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第十一話 見通す目

 メリーさんとジーニーさんが退室し、俺だけが取り残された応接室は先ほどのように重苦しかったり、威圧的だったりとはまた違う、居心地の悪い空気が漂っていた。それは不可解さという疑問漂う空気だ。そういってもその雰囲気が毒だと思っているのは俺だけのようで、バイアス公爵は葉巻を取り出して火を付け、椅子にもたれかかってリラックス状態だ。


「硬くならんでもいいぞ。そんなとこに突っ立ってないでこちらに座れ」


 呼び残された理由がまったくわからないままに戸惑っていると、さっきまでジーニーさんが座っていた椅子、バイアス公爵の正面に位置する場所に案内される。


「あ、じゃあ失礼します」


「……」


 ただ座っただけのはずなのに、なぜかバイアス公爵は俺を見て笑みを浮かべている。


「公爵の正面にそうも萎縮なく座れる一般人なぞそうはいないぞ? おもしろい奴だな」


 やってしまった! 選民意識や階級層なんて物の欠片も理解も感じ取れてもいない俺では、貴族に対してどうすればいいかの分別がまるでつかない。今の場面も本人に許可されたとしても、畏れ多いと遠慮する場面だったか。


「気にしなくてもよいぞ。だが他の貴族の時にそれをするのは、まずい事になりうるかもしれんからな、覚えておけよ」


 セーフ。危なく無礼斬りにあうところだった。

 何がおかしいのか笑顔のままで、小さく笑い声を上げているバイアス公爵。そして葉巻を命一杯吸い込んで吐き出すと、その表情は真剣なものに変わっていた。


「さて、おぬしには聞きたい事がある。資料を持て」


 バイアス公爵が命ずると、扉から執事らしき人が紙の束を持って現れ、それらを机の上に置いてバイアス公爵の後ろに待機した。


「ではまずおぬしがブローナスに来たのは約三月ほど前で相違ないな」


「え、あ、はい」


 なんだその質問は?


「下手に取り繕うなよ? 正直に答えたほうが身のためだ」


 会話の内容、たぶん今の状態が素なのだろうバイアス公爵の鋭い目線に、冷たい汗が背中を伝っていった。


「どいった経緯かは知らんが、その後北西地区のスラム街に土地を購入して、多数の子供たちと共同生活をしている。生産ギルドに登録しており、一月でそのランクを一段階上げて、今は鉄の位か」


 悪い予感しかしない、なぜここまで俺のことに詳しいのか、いやそれよりもなぜ態々一般市民でなるべく目立たないよう努めてきた俺の事を調べ上げたのか。


「発想と柔軟な思想を持ち、しかしそれによる出世や名誉、金銭に関しては消極的。ほう今ぬしの家にはブルマイア・リーンが住んでいるのか。なんとも理解しがたい、ちぐはぐで不釣合いな話だな」


 見知らぬ人に自分の個人情報がここまで知られていることが、こんなにも恐怖を感じるものだったなんて……。背中だけに流れていた冷や汗は、すでに全身を覆っていた。


「とまあ、貴殿のことに関してはかなりの範囲で調べがついている。そして、なぜここまで調べたのかというと……これだ」


 そう言って差し出された一枚の紙。その紙には大いに見覚えがあった。それは俺がヒーロー活動と称して悪党を倒した際に、その存在を証明するために残していった置手紙。あのゲイロス一味の一件以外にも、あれほどの大規模ではないが、盗賊団、窃盗団、賞金首などを数回にわたり縛り上げて警備隊に突き出している。何度かは大衆の面前にさらすような形で目立つようにその名と所業を明かしたので、今ではこの街に知らない人はいないほど有名になっていた。


