第七話 職人たちの晩餐
ものを言う事もできず、大した戦闘力も持たないハニワゴーレムが強盗をしょっ引いてきた一件は、しばらくの間酒場とかの話題にはなったものの、結局俺のところまで辿り着く事は無かった。目撃者が話もできないハニワでは無理もないし、あの小悪党ではあの暗い中で俺の顔をしっかり見えていたとも思えないので、大丈夫だとは思っていたんだけど。
翌日の朝、宿屋の女将さんに早速銀行の口座の開き方を聞いてみた。なんでも身分証明書みたいなものがあれば誰でもすぐに作れるらしい。
「おうぅ。無いよそんなの」
「ならどこかのギルドに金を払って登録するといいんじゃないかい?」
ギルドってたしか地球でいう総合協力組合みたいな? 学校でいうなら委員会だな。ただ地球での団体よりこちらのほうが権限も強く、金をやり取りする額を大きいらしい。どうやらそこへ登録すれば身分証明書的なものをくれるようだ。金には余裕があるし、元から入るつもりでいたからこれは好都合だ。
「じゃあ生産ギルドに入りたいんで本部がどこか教えてもらえます?」
フィリーからの予備知識により大事なところはバッチリ覚えている。
「生産ギルド本部は、西門のところからもうちょい北に行ったとこにあるから、ここからは少し近いね。西門までいってそこの兵隊さんに聞いた方が早いとおもうよ」
「ありがとう女将さん」
「なに、いいってことよ」
この女将さんまじ男前! 勿論ほめてますよ?
朝食を堪能した俺は生産ギルドにさっそく赴いた。フィリーはお菓子を食べ過ぎたのか俺の腰に付けたポーチで眠っている。この街の服には胸ポケットが付いていなかったため急遽買わされたのだが、ゆくゆくはお気に入りの服には全部胸ポケットを付ける予定だ。
俺の胸ポケットからヒョコッと顔を出すフィリーはマジで鼻血もんだからね! 俺としても是非これは叶えておきたかった。
さて生産ギルドの本部に着いたわけなんだが、この街の建物はほとんどが石造りか木造の家がほとんどだ。そんな中ギルド本部は全面を黒鉄で覆ったとてつもない建物だった。
「要塞かっ!」
とツッコミながら中へと入場。中も外に負けないほどに鉄だらけ。粗相でもしたら地下に設置されてそう拷問部屋に案内されるんじゃねっていうくらいなぜか圧迫感のある様相だった。行き来している人もみんなゴツゴツしい肉体の持ち主が多い。鉄製の壁なので涼しいはずの屋内が少し暑く感じてしまうのは気のせいではないだろう。
「ようこそ生産ギルドブローナス支部へようこそ! 本日はどんな御用でしょうか?」
ごく一般的な接客なのに建物のせいで今日はやけに眩しくみえるぜ。もしかしてこれが狙いか!?
「えーと、新規の登録をお願いしたいのですが」
「はいありがとうございます。ギルド規約のほうはお知りでしょうか」
「いえ、説明お願いします」
なんでも階級が別れており最初は銅から始まるらしい、そして鉄、鋼、ミスリル、オリハルコンとランクアップしていくようだ。しかし義務として半年に一回査定が行われ実績及び成果を一定以上示さないよランクが下がり、銅の状態で半年を過ごすと即除名になるらしい。
階級によって特典があるらしいがそれはあがってからでいいか。あとは製作依頼とか仕事の斡旋を回してくれることがあるらしいが、基本生産ギルドの面子は自分で仕事を探すのがほとんどでギルドから回される仕事はかなり特殊なものがほとんどらしい。しかし成功の際にはかなりの高評価が得られるらしい。
それにしても魔法鉱石ミスリルと神が人に与えたと言われる鉱石オリハルコンって実在するんだ。いつか手に入れてみたいものだ。というかこの世界は魔法があるし神様が実際にいるわけで、なにやらちょいちょい干渉してるようなのでそれがあってもそこまで不思議なことではないのかな。
「それでは登録料千ディクスとこちらの容器に少量の血を入れてくださいませ」
用意された針で指先を突いて容器に血を垂らす。なんだか血を垂らす所を美人のお姉さんに見られるのは、いけないことをしているようでなんだか恥ずかしい。
「では証明書となるカードを発効致しますが、作成にやや時間が掛かりますので明日改めて受け取りに来て下さい。それではキドー様のご活躍をご期待しております」
銀行の為に証明書が欲しかったのだがどうやら明日まではお預けのようだ。予定がなくなったので午後から行こうと思っていた武器屋へと足を延ばすことにする。ラッキーな事に武器屋多い一角は生産ギルドに使い場所にあったのでついでとしては都合がよかった。
「おじゃましまーす」
店の前に並べられた武具を見て品定めし、良さそうな店を見つけて入店する。
