティスに隠れるなり、乗って帰るなりしなさい。カザマは一緒に乗ってはダメよ!」
(何がどうなってるのだろう? カトレアさんが名前を呼ぶと駆けつける設定だったのか? 俺にそんな馬を貸したのは偶然なのだろうか? それから、こんな人通りの多い場所で、こんな目的のために馬を呼ぶって……カトレアさんも意外と世間知らずだな。でも、アウラはどうするんだ……)
俺は独りで状況の整理をした。
「ア、アウラ。カトレアさんが、わざわざジャスティスを呼んでくれたし……取り敢えず帰ろうか?」
「そ、そうね。そうするわ。あ、あの、ありがとう……」
アウラは俺の腕から離れると俺の後ろに回って、俺とジャスティスを盾代わりにして、カトレアさんにお礼を言った。
「あ、あのー、アタシは、もう帰ってもいいですか?」
「ああ、すまなかったな。親父さんに近い内に、店に様子を聞きに行くと伝えてくれ」
何のために付き添ったのか疑問に感じていただろう、エドナに一言謝罪する。
こうして俺は誰も騎乗していない馬を引き、美少女三人を連れて歩くという奇妙な光景を演出させてしまった。
――ヘーベルタニアの街。
俺は、モーガン先生の家に着くと、用事があると言って帰った。
今日は夕飯の材料を初めて街で買ったが、品揃えは多いが村の方が安く感じた。
それから、朝寄り道をした花屋でお供え用の花を受け取る。
教会に着くと、ヘーベが怪訝な表情を浮かべていた。
俺はヘーベの言いたいことを分かっている。
「今日は俺のせいじゃないですよ。分かってくれますよね……本当にもう!」
俺は自分の正当性を訴えるつもりだったが、段々愚痴っぽくなってしまう。
「も、もう分かりました。また嫌らしい事で喜んでいたようですが、それなりに苦労もあったみたいですから……」
ヘーベの口ぶりは、俺の様子を傍で見ていたかの様に感じた。
俺がいない間、教会で何をしてるのだろうと訝しさを覚える。




