第七話 いっぱいイッパイ
早速ジーニーさんからの依頼を、ジョイとミミルに説明し、準備を始める。山や森に入る予定だと分かると、その準備の良さは俺なんかよりも、二人のほうが実に手馴れたものだった。
準備も整い、次の日には鉄鉱所の近くにある、ウィンストンという村へと出発した。今回の依頼は初めて、数日間かかるであろう依頼だったので、フィリーにはお留守番してもらうことにした。子供たちだけとわかれば、スラム街にあるあの家が、ゴロツキに襲われないとも限らない。前の状態ならあまり心配はいらないが、改修が進んだ今ではそれなりに良い見栄えになってきたので、危険性は大いにある。
食料なんかの買い出しはマリナさんにお願いしておいた。これから情報ギルドには大いに協力していく所存を伝えると、快く引き受けてくれた。どう考えても武具屋での働きより、情報ギルドへの献身度の方が上回っている気がするが、大丈夫なんだろうか……。
留守番についてフィリーは猛然と不満をブー垂れていた。
「そんな面白そうな事に私を置いていくの!?」
俺とトウカによる懸命の説得によって、なんとか納得してもらったが、代わりに一個3ディクスもする特別性の飴を一袋も買う約束をするはめになってしまった。そして俺は見た……その約束を交わした一瞬に、フィリーの見せた、してやったり顔を。実に悪そうな顔だった。まさか一時間に及ぶ抗議は、飴を買わすための策略だったのか? まさに計画通りに運ばれた事に気づいたが、既に時遅しである。
ウィンストンはブローナスから北にある山岳地帯の手前にあり、歩いて三日といった距離だ。当然そんなに時間をかけたくない俺は、馬を一頭レンタルしてミミルとジョイを乗せて走らせる。もちろん俺は自分で走りましたとも。そして更に早く、かつ効率的にするため俺と馬には『ウインドコート』の魔法を、常時かけながら進んでいった。
魔法はその単語の組み合わせで効果が決まり、ボールシリーズのようにほぼ属性通りの結果が生み出されるものもあるのだが、ものによってはその効果が違ってきたりするものがある。たとえばコートシリーズの効果はちょっと他とは変わっている。火と水はそのまんま包むのだが、ウインドはその対象に風で包んで軽くし、ストーンコートは石で包むことはないが、その対象を若干硬くし、重くする効果を発揮する。ライトコートについてはミミルに聞くとなんでもほんのり光る膜ができて闇への耐性がつくとかなんとか。闇の属性は気配を薄くできるらしい。
つまりウインドコートをかけることによって俺と馬さんは、より軽快に、より疲れずに走ることが可能なのだ。
道のりを順調に進み、無事ウィンストンにたどり着く。なんだかジョイとミミルが道中口数が凄く少なかったが、馬は苦手だったんだろうか?
「…………キドーって凄く強い人じゃなくて、化物って呼ばれるような人だったんですね」
「え? なんで?」
ずっと走り続けてはいたが、ウインドコートをかけた状態の一端の冒険者なら不自然ではなかったはずだが。休憩も挟みながら走ったし、これぐらい走れるやつはいるはずなのだが。
「これだけ長い時間、ウインドコートを維持できる魔力量を持った人なんて居るもんなんですねぇ…………」
「あ」
しまった。魔法に関しては大した才能もないので忘れがちだが、魔力量に関しては尋常でない量が保有している事は把握していた。なにせ今までどれだけ使い込んでも、今だに底を感じたことすらないからな。魔力はその消費量にしたがって、倦怠感とか精神的鬱屈感が現れ出すらしいけど、道中魔法を使い続けてきた今も、そんなのは毛ほども感じない。
「ごめん、これも黙っといてね」
すでに二人には、俺が強さをなるべく隠したい旨は伝えてあるので、これも口止めしておこう。
「こんな話しても誰も信じてくれませんよぅ」
そこまで荒唐無稽なキャラなのか俺は? 凄いというのは流石に実感できているのだが、どこまで上なのかは今だにさっぱりだ。
さてとりあえず村人達や鉱夫の人に話でも聞いて回りますか。
