第四話 猛る
食って遊んで迷子を探し、喜び驚き慌てふためく。目まぐるしい六日間が経過し、今はサーカスの公演が開催される巨大なテントの前に来ている。
「それじゃあマイア、後は頼むぞ」
「ふっふ、安心して仕事に励むがいい」
仕事と言われると微妙だが、子供たちに預けたペンダントに込めた俺の魔力を追えるのは、俺以外に龍眼をもつマイアしかいない。そういう意味では最も安心して任せられる。
「これを一応渡しておく」
「なんだこれは?」
マイアに水晶がはめこまれた指輪を渡す。
「こいつには『ジョイント』の魔法を発動状態で待機させてある。マイアが許可を下した時点から、聴覚の共有が始まる仕組みだ」
感覚共有魔法の『ジョイント』は相手の許可があって、始めて発動する魔法だ。それを利用して魔法を唱えた後で効果が発揮するように仕込んだのだ。道具や魔方陣などの儀式を併用する方が、魔法の効果や効率は格段にあがる。指輪の水晶に、少し工夫を凝らすだけでも大きな違いがある。
「便利な物を次々と考えつくものじゃな、お主は」
さ、この国の頂上の顔を拝みに行きますか。
なるべく近くで祭典を見たかったので、開始一時間前に中央広場に来たのだが、人気の王様は伊達ではないようだ。すでに千人を超えると思われる人達が最前列に立ち並び、続々と格方面から人が集まりだしている。まだ国賓達は姿を現していないが、騎士と思われる人達がすでに配置についていた。エリートと言われるだけあって、一人一人が強者特有の雰囲気を放っていた。
城の南側に位置するこの中央広場は、式典やこういった祭典などに使われる街一番の広い広場だ。ちょっと広すぎるだろ、と最初見た時は思ったのだが、祭典の始まる時間になるとその広場は人で埋め尽くされていた。後ろの方は遠くて見えないが、この様子だとギリギリまで人が入っていることだろう。見学者は全員立ち見なので、後ろから押されて前の方は立つのも難しくなってきていた。
その押しくら饅頭をしている隣には、いつの間にかフェルダナ男爵が来ていた。なんでも公爵から解説役を仰せつかったらしい。確かに雰囲気で王様ぐらいは分かるだろうけど、それ以外となると全く分からないからな。
「始まりますよ」
男爵に促されて舞台に目を向けると、左右に各国の国賓が並んで座り、中央には男性が二名と女性二名が座り、その椅子の後ろには屈強な騎士たちがそれぞれ付き従っていた。バイアス公爵はその場にはいなかった。あの人は武術大会の責任者らしく、こちらに顔を出すことはできないそうだ。フェルダナ男爵に重要人物達の解説をしてもらっていると、国民の歓声と共に黄金の王冠を頂く初老の男性が真ん中へと姿を現した。あれが『善王』と評されるブロニアスの国王様か……。
歓声の鳴り止まない中、王が軽く手を上げると、広場は静寂に包まれた。
「今日は良き日である。ブロニアスがこの世に出来て六百二十一年の時が経ったのだ。かつて私が若く、諸国を巡り世界を知ろうと旅をしていた頃。あのリーンバーグの王であり、生きる伝説でもあり、我が盟友でもあるゴルディアス・リーンと論を交わす機会を得た。そこで彼は言った『人がもし滅ぶとするならば、それは欲に沈んだ時だろう。しかしそれを御する事ができたのであれば、人の可能性は無限に広がるだろう』と。私はその考えに大いに同意した。そして王となり、この国を導く根底として務め続けて来た」
地球時代に校長先生の話や、偉い人の演説なんかを何回か見てきたが、この演説は違いすぎる。迫力といいますか、まるでこの場の全てが支配されているような錯覚に陥る。これが本当のカリスマと言う奴か。
「現在のブロニアスこそが、歴史上最も繁栄していることは、明らかなる事実である! 今、私の目の前に広がるその光景こそが、私の想いと信念が正しかったと証明している。我が国民達よ! 良き日々を作り上げよ、良き人生を歩むのだ! それが私の何よりの喜びとなり、この国の発展を支え続けるだろう! この世界に光あれ」
