1.帰還と懺悔
――異世界生活三ヶ月と二十八日目。
ボスアレスの街に帰還した後、ほとんど休憩することなく、みんなを荷馬車に乗せヘーベルタニアの街への岐路に着いた。
『極東の男』の正体を隠すためである。
帰りの道中もベネチアーノでアナスタシアさんに会ったりと賑やかに過ごしたが、珍しくトラブルなく街に辿り着く事が出来た。
――教会。
俺たちは村に帰る前に教会を訪ねた。
俺がいない間、何度か訪ねて慣れたのか、みんな落ち着いている。
礼拝堂に入ると、祭壇の横にエリカとレベッカさんが立っていた。
祭壇の前には、本人と同じ姿をした女神像を背景にヘーベが佇んでいる。
「俺が帰って来ると、いつもこうして待っているんだ。前にも言ったけど、外見の綺麗さ以外にも、こういうところはアウラに似てるだろう。えへへへ……」
「カザマ、無礼ですよ。それから、お待たせてしては失礼です」
「そうよ。綺麗だと褒めてくれるのは嬉しいけど、失礼だわ……」
以前から突っ込みたいと思っていたので、みんなに解説すると思わず失笑してしまった。
アリーシャは俺の様子を見て眉を顰めたが、アウラは顔を赤く染めている。
(アウラも他人が似た様なことをしているのを見て、自分が恥かしいことをしていると気づいたみたいだな……)
俺はみんなを連れて得意気にヘーベの前で膝を着いた。
ヘーベは俺たちの姿を見渡すと、静かに口を開く。
「ああー、良く帰って来ましたね。我が従者カザマとお友達の皆さん! アナタたちの活躍は聞いていますよ」
(久しぶりに聞いた気がする……。みんなにはお友達と言うんだな……。俺は従者になったつもりはないんだが……)
「ビアンカ、今回もカザマと一緒に旅をしてくれてありがとう。ロマリア王国でのことは、モーガンさんに尋ねると良いでしょう。それから、今回もカザマが如何わしいことをした様ですね。後で懺悔をさせますから」
「はいっす。アタシが眠っている間に乳繰り合ってきたっすよ。でも闘技場では、いっぱい儲けさせてもらったっす。後からアリーシャに渡そうと思っているっすよ」
ビアンカはヘーベの言葉に満面の笑みを浮かべ答えたが、ヘーベは相貌を引き攣らせる。
(ふ、ふたりだけの秘密と言っただろう! それにロマリアの朝の出来事は、お前が寝惚けて、俺のベッドに入って来たんだろう。あーっ……ヘーベの顔が……)
「……そうですか。――アウラ、今回も強力な精霊魔法で、隣の国の人たちのために尽くしてくれましたね。ありがとう……それから、私の従者が何度も拳をちらつかせてあなたを脅しましたね。また、何度も身体を触るセクハラ行為やあなたにだけ冷たく接して意地悪もしましたね。従者に代わってお詫びします。カザマには後から懺悔をさせますから」
「はい、ありがとうございます。でも、カザマは私のことが好きで……そのー、子供だから、愛情表現が下手なだけだと思います。ただ、他の女の子にまで如何わしいことをするのはどうかと思いますが……」
以前はあれだけ緊張していたアウラが、普通に話している姿に驚いた。
だが、それよりもアウラの話の内容と、ヘーベの相貌がまたも引き攣っている様子に、俺は身震いする……。
(おい、お前は……何言ってるんだ! 夢見がちな性格にも程があるだろう。あいつは一度、はっきり分からせた方がいいかもしれない。あーっ……また、ヘーベの顔が……)
「……そうですか。――アリーシャ殿、民衆のために良く頑張りましたね。それから、仲間たちの纏め役として立派でしたよ。ありがとう……それから、私の従者の我がままで迷惑を掛けました。また、身体を触るセクハラ行為だけでなく、三度もあなたに抱きついて痴漢行為をしました。従者に代わってお詫びします。カザマには後から懺悔させますから」
