第七話 手の平
「突撃!」
倉庫の裏手から入る地下への入り口の扉を蹴破り、騎士団が建物内へと雪崩れ込んでいく。それに乗じて鼠に憑依したフェルダナ男爵も中へと進入する。
「いいか、建物内にいるものは問答無用で捕縛しろ! 抵抗するなら実力行使で捕らえて構わん!」
指揮官であろう女性騎士が、物騒な内容で檄を飛ばしている。次々と部屋を探索していき、最後に残るは大きな扉が設置してある部屋だけとなった。再び扉を蹴破って十五名ほどの騎士が部屋に入り込んだ。
「ようこそ騎士団のお歴々」
かなりの広さをもった薄暗い倉庫に、あのエッジと呼ばれていた紫髪の男と、ケープと呼ばれていた妖艶な雰囲気の女が佇んでいた。
「紅玉の騎士団かぁー。僕の魔法を防いで見せたあの男の人の騎士団だよね! 今日は居ないみたいだけど、君達も楽しませてくれるんだよね?」
相変わらずの歪んだ笑顔だぜ。
「言い繕いすらしないか下郎めが。紅玉の騎士団副長であるこのオデット・ポレヴァンヌが貴様らの体に風穴を空けてやる!」
名乗りを上げて、騎士団副長は突き刺すための剣であるレイピアを抜き放つ。
「へぇ、君が『貫穿のオデット』かぁ。ケープあれは僕ね」
「わかったは、他はいいわね」
十五名の騎士に対峙してなお余裕を崩さない二人。おそらく騎士団の中でもかなりの精鋭であろう者達相手では、俺らだってまともにやってはあっという間に負けてしまうだろう。
「行くぞ!」
「そういうのは口に出さないほうが相手を殺しやすいわよ?」
まるで諭すように言いながら、ケープが腕を振り下ろす。するとマイアの時と同じ何かが、複数兵達へと襲い掛かった。やはり何かが飛んできている筈なのに、視認することが出来なかった攻撃で、次々と兵が倒れていく。
「『ストーンウォール』!」
兵達の前に石の壁が現れる。その壁へと見えない攻撃が突き刺さっていった。
「あら、流石に冷静なのね」
「皆の者! あいては認識阻害系のギフトを所有しているぞ! 防御壁を必ず出しながら戦え! 怪我人は壁の後ろに待機していろ!」
支持を飛ばすと副長はケープへと一足のもとに飛び掛る。脅威を排除してしまおうという判断なのだろう。
「だーめ。君は僕の相手だよ」
空中にてエッジに迎撃される女騎士。
「チィ! 子供相手であろうと容赦はせんぞ!」
「ふふふっ、そうこなくっちゃ!」
閃光ののような女騎士の踏み込みから、エッジへと攻撃する。その右腕は加速によって目にも留まらぬ速度になっていた。
「うおっと!」
その初激を手に持った短刀で防いでみせるエッジ。突きを放ったはずの女騎士は攻撃を引き戻したと思ったら、すでに数歩ほどの間合いを開けていた。
「よく私の攻撃をかわしてみせたな」
「お姉さんこそ一撃目から必殺のつもりで攻撃するなんて容赦ないね。でも離れて良かったの? 僕はどっちかというと中距離の方が得意なんだけど」
「よく言う。私がこのレイピアを引こうとした時に、何か仕掛けていただろうに。それにまだこの距離は私の間合いだ! 『ウインドコート』!」
再び踏み込む女騎士。しかしさっきよりその速度は魔法により加速して、体すら残像を残して進んでいた。
「いただき!」
しかし俺の時と同じように、おそらくその進行方向にあわせてあの鋼鉄糸を忍ばせるだろう。
「『ウインドウォール』」
突然エッジの目の前に風の壁が現れ、その風によって設置した糸が乱れる。女騎士はその壁越しに突きを放った。意表を突かれたエッジだが、なんとか短刀で防いだのだが、
「わっ!?」
触れた所から何かの力が発生してエッジが吹き飛ばされる。壁に激突しそうになるも、空中で姿勢を翻して両足で壁に着地する。
「へぇお姉さん『魔剣』使いなんだ」
「…………」
ついに騎士団副長は顔をやや険しくして沈黙しだした。その心境はすごく分かる。なんせ必中必殺のタイミングで攻撃を繰り出したと思ったのに、傷すら付けれずに凌がれてしまう現状。しかも命の危機を味わったはずの相手は、余裕綽々で笑いかけてくる。言い知れない違和感が今頃脳裏に走っていることだろう。
やや膠着した状態になったその時、入り口の方で大きな音が鳴り響いた。視線をそちらに向けると、居なかったはずのあの巨体の男が騎士団の後衛達を刺のあるメイスで振り払っていた。すでに怪我で数名が動けなくなっていたが、今の攻撃で残すは四名となってしまった。
「やばい!? 男爵すみませんけど行きます!」
「あの女は妾が貰うぞ! なんとなしにギフトの正体も分かったやもしれん!」
このままでは確実に壊滅してしまうと察知し、俺とマイアは現場へと走りこんでいった。
予想通り現場に駆けつけると騎士団は、けが人を庇うために防戦一方に陥っていた。なんとか攻勢に出ているのは、エッジと衝突していた副長だけだった。
「うりゃああああああ」
全力で巨体の男に飛び蹴りをかます。直撃して立てかけられていた木材に突っ込んで瓦礫の下敷きになっていった。すぐさま俺とマイアは並び立つ。
「この世に闇に蠢く悪を」
「この拳にて叩いて砕く」
「シャドーフィスト」
「シャドーハンマー」
「「参上!」」
一応やっとかないとね。
「やあお兄さん達。会いに来てくれたんだ、嬉しいなぁ」
