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ユベントゥスの息吹  作者: 伊吹 ヒロシ
第五章 街での活動
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1.街への凱旋と新たなクエスト

 ――気がつくと、背中から振動が伝わるのを感じた。

 ゆっくり目を開けて周りを見渡すと、馬車の荷台に乗せられている。

 揺れる馬車の上で、何が起きたのか分からずに呆けていたが。

 「……ここは……!? 何で俺は縛られているんだ?」

 「あら? カザマ、目が覚めた?」

 「……レ、レベッカさん? 今、どういう状況ですか?」

 俺はレベッカさんの声を聞き、少し落ち着きを取り戻した。

 「……カザマはモーガン先生の家の前で、突然何か叫びながら飛び出して行ったの。みんな本当に驚いたのよ! それで、モーガン先生が咄嗟に魔法で眠らせてくれたの……様子が変だったから拘束もしてくれたのよ……覚えてないの?」

 俺は帰りたくない一心で、森に向かって走ったところまで覚えている。

 だが、まさかモーガン先生に魔法を掛けられて眠らされた挙句、縄で拘束されるとは夢にも思わなかった。

 (……先生、余計なことを……)

 俺は心の中で呟き、うな垂れた。

 しばらく、みんなの所に帰ろうと縄抜けを試みるが――。


 「……カザマ、何か頑張ってるみたいだけど、モーガン先生が魔法で拘束したのよ。それから、さっきも逃げようとしたみたいだし……どうしたの?」

 「レベッカさん! 俺はみんなと一緒に生活したいだけなんです! もう、これでお別れなんて……修行もまだ途中ですし、村に帰らせて下さい!」

 俺は思いの限りを叫んだ。

 それを聞いたレベッカさんは驚き、戸惑いを顕にする。

 「えっ!? そ、そんな事を言われても……ヘーベさんがカザマの昨日の活躍を知って、早く迎えに行ってあげて欲しいと言って……!? もう街の中だし、教会まで後少しよ」

 俺はレベッカさんの返事を聞くと、奥歯を噛んで顔を歪める。

 「……やっぱり、ヘーベの女神さまの力で察知されたのか。本当に、余計なことばかり……」

 俺は声に出していないつもりだったが、

 「……あ、あの、カザマ。何か呟いているみたいだけど聞こえてるわよ……何か、ヘーベさんがどうとか言ってわよね。でも、冒険者履歴でカザマの活躍だけでなくて、成長もギルドでは筒抜けなのよ……ちなみにカザマは、スライムとの戦闘でレベルが上がったみたいね。登録して十日も経ってないのに、レベルⅢは異例の早さよ!」


 俺はいつの間にか――『中級ニンジャ』で『レベルⅢ』となっていた。

 ステータス……体力『C』、力『D』、素早さ『B』、耐久力『C』、賢さ『A』、器用さ『B』、運『B』、魔法『B』

 スキル……『各種アシ』

 

 ステータスは、魔法が表示される様になった以外変わりない。

 スキルは『各種アシ』だけと相変わらず微妙であった。

 (そう言えば、下宿した初日にモーガン先生がその様な事を……!? レベルⅢ? 確かにスライムを倒したが、あんな戦闘で! 実感が湧かない…)

