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第四章 ハンカチの持主

 ――夕方。

 神崎は定時で仕事を終えると、デスクの上を整理して帰り支度を始めた。

「あれっ、神崎さん、もう帰るんっすか、珍しく早いっすね」

「ああ、今日は疲れたから、ちょっと気晴らしに連れと飲みに行ってくるよ」

「連れって、例の筋肉男っすか?」

「そうそう、例の筋肉男っすよ、俺の親友でね」

 神崎が田町の言葉を真似て答える。

「私も行って、いいっすか」

「えっ、何で? 本当に行くの?」

「うん、行く行く、ちょっと待ってね」

 田町は右手を上げて神崎を待たせると、PCの電源を切ってデスクの上を片付け始めた。


 ――終業後、神崎と田町は駅前で待ち合わせた。

「神崎さんが定時で帰るなんて、久し振りっすね」

「そうだな、こんなに早く帰るのは半年振りかな、貧乏暇なしだからね」

 二人が駅前の居酒屋に向かって歩き始めると、道すがら田町は楽しそうに鼻歌交じりの流行歌を口ずさんだ。

「今日は散々な日だったのに、田町は何だか楽しそうだな」

「楽しいっすよ、今日は神崎さんと二人でデートっすからね」

「違うって、俺の連れと三人で飲むんだろうが」

「いいの、いいの、気にしない、気にしない」

 神崎が振り向いて田町に話し掛けると、田町は呑気な顔で小さく右手を振って神崎に答えた。


 ――居酒屋。

「いらっしゃい!」

 居酒屋の暖簾をくぐると、若い店員が二人に声を掛けた。

「あれっ、今日は空いてますね?」

「いえ、いつもこんなもんですよ。まだ、時間が早いですからね」

「ああ、そうか、俺の来店が早いのか」

 神崎がカッターシャツの袖をまくって腕時計で時間を確認する。

「カウンター席にしますか? テーブル席にしますか?」

「今日はカウンター席でいいよ」

 店員が席を尋ねると、神崎はカウンター席を指差した。

 二人がカウンター席に座ると、店員は二人にお絞りを差し出した。

「取りあえず、生ビールと枝豆」

「はい、注文喜んで! 生ビールと枝豆入ります!」

 店員が厨房に向かって威勢よく声を掛ける。

「あれっ、神崎さん、連れを待たなくていいんっすか?」

「ああ、いいんだ、金城は仕事の都合で今日は少し遅れて来るからね、喉が渇いて待っていられないよ」

 神崎がお絞りで手を拭きながら田町に答える。

「田町、乾杯しようか」

「神崎さんと二人で乾杯っすか、嬉しいっすね!」

「それじゃあ、乾杯!」

 二人がグラスをカチンと合わせて一杯やり始めると、店の奥から店長が出て来た。

「ああ、店長、こんばんは」

「おおっ、珍しいな! 神ちゃん、女連れじゃん! その綺麗な娘は彼女かい?」

「店長、この娘は職場の同僚ですよ」

 店長が神崎を冷やかすと、神崎は右手を小さく振って店長に答えた。

「愛人の田町由香里で~す。店長よろしくっす!」

 ぶっ!

 田町が顔に笑みを浮かべて店長にピースサインを出すと、神崎は飲みかけのビールを口から噴き出した。

「あっ、思い出した。金ちゃんを一撃でノックアウトした娘だ!」

 店長が田町を指差してニコッと微笑む。

「『愛人の田町由香里で~す』って、俺だからいいけど、他人だったら本気にするぞ。その冗談あっちこっちでやっているんだろう」

「バレたっすか」

「何人かその気になったんじゃないのか?」

「三人位かな」

「えっ、マジで!」

「ふふふ、冗談ですよ。でも、神崎さんならマジでOKっすよ。何なら今日お持ち帰りしますか?」

 田町が軽くウインクをすると、神崎はカウンターから肘を滑らせて、ひっくり返りそうになった。

「あはは、言うね、由香里ちゃん!」

 店長は笑いながら手を叩いて喜んだ。


 ――午後七時。

 金城が暖簾をくぐって店の中に入る。

「店長、毎度!」

「おっ、金ちゃん、いらっしゃい! 奥で二人がお待ちだよ!」

「二人?」

 金城は黒縁のサングラスを外して神崎の姿を探した。

「おおっ、由香里ちゃん発見!」

 金城は田町の姿を見つけると、大喜びでカウンター席に向かった。

「神崎、由香里ちゃんが来ているのなら電話してくれよ! 仕事を切り上げてもっと早く来たのに!」

「出た! 筋肉男!」

 金城が神崎の席を通り過ぎて田町の隣の席に座ると、田町は金城を避けて神崎の腕を掴んだ。

「またまた、由香里ちゃん、照れちゃってさー」

 金城が田町に顔を近づけて話し掛ける。

「神崎さん、この人ちょっと頭のネジ外れてる?」

「うん、たぶんね……」

 神崎は首を縦に振って田町に答えた。

「由香里ちゃんは、冗談が上手いね。はははー」

「重症っすね!」

 田町が呆れ顔で金城の顔を眺める。

「ところで神崎、早速だけどな、お前から預かった例のハンカチ、情報はバッチリ掴んだぜ!」

 金城が真顔で神崎に話し掛ける。

「えっ、もう分かったのか? 昼休みに預けたばかりなのに?」

「当り前さ、俺はプロの探偵だぜ!」

 神崎が驚いて金城に尋ねると、金城は神崎に自慢げに答えた。

「探偵って言うけど、お前、いつも浮気調査ばっかりやってるじゃないか、本当かよ?」

「おバカ! 由香里ちゃんの前で何を言ってるんだ! 俺のイメージが悪くなるだろう!」

(最初からイメージ悪いんだけど……早く気付けよ……)

