第五話 迷走
戦慄が走る戦いの場に響いた先には、二人の人物がいた。異様なほどに筋肉の付いた身長が三メートルに届こうかという巨体の男と、その肩に乗った妖艶な女だった。
「帰りが遅いと思ったら、また遊んでいたのね」
「分かったなら邪魔しないでよ?」
どうやら二人は紫髪の仲間のようだ。
そして俺は今の状況に少し混乱していた。いくら眼の前の男の圧倒的な気配に気圧されていたとはいえ、目の前に現れた二人の接近に全く気づかなかったからだ。この二人も間違いなく化物と呼ばれる部類の人間だとすぐに分かった。なのに気づかなかった。見た目も目立ち、気配が尋常ではないこの二人を、見逃してしまう事などあるのだろうか?
「遊ぶのは時と場所を選びなさいといつもいってるでしょう? 仕事に失敗して追われている時にするやるもんじゃないでしょう」
「そうそう聞いてよ! 僕の『フレイムピラー』を直撃しといて、焦げ目しか付かなかったんだよ!」
「ふふ、帰ったらゆっくり聞いてあげるわよ。そこの坊や達とも日を改めてなら、遊んだっていいのよ」
「ほんと? じゃあ帰るよ」
目の前で逃げる算段をしているが、俺は動けないでいた。正直に言えば勝てる見込みを見い出せないでいたからだ。紫髪の男だけでも手に余ったのに、それ以外を同時に相手をするのは……。
「逃げれると思うてか! ボーゼ沈めてしまえ!」
判断に迷っていた俺を尻目にマイアがしかける。一箇所に集まっていた三人の周りに泥の柱が出現し、三人に襲いかかる。
「邪魔」
紫髪の男が左手を振るうと、泥の塊が切り裂かれた。
「ブオオオオオオオ!」
「ボーゼ!? 馬鹿な!!」
ヤバイ。液体を切り裂くという現象もヤバイが、更になにか来る。
「避けろ!」
「ガッ!?」
俺の声に反応して回避行動を取ったが、マイアの右肩が切り裂かれた。
「マイアッ!!」
「あら、本当にこの子達優秀なのね。精霊持ちなのも驚きだけど、私の攻撃まで避けちゃうなんて。再会が楽しみねエッジ」
「でしょ? フフフ、この国は歯ごたえのある獲物がイッパイで、嬉しいよケープ」
「……望むところだよ……お前たちは俺が仕留める」
傷ついたマイアを庇える位置から、三人を睨みつける。
「本当にいいわあなた。怒りに燃えながらも、それに身を任せて今私達に立ち向かうのを無謀と判断できるなんてね。もうちょっと冷酷さがあったらスカウトしたところよ」
「ふん、どう転んだって『ルドラの右手』に入るつもりなんてないよ」
一瞬だけ、場に沈黙が流れる。
「……あんた何者?」
苦し紛れに鎌をかけたが、反応からして予想は正解だったようだ。用意周到、計画的犯罪という単語が並んだ時は、高確率で絡んできたからな。
「あんたらの敵だよ」
「フフ、また会いましょう坊や」
微笑を残して、三人はこの場を去っていった。逃げたとも言えるかもしれないが、確実に見逃されたのは俺らだ。最後の微笑だって、確実に獲物を狙う目で俺を見ていたように思えた。
「ボーゼ! しっかりしろ!」
肩から血を流しながら、マイアが地面に横たわるボーゼに駆け寄る。
「大丈夫なのか!?」
「危険な状態じゃ。しかし物体では傷つけれないコヤツが切り裂かれたなど初めての事だ……。とにかく家に戻るぞ! 他の精霊に力を分けてもらえば、まだなんとかなるはずじゃ」
急いでボーゼを抱え上げて家まで走る俺達。
国王暗殺を企てた者たちに、ヒーローとして初めての敗戦を味わった。
瀕死のボーゼの治療は無事に終えることが出来た。かなりの深手であったためしばらくの療養が必要だ。精霊がここまでの傷を負うことは珍しいというか、普通ならばありえないらしい。魔力で体を構成している精霊は、それさえあれば損傷した体を即座に修復できる。存在の消滅になると霧散してしまうが、そうでなければ軽症でしかないはずなのだ。なのにあの紫男の繰り出した斬撃は、精霊が容易に修復できないというありえない攻撃を繰り出したことになる。しかもボーゼは体が泥で出来た精霊だ。元より物理的な力では傷さえ付くはずはないのだ。
戦力不明に目的不明、正体こそ『ルドラの右手』関連なのは分かっているが、いままでの事件とは桁が違う。
血で服を染めたマイアを子供達が見て、家の中は一時騒然としていたが、街はもっと酷かった。なんせ、国民から愛されている国王様が暗殺されかけたのだ。当然といえば当然だろう。しかも犯人も捕まっておらず、その手がかりすらほとんど無い有様だ。
夕暮れに差し掛かる時間に、フェルダナ男爵が直接俺の家へとやってきた。
