第十話 勝負手
石鹸の効能と使用用途を説明し、それからその価値をジーニーさんに訴えかける。
「それが全て本当だとすると………………すみません、私の頭ではその利益の桁が想像できないですね」
「これをまず月に三千個ほどジーニーさんに下ろします。まだコストが高く貴族相手の高級品しか取り扱っていませんが、いずれは一般層にも販売できるような安価な物も作ろうと思っています」
石鹸制作専用の機器を取り揃えれなければ、大量生産が出来ないので取り敢えず高級油から作った者を貴族たちにばらまく予定だ。まず貴族を味方にしておけば大人気商品だからといって、無用な妨害が入ることもないだろうとい目算だ。
「間違いなく即完売してしまうと思いますよ。最近流行りだした風呂というものと組み合わせた美容効果に貴族の方々は飛びついてくるでしょう」
後日、ジーニーさんが商談の為にバルナス公爵に御目通りの機会があるということで、メリーさんを連れてご一緒することになった。
バルナス侯爵は俺の情報網と情報ギルドで貴族を調べた結果、その中でも群を抜いたほどに正義感と愛国心を持ち合わせたお方、という話だった。貴族の賄賂なんかの内部告発をしたこと数知れず、されども逆恨みの為に襲いかかる不埒者を返り討ちにした数も数知れないとのこと。
なんでも元騎士団長の一人でありながら、その名誉の数々を讃えられて貴族入りし、さらに貴族としても活躍の一途をたどり、今に至る文武両道の完璧超人でもある。
もしメリーさんの後ろ盾になってもらうならば、コレ以上の人選はないだろう。
「それでは今回の商談はこれで成立ですね」
「ああよろしく頼むぞジーニー」
「それと今回の商談とは別件なのですが、人を紹介させてもらってもよろしいでしょうか?」
「…………商人というやつは、パイプ繋ぎに躍起になるなどよく聞く話だが、ジーニー殿から紹介を受けるのはそういえば初めての事だな」
「信頼というより面白みという意味では、ご満足いただけるお話になると思います」
「ジーニー殿がそこまで評する者なら一見の価値がありそうだな。よろしい会ってみようではないか」
「それではどうぞ入って下さい」
ジーニーーーさーーーーん!! ハードル上げ過ぎじゃないでしょうか? あまりに緊張しすぎて指先震えちゃってるよ。
ここは空手の息吹で呼吸を整えて。フーフーフー……よし行くぞ!!
「失礼致します」
ちょっとボーっとしてる間にすでにメリーさんがドアを開けていた。この状況になってしまった顛末を聞いた時からちょっと混乱気味だったが、なんとか説得して連れてきたんだけど。完全に今、目が泳いでしまっているが大丈夫か?
「失礼致します」
メリーさんの後ろに付き従う形で俺も入室。
すでに礼の姿勢でフリーズしているメリーさんに変わって挨拶を送る。
「この度は突然の訪問に答えて頂き、ありがとうございました」
「うむ、ジーニー殿が興味惹かれる相手であるのであれば、こちらから会いたいとも思う人物だと期待しておこう。ただ顔見せのためだけではあるまい、何か私に話があるのであろう? 聞かせてみせよ」
予想通りな大人物だ。同じ部屋に入っただけで、圧倒される雰囲気に飲まれそうになる。これが本物というやつか。
礼の形を解き、顔を上げて、線をバルナス公爵に合わせる。
服装は貴族達が好むような、煌びやかな装飾を一切つけていない服装だった。肩当てから伸びるマントは足の長さまで伸びる物で、中の服装はタキシードに近い高潔さを感じるものだった。しかしその体格の大きさとむき出しの腕、そしてゴツイブーツが元騎士団を感じさせる武力を感じさせる。顔にある大きな傷跡と輪郭に生えそろった無駄に似合っている髭も、威圧感を増す要因になっているだろう。
会話の為に目を合わせた時に、なにか驚きの色がバイアス公の目に見て取れた気がしたが、気のせいだろうか?