「過分な言葉に恐縮しております。私もアウラと似た様なことを考えておりますが、今回は民衆を助けるために、初めて人を斬ったと心を痛めていました。どうか、カザマの心を癒して下さい……」
アリーシャは以前と同じ様に庶民とは思えない風格を見せたが、途中から表情を曇らせ、目元を潤ませている様に感じた。
ヘーベは一瞬驚いたのか青い瞳を見開いたが、女神像と同じ様な優しい眼差しをアリーシャに向けている。
(アリーシャは本当にいい子だ。ありがとう! ありがとう……)
アリーシャの言葉を聞いて、心の中で何度もお礼を言い、清らかな気持ちになった。
ヘーベは横になっているコテツと、離れた場所で偉そう突っ立ているリヴァイに目を向ける。
「――コテツとリヴァイには、今回特にお世話になったみたいですね。ありがとう……」
「おい、お前、その言い方だと俺がお前の従者みたいだぞ。俺は自分の意思で行動しただけだ。それから、お前の従者は落ち着きがないだけでなく、時々情緒不安定になっていたぞ。いい加減、正妻を決めて落ち着かせるべきじゃないのか」
「うむ、私も私の意志で行動しただけだが、リヴァイの言ったことに同意する。カザマは自分の感情、友人との接し方、特に異性との距離感があまりに自己中過ぎる。従者の躾が弛んでいるのではないか」
ヘーベが前回と同じ様に、コテツとリヴァイにも声を掛けた。
しかしリヴァイとコテツは、ここぞとばかりに俺を貶めるようなことを、ヘーベに口走る。
ヘーベは最早引き攣った表情ではなく、女神さまにあるまじき険しい表情に変わっていた。
エリカとレベッカさんは、先程まで顔色ひとつ変えずに見つめていたが、身体を震わせている。
「ああああああああああ――!? ふ、ふたりとも何言ってるんですか? もう少し他に言い様が……!? 今、こんなことを言わなくてもいいじゃないですか……」
俺はこのカオスな状況に発狂しつつも、何とか状況を改善させることが出来ないかと立ち上がり、身振り手振りを交えて穏便に済ませようとした。
「……そうですね。分かりました。コテツとリヴァイだけでなく、みなさんに迷惑を掛けましたね……」
ヘーベは優しい笑みを湛えみんなを見渡したが、俺の前で再び視線を止めた――。
ヘーベは青い双眸を細めて、真っ直ぐに俺を見つめ口を開く。
「カザマ、お待たせてしましたね。今回は、今までで一番長く過酷なクエストになりましたね。人を殺めてしまい辛い思いもさせてしまいました。我が従者とはいえ、お詫びしなければなりませんね……」
「えっ!? あ、あのーっ……怒ってないのですか……」
ヘーベは言葉だけでなく、青い瞳が潤んで悲しそうな表情をしている。
俺は先程まで、嘗てない程きつく叱られると思っていたが。
「国から受けたクエストを達成し使命を果たした訳ですから、先に感謝と謝罪をと思いました。――ただ、あまりに悲しくて……私は悪くないのに、従者が起こした被害報告を聞かされてお詫びしました。私は悪くないのに、従者の眷属から叱られて責任を取る様に言われました……!? あらっ? これって……誰かが、いつも心の中で考えていることに似ているわね……」
「ヒィイイイイイイイイ――!? な、何を言っているのですか? お、俺のことを言っているのでしたら、俺は本当に悪くないと思いますが……」
俺は言葉とは裏腹に先程までの姿勢から、静かに正座をした。
「では、私も悪くないですよね……!? カザマの起こしたことですから、カザマが責任をとることにしましょう。確か、根本的な原因は四にんから求婚されているにも関わらず返事をしないことでしたね。しかも、求婚相手以外にも如何わしいことをして、誠意を感じないどころか……引っ叩いてやりたいと思いますが、あなたはどう思いますか?」