「バルナス公爵がお呼びです」
まあ呼ばれるのは必然だろうね。一応説明出来るだけの話はフェルダナ男爵を通じて報告したが、俺とマイアだけが唯一犯人と接触してるわけだし。だが、あいつらが今度は俺とマイアを狙ってくる可能性もある。なので、フェルダナ男爵にはゾナのおっさんに、俺の家に来てもらい護衛を頼むと伝言を頼んだ。さらにコウジン達精霊がいればなんとかなると思う。俺はフィリーだけを連れ、バイアス公爵の屋敷へと向かった。
バイアス公爵家の前にも騎士と警備隊の人員が何人か配備されていた。犯人が捕まっていない今は、誰が狙われるかわかったものではないだろうから、要人には全員騎士が張付いているのだろう。今は冒険者を手伝うときの標準的な装備をして訪れていたので、武器などが玄関で全部預けることになった。
「お邪魔します」
公爵の待つ応接室に入ると、いつも豪気な面持ちだった顔が、曇り気味になっていた。
「おう、よく来た」
「……お疲れみたいですね」
「そりゃあな。建国記念の式典で国王暗殺未遂など、国始まって以来屈指の大事件だ。公爵としても、騎士顧問としても、ギルドの長としても、いつもの三倍は慌しいわ」
葉巻に火をつけ一息つく公爵。
「でだ、お前に上げてもらった似顔絵と、逃げた方向の情報から探ってもなにも出てこんのだ。広場以外での目撃情報すらまばらなものだ。分かったといえば、王を暗殺するために使った魔法のことくらいか」
「そういえば、あのエッジと呼ばれていた男は『フレイムピラー』と言っていました」
「フレイムは聞いたことがあるが、後半は知らぬ名だな。あれは魔方陣を使って強化した火の上級魔法だった。不可解な事にその魔法陣は、舞台の設営に使った木の板に挟みこまれて設置されていた。魔力探知の術を持つものが直前に調査したのにも関わらずな」
「まさか内通者が?」
「いや、それはない。あの場には、騎士団が二つと近衛兵の三つの部隊が混成で配置されていた。安全確保の見回りもそれぞれが独自に行っていたのだ。三つの部隊全員が内通者でもないと、隠蔽は不可能だ」
さすがに国の重要人物が集まる祭典。抜かりない警備だったのだろう。だが、それでも犯行は決行された。
「それに、もしも我が騎士団に内通者がいたとするならあやつ、グレイル・ドーラをあの場から引き剥がしてから犯行に及ぶだろうよ」
「あの王様を助けた男ですか? 俺も聞きたかったんですけど、あの爆炎からどうやって助かったんですか?」
見て取った威力ではあるが、あれを食らえば塵すら残らないだろう火力だった。
「一応秘密事項なんであまり詳しく話せんが、あのグレイルに魔法で殺せることが出来るものなど、この世にいるか怪しい。そんな力を持つ男なのだよ」
「ギフト……ですか……」
「まあそういうことだな」
ギフトの可能性を伸ばしに伸ばした結果、上級魔法ですら受け付けない防御力を誇るようになったのか。つくづくギフトという力はとんでもないものだと実感するよ。
「とにかくだ。あいつらの正体と目的をはっきりさせねば、今後の行動に大きく差し障りが出てくる。そこで力を貸してはくれんかキドーよ」
「俺としても、奴等を野放しにしておく気はないですけど……。大丈夫でかね、今動いても……」
今のブローナスは厳重な警戒態勢が敷かれている。下手な動きをすれば、即座に捕縛されて取調べを受けることになるだろう。
「そこは情報収集部隊に任せてくれればいい。お前の知恵さえ借りれれば後はこちらでなんとかする」
今回は騎士団が動いているのだ。実力行使の場面ではあちらに任せることになるだろう。しかし、あいつらが俺の想像しているようなやつらだとすると……。
「わかりました。俺も『ルドラの右手』に関しての仮説が一つあります。それを調べれば何かわかるかもしれません」
「協力してくれるか、助かるぞ。騎士団とて無能の衆ではないが、今回の主犯は間違いなく裏の世界でも名のある者なのだろう。真っ当な手段でこちらが戦えるとは思えんのでな」
それはそうだろうな。騎士団は戦うための兵であって、こんな輩を見つけ出したり調べたりするのは、警備隊の範疇だ。しかし、警備隊ではあいつ等と渡り合うには力不足になるだろう。下手をすれば、裏をかかれて術中に嵌ってしまう可能性すらある。
「それともう一つ。俺はこの事態を最悪の形だが予測しておった。この国にはなにやら不穏な空気が漂ってきておるのだ。それも人為的なものだ。これはおそらく何かの準備が整い、最後の仕上げとしての事件だというのが俺の推測だとだけ言っておく」