「いらっしゃい。何をお求めですか?」
愛想良く迎えてくれた妙齢の女性。店内は武器や防具が所狭しと大き目の部屋に並べられている。数も多いが、その種類がかなり多いと思われる。剣や槍の形違いはもちろん、鎌や鎖のついた鉄球なんてのも置いてあった。防具は、鉄製、皮製があるようで、手袋から胸当て、果ては全身鎧までの充実っぷりだ。
この店で三件目なのだが、どうやら見たところ当たりの予感がする。
「えーと武器とか防具を見にきたんですけど」
「どんな物をお使いに?」
「おれは拳闘を得意にしてるんで拳につけるナックルなんてのがいいですね」
ナックルはこっちでいえばヤンキー御用達のメリケンサックみたいなもんだな。
「ほう珍しい客が来たもんだ」
奥の方で無表情のまま本を読んでいた爺さんが会話に入ってきた。目付きが鋭いが、見た感じこの人がここにある武具を作った鍛冶屋なんだろう。筋肉隆々だし、なにより手の皮の分厚さが尋常じゃない。
「まさかそんな体で魔獣にまで拳闘で挑むつもりじゃあるまいな」
「そのつもりですけど?」
「ハンッそんな細腕じゃ殴った腕のほうが先に壊れるぞい」
カッチーンときた、職人さんには敬意を払うと決めてはいるが、そこまで侮られては黙っていられない。
「昔気質の職人は武具を作る技量はあっても、使い手の実力を見抜く目は持ち合わせていないんですね」
「抜かせ小僧が! 過信をし過ぎると早死すると言っとるのだ!」
これは説得しないと売ってくれなさそうな空気だな。
「お義父さんお客さんにそんな喧嘩腰にならなくても」
「うるさいわい! ワシが売った武器を使う奴がみっともなく死んでいくなど許せるものかよ」
いい志ではあるし良い人のようだ。ならばなおさらここで買いたくなる。個々の武具はかなりの良質でご予算的にも手が届くこの店で、是非武具なんかを手に入れたい。仕方ない、実演といきますか。
「お姉さんこの紙ちょっと使っていい?」
「あらやだお姉さんだなんて。いいわよ一枚くらい」
四十手前っぽい女性にお姉さんは無理があるかと思ったが効果は抜群だ。
「爺さんその閉じかけた目でよく見てな」
俺は紙を空に投げ出し構えを取る。胸の高さまで落ちてきたそれに貫手を放った。
「どうよ、これで信用はできたかい?」
落ちたその紙には俺の放った指一本の貫手によって穴が開いている。紙に穴を空けるのなんて子供でもできそうなことではあるが、宙に舞う紙は軽すぎるため空圧で飛んでしまいあたっても破ることも難しい。それを俺は速さと鋭さを備えた貫手で、ど真ん中に丸く穴を開けて見せたのだ。力、速さ、そして技量を伴っていないとできない芸当である。強化される前なら厚めの紙でやってみせても、やや裂け目が出来てしまうくらいだったが、こちらでの全力を使えば達人級の技でも、難なく出来てしまう。
その紙をみて爺さん目を限界まで見開いてしばらく凝視していた。
「おんし何者だ?」
「そこは企業秘密です」
「なんのことかわからんが、聞かれたくないのなら聞かんわい。だが確かに腕はあるようだ、わびを兼ねてどんな奴でも一個だけ半額にしてやろう」
この爺さんの職人としての意地はどうやら清く正しいらしい。間違ったことを素直に認めて謝罪も忘れない。いい職人の必須条件ですぜ。
「じゃあさっきから気になってたこのナックルの右手側を一個下さい」
「なんでい左手には装備しないのかい?」
「はい、右手は攻撃を左手はなるべく防御に回すため、軽めの鉄甲をつけようかと」
「なるほど、悪くない選択肢だ。それならあの奥にあるのはどうだ。四肢を守る為の鉄甲と脚甲のセットだ。速さ重視の戦士を想定して作った逸品だ」
左手の鉄甲を試しに付けてみる。手の上側だけに鉄をしつらえてあるそれはかなりの軽さながら、その強度も期待できそうだ。脚甲も前面はプレート入だが、その他は丈夫な皮で作られた軽装だ。かなりいい感じだし、俺の希望していた条件ともピッタリと合う。いい仕事してますね~爺さん。
「じゃあ後はお前にあわせて調節するからちょっと待ってろ」
返事も待たずにナックルと防具を抱えておくに引っ込んでいく爺さん。
「あ、値段聞いてない奥さんお幾らになりますか?」
「はい、ええっと全部で5千2百ディクスですね」
予想通りなかなかのお値段。しかしこの質でそれならばむしろ安いかもしれない。よし決めた! 他の武具もここで全部買ってしまおう。
「えっと他にも欲しい物があるんですけどこんなのってありますかね?」
爺さんが裏で金槌を鳴らす音を響かせる中で俺は奥さんと相談しながらさらに多くの品を買い上げることになった。