 自分の行いを色々と振り返っていると馬車は停まった。


 ――久々の教会。

 たった一泊しただけの教会を見て懐かしさを覚える。

 「おーっ! カザマじゃないか……!? ひ、久しぶりだな……」

 俺は懐かしい声に先程までの事を忘れて返事をする。

 「お、おお、久しぶりだな、グラッド」

 グラッドは口元を引き攣らせ、

 「……と、ところでお前は、何やってんだ?」

 俺の姿を訝しげに見つめている。

 すぐに俺は自分の身体に目を移したが、縄で縛られているのを忘れていた。

 痴漢の常習犯らしいグラッドにあらぬ疑いの目を向けられているようだ。

 俺の羞恥心は一気に高まるが……。

 「た、助けてくれ、グラッド! お、お前の妹に、いきなり縛られて拉致されたんだ!」

 だが、俺は自分の感情を抑えて、グラッドに助けを求めた。

 レベッカさんには、尊い犠牲になってもらう。

 「えっ!? な、な、何を言ってるのカザマ! アナタ、村に行ってから変よ! 街で会った時は、あんなに誠実そうな人だったのに……一体、どうしてしまったの?」

 「な、なんだ……い、妹にそういう性癖があるとは知らなかった……ま、まあ何だ、俺が言えた義理じゃないが、あまり人様に迷惑を掛けないよう、程々にな……」

 「ち、違うんです、兄さん! カ、カザマが変な事を……」

 俺の突然の裏切りの言葉に、レベッカさんは狼狽した。

 グラッドは、それから何も言わずに立ち去っていく。

 レベッカさんは顔を紅潮させて瞳を潤ませたまま、俺を馬車から降ろした。

 「……さ、さあ、中でヘーベさんが待ってますよ……」

 レベッカさんは職業意識の高さなのか、俺に愚痴の一つも言わず中に誘導する。

 (あのグラッドの妹にしては、本当に出来た人だ。この人には誠実でいよう……)

 俺はレベッカさんに意地悪したことを反省しつつ教会の中に入った。


 ――礼拝堂。

 祭壇の前では、綺麗な女神像を背景にして、ヘーベが慎ましやかな胸を張り堂々と立っていた。

 「ああ……良く帰って来ましたね。我が従者カザマよ! アナタの活躍は聞いていますよ……さあ、取り戻した『喜』と『楽』の宝石を私の胸のペンダントに嵌めて下さい」

 久々に会ったヘーベを見て、

 (やっぱり、この人の綺麗さは別格だ。女神さまだけど……それより、何が従者だよ。人を拉致する様に連れ戻して……活躍を聞いてますではなく、『覗き見てます』だろう! 全く……)

 初めは煌く美しさに目を奪われたが。

 『従者』という言葉に、現実に意識が戻される。

 そして色々と頭に愚痴を浮かばせ、顔を引き攣らせた。

 それからヘーベに言われるがまま、ペンダントに宝石を嵌めようと近づく。

 屈んで右膝を床に着け、手を伸ばして動きを止めた。

 「……えっ!? お、俺がですか?」

 「ええ、ぜひ嵌めてください」

 俺はヘーベの背の高さに合わせるために屈み、手を伸ばしたところで気づいてしまったのだ……。

 (近い! ヘーベの顔が近い! ペ、ペンダントに手を伸ばすということは……慎ましやかな胸に、手、手が当たってしまうかもしれない……)

 だが、ヘーベには確認を取った。

 「……で、では、やるぞ」

 俺は何を言ってるんだろう。

 ふと、横を見ると。

 レベッカさんが双眸を細め、赤い瞳を鈍く光らせ強い眼差しを俺に向けている。 

 (ヒ、ヒィイイイイイイー! こ、怖ー! レベッカさん、怖過ぎ!)

 俺は震える手を慎重に進めた。

 そして、慎ましいヘーベの胸に触れることなく、無事にペンダントを掌の上に載せる。

 レベッカさんの視線もあり、不幸な事故は起きなかった。

 それでも、ヘーベの息が届きそうな程近づき、緊張で変な汗がたくさん流れた。

 袋から二つの宝石を取り出すと、ゆっくりペンダントの窪みに嵌めた。

 「はっ!?」

 突然ヘーベ輝き出すと。

 目の前が急に眩しくなり、瞳を閉じた――。

 

 何が起きたか分からないが、ゆっくり目蓋を開けると……。

 「おっ!? ……お、大きくなりましたか?」

 自分でも何を言っているか良く分からない。

 しかし、ヘーベがさっきより大きくなっている。

 五センチくらいだろうか……。

 (……という事は、ひとつで一インチくらいなのか……)

