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第一話 始動

 雪の舞い散る冬を越え、新たな予感を思わせる春がやってきた。俺がこの世界に生まれ変わった時と同じ季節が。

 この一年は長かったと思う。命の遣り取りを幾度と無く繰り返し、今まで出来なかったことが出来るようになり、魔法という力を目のあたりにする。俺にとっての非現実的な日常を、現実だと受け止める。いや何も感じずに当たり前だと思い、ここが俺の世界なんだと実感できるまで、およそ一年を要してしまった。あまりの出来事に、浮き足立ったり、目を逸らしたりしていたわけではないんだけど、やっぱりどこか心の中で起こる誤差を拭いきれずに、まるで現実味のある夢であるかのような感覚だったのだ。

 それでもやってこれたのは、曲がることの無かった俺の信念と、隣にいてくれた仲間達のお陰だと断言出来るだろうね。







 あの遺跡探索から今日までのことを軽く振り返ろう。あの年の年末、室長の査定が始まる直前に、メリーさんは用意していた新魔法の発表と、その魔法を使った新系統の術を研究所に提出した。国単位では十年に一度出るかどうかの偉業に研究所どころか、国が揺れ動くまでの大事になったが、その功績を称えたという名目で、直ぐ様バイアス公爵の養女へと迎えられる事になり、メリーさんが厄介ごとに巻き込まれる事はほとんど無かった。

 あの後でしばらくして分かった話だけど、俺らと同じ日に遺跡に入っていた冒険者チームを雇っていたのは、メリーさんが毛嫌いしていたあの侯爵のボンボンだったらしい。あの探索で深手を負ったようで、あれから十日ほど入院するはめになったとメリーさんが笑って説明してくれた。その場にいたゾナが――


「どうせ、親のお陰で上げた成果を自分の力と過信して、俺に不可能はないなんて思ったってとこだろうよ」


 と苦言を吐いていた。ゾナのオッサンは基本は酔っぱらいのオッサンではあるが、冒険者の仕事関連だけは真面目な面を見せる。

 メリーさんは功績を認められ、希望通りに室長の座をロクデナシの男から、見事奪い取った。室長という権威と、公爵の娘という権威を手に入れた影響で、嫌がらせ等の妨害などは激減し、いままで足を引っ張られて発揮出来なかった実力を存分に振るっているようだ。

 それのお祝いと称して、盛大なホームパティーが開かれた。バイアス公爵主催なのに、なぜかジーニーさんの自宅で。まるでメリーさんと接点がないジーニーさんが、なぜに巻き込まれる事になったかは分からないが、メリーさんとゾナのおっさん、バイアス公爵にフェルダナ男爵とその他十人の情報収集部隊の面々。そして俺の家の住人全てがお招きに預かった。なかなか大人数で色物なパーティーとなった。

 机に並べられた豪勢な料理の数々に、うちの子供達ははしゃぎまわり、それを制する為に右往左往するトウカとジョイ。メリーさんとマイアは魔法談義に花を咲かせ、なぜか俺はバイアスがいかに昔から強引かという愚痴を、ジーニーさんから延々と聞かされるハメになった。バイアス公爵とゾナのおっさんは旧知の仲なので、仲良く飲んでいたのだが、気付けばその周りの机には置く所が無いほど、空のコップが並べられていて、凄まじい飲み比べが始まっていた。最終的な容量としては樽一つくらいは飲んだんじゃないかと思うほどの、飲みっぷりであった。







 大きな出来事といえば、俺の石鹸作りは、年を超えたあたりから本格化していき、今では一般層への販売も行なっている。大きな専用の鍋や、流しこむ型などを大量に作り、作り手を募って工場のような施設で生産している。もはや俺がその工程で関わっているのは、水酸化ナトリウムを精製して渡しているくらいになっていた。なぜそれだけが残ってるかというと、あれは結構な猛毒なので、その取扱には注意が必要だったのだ。