王の演説が終わった瞬間、怒涛の歓声が鳴り響いた。空気どころか、本当に地面が揺れていた。魔法によって街全体に響いた演説は、見事なまでに国民の心を掴んだようだ。周りを見渡すと、何人かの人は涙を流している。
俺の記憶が正しければ絶対王政の国で、国民にまでその思慮を割く王様はかなりの希少さのはずだ。その上国の発展も見事にやってのけるなら、国民にとってはこの王であるというだけで最高の幸運であるだろう。現代社会で生きた俺だけど、あの時代にここまで支持された名君主がいたという覚えはない。
「それでは続いて授賞式を開催する!」
どうやらこのまま国で活躍した人への勲章の進呈式が行われるようだ。次の行事に移るため人が行き交っていく。王様などのお偉いさん方も全て自分の席へと座っていた。
すると俺の場所から僅かに舞台の下部分が青白く光るのが見えた。
「魔方陣の発動光!?」
気付いた瞬間、中央舞台は青白い炎の柱に包まれた。衝撃で前方の人は倒れこみ、近くに居た国賓達は傍に待機していた騎士に庇われている。広場は阿鼻叫喚の渦となった。そして中央に居たこの国の重鎮達は炎の柱に巻き込まれてしまった。この規模は間違いなく、上級魔法。これをまともに受けては無事ではすまない。
「なんてこと――――――っ!?」
驚愕と恐怖が入り混じるその場に、強い気配を感じた。右へ視線を移すとそこにいた紫色の髪をした青年が、眼を限界まで見開きながら、微笑を浮かべていた。それを見て俺は全身を震わせる戦慄が全身に駆け巡った。
「うらぁあ!!!!」
轟々と燃え盛っていた炎が掻き消えて、王様が座っていた椅子の前に一人の男が仁王立ちで立っていた。あの上級魔法を相殺してしまうなんて、なんて非常識な……。俺やマイアもあれを食らっては、どんな防御をしたって致命傷は免れないだろう。
「あの糞ジジが! これのこと予期してやがったな!? 降ろしたてのマントが台無しじねえか!」
確実に死の危険に晒されていたはずなのに、なんて的外れな発言。
「……た、たすかったぞグレイル団長」
わずかに衣服が焦げているものの、無事な様子で王様が前方の男に感謝している。
「はっ! 気にスンナよ。あんたなまだまだ生きて貰わなきゃ、俺が困るからな! この貸しはバイナスの爺に払ってもらうしな!」
…………団長って言ってるから、騎士のはずなんだけど。なんで王様にあんなに偉そうなんだあの男。
「チッ」
広場の全員が安堵するこの状況に不釣合いな、不満を漏らす舌打ちが右から聞こえた。先程異常な表情を見せていた男だとすぐさま推測して視線を送る。しかし男はすでに身を翻して移動を始めていた。
「フェルダナ男爵」
「な、なんだいキドー君?」
男爵は今の騒動に驚きすぎて、腰が抜けたように脱力していた。そういえば王様を敬愛してるとかなんとか言ってたな。
「実行犯だと思われる男がいたので、これから追跡します。騎士団に紫色の髪をした、黒服の男だったと報告しておいて下さい」
言葉を言い残して、人ごみを掻き分けて男を追いかけだす。だが男はどんな方法を使っているのか、隙間さえないような人ごみを何の苦もなく進んでいた。おかげでその差は広がるばかり。広場を抜けるまで、まだ二百メートル以上あるが、今日の人の多さで街に出られては追跡が困難になってしまう。
「マイア! 聞こえるか」
すぐに手元にあった指輪へと聴覚共有の許可を出す。互いの耳が一緒ということは、自分の喋っている声も聞こえるということだ。
「なにがあった!? こちらまで騒ぎが広がっておるぞ!?」
「王様が暗殺されかけた。大事には至らなかったが、今犯人らしき男を追跡中だ。今すぐこっちにこれるか?」
「既に向かっておるわ!」
さすがだぜ俺の相方。サーカスの会場はここから近いから、直ぐに到着できるだろう。
「犯人は紫色の髪の男だ! 今は広場から南南東の方向に向かってる。見つけ次第確保してほしいが、なるべくなら俺の合流まで待て」
「なぜじゃ!? ぶん殴って騎士共につきだせば、それで終わりではないか」
「あいつは上級魔法を使って見せた。それに……あんな異質な表情をするやつがまともとは思えない」
人を焼く炎を眺めて喜ぶあの顔は、人でない何かの様だった。