「ヒィイイイイイイイイ――!? た、確かに、そんな男がいたら……!? 何で、四にん何ですか? 俺が聞いたのは三にんだと思いますが……」
俺はヘーベの言葉を聞き、再び言葉にならない悲鳴を上げる。
だが、悪いと思いつつも違和感を覚え、首を傾げた。
ヘーベは険しい表情をしたまま答える。
「分からないのですか? エリカとカトレアさん、アウラにレベッカさんです」
エリカとアウラは、息を呑む様に俺を見つめていた。
他のみんなは何故か身体を震わせているが、ヘーベの様子を見て怖がっているのだろう。
「えっ!? レベッカさんから、そんな話を聞いていませんが……」
「はっ!? 何ですって……アナタ! あれだけ色々と思わせぶりな態度を取っておいて、聞いていません……て、普通男性から声を掛けることでしょう? 今回のクエストの後に、話してくれると思っていたのに……」
俺の話を聞いたレベッカさんは物凄い剣幕で話し始めたが、途中から声に力がなくなり俯いて涙を流しているのが気づく。
「あわわわわわわわわ……ご、ごめんなさい……」
みんな身体を震わせて俺を見つめているというより、睨んでいる様に見えた。
何か返事をしなければと思ったが、言葉が見つからずに謝ることしか出来ない。
「――今の謝罪は、正式にお断りしたということで良いのですね?」
「へっ!? 何で、そうなるのですか……」
ヘーベの問い掛けに、俺は驚いて答える。
「またですか? 今、レベッカさんに言われたばかりではないですか。思わせぶりな態度をとっておいて、また誤魔化すのですか? そしてあなたは、俺は悪くないと心の中で言い聞かせるのですね」
「い、いえ、俺はレベッカさんを悲しませたことに対して、謝っただけです」
思っていることを正直に話しているだけなのに、段々みんなの視線から殺気を感じる様になった。
「あなたは、いつまで経っても平行線ですね」
「はあーっ!? 何言ってんですか? 俺は以前、はっきり言った筈ですよ。俺は結婚どころか恋愛経験がなくて、女性と交際したことがないと……それに俺の国では、男は十八歳以上にならないと結婚出来ないから、それまで待って欲しいと」
俺はヘーベの平行線という言葉と周りの雰囲気に耐えかね、少し向きになって答えた。
「あなたは恋愛経験がないと言っていますが、今は恋愛をしているのですか? 女性と交際したことがないと言っていますが、交際はいつから始めるのですか? 交際して、すぐにプロポーズするつもりですか? 結婚はプロポーズして、すぐにするつもりですか? ここはあなたの国ではありません。みんな、あなたの我がままに我慢しているのですよ。それから、あなたに好意を寄せている女性は、少なくとも七にんいるのです。みんな、あなたにセクハラされつつも通報しないのは、そういった理由があるのですが……。あなたは聞いていないから知らないと、セクハラし続けるのですか? 女性の婚期は男性より早いのです。――それにいつも自分の国はと言っていますが、あなたの国では飲酒は何歳からでしたか? 極東の男は、自分の都合に合わせて随分と……」
「イヤ――っ!! も、もう止めて下さい!! ごめんなさい! ごめんなさい……」
俺は次々とヘーベの口から、具体的なことを問われて耐えられなくなる。
トドメは、いつも逃げ口実にしている俺の国の法律についてヘーベが突っ込んだことだ。
極東の男については、既にダメージが深過ぎてどうでも良かった。
俺は、ヘーベの話に追い詰められて発狂する。
そして俺は、何が悪いのかも良く分からないまま謝り続けた。