なんとも気の重くなる話を聞いて俺は公爵邸を後にした。
公爵邸から帰るその足で、そのままフクロウ本部へと向かう。この警戒態勢の中でなにも出来ないと思われるのだが、あの歪な三人を眼の辺りにした俺には、嫌な予感で胸がざわついていた。ほぼ確信のように、あいつらはまだなにかをやらかすと思っている。
「フェルダナ男爵! はまだいないか……。アリーゼちゃんはいるな、全員集まってるかい?」
「あ、キドーさん。フェルダナ隊長と潜入任務をしている人以外は集まってます」
長期の潜入任務に就く者は、どうしても街から離れる必要があるときがあるので、それはしょうがない。
「時間があまりない。フェルダナ男爵が到着次第、作戦を開始する」
「もしかして、犯人の行方を私達も探すんですか!?」
「いや、それはやらない」
「え? じゃあ何を……」
「俺達がやるのは、ルドラの足跡を見つけ出すことだ」
三十分待ったのだが、フェルダナ男爵が帰ってこないので、先に作戦の概要を隊員たちに説明しだすことにした。
「まずは、この一年でルドラの右手が関わったとされる事件をなるべく探し出してくれ。そこからあいつ等の依頼主を絞り込む作業をするのが今回の目的だ」
「ちょっとまって下さい。依頼主の可能性は前から示唆されていましたけど、全く証拠が出る見込みがないから今まで放置していたのでは?」
「確かに依頼主に辿り着くのは困難だろうな。しかし、今まで俺らが扱ったルドラ関連の事件は、奴隷売買に盗賊団、禁止区域での密漁に盗掘行為。どれもこれも金になるものばかりだった。ここから予想されるのは、組織の形は冒険者ギルドに酷似しているのではないかということだ。金を払って犯罪者を雇い、裏で暗躍させるのが奴らのやり方であるのは、ほぼ確かだ。しかし組織として動いているとするには一貫性がない上、活動範囲も広すぎる。依頼主がいると仮定すれば、色々と辻褄は合うと思う。特定が困難だとしても、証拠がないとしても、その容疑者をある程度絞り込むことが出来るはずだと思ったわけだ」
結局絞り込んだとしても証拠がないので捕まえれない事に変わりないのだけど。
「それをやったとして、今回の件にどういう関係が?」
「今回の暗殺未遂は、今までの事件とは比べ物にならないほどに大事だ。そしてルドラとしてもリスクの高い仕事に違いないはず。なら考えられるのは、依頼者がそれを受けれるほどの上客で、かつ多大な成功報酬があるという事が考えられる」
「あっ! つまり過去の容疑者から、それに当てはまりそうな人を探すんですね」
「アリーゼちゃん正解! 上客ならば過去に何度もルドラの右手を利用した可能性は極めて高い。国外の奴が依頼主だと分からないかもしれないが、もしも今回の依頼者が国内の者だったとしたら、その足跡から辿れるかもしれない」
「なるほど、協力者がいるのなら居場所の特定もかなり絞り込めそうですもんね」
なんとか納得してくれたのか、他の面々も小さく頷いてくれている。
「今日の朝までには資料を出来る限りかき集めてくれ。特に俺達が扱った最近のやつは入念に頼む」
「朝まで!?」
情報収集というのは時間がかかるもので、今から朝までとなると、それを集めきる為にはいささか時間が足りない。
「すまんが、本当に時間がない。今回は特別なんだ」
「理由を聞いてもいいでしょうか?」
隊員の一人の男性が質問を投げかけてくる。
「実は俺は主犯と一戦交えている」
「!?」
会議室にいた一同が動揺の色を見せる。
「キドーさんが戦ったのに逃げられたんですか?」
ここにいる面々は俺がどれぐらいの実力なのかをよく知っている。
「俺とマイアの二人がかりでやっと相手の本気を引き出せた。それぐらいの強さがあった上に、同じようなのが他に二人いた。とてもじゃないがあれがただ雇われただけの下っ端とは思えない」
「つまり……」
「今回の実行犯は『ルドラの右手』自体だと俺は思ってる。そして、今日の失敗ぐらいで逃げ出すような奴らでもない事も確かだ」
全員が険しい顔になる。ルドラの右手は、いまだ構成員の一人も捕まったことがない。それが自ら乗り出してきた事自体が異常事態であるし、その矛先が確実にこの国ブロニアスに向けられているからとわかったからだ。
そんな重苦しい雰囲気の部屋に、大きな音を立ててフェルダナ男爵が駆け込んで来た。
「キドーさん! みんな! 大変だ!」
「どうしたんだ!?」
フェルダナ男爵がこんなに取り乱しているなんて始めて見る。
「隣国のナズラが……国境付近に軍を進軍させているっ!」