朝早くに出発し、ウィンストンにはお昼前に到着しており、そこから始めた聞き込み捜査も無事に終了。少し遅いお昼ご飯を、ジョイとミミルと食べながら情報をまとめる作業に入った。俺はまだ、あまり常識的とはいえない。この世界の知識量はまだまだ乏しいので、一人で情報から何かを導き出しても、間違いとか勘違いが起こる可能性が高いので、秘密にしたい事柄以外は、常に誰かに聞いてもらうようにしていた。情報の価値もあがるし、俺の足りてない常識も埋まっていって一石二鳥なのだ。
「まず分かった事は、対象はグレイウルフという狼種の魔獣で、坑道へと近づく、もしくはその方向に近い山道を歩いている時に襲われることがほとんどらしい」
坑道付近の地図を広げて過去に襲われた場所に印を書いていく。
「かなり分かりやすいね」
「一目瞭然ですぅ~」
その襲われた場所の印を見れば大体どのあたりがグレイウルフ達の生息圏なのかは誰にでもわかるくらいわかり易かった。
「ジーニさんは単なる大量発生だと思っていたらしく、俺らの前に出した依頼は五匹倒したら千五百ディクス。追加でも倒せば二百ディクスづつ報酬を出す、なんていう形をとることで、その数を減らそうとしたらしい」
「結局それで何匹減ったの?」
「一回目こそ七匹討伐出来たらしいけど、それ以降のチームは三日かけて三匹が関の山だったらしい」
傾斜のきつい山にある森で、四足獣と追いかけっこしても捕まえられるはずもない。
「最初の被害から学習したんですかねぇ~すっごく賢いワンちゃんなんでしょうか?」
狼ですよミミルさん。
「冒険者もその用心深さを警戒して、森の奥にまでは足を踏み入れてはいないそうだ」
グレイウルフはかなりの群れを成す種族で、過去最大記録では百二十五匹とぶち当たってしまった冒険者がいるそうだ。しかもこいつらは歳を重ねていくと、魔法に近い力を駆使する物が現れるらしく、数と魔法なんていう厄介な合わせ技を持っている。
「冒険者の鉄則に『群れとは正面から当たってはいけない。当たるなら用意周到な準備をしてからにせよ』なんてものがあるくらいだしな」
何やら思うところがあるのかジョイが椅子を後ろに傾けながら空を見出した。
「でも~わたしたちの~任務って壊滅なんですよね~?」
ああなんだかミミルと会話すると力が抜けるな。
「こんな状況じゃかなり難しいのは分かってる。だからこその高額支払いだ」
グレイウルフは単体ではそこまでの脅威ではない。普通のやつが数匹相手でもやりようによってはジョイ一人でなんとかなるだろう。魔法を使う強化型でもジョイとミミルならなんとか勝てるそうだ。15歳の駆け出しでもなんとかなる程度の魔獣なのだが、今回の依頼報酬はなんと三万ディクス。通常のグレイウルフ討伐に比べればおよそ十倍近い。
なんでも既に鉄鉱所は二十日ほど稼動しておらず、そのための損害はすでに二十万ディクスを超えているという。今はなんとか在庫を売りさばいて販売契約は保たれているが、もしも足りなくなり、その信用を失うような事があれば以前のお家没落騒動の二の舞になりかねない。つまりボライアズ家にとっては早急に片を付けたい案件なのだ。もう一週間この状況が続けば、同じような条件で高ランクの冒険者に依頼するつもりだったらしい。
「明日の明朝から森に入り、この襲われた辺りを捜索して、群れまたは巣を見つけ出す。最終的に全滅させられなくてもボスを仕留める事ができれば、ここから追い出すことは可能なはずだ。もし見つからななくても、暗くなる前には撤退して、この村まで帰ってくる。この人数で夜中にグレイウルフとやり合うなんてのは御免被りたいからね」
俺一人ならまだいいが、二人を庇いながらとなると絶対の保障が出来ない限りは、無理はしたくはない。
「なかなかしんどそうだな~」
「ええぇ~わたし体力には全然自信ないですよ~?」
「それに問題に対してもちゃんと用意はしてあるから大丈夫だよ。なので探索は明日からだな」
「「了解」」
ああ素直。本当に助かるよこの子達は。
「兄ちゃん一ついい?」
「なんだジョイ? 今晩の飯でも気になるか?」
「ちげぇよ。明日の探索っておれのスキル便りなんだよな」
「ああ、ジョイの探知力があったからこそ受けた仕事だからな」
「おれが便り……ヌフフフフ……からこそとか……ムフッムフフフ」
