第八話 狼の遠吠え
新事実を発見してまった俺らは長い休憩をとりつつ昼飯を食べていた。これまで魔獣の仕業と思っていた被害が人によるものだと分かったならこれは事件だ。昼食をとりつつも元から集めていた情報を踏まえて改めて状況を整理していく。
「まずは……目的だな」
強盗の線はない。襲われた被害者にも近場の村にもそういった痕跡は見当たらなかったようだし。
「むむむ、とすると……」
ジョイと一緒に印を付けた地図と睨めっこをする俺。
「ワンちゃんの餌が欲しかったとか?」
「いや、わざわざ人間を襲うとか面倒くさいでしょうに」
カニバリズムな狼を人間が操ってるとかギャグすぎるだろ。
「誰かを狙ってたなんてのは?」
「ありえそうだけな話だけどな~。でもそれなら今逃走なんて手段を取ってるのがちょっと不自然だな。最初に亡くなった人が狙いの人だったら今頃とんずらしてるだろうし」
「やっぱり採掘の妨害なんじゃないの?」
「それが妥当なとこなんだけどねぇ……」
人も物資も被害を受けているのは鉱山関係だけだ。妨害としてやっているのなら一応は辻褄は合うといえば合うのだが。
「ここまでする? 普通?」
数ある鉱山の一角を妨害するために人を殺して、冒険者まで相手取ってなんてのはハイリスクすぎると思うんだよね。いうなればご飯を食べるのを妨害するために手に取った茶碗を一々叩き割るような難しく面倒くさい方法を使っている。妨害が目的ならもっと穏便かつ気付かれないようにやり方などいくらでもあるように思える。その中でもこれはほぼ最高な程に目立つ部類に入るだろう。
「じゃあさ、例えばさ、どこかに近づいて欲しくなかったとかってどう?」
なるほどなるほど、襲っていたのは人払いのためか……。それなら最初だけとはいえ冒険者にまで手を出した経緯にも説明がつくな。じゃあどこに近づいて欲しくないか考えればもしかすると。
「えっと、一回目の討伐以来をこなした場所って聞いてるか?」
「あっそれなら~わたしぃ~知ってますよ~」
話を聞いていたミミルが地図に指をさす。そこは鉄鉱所に続く道に継ぐ最も人が襲われた場所でもあった。
「オーケーオーケーなんとなく分かるような気がする」
推理なんてのはあまりやったことはないが、元からあるものを組み立てて答えを導き出すのは職人柄得意だぜ。
「よく見れば被害を被った場所はその辺りが中心地になっている。たぶんその先に目標の場所があるな」
「兄ちゃんの予想が当たりかもしれない。こんな山越えさえ出来ない道なのに最近馬が走った後がある」
「やっぱりこれはデカそうな山にあたったのかもしれないな」
相手が相手だけに危険だと判断はしたものの、個人的にギフト保持者とは今後の為に是非一戦交えておきたかったので任務は続行した。もちろんジョイとミミルには村に帰っておいてといったのだが。
「キドー兄ちゃんだけじゃ奥に行ったら帰って来れないだろうから付いて行ってやるよ!」」
「え~っと~敵さんが強いなら~治癒術が必要だと思うのでぇ~」
と言って俺の指示を全く聞かなかった。いい子だよホント君達は! 帰ったら存分にハグしてあげよう! たとえ嫌がってもな!
正直かなりの我侭で依頼を続行して、危険度は最初の想定を大きく超えているので心配なのだが……。まあこの一ヶ月、俺も鍛錬を怠らずに強くなる術も磨いてきた。相手が獣を操る力を持った人だと分かっていればいくらかの予想を立ててる事ができるのでなんとかなるとは思うんだけどね。
そして俺の予想が当たっているようなので、あとはこの馬の蹄の後を追えば目標まで辿り着ける。
「じゃああとは作戦通りにな。重要なのは落ち着く事だ。どんなに危機的状態になったとしてもな」
俺たちは人の知恵にて蠢く狼たちの群れの場所へと足を踏み入れていった。
「兄ちゃん……」
「ああ……これは凄いな……」
狼達の気配を察知したジョイが俺に小声で合図を送る。しかしその数が膨大なため俺にもなんとなくわかってしまっていた。二人は耳に手をあて、俺は吸えるだけの限界まで息を吸い込んだ。
「出てこいよ魔獣使い!!!!!! 近くにいるのはわかってるぞ!!!」
なぜ分かるか? それはこいつらが人を襲ってまで秘密にしたかった遺跡の入り口が既に見える場所まで俺たちが来ていたからだ。いくら冒険者を避けていてもそれを発見されて生きて返す訳には行かないはずだからだ。その為には全力を持って事に当たる、そんな予想を俺は立てていた。
数秒の沈黙の後、周囲を取り囲むように狼達が姿を見せ、その中に一人の男が大きな狼に跨って現れた。狼たちの数はパッと見ただけでも四十を超えていそうだった。
「なぜ貴様私の存在に気付いたのだ?」
手足と顔を包帯で巻いたような不気味な男が俺に質問してきた。
「あんたはなかなか几帳面なようだけど、狼までそんな動きを見せれば獣としておかしいって気付くさそりゃ」
ん~ふ~ん、完璧にこなしてみたのが逆効果だったわけだよワトソン君。ジョイが居なきゃ絶対気付かなかったけどね。
「なるほど、猟師を欺くことまで考えて使役をしてはいなかったからな。今後のいい参考になったよ」
男が手を挙げる。
「では、死ね」
男が手を振り下げると、少し離れた位置でこちらを囲んでいた狼たちが一斉にこちらに跳びかかって来た。
「想定通りなんだよマヌケ!」
「「ストーンウォール」」
俺とミミルが三人で固まっていた場所の後方百八十度に石の壁を作り上げる。元からこういうふうに襲ってくるとは予想済みだったのだ。なぜなら複数であることを有効活用するならこれが最善の手であるからだ。人間なんて必ず死角なんて呼ばれる隙ってのがあるもんで、それをつくなら全ての方向から襲いかかるのが手っ取り早く確実なのだ。
これで攻撃は前方だけに集中すればいい。まあそれでも10匹近くが絶賛俺に向かってきてるわけですけどね。なので今回の俺のビックリドッキリの必殺技の出番なわけですよ!