「流石お噂に違わぬ御方で大変嬉しく思います。それでは率直に要件を述べさせて貰いますと、こちらにいるメリーの後見人になって頂きたいのです」
なるべく敬語、なるべく丁寧に心がけて喋っていく。
「ほう、この俺が利権嫌いの公爵と知っての話なんだろうな」
眼光が鋭い! その威圧さは、すでに殺気の域ですよ。
「もちろん、利益を得るためだけにこのお話を持ち込んだわけではありません。実はまだ発表してはいませんが、メリーは新しい魔法を発見した御仁なのです」
「!?」
「……いいだろう最後まで話してみよ」
なんでここに取り付いだのか説明してなかったジーニーさんは驚きの顔になり、バイアス公は少し興味が湧いたように口の端を上げていた。
「魔法研究所に勤める者なのですが、家名が無いことから分かるようにメリーは一般市民です。なので魔法を発見したとしても、その独占は難しいものとなりますでしょう。そこでバイアス公爵様に後見人になってもらうことでその権利の庇護をお願いしたいのです」
「なぜ俺なのだ?」
「聞いた話によれば、あなた様は自分の臣下達を実力のみを見て選出しており、重臣の中には一般市民もいると聞き及んでおります。それにこれは無礼に値するかも知れませんが、私としては貴族で最も信頼を置ける人物だという事も大きな理由であります」
「……なるほどな。で、その女を庇護した結果、俺に得はあるのか?」
そうなるよね。いくら正義感の強いバイアス公爵でも今までの貴族の、階級意識の常識を覆すリスクを易々とは受けれないよね。
「もちろんです。メリーはそこまでこの魔法の独占に対しては固執しておりません。ただ、この先を見据えるならば手元に置いておいた方が何かと役に立つであるという事で、この度のおねがいなのですが。もし、公爵様が庇護して頂けるのでしたら、公爵様の信頼に足る人物へと、優先的に新魔法を回すことも可能となりましょう。お望みとあればバイアス公爵の許可した者のみに、その使用権を認めてもらっても構いません」
「ほほう、家名でもなく国でもなく派閥による固有魔法か。新しい発想だな」
「それとバイアス公爵様はなんでも人材を集めておいでとか。将来性があり、清き志をもつ若者をご所望と聞き及んでおります。その条件にも十二分に当てはまると思われますが?」
「貴様それをどこで聞きつけてきた」
腹に来るような低音で重い響きの声が部屋を揺らす。コエー。
「事前にバイアス公爵を知るために、学習した際にした予測で御座います。尊敬されるに値する人物で、人望も厚いと同時になにやら敵も多いようですから。一般市民起用もそれの一環かと推測しています」
「ふんっ言うではないか小僧」
バイアス公爵なにかを考え込む姿勢を取ってしまい、重苦しい沈黙が続いていく。
「女、そなたの望みを言ってみよ」
「えっええ!? わ、私ですか!?」
「この部屋に女はそちだけだぞ」
ここまで完全に置いてきぼりにされていたメリーさんに、突然話が振られる。おそらくこれは試したい、というか見定めたいのだろうな。メリーという人物の器を。
「私は…………私は魔法の可能性を広めたい。少しでも多くの幸せを生み出したい。ただそれだけが望みです」
「……よし、よーく分かった。しかし流石に新魔法の利権絡みの騒動から完全にその女を守るには後見人にではちと弱い。おんな……メリーとか言ったか、そなた家族は?」
「あ、はい。両親は既に死別していて、家族は叔父が一人おります」
「そうか、家族は居るのだな。それは少々時間がかかるやもしれんな。その叔父という奴の名は?」
「えっと、冒険者ギルド所属のゾナって言います」
「まさか『酔狂』のゾナの事か?」
「はい、お恥ずかしながらその飲んだくれの事で間違いないです」
今まで殆どを険しい顔で話し込んでいたバイアス公爵が一転、それはもう楽しそうに笑い出した。
「ガーッハッハッハッハッハ。そうかそうか、メリーはあのゾナの姪になるのか! ガッハッハッハ!! これは愉快愉快なんと面白き天の巡りあわせぞ」
なんという豪快な笑い声だ。ていうかうるせぇ!!
「ゾナ殿とはお知り合いなのですか?」
「なに、俺の騎士団時代に育て上げた不肖の弟子の一人よ。ならば話は早くなる、奴の説得など無視でも良いな。メリーよ」
「はいぃ!」
「そち、俺の養女にならんか?」
マジかよ。
「ふぇ? え? えっえええええ!?」
予想外ですよ、その選択肢は。
さすがにあんな結論になることは予想してなかった。確かに公爵家の娘なんて箔が付いたら、手を出すわけにはいかないだろう。下手をすれば国ごと敵に回しかねないからな。
「か、考えさせて下さい」
流石にメリーさんは即決出来なかったので返事は後日ということになって解散する――――――――――――――はずだった。
「あっとキドーは残って行け」
なぜに俺がご指名なんですかーー! 出来るだけ頑張ったけど、やっぱり口調がおかしかったですか!? 不敬罪ですか!? 首チョンパですか!?
あれ? 俺バイアス公爵に名乗ったっけ?
ごつい武将キャラ大好き