案の定、広場を出るころには俺の視界から犯人は消えかけていた。しかし、咄嗟に高い場所に上り、広場全体を見渡していたマイアが奴を補足して、後を付けていた。
裏路地に入り込んでいったのを見届けると、赤いバンダナを頭に巻き、持ち歩いていたマスクを取り付ける。武器はナックルと、ナイフが三本だけポケットに仕込んでいるだけだ。こんな街中でいつもの俺式ホルスターは付けてはいられなかったので、仕方ないのだが。
「こないだの倉庫通りに進むみたいじゃぞ」
「了解。もうすぐ合流でき――――」
そこで共有感覚が切れた。この魔法が途切れる条件は、込めた魔力の枯渇、対象の消失、そしてどちらかの使用者が急激な変化に見舞われた場合だ。
「やばいっ! 始まっちまった!」
追跡がばれて交戦状態に入ったと予測して、全速力で現場に駆けつける。
連絡が途絶えて、一分だけしか経っていないはずなのに、戦いの場になった倉庫の裏側は悲惨なことになっていた。
「マイア!」
「キドー! 避けろ!」
マイアに駆け寄ろうと走り出したその瞬間、死を予感した。紫髪の男はまだ遠いし、魔法を放たれているわけでもない。しかし、今まさに俺の頭部が危機にが迫っている事を予感していた。全力で状態を逸らして、姿勢を低くした。何もないはずの空中で、俺の前髪が何本か宙に舞っていた。
「な、なんだ!?」
その何かが起こった場所を振り返る。眼を凝らせば、僅かにその場所には線が走っていた。
「うわお! お嬢さんに続いて、兄ちゃんも初見で避けちゃうの? 今日は全くどうなってるんだろうね」
空中に浮かんだ線は、スルスルと男の手に収まっていく。
「糸……いや鋼鉄線か!」
「ええー見破るの早いよーこれ特注品なんだぜー?」
鉄製の線などありふれたものだが、あそこまで細く、しかも柔軟性と強度を併せ持った物など、この世界にきてから見たこともない。しかし地球ではロボット制作で見慣れた話だったので、言い当てることが出来たようだ。
「あんたら何者? ってそれは僕が言われる方だったかな?」
軽い口調だが、そこまで大きくない体格の目の前の男からは、どす黒いまでの殺気がこちらへと向けられ続けている。その表情を笑顔に固めたままで。
「マイア、最初から全力で行く。こいつはやばい」
「わかっておるわ! ボーゼ!」
マイアの掛け声で、男の足元が泥で覆われていく。
「わわっなんだこれ!?」
たまらず空へと逃れる。その選択を見越して、マイアも空へ飛び出していた。
「鋭さを増す『ファイアーランス』!!」
男の頭上へと躍り出たマイアの手には、巨大な炎の槍が握られていた。
「こんのぉ!」
全力で炎の槍を投げ放つマイア。当たれば岩さえ溶かす槍を、空中で難なく横に避ける男。先程つかった糸を壁の突起物へと巻きつけて、引き寄せることで移動したようだ。もちろんこれも予測していたさ! 壁に張り付く男へ壁を走って迫り、踵落としをその頭へ落とす。今度は避けれずに手で地上へと落下していった。いつもなら不殺を心がけているが、今は完全に手加減も何もない。目の前の男は、一人一人で相手をすれば確実に命を奪われる。殺しにいってやっと成果を上げれるほどに強敵だと、そんな警報が頭に鳴り響いていた。
「ハハッ凄い凄い!」
地面に叩きつけられる所を、足のバネだけで耐え抜き、攻撃を受けたのにも関わらず、男は満面の笑みを浮かべていた。
「僕の『フレイムピラー』を破ったあの男とやりたかったけど、君達でも楽しめそうだなぁ」
「『ストーンボール』アクトスリー!」
石の塊を牽制に使い、男の横側へと回りこむ。魔法は最小限の動きで躱されたが、俺の拳をこの距離で避けれないだろう。
「くら――」
思い切り拳を振り抜こうとした瞬間、先程の命の危機を再び感じる。今度は首筋に。咄嗟に首を引っ込め、体を落として回避する。男は魔法を避けながら、鋼鉄線を輪っかにして、俺の首を狙っていた。体勢を崩した所に真上からダガーを振り下ろされる。中腰のような状態で受けては更に不利な状況に陥ると判断して、後ろの手を付き、無理やり左足でダガーを持った手を払う。ギリギリ過ぎて、頬を少しダガーの刃がかすっていった。体を捻った回転力を生かして、右足を更に伸ばして男へと攻撃する。