 それから年齢的にも成長した様に見えるのは、気のせいではあるまい。

 俺は目の前で起きた奇跡に呆然と立ち尽くしているが、頭の中は大混乱している。

 そんな俺を見つめていたヘーベが口を開く。

 「はい、少しですが、力が戻り、本来の姿に近づいた様ですね……カザマ、ありがとう!」

 以前までの平坦な口調とは違い、少し弾んだ声色は嬉しそうに感じた。

 それから、初めて溢した笑みはハニカンで見える。

 以前は幼さの中に美しさを感じたが、今は美しさの中に幼さを感じた。

 「そ、それは良かったですね……」

 「カ、カザマ、そんなに緊張しなくても良いのですよ」

 俺は初めてヘーベに会った時の衝撃と緊張を思い出している。


 しばらくの間、緊張で身体を強張らせ、その場で立ち竦んでいたが。

 「……さあ、お礼は済みました。これからは懺悔の時間ですよ」

 ヘーベは悪戯っ子の様な笑顔を向けた。

 次々に変化するヘーベの表情を呆然と見つめている。

 「カザマ、座って下さい……」

 「へっ!?」

 しばらく呆けていたが、ヘーベのこの言葉で以前の事を思い出す。

 俺はヘーベの前で正座をした。

 「……カザマ、あなたは下宿二日目に同居している二つ年下女の子と貴族の娘に、風魔法でスカートを捲りましたね。また、その際に女の子を泣かしましたね。――翌日の三日目には、本当は弓が使えるにも関わらず嘘を付き、貴族の娘に密着して痴漢行為を働きましたね。――四日目には、一つ年下のハーフウェアウルフの女の子にセクハラ発言をして、その際エルフの女の子を貶める発言もしましたね。それから……」

 「イ、イヤアアアアアアアアアア――!! も、もう止めて!! それ以上は言わないで下さい!! もう勘弁して下さい!! わざとではないんです。それに、後から気絶する程キツイ折檻を受けました!」

 下宿先での嬉しいハプニングを順番に語り出したヘーベに対し。

 俺は声を荒げて、必死に止めて欲しいと叫び、釈明した。

 それから、俺は恥かしさのあまり顔を隠す様に蹲っていたが、恐る恐るレベッカさんを見る。

 顔が人形の様に無表情で、汚い虫を見る様な視線を向けていた。

 「……コホン! では、下宿先の件の他に二つあります。帰りの際に逃亡を図った挙句、レベッカさんを辱める嘘もつきましたね。――それから、最後に幾度も私を侮辱する様なことを考えましたね」

 「ヒ、ヒィイイイイイイイイ――! レ、レベッカさんには悪かったと思います! でも、帰りたくない俺を無理やりで……スミマセンでした! それから、修行中に色々とアクシデントがあって、色々設定とか……兎に角、スミマセンでした!」

 俺は自分のイタイ言動を容赦なく言葉にされて悲鳴を上げた。

 それから話をするヘーベと、黒いオーラを放っているレベッカさんに自分の言い分を声にし、額を床に着けて最強の謝罪を慣行する。

 「……レベッカさん、よろしいですか?」

 「……はい、カザマはこういう人だったと思って、許すことにします」

 ヘーベの問い掛けにレベッカさんは答えたが、目が怖いままだ。

 俺は後から謝りに行こうと思った。

 「――では、私からは依頼を果たしてもらう事で、許すとしましょう」

 「は、はい! 何でも言って下さい!」

 俺は許してもらうために形振り構わず懸命だ。

 「分かりました。この街で、新たに宝石の反応を確認しました。それを取り戻してもらいましょう……ただ、具体的な場所は分かりません。何か、靄がかかっている様な……死霊種の仕業かもしれません。今の私の力では、そのくらいしか分かりません……後は任せましたよ」

 ヘーベは幾分か成長した胸を張って告げた――。

 