「その反応を見るだけで十分だ。クックック、悪党一味と警備兵共を手玉に取っている噂の人物がこんな小僧とはな」


 紙を見たときの一瞬の動揺を見抜かれたのか、すでにバイアス公爵の中ではヒーローこと『シャドーフィスト』が俺であるという確信を持ってしまったようだ。


「そう強張るでない。別に警備隊に突き出すつもりも、世間に向けて公表するつもりもない。これは我が名と神に誓って約束しよう」


 犯人探しといったわけではないのか……。だとしたら意図がさっぱりわからない。


「どうだ? おぬしがシャドーフィストと認めるか?」


 誤魔化す? 嘘で切り抜ける? いや、無理だな。こんな駆け引きを仕掛けられた状況なんてほとんど経験したことのない俺では、騎士団と貴族の両方を駆け抜けてきた百戦錬磨の兵に、下手ないいわけなど一切通用しまい。それどころか、それによってこんな大人物に不興を買ってしまうほうがおそろしい。ならば――――。


「俺がシャドーフィストで間違いありません」


「そうそう、そうでなくては見込んだ甲斐がないというもの。そうだ一応証拠をだせるか?」


「一連のシャドーフィストの犯行はそのほとんどを徒手空拳、素手にて行われている……というのは証拠になりませんか?」


「素手以外の攻撃方法は?」


「投げナイフと初級魔法」


「よろしい、そこまで知っておるのは俺を含めても数人といったところ。それ以外では本人しかいないからな。では改めて自己紹介させてもらおうか。俺の名はバイアス・デーガー。公爵であり、騎士団特別顧問も兼任し、そして情報ギルドの最高責任者でもある」


「えっ!?」


 前の二つは聞き及んだ話だが、情報ギルドの部分は初耳だ。そもそも情報ギルドの組織構成すら謎な部分だらけで、上層部にいたっては顔も名前のお目にかかったことはない。そんな秘密主義のギルドのトップがいきなり名乗りを上げるなんて……。そうなると、三大公爵で、二人しかいない騎士団特別顧問で、一ギルドのトップでもあるってことになるが…………とんでもねえ。


「俺の秘密すらバラしたのには、これからおぬしとは腹を割って話したいと思っておるからだ。そもそも俺はおぬしのこの行為については好意を持っている。よくぞやったといつか褒めてやりたいと願っておったほどだ」


 豪快ながら嬉しそうに賞賛の言葉を送ってくれるバイアス公爵。その言葉を聴くと冷え切っていた腹のそこから熱が再び取り戻されていく。別に誰かに褒められたくて始めた物ではなかったけれど、誰かに認められるなんて思ってもいなかったから、不本意ながら嬉しくなってしまった。

 そしてバイアス公爵の賞賛も、よほどの物だというのもよほどのものだというのも理解できる。徹底した情報規制で隠してきた情報ギルドの身分を俺に明かしたということは、少なくない信用を俺に向けているということだ。それが俺に対する評価としても受け取ることができた。


「ありがとうございます」


「うむうむ、やはり予想通り実直な心の持ち主のようでなによりだ。さきほどのメリーの件で見せた饒舌ぶりは想像と食い違って、やや面を食ろうたわ」


 そう、俺は本来そこまで喋らない。別に喋ろうと思えば喋るのだが、それは必要だから喋るだけであって内面では、あーだこーだ考察してたりするが、何もなければやや無口な部類に入る性格なのだ。


「俺にとって必要なことでしたから」


「『男児は困難に向かってこそ華』か、いいぞいいぞ、なおさら期待が高まるじゃないか!」


 最初に自分の情報を提示されたときは恐怖に固まったが、今はその内面を見透かされることが、なんだか嬉しくてたまらない。己の道を進むことに何の迷いも無く生きてきたが、変人と罵られることになんの感情もわかなかったわけじゃなかった。鈍感になってはきているが、やはり理解できない者扱いされるのは、どうしようもない孤独を感じるものなのだ。

 溜まりに溜まった孤独感が、内面を言い当てられるごとに光が指して晴れやかになっていくようだ。俺は今、少しだけ震えている。


「では、成果を出した者には褒美をやらねばな」


「そんなっ!? 俺の勝手にしたことですから、黙っていてくださるだけで十分ですよ」


「そうあわてるな。褒美と理由をつけてはいるが、これは俺からの提案でもある。どうだ、その悪党共を捕まえる為の協力者が欲しくないか?」


「……どういうことでしょう?」


「なに、俺が最近設立した情報収集部隊というのがあってな。その力を一部貸してやろうというのだ」


「今までのように自然に情報が集まるのを待つんじゃなくて、目的の情報を自ら集める部隊ですか」


「理解が早くて助かる。こういう仕事は元から警備部隊や騎士の一部が担っているのだが、専門的にこれを生業にするものはいなかったのだ。そこでまだ実験的ではあるが、俺がその専門家を育てようと画策したわけよ」