俺は全く嬉しく有りません。むしろ会いたくなかったです。
「貴様らがあの……」
瓦礫から巨体の男が何事も無かったのように平然と立ち上がる。
「義によって助太刀いたす! 俺はあの巨体でシャドーハンマーは女な」
俺の言ってみたい台詞第三位をこっそり付け加えて男へと向かう。
「承知!」
早速ケープへと飛びかかっていくマイア。
「雪辱変わりに貴様の力を暴いてくれるわ!」
「動ける奴はけが人を外に運び出せ! 邪魔だ!」
庇いながらこいつらを相手にする余裕は流石にないよ。そう言って巨体の男に殴りかかる。騎士団相手に無礼極まりないと思うけど、今は緊急なんで勘弁して頂きたい。
「せい!」
ナックルを握りしめた右手で、巨体の男の腹部に打撃をお見舞いする。しかし今度は、吹き飛ばず、僅かに身動ぎした程度だった。
「え?」
しかもそのまま、トゲ付きの鉄球を俺に振り下ろしてきた。
「『ストーンウォール』!」
不意を付かれて咄嗟に防御用に壁を出したが、その速度を僅かに下げただけで、見事に粉砕されてしまう。なんとかその間に避けることに成功したが、なんて強靭な体してやがるんだこいつ。手加減抜きで、ナックル使って正拳なんて使ったら、岩が爆発したみたいに粉砕する威力がでるのに……。
だが、よく見ると俺の拳が当たった腹部は、肉が抉れて血が流れていた。だというのに顔色一つ変えずに、力任せに鉄槌を振り払ってくる。これを受けるわけにはいかないので、かわしてみせたのだが、どういう筋力をしているのか振り抜いた反動を無理やりねじ伏せて、次々と攻撃を繰り出してきた。俺の体も大概丈夫なのだが、コレを食らっては良くても防いだ腕が粉砕骨折してしまうだろう。まともに当たれば即死間違い無し。現に空振りしてしまい地面にそれが当たった石畳は、抉り取らていった。
「力押しは通じない!」
大きく振りぬいた槌が方向を反転させるその間に、巨体の男へ瞬時に潜り込む。そしてその踏み込んだ速度をのせた下段蹴りを内膝へとお見舞いする。人間どれだけ鍛えようと、どういしても残ってしまう弱点というものがある。膝の内側もそれにあたり、強い衝撃を与えると全く力が入らなくなってしまう。
片膝を付きながらも、巨人は腕だけで俺に向けて槌を振るおうとするが、倒れたためかその高さは低かった。それを飛んでかわしつつ、男の顎の部分へと飛び膝蹴りをお見舞いする。
「せいやっ!」
全力で放つ膝に、顎の砕ける感触が伝わってくる。大きな音を立てて男は地面へと崩れ落ちていき、俺は油断せずにその場で残心の構えをとっていた。殺す気で叩き込んだ膝だが、どうやらまだ息はあるらしい。だけどさすがに直ぐに動き出せるような傷ではないだろう。
残りの二人のどちらに助太刀するのか見極めるために戦況を見渡す。マイアはどうやら女のギフトの正体に感付いたのか、見えない攻撃に対応しながら戦えているようだ。一方エッジと副長の方は戦ってはいるものの、依然感じたエッジの本領を発揮するまでには至っていない様だ。今のうちにあの底知れない男に傷を負わせておきたい俺は女騎士の方へと向かおうとする。
「なんだか押され気味で面白くないね。エッジ今日はここまでにしようか」
「えーまたこんな中途半端で帰れって言うの~?」
「そもそもあんたの失敗の尻拭いでしょうに……ほらリザード起きなさい! 帰るわよ!」
エッジがあの鋼鉄線を使うやつで、ケープが女のはず。ならリザードと呼ばれるのは瀕死の状態で、俺の後ろに倒れている男のことになるのだが…………顎が砕ける衝撃を頭部にくらって、立てるわけ無いだろう。そう思ってゆっくり後ろを振り返ると、そこには平然と立つ大男がいた。
「な!? そんなバカな!?」
よく見るとさっき砕いた顎も、拳激抉った腹部の傷も完全に消え去っていた。
「自動回復? そんな術聞いたこと……」
いや違うな。意識の無い状態では、いくらなんでも魔法を発動することは叶わない。ならば答えは一つ、こいつもギフト使いか!
「この私が見逃がすと思っているのか?」
「ふふふっ私を捕まえれるなんて思うことが思い上がりなのよ」
ケープが壁に手をかけると、その一部分が埋まっていく。すると部屋全体が揺れだした。それを申し合わせていたように、中央に三人が一箇所に集まった。
「それでは皆さん息災でありますように」
崩れ落ちだす建物の中で、三人はその場で姿をかき消した。
「逃がすか! 広大であれ『ファイヤーブレス』!」
その消えた地点へとマイアが炎を吐き出す。しかし何かに当たるということもなく、ただ炎だけが残っていた。
「チイッ、集まった姿が既に偽者であったか」
「よくわかんないけど、とにかく外に出るぞ!」
崩れる建物から慌てて外へと走り出す俺ら。あの三人は言動からして最初から逃げる算段だったようだが、いったいどういうつもりなのだろうか……。いろんな疑問を抱えながら外へとなんとか逃げ延びることに成功した俺とマイアは、女騎士から質問攻めに会う前に、混乱に乗じてその場を後にした。
騎士団に踏み込まれても余裕を見せたあの態度。有利だったはずだったはずなのに、あまりに早い引き際。手の平で踊らされる感触とはこういうものかと噛み締めながら、俺は夜の街を走り抜けていった。