 金城が両手を上げて頭を抱えると、神崎は心の中で呟いた。

「筋肉、何の話っすか?」

「おっ、由香里ちゃん、興味あり? でもね、俺もプロの探偵だから依頼者の許可無しでは話せないんだよな」

 田町が神崎の腕を掴みながら金城に尋ねると、金城は神崎の顔色を伺った。

「いいよ、金城、彼女も被害者なんだ。だからそのハンカチの話を聞く権利があるんだ」

「そうか、じゃあ話そう、実は神崎から調査依頼を受けたのさ、『ハンカチの持ち主を探してくれ』ってね」

 金城がポケットからビニール袋に入った白いハンカチを取り出して田町に見せる。

「あっ、これ、知ってる! 神崎さん怪しいっすね……」

 田町は金城からハンカチを取り上げて眺めると、神崎の顔を下から覗き込んだ。

「あれっ、由香里ちゃん、知ってるの?」

「これ、昨日、ポケットに隠したやつだよね? 神崎さん、やっぱり『これ』っすか?」

 田町が右手の小指を立てて神崎に尋ねる。

「違う、これは星野由美のハンカチなんだよ。実は技術データーが盗まれた時に俺は彼女に会っているんだ」

「マジっすか、神崎さん!」

「ああ、昨日、俺は技術事務所から出て来た彼女と偶然ぶつかったんだ。そして、その時に彼女はハンカチを落としたんだ。まさか技術データーを盗んでいたなんて知らなかったから、このハンカチを今日返してやろうと思っていたんだよ」

 神崎は田町にハンカチの入手事情を話した。

「それで、神崎は会社に内緒で俺に調査を依頼したってわけ、分かったかな由香里ちゃん? だから『これ』じゃーないわけよ」

 金城が自分の右手の小指を折って田町に見せる。

「だいたい、神崎は仕事のやり過ぎで、ワーカーホリックなんだよ。それじゃー彼女も出来ないぜ。でもね、由香里ちゃん、学生時代、神崎はかなりモテたんだぜ! バレンタインデーの日なんか、神崎の机の中はチョコレートだらけさ、それで、俺は毎度そのチョコレートを食ってたけどね。ガハハハ!」

 ※ワーカーホリックは仕事中毒の事。

 金城が楽しそうにバカ笑いする。

「店長、俺も生ビール!」

「はい、注文喜んで! 生一丁ね!」

 店長は注文を取ると、直ぐに生ビールを持ってきた。

「まっ、取りあえず乾杯するか! 乾杯!」

 神崎がビールジョッキを持ち上げると、三人は勢いよくビールジョッキをぶつけて重ねた。

「やっぱり美味い! 仕事後のビールは最高だね!」

 金城はゴクゴクとビールを飲み干した。

「ところで、金城、本題のハンカチの持ち主はどうなんだ?」

「うん、それなんだが、このハンカチの周囲の刺繍を見てくれ、このハンカチはその辺の市販品じゃない。俺はこの刺繍に目を付けたんだ。これは手縫いなんだぜ、この刺繍の柄は何処かの店で見た事があったんだ」

「何処の店なんだ?」

 金城がハンカチの情報を話し始めると、神崎は身を乗り出して金城に尋ねた。

「隣町の刺繍専門店だ。このハンカチの注文者は一発でヒットしたぜ。手縫いで、糸はピンク、イニシャルMA、これを注文したのは一人だけだったよ」

 金城は田町からハンカチを取り上げて、それを神崎の顔の前で小さく振った。

「誰なんだ?」

「これを注文したのは女子校生だ。もう少し正確に言うと女子高校生だな」

 金城はハンカチの刺繍を見ながら、神崎の質問に答えた。

「高校生? それで、その高校は何処にあるんだ?」

 神崎の声が高くなる。

「高校は桜川情報高校だ。その高校は最寄り駅から電車に乗れば二十分位で行ける距離にある。桜川情報高校の学生名簿を調べたんだが、イニシャルMAに該当する生徒は、荒川真紀、足立愛美、相川真理の三名で、刺繍専門店にハンカチを注文したのは三年生の相川真理だ。星野由美の正体は相川真理だな。間違いない」

「相川真理、彼女は高校三年生か……」

 金城の話を聞くと、神崎は腕を組みながら下を向いて考え込んだ。

 田町が神崎の顔を覗き込んで、神崎の顔の前で小さく手を振る。

 神崎は目が虚ろいで田町の行為に気付かない。

「あっ、神崎さんの魂が抜けてる。トランス状態っす。こら、神崎! 早く戻ってこ~い!」

 田町が神崎の頭を後ろからバシッと叩く。

「痛っ! 何するんだよ!」

「帰って来たっす!」

「あはは! 由香里ちゃん! 面白い! 面白い!」

 神崎が頭を撫ぜながら田町の方に振り向くと、金城は楽しそうに手を叩いてバカ笑いした。


 ――翌日。

 神崎は会社を早退して、桜川行きの電車に乗り込んだ。

 昼間なので電車は結構空いている。

 神崎は椅子に座ると、駅の売店で買ったスポーツドリンクを飲み干した。

「昨日は、ちょと飲み過ぎたな、田町も金城も酒豪だから同じ調子で飲むと倒れそうだ……」

 神崎が小声でぼやきながら窓の外の景色を眺める。

 電車が走り出すと、神崎は背広のポケットから例のハンカチを取り出した。

 ハンカチから微かにラベンダーの香りが漂う。

(相川真理はどんな人物なんだろう……彼女が技術データーを盗んだ理由は何だ?)

 神崎は電車に揺られながら白いハンカチを見つめて心の中で問い掛けた。

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