「ほ、本当は、今度こそビンタのひとつもと……。私の従者として恥かしいわ……まあ、今回も、このまましばらく反省してもらいましょうか……!? 今回はこれでおしまいでは、いつもと同じだったわね……!? そういえばカザマの国で、クリスマスイヴは特別な意味合いがありましたね。そこで、プロポーズやお付き合いを……と言いたいところですが、まずはあなたが一番大切にしたいと思うひとに気持ちを伝えて下さい。そのくらいなら出来ますよね?」
俺は黙って頷いたが、発狂したばかりでヘーベの話はほとんど耳に入っていない。
ただ、途中からヘーベの言葉が優しくなって、最後に出来るかと訊ねられたので条件反射で頷いたのだ。
ヘーベは俺の様子を見つめていたが、突然顔を背けると、
「まあ……この国にも、私にも関係ないですが、教会に来てくれても構いませんよ……」
聞こえない様に呟いたのだろうか、薄っすらと頬が染まっているのが分かる。
ヘーベの話というより、俺にとって懺悔の時間が終わった。
ヘーベの話が終わると、エリカが真っ先に口を開く。
「マー君、イヴの夜は私と一緒に過ごすわよ! それで今までのことは許してあげるわ」
「カザマ、イヴって何? 嫌な予感がするわ……!? 私が特別に、イヴの夜に一緒に過ごしてあげるわ」
アウラはエリカの言葉に反応すると、意味も分からずにエリカの話に割って入り睨み合う――。
エリカとアウラが睨み合っていると、リヴァイとコテツが顔を向けた。
「おい、お前、この光景を忘れるなよ。お前はたまに見る言い争いが激しくなった……くらいに思っているかもしれないが、やがてお互いの感情が高まって殺し合いに発展するかもな……そうなっても自分には関係がなく、悪くないと思えるなら良いのだが……」
「はっ!? さっきからアンタは何言ってんですか? 周りを混乱させることばかり言って、俺に恨みでもあるんですか?」
「うむ、貴様の女神は告げない様なので、教えてやるが貴様の未来はリヴァイが言った様になるであろう。ただでさえ、この国は青春の女神が激しく恩恵を降り注いで情熱的になっている。感情の制御が出来ないというのは、貴様も体験しているだろう」
俺はリヴァイの挑発的な言葉に反発したが、コテツの話を聞いて急激に怒りが冷めて身体を硬直させる。
「だめっすよ! みんなカザマを苛めては……カザマは弱いから、アタシが守ってあげるっす。アタシは、カザマと結婚出来なくてもいいっす。カザマとアタシが毎日楽しく過ごせるなら……」
「ビアンカ、それはモーガン先生に相談してからにしなさい。あなたは王室の直系かもしれないと話しが出ている最中です。ロマリアとの話しが纏まる前に妾になったら、この国と戦争になるだけでなく、カザマが殺されるかもしれないわ。……私も譲る気はないけど、何だか気が収まらないから、カザマを一発殴って良いかしら?」
ビアンカが俺を庇ってくれたが、レベッカさんは立場を弁えてか政治的に無理だと説明をした。
その後に俺を殴っても良いかと確認したのは、さっきの腹いせなのだろう。
俺はみんなの様子を見て、リヴァイとコテツの話を信じた。
(どうしよう……今度ばかりは、ヘーベが口添えしてくれなければ……!? そういえば、ヘーベは何を話していたんだ……!? さっき、コテツが青春の女神の恩恵とか言っていたよな? もしかして、ヘーベに上手く誤魔化されただけじゃないのか……)
みんなが言い合いをしている最中、ヘーベと一緒にアリーシャが何か話をしている。
(そういえば、アリーシャは何も言わないな……)
ふたりがどんな会話をしているのか気になったが、ふたりの話している姿に釘付けにされたかの様に見入ってしまった――。
俺たちは教会での報告を終えて村に向かった。
帰ったらモーガン先生に報告しなければならなくて、ラウルさんの事を思い出す。
ちなみに、今回の懺悔はいつもと違ったが、今までで一番辛かったことは言うまでもない――。