結局あの爺さんの店『ビート&ガッツ』で大量の買い物をした俺は大風呂敷で荷物を背負って宿屋に帰還中だ。なんだか最近背負ってばかりな気がするな。そのうち子泣き爺も背負うんじゃなかろうか。いやいや、そんなの想像したら背中の荷物が重く感じてきた。
人通りの多い中央通りのテクテク歩いていると、またあの視線が向けられた、以前のものよりかなり弱々しいそれだったのだが、どうやらスリだったようで俺の腰に下げた皮袋に伸ばされた手を掴みとった。
「いやいや二日連続盗みに合うとか、狙われすぎだろ俺」
呪われてる、もしくはとても間抜けな鴨にでも見えるんだろうか? 視線も向けずに掴んだ犯人に体を向き直す、だが何だか違和感があるぞ。細さとか高さとか手触りとか。
「なにすんだよ!」
そこにいた盗人は小さな子供だった。
「人の物に手を出すのはいただけないな」
見るからにボロを来て顔もいつ洗ったのか分からないようなほど汚れている。そして何よりガリガリだ。いったいこいつの親は何を考えているんだ。
「うるせえ! まだ触ってもいないだろ」
「まあね」
暴れて逃げようとする少年を掴んだままやり取りしている中にグゥーという少年の腹の虫が鳴り響いた。
「なんだ腹が減ってるのか、俺も減ってたしついでだ少年、お前もなんか食うか?」
「え?」
奇っ怪な物を見たような顔で俺を見つめる少年。ふっふっふ変人と呼ばれた俺にはその目線は慣れ親しんだものだぜ。
少年をそこらのベンチに座らせて、露天から肉と野菜を挟み込んだ大きなパンを二つ購入してくる。特製ソースが自慢の一品らしいが、そのソースの香りは俺の食欲をいっそう際立たせていた。待たせている間に逃げるかと思っていた少年はちゃんとベンチに座っていた。どうやら周りの露天から匂う香ばしい香りに食欲が勝てなかったらしい。帰ってきた時お腹を抑えてこっちを睨みつけてきた。
なんだろう。待て! お手! ちん○ん! って言いたくなって来たけどこっちで通用するのかな、この話。
「ほれ出来たてホヤホヤだ、急いで食って喉詰まらせるなよ」
パンを受け取った少年は悩んだ様子で、唾を飲み込んだ。まあ見も知らぬ他人から食べ物なんかもらったら疑うのが当たり前だよな。なかなかこいつはしっかりしているようだ。
五秒ほど悩んで意を決したのか少年は一心不乱にパンを貪り出した。見た目そうだな10歳くらいかな。歳のわりにはちょっとデカすぎるかなと思ったがこの調子だとあっさり完食できそうだ。
無言で食べる少年の横に俺も座ってパンを食べだす。うむ、この間に挟まれたソースはケチャップっぽいが、かなり酸味が効いていて肉と抜群の相性を発揮している。露天で買った食い物の中では一番の当たりだなこれ。
俺が食い終わって少年の方を見ていると下を向いたまま固まっていた。
「なんでだよ……」
「なにがだよ」
「なんでおれに食い物奢ったのか聞いてんだよ!」
少年の顔には涙を流した後が見れ取れた。あーなんだろうチクチクしてきた。
「お前腹が減って腹が減って、仕方なかったから俺の金を盗もうとしてたんだろ?」
「……そうだ」
「でも俺は、さすがに全額取られるのは困るんだわ。だから間をとって晩飯を奢ることにしたわけだ」
少年に全力のドヤ顔を披露する。しかし少年はなんとも言えない表情をしていた。あっれーツッコミ待ちだったんですけどねー。
「ウザさが凄い」
フィリーさんツッコミどうもー。指の先ほどに小さく切り分けたパンをあげたのだが。それを食べたフィリーの口の脇にはがっつりと赤いソースが付着していた。
「わけわかんねえ……わけわかんねえよ…………」
そりゃわからんだろう。だって思い付きだしね。
「ん? パン全部食べなかったのか?」
てっきり完食したものと思っていたパンはその半分が少年の手の中にまだあった。
「これは帰って妹たちにやる……」
おいおいおいおい、そんな劣悪な環境にまだ子供がいるのかよ。明日になったら殴り込みにいってやろうか。
「オーケー分かった。だがそれは俺がお前にやったんだ、全部お前が食え!」
「でもっ!」
「そのかわり―――」
俺は腰の革袋から中銀貨を一枚、百ディクスを少年に差し出す。
「これで土産でも買って帰ってやれ」
こういうのは偽善なんて呼ばれるんだろうね。自覚は無くはないが、見逃す選択肢はもっと無い。
何も言えなくなった少年はボロボロと泣きながら残ったパンを頬張り出した。
この時俺は今だ想像が追いついていなかったのだ。生まれた国が豊かすぎて平和ボケしていたのだろう。この世界の果てしない厳しさと理不尽さを、そして悪意持つ者たちの多さを。