 工場の働き手は、スラムで職にあぶれている人達を優先的に雇った。もちろん犯罪的な事を平然とするような輩は、雇ってはいない。やむを得ない事情で、その身をスラムに寄せている人達が主な人選だ。管理の方はジーニーさんから、商売と生産を両立できる人物を回してもらった。まだ年は若かかったが、話題になりつつあった、石鹸の大量生産に興味があったらしく、二つ返事で了承してくれた。作業分担による効率化を計った工場の構造にも注目して、かなり熱心に働いてくれているので大助かりしている。

 石鹸は既に街でちょっとした流行となっていて、作れば作った分だけ売れていった。おかげでかなり儲かり、最近財布の心配をすることが無くなってしまった。工場の責任者である商人さんに、儲けの二割ほどを手渡したら。


「げ、げ、限度って物がありますよっ!」


 と、なぜか怒られてしまった。今まで下働きを続けてきた彼には、途方も無さすぎる金額だったらしい。一気に稼ぐことばっかりしていた俺は、どうやら少し金銭感覚が少々狂っていた模様だ。それからは資金管理をトウカにお任せすることにした。







 そんなこんなで、ほぼ一年が経とうとしていた今感動の瞬間を迎えていた。ついに、ついに我が屋が完成に至ったのだ。隠し部屋含め二十三部屋、掛かった資金六十万ディクス超、使った角材数知れず、失敗した事も数知れず、数多の努力の成果が遂に実を結んだのだ。内装も全て綺麗に整え、家具も搬入済み、庭も綺麗に設えてある。家の敷地を囲うように石の塀を作り上げ、門も金銭的余裕が生まれてか作ったので、知り合いになった生産ギルドの仲間に石造りで作ってもらったのを設置した。家自体は深い赤みの掛かった色で統一されていて、黒目のニスで染めた木の柱が見え隠れしている。派手には作らなかったものの、その規模はまさに豪邸といえるだろう。

 完成する様子を見ていく過程すら、俺の心は踊りっぱなしだったのに、完成した時、どんな心境になるのか想像出来なかったんだが…………凄い……頭が……真っ白だ……。


「うわああああああん」


「うっうっグスッ」


 俺の隣では家の建築を毎日のように手伝い、更に制作までやってきたリッキーとロイが号泣してる。気持ちは分かる。もしもコレが俺の初作品だったとしたら、あまりに立派すぎて泣いていただろう。自分で作っておいてなんだけど、過去にこれほど立派に作り上げれた作品はないだろう。知識も経験も曖昧なままで、よくぞここまでの物を作ったと自分を褒めてやりたい。だが、俺の全身は喜びで溢れかえっていて、思考も体も上手く動かない。まさに言葉も無かったのだ。







 家が完成することで、俺は遂にこの街での生活の基盤であり、活動拠点を得ることが出来た。資金の方も、それなりの余裕と、安定した受給もできそうだ。俺は一年という時を掛けて、この場所に居を構えるに至った。一年でここまでこれたのは、奇跡といえるほどの速さだったろう。この世界に来ることが決まった時点で、ヒーローとして活動していくと計画を立て、活動拠点や資金調達などはその時点で予定に入っていた。だがそれが得られるまでは数年を最低でも要すると思っていたのだが、様々な人の手助けがあり、多大な幸運に恵まれて、予想よりも遥かに早くここまで来れた。本当にこれには感謝の気持ちで一杯になる。

 そして、年が明ける頃から本格化していったヒーロー活動。バイアス公爵から預けられた、情報収集部隊に犯罪に関する情報を集めてもらうことで、その活動範囲は飛躍的に広がっていた。今までのように噂話や情報ギルドからの情報を合わせて推測していただけとは違い、非公式ながら国に所属している部隊だったので、警備部隊や騎士団に保管されているような情報も手に入れられるようになったのは、大きな変化だった。更にその部隊の力が活動の役に立っているくれているのは、実際に俺が実力行使に及んだ時に、その痕跡を消していき隠蔽してくれることだ。普段から正体を隠す努力をしているが、いざ自分自身が力を振るうとなると、流石にその当たりを気にしていられる余裕は無かった。俺の至らない所をサポートしてくれるその力は、ヒーローとしての活躍に絶大な効果をもたらしてくれた。