なんだかジョイが気持ち悪い笑みをこぼし出した。
「ジョイくんとわたしは~今まで利用されてもぉ~頼られることなんてぇ~なかったからね~」
ああなるほど。しかし俺から言わせれば頼らないでどうすると物申したい。ジョイの探知力はもちろんのこと、ミミルの神官として学んでいる薬学の知識はなかなかの物だ。小さい頃に魔法の才能を見初められて神殿に仕えて以来、今まで勉強してきたから当然と言っていたけど、それでも凄いのは凄い。おまけに光属性の治癒術も使え、ファイヤーボールやストーンウォールなんてもの習得している。ジョイの身体能力もほとんどが平均以下ではなく、その身軽さにおいては体操選手並のものだった。今まで散々この二人を利用してきたのは、大したこと無い奴らばかりだったんだろうが、利用するよりチームとして引き入れた方がよっぽどお得だったと思うんだが。
世の中見る目の無い奴が多いもんなんだな。
「頼り頼られてこそチームだぜ!」
親指を立ててドヤ顔で決めてみたが、それを見た二人は盛大に吹き出し、しばらく笑いが止まらなかった。
あれれ~? かっこ良く決めたつもりだったんだけどな~。
次の日は予定通りまだ明るくなり始めた頃に出発。ちなみに俺は武具の類はカバンに詰めて運んで、村を出てから装着した。もちろん怪しいマスク付きで。正体を隠すならやはり徹底的にね。
「ほんと変わってるね~キドー兄ちゃんって」
褒めんなよ恥ずかしい。
一番最近にウルフが目撃された場所へと向かい、そこからジョイに任せて痕跡を追っていく。なるべく気づかれないように忍んでの移動だったが、速度はそれなりの速さを保って歩を進める。一時間もしないくらいで、ミミルが山の高配に根を上げていたが、あらかじめ疲労回復薬を混ぜた水筒を渡してあり。休憩の度にそれを飲ませることでなんとか耐えて貰った。
というか冒険者稼業してて、その持久力のなさはどうなのよ?
「結構な数がいんのかもしれない」
痕跡を追っているなかで狼の気配を遠目に感じる事が度々あったようだ。
「もしやばそうな数に出くわしたら、俺が時間稼ぎはするから一目散に逃げろよ」
「もちろんそうするよ」
あれ? そこは仲間を置いて逃げられるかって台詞を期待していたんですけど。
「俺の数倍は強い人の心配なんかするわけないだろ」
探索を開始して六時間が経過した。
「なあジョイ…………俺さすっごく嫌な事が思いつきそうなんだけどさ」
「気が合うね兄ちゃん……おれも実は、さっきからそんな気持ちが浮かんできてた」
苦虫を噛み潰したような顔になる。正直頭痛がしてきそうだった。
それはなぜかというと、これだけ探索したのにグレイウルフの気配を感じれても、その姿を見ることは一回もなく、それでも巣と思わしき場所まで辿り着いてはいたのだ。なぜか三箇所も。野生に生きる魔獣が巣を転々としている? いやいや、ここに来る前に冒険者ギルドにあった魔獣図鑑にはそんなこと書いていませんでしたよ。
近づくと消え、有り得ない行動をしているのに縄張りに入る鉱夫だけを襲う? ……盛大な違和感しか感じないですよ。
「そういや昨日会った人で、討伐に付き添った村人に聞いた事を今思い出したんだけど、なんでも「狼の群れにかち合った時、狼たちは一斉に違う方向に逃げた」らしいぜ」
「……決まって欲しくないけど決まりだな」
普通逃げるなら同じ方向に全員で逃げる。だが違う方向に逃げて見せればどれを追えばいいか迷ってしまい。結局追いつけなくなってしまう。
つまり狼は危険を犯してまで逃げきる事を優先したわけだ。……ねえよ。有り得ないだろ、獣が本能を置き去りにした行動を取るとか。
本能を抑えこむ事が出来る力は世界でたった一つ『理性』だ。そしてそれを持ち合わせているのは――――。
「人間相手は想定外にもほどがあるぜ……確か魔獣使役は『ギフト』保持者が可能に出来たっけか……。これは三万ディクスでも安かったかもしれないな…………」
神様からの加護であり、贈り物。極めることが出来れば、神の起こす奇跡に匹敵する大いなる力『ギフト』。そんなありがたい力をこんな事に使う奴を相手にしなきゃいけないとはね。
燃えてきた。