「『ウインドーボール』アクトテン!!」
俺の詠唱と共にファイヤーボールが十個、空中に出現する。ちなみにアクトテンはまったく必要ではなかったけどカッコイイかと思って気分で付け足した。
「はあ!?」
「えぇ!?」
味方のミミルとジョイが驚きの声を後ろで上げている。ストーンウォールを作ったあとは俺がなんとかするとしか言っていなかったのでビックリしたようだ。
魔法を複数同時に出すことはイメージ次第で直ぐに可能だということはわかっていた。しかし目標に飛ばすために一々指定していかなければならなかったので脳内の操作だけではとてもじゃないけど無理だったのでお蔵入りしていた。しかしそこは発想の転換。「飛ばせないなら飛ばさなければいいじゃない」とね。
狼たちは浮かび上がった風の玉にも動じずに俺へと牙を突き立てる為に迫って来た。よく訓練されたワンちゃんだぜ、感心するよ。ただし今回はそれが駄目なんだけどな。
側に近寄った狼達へと浮かび上がった風の玉が次々に飛び出していき、狼達を吹き飛ばしていった。
俺は全部の球に一つの指定を下していた、それは『俺の5メートル以内に入った物へと飛んで行く』である。発動した時から入っているジョイとミミルは対象とはならないが、襲ってきた狼達は見事にそれに引っかかってくれたのだ。もちろん一匹に付き一個ずつ飛ぶようにも設定してある。
「―――!!? 貴様ぁ! なんだそれは!?」
狼達が同時に十匹もやられて動揺したのか魔獣使いが俺に質問を飛ばしてきた。
「何って魔法ですけど?」
ウインドボールの数以上に迫っている狼を拳で打ち据えながら質問に答える。
「そんなウインドボールなぞ見たことも聞いたこともないわ!」
「じゃあ俺の特有の使い方って事になるのかぁ~へぇ~」
いい事聞いたな、オートメーションって名付けるか。後ろから襲えない狼が迂回してきて徐々に前に回ってきているが、俺が拳で、遠目にいるのをジョイがどんどん矢で迎撃していく。いいよいいよジョイ、君は土壇場でこそ本領を発揮するタイプなのかもしれないね。
「まずい!? 集まれお前たち!」
既にかなりの数の狼が動けなくなったのを見て男の側にいた大きめのヤツらを自分の周りに呼び寄せ始める魔獣使い。
「放てぇ!!!」
グレイウルフの上位種が使う『切り裂く風』を5匹ほどがまとめてこちらに放ってくる。見事に統率された狼がその射線上を空けて風の刃が俺に向かってきた。
「『ストーンウォール』アクトスリー!!!」
それを三枚重ねにした石の壁で止めてみせた。強靭さだけなら一級品の俺の壁でも一枚半ほどまで切り裂いていた。これは脅威的だな。
「なんだとぉ!?」
どうやら今のが奥の手かな。
「投降する気はないか? ギフト保持者なんだ死刑にならずに済むかもしれないぞ?」
ギフトの保有率はなんと全員が持っているらしいのだが、発現させることが出来るのは千人で二、三人。さらに使いこなすのがそこから100人に一人。極める事が出来るのが一世代に一人いるかどうかだそうだ。そんな希少なギフト使いならばここまでのことをやったとしても死刑を免れる仮想性がある。といっても人生の大半を無償労働にあてられるだろうけど。
「……ふん。もう勝った気か小僧が」
おや? 既に勝負は見えてると思うんだけど……。
「来い! ゴリアス!」
その呼び声に答えるように地面を揺らす轟音がこちらへと向かってくる。
「でけぇ……」
「うそぉ……」
「なんだよアレ……」
現れたそれは、一見は二足四腕の変わった成りをしているが牙の生えたゴリラだった。問題はその巨体が八メートルを超えるほどあったことだ。
ヤバい。これは俺一人でも勝てるかどうか疑わしいのに、今はジョイとミミルがいる。
「ハハハハハハ! 貴様が奥の手を持つように私にも当然切り札は用意してあるのよ! さあここからがほん―――」
おそらく俺の苦々しい表情にいい気分になった魔獣使いの語りが最後まで言い終わる前に―――。
「ぐぎゃあああああああああ」
ゴリラが森の彼方に吹っ飛ばされた。
「「「「は?」」」」
その場にいた全員が呆気に取られてしまった。
「見つけた。ついに見つけたぞルド・バリアック!!!!」
静まり返った場に響いたその声の主は純白に輝く大狼に跨った幼い少女だった。
張り詰めタァ↑―弓ノォ↓ー