 その甲斐あって、本格化してから半年の間で解決した難解な犯罪は六件になっていた。少なく思えるかもしれないが、基本的に俺達が標的としている悪党は、警備隊の手に負えないような凶悪な奴等や、法の網をすり抜けるように裏で暗躍する者たちだ。もちろん情報網に引っかかった犯罪なんかは、警備隊に情報を渡してそちらに解決してもらっている。あまり警備隊の仕事を掻っ攫っては、目の敵にされかねないし、民衆からの信頼も減りかねないからね。

 俺というヒーローはあくまで最終手段。どうしようもないような悪を滅ぼす、最後の拳なのだ。

 そんな重大な犯罪者を一月一件ペースで解決してこれたのは、脅威の解決速度だといえるだろう。そうは言っても、元から問題視されていながらも、なんともならなくて放置されていた案件もいくつかあったので、これからは少しそのペースは落ちて行くとおもうが。







 ある時、ヒーロー活動のご褒美をバイアス公爵がくれると言ってきたので、マイアを除いた俺達家族全員の国民登録をお願いした。一年間でさらにストリートチルドレンを拾って増えた、総勢四十五名。出所不明でスラム住まいという訳ありそうな人を国民登録して、正式な国民と認めてもらうのはかなり難しくて、俺の力でそれを叶えるのはどうにもならなかった。


「そんな事ならお安い御用だ」


 と散々俺が難航した出来事を、あっさりと解決してくれた。きさくというか豪胆な雰囲気のせいか、あまり政治に関わっているイメージを持たせない公爵なのだが、それでも彼はこの国の中枢人物の内の一人。順位で言えば、王様の次の次ぐらいに偉い人なのだ。その権力もあってか、俺達の国民登録はお願いした一週間後には完了してしまった。

 これで俺も出所不明の不審人物という埃を払うことができ、堂々と活動ができるというものだ。もちろん目立たないように心がけるのは変わりないが。

 






 そんな事があって、俺の家にはついにポストを配置できるようになった。今まではその素性を調べられたくが無い為に、俺宛の荷物なんかは全て生産ギルドに預かっていてもらっていたのだ。

 そのポストに届いた、灰色で出来た封筒を手に、俺は書斎で中に入った手紙を読んでいた。この灰色の封筒に赤い蝋で封をした手紙は、情報収集部隊の隊長である、フェルダナ男爵からの最近集められた情報や、気になる噂話などである。三日に一回は届けられるのだが、時には悪党の確定情報だったりする。だけどそんな事は滅多になく、貰った情報で気になる事があれば、こちらからフェルダナ男爵へと出向いて話をする、といったのが普段のスタイルだ。

 そして今回の手紙に書かれた情報は見逃せないものだった。


『非合法の薬をこの街へ持ち込む物がいる、もしくは既に持ち込まれた可能性あり』


 非合法の薬。幻覚作用や、五感への干渉、気分高揚、そして高い中毒性。世にいう麻薬だ。地球での蔓延と撲滅の歴史は知っているが、この世界でも似たような物のようだ。ある国では、法律で規制しなかった為に、新しく強力な麻薬が流行った時、その国力が僅か十年で半分以下にまで下がってしまったことがあるらしい。

 現在のブロニアスの王は、諸国にその名を響かせる善王で、麻薬は全面禁止と厳しく取り締まっている。だが、規制が厳しいほど裏での需要が高まるのも、当然の結果と言えばそうなのかもしれない。そして、悪い物だという認識がある国民にそれを蔓延させるには、普通に売るだけでは喰いつくことは、滅多にない。売人はそれが麻薬と言わずに安く売り、中毒症状に無理やり陥れてから通常の取引を開始する。それと知って利用するなら自滅といえるが、そんな使い方を放置する事など言語道断だ。







 首から下を覆い尽くすマントを肩から掛ける。すでに日が落ち始めていたので、トウカに今日の晩御飯は帰ってから食べると告げ、俺は情報収集部隊の本部へと向かった。すでに俺の行動原理を理解しているフェルダナ男爵なら、この手紙を読んですぐに訪ねてくることなどお見通しだろう。

 さあ今日も今日とて、悪党共に鉄拳をお見舞いしようか。

椅子に座りすぎて腰をやらかしてしまう。パネェ

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