「うわっと!」
そこまでの威力は無かったが、なかなかの奇襲だったはずの蹴りも、上体を逸らすだけで避けられる。そのよろけた状態の体に、炎の玉が襲いかかっていった。
「どうじゃ!」
やっと攻撃が当たったのだが、所詮初級魔法の『ファイヤーボール』。とてもじゃないが、こいつに深手を追わせるどころか、傷すら付けれたとは思えない。少し吹き飛ばされた男は空中で体勢を整えて、四肢を使って地面に着地する。
「フフフ、ハハハハハハ! 楽しい! 楽しい! 楽しい! こんなに楽しいのは久しぶりだよ!」
「マイア援護してくれ」
奇襲強襲、その両方を防がれた。場慣れ、経験、実力どれをとってもこいつの方が上のようだ。だから真っ向勝負を仕掛ける。俺の絶対的武器である空手を使って。弱者が強者に勝つために生み出された武術。勝てない状況をひっくり返すことを目的として磨き続けられた技ならば……。
「いざ……」
右手を上に、左手を下に添える天地上下の構え。その姿勢を保ったまま、ジリジリと男との距離を詰めていく。
「知らない構えだねー。何それ?」
「空手って名だ。覚えときな」
狙うは相手の攻撃に生まれる隙。攻撃を逸らしてから放つ正拳突き。
「へーじゃあ味あわせて貰おうか」
数メートルを一足で詰め、伸ばした手でダガーの突きを俺の心臓へと突き出していた。それを左手の手刀で逸らしながら、体を反転させて防いで見せる。勢いで体勢を崩した男へ俺の最速最強の右正拳を叩きこむ! だが、無理やり体を捻らせながら手で弾く男。だけど空手は一撃で終わるような武術じゃない! 完全に無防備になった体へと、指を軽く曲げた猫でという手刀を振り下ろす。今度は手で防いだものの、受身を取れないままに地面に叩きつけられる。
「ぐっ!」
間髪入れずに顔へと前蹴りを繰り出すが、それは避けられてしまう。その隙に距離を取ろうとする男を、追い打ちをかけて右で貫手を顔面に放つ。この技なら手で受けようものなら、それゴト抉ってみせる。だが当たる寸前までいった所で手を引き戻す。戻したての中指が僅かに切り裂けていた。
「おしかった――」
想定通りだよ!
「『ウォータースピン』!!」
俺の周囲に水の薄い膜で作られた渦が発生する。水の流に逆らう鋼鉄線が浮かび上がる。これで俺に近づく鋼鉄線を判別できる。どういう原理であんな物で、斬撃を繰り出しているのか知らないが、見えさえすればやりようはある。鋼鉄線の隙間を縫って、左の肘を脇腹へと振り上げる。また避けられる。だけど、見えない攻撃ならどうだよ!
「ガッ!」
男は右肩から血を流して後ろに下がった。肘を放った左手に投げナイフを隠し持ち、自分の体で見えないように投げどころを隠しながら男に投げてやったのだ。胸あたりを狙ったんだが、流石に直撃はしなかったようだ。
「…………いい」
「ん?」
次の出方を注視してると、男の体が震えだした。そこまで深い傷だったのだろうか。
「あんた良いよ。僕が血を流すなんて何年ぶりだろう…………。あぁ、アハハハハアハハハハハハハハアーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハァー…………我慢出来ないや」
男は今までとは比べ物にならない気を撒き散らしだした。殺気、いやこれは狂気と言ったほうがいいだろう。死の恐怖よりも、心のどこかが壊れてしまう気がした。これは触れてはいけないもの、見るだけで腐敗と破滅を呼び込むそんな存在。気にあてられているだけで、こっちがどうにかなりそうなほど思考が揺れ動かされる。……始めて、生まれて始めてこの場から逃げ出したくなった。なんだよこれ? こんなものを人が生み出すことが出来るのか?
「君達、僕に喰われてよ!」
周囲に漏れ出ていた狂気が俺達へと向けられる。
「はい、そこまでね」
そこに新たな声が響き、三人がその方向へと視線を向けた。
さあシリアス臭が漂いだすよー