「そんな希少な部隊を俺に貸してもいいんですか?」


「おぬしはあまり自分の価値を知らんと見える。情報網の広さこそ我らに劣りはしているものの、情報を繋ぎ合わせていくその手腕は大したものだぞ。おぬしが捕まえた賞金首や窃盗団などは、どの情報網にも引っかかっておらんかったのに、見事に捕まえてきたのがいい証拠であろう。そこをその部隊のやつらには見習ってもらいたいのよ」


「バイアス公爵様には遠く及ばないと思いますが」


 俺の正体にたどり着いたわけだし。


「おんし、俺の役職をもう一つ増やす気かぁ? さすがにこの身が二つにならねば手が回らんぞ。それにいつまでも老獪が上に立ち続けるよりは、若い奴等が伸びたほうがおもしろいではないか」


 そうだった。公爵、騎士団顧問、ギルド長の三つだけでも一人の身には余る代物なはずだ。なんせ国の最高機関の三つの頂上位置にいるわけなのだから。


「それに、俺はこの国が好きでね。そんな国に悪党が蔓延ってるなんて自体は見過ごすわけにはいかんのよ。だが、知ってのとおり偉くなりすぎて、俺自身が動くことは叶わんのだ」


「つまり、俺に公爵の代理をしろと……」


「別にどの悪党を倒せなんて命令を下す気は一切ない。まあこちらが見つけた犯罪情報は教えていくので偏りが出るかもしれんが、おぬしはおぬしの好きなようにやってくれて構わない。おぬしが動く時に部隊を使ってくれればそれで十分だ」


 提示された条件は破格も破格、俺にとって都合の良すぎる物だ。もしかしたら、情報収集部隊はまだ経験が浅いために実戦経験を積み重ねさせるという目的もあるのかもしれない。それを差し置いてもいい話なのは間違いない。

 意欲的に活動してきてはいたが、あの魔獣使い事件で発見した裏組織の実態なんかはまるで掴めていない。俺とマイアだけではその方面に関しては限界を感じだしていたのは事実だし。


「…………分かりました。どれだけ出来るかわかりませんが、その話お受けします」


「フッフ、その思い切りの良さはいい事だ。なら部隊との打ち合わせは、部隊の隊長であるフェルダナ男爵という男とするとよい。あと、キドーが表に出なくてはならない場面に陥ったときはこやつに頼るといいだろう。一般市民から騎士になって、俺が部隊設立のために貴族に引き抜いた男でな。今頭も切れるし、腕も立つ。やや謙虚すぎの節はあるが信頼できる男だぞ」


「了解しました」


「そうだ、条件が一つだけあった」


 ここまで話しが進んで、後だし条件!?


「月に一度は俺と会食でもして活動報告をしてくれ。いや、俺の家に招いては悪目立ちしてしまうか……。そうだ、おぬしジーニーの所には何度も足を運んでいたな。それではあやつの家で行いことにしよう。ついでにあやつもこの話に一枚噛ませてやってもおもしろいな。クックック」


「活動報告なんてフェルダナ男爵から逐一伝わるのでは?」


「たしかに二度手間だろうが、そこは俺のわがままだ。若者の成長を見届けるのが俺の趣味の一つゆえのな」


 若者を抜擢、起用してきた経緯はそんなとこにあったのか……。趣味……。まあ、実のあるいい趣味なんだけど。なんか急に大工の親方って単語が頭に浮かび上がってきたな。







 かくして、メリーさんの後見人を探しに行ったのに、俺の後見人が見つかってしまうという結果になってしまった。とにかくこれで本来の目的、ヒーローとしての活動を本格的に始めれそうだ。

 そしてあの裏組織『ルドラの右手』にも、鉄拳をお見舞いしてやれる光明が見えたかもしれない。

遂に書き溜めに追いついた。

しばらく次の章の書き溜めに入ります。

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