 俺は依頼の内容が自分の想像を超えたもので唖然とさせられる。

 女の子のお願い程度だと思ったのだ。

 それが、例の感情が秘められた宝石捜しは良いとしても、相手が死霊種とか現実味がなかった。

 俺は冒険者になって十日も経っていない。

 前回はスライム相手に死にそうになったのだ。

 無理ではないだろうかと思っても仕方がないであろう。

 「あ、あのー……も、もう少し修行して、強くなってからでも良いでしょうか?」

 俺は恐る恐るヘーベに訊ねた。

 「それは構わないわ。但し、調査はすぐにでも始めてもらいます。詳しくはレベッカさんに相談して下さい」

 「は、はい、分かりました……」

 俺は力なく返事をしたが、レベッカさんは表情を変えずに坦々と話し出す。

 「それでは、カザマが依頼を引き受けたという事で、今回の件も冒険者ギルドからのクエスト扱いとさせて頂きますね。今回の対象は死霊種という事ですから、活動の時間帯は、夜が中心だと思って下さい。では、頑張って下さいね」

 レベッカさんは事務的に用件を俺に伝え終えると、ヘーベに頭を下げ帰ってしまった。

 俺はまだ怒っている気がして佇んだ。


 ――夕方。

 俺は以前泊まった部屋にいる。

 何となく流れで俺の部屋になったみたいだ。

 その部屋のベッドの上で、何も考えずに天井を見つめている。

 「食事の準備が出来たから、一緒に食事にしましょう」

 扉を叩く音がした後、ヘーベが以前と同じ様に声を掛けてくれた。

 台所の隣の部屋に移動すると、六人掛けのテーブルでヘーベの向かいに座る。

 テーブルの上を見ると、以前と同じ質素な食事が並んでいた。

 (モーガン先生の家での夕食は、もっと華やかで賑やかだったな……あっ!? ヘーベは俺がいない間、こんな質素な食事を独り寂しく……)

 「……前にも言ったと思うけど、私は大丈夫ですよ」

 「そういえば、近くにいれば俺の考えている事が大体分かるんでしたね……あのー、以前と違いお金もありますし、食料も調達出来ます。だから、俺が夕食を作りますよ」

 「……そうですね。カザマがそうしたいというのでしたら、お願いしましょうか」

 ヘーベは微笑みを浮かべ、ちらりと白い歯が見えた気がする。

 「分かりました。明日からモーガン先生のところでの修行を早めに切り上げ、帰って来ます。楽しみにしていて下さいね」

 「それですが、毎日どうやって通うのですか?」

 「走って行こうと思います。少し離れていますが、動きの遅い荷馬車よりは速いかと思います」

 「馬を借りてはどうですか? カザマは馬に乗れましたよね」

 「あっ!? ……もう隠していても仕方ないですね。確かに乗れますよ。でも、少しお金を貯めようと思います」

 俺は坦々とヘーベと話していたが、隠し事が出来ないことに口元を引き攣らせた。

 ヘーベは先程までの微笑から、悪戯っ子の様な笑みへと表情を変える。

 「……そうですか。それは構いませんが、また村で馬の乗り方が分からないなどと言って、貴族の娘にセクハラをするのかと不安ですね……」

 「えっ!? い、いやですねー! ヘ、ヘーベもそういう冗談を言うのですね……」

 (あ、危ねぇー! 考えを読まれるだけでなくて、俺の行動パターンまで読む様になってきたぞ! はっ!? こういう考えも分かるのだったな)

 俺は頬を引き攣らせながら、何とか誤魔化そうとした。

 「初めにも言いましたが、カザマが色々と高い感情を持つ様になったのは、私の加護による影響もありますよ」

 「えっ!? それじゃー……俺が幾ら頑張って理性的になろうとしても無理じゃないですか!」

 「頑張って下さいね……」

 ヘーベはそう言うと、今悪戯っ子の様な笑みから、一瞬だけ弾ける様な笑みを見せる。

 俺はそんなヘーベを見て、出会った頃の人形の様な表情が嘘の様に感じた――。

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