1.ソンザイノキキ
カンカンカンカン
踏切の音が遠くに聴こえる
カンカーン、カカン
崩れそうな部屋へと続く階段が、踏切の警告音と重なり自己主張する
崩れないよな?
いつもなら気にもしない、古いアパートの階段
今日は気になるのは、あの占い師の女のせいだ
いつもの飲み会だった
大学時代からの友人と三人
一軒、二軒と飲み歩き、三軒目に……
その占い師はいた
いかにもな格好ーーベールを頭から被り、顔半分を隠した、ゴスロリ……
店員に案内され席に着く
とりあえずナマ!
とそれぞれ軽めの摘まめるものを頼む
かしこまりました~と店員がテーブルを離れると、ふらりとあの女はこちらに近付き、友人の一人にこう言った
「あなた、水難の相がでているわ」
そして、もう一人には
「あなた……やだ……女難の相が」
と、頬に手を当てそう言った
「そしてあなたは……存在の危機ね、まあ、イロイロ頑張ってみて」
ふふふ、と軽やかに笑う
「あと、コレお願いね」
テーブルにプラスチックの板が投げられた
それには、御通し、生ビール、何々……伝票だった
占い師の女は、スルスルと店の外へ
友人の一人が、慌てて後を追おうと立ち上がる
ガタン!
タイミングが悪かった
いや、あの占い師の女にはタイミングが良かった
丁度、店員が生ビールのジョッキを抱えてその側を通っていたのだ
パシャリと、友人は頭から生ビールを被った
「コレガ……モシカシテ……スイナン……?」
ボー然と呟く友人
平謝りする店員、店の奥からタオルを持って駆け寄る店員
友人の周りにわらわらと店員が集まる
隣のもう一人の友人は大笑いしていた
一緒に笑おうとしたが、何故か笑えなかった
コレは、占いが当たったことになるのだろうか?
不安になって隣の友人に
「お前は大丈夫なのかよ?」
と聞いてみた
「ああん?何が?」
「女難の相……」
「大丈夫だって……お、メール?」
どうやら彼女からのメールらしい。
何ともタイミングが……
「彼女、アケミさんだったか?」
「アケミ?ミッタンだよ、メール。アケミは三人前の彼女だろ?」
だろ?と言われても困るのだが
「ミッタンは前の彼女だな、今はミッシェルさんと付き合ってる」
一言で美形、いわゆる文武両道、資産家一族、コレで人当たりも良い
まぁ、女性が興味を持たないはずがない物件か……うらやましいも、妬ましいも通り越して、ただ呆れる
ビールを被った友人は、何やら女性店員(ビールをかけた張本人)から紙を渡され、何度も頷いている
お詫びに割引か、無料のチケットか何かを貰ったのかもしれない
茶封筒のようなものも渡されていたから、あれはクリーニング代か
ビールがよほど冷えていたのか、友人は顔色どころか、唇まで真っ青にして『今日はもう帰る……』と
気が付くともう一人の友人もいない。
つまりここの払い(+あの占い師の女の伝票)はオレか!
カンっ!
思い出したらまた腹が立ってきた。
階段の音が高くなる
気が付くと部屋の前にいた。
急にあの女占い師の言葉が頭を過る
ポケットから鍵を取り出し……え、え?鍵がない!?
服のあちこち身体の至る所を確認するが、ヤハリナイ
ワンチャンス!と思いドアノブに手を伸ばすも、いや確かにカギはかけたと思い出す
かちゃん
錆びた音とともに、ドアがぴょこっと浮き出した
「部屋の前で、何をしてるの?」
女の声……それもあの占い師!?
ベールにゴスロリ姿がドアの向こうにいた。
何故、自分の部屋に?
「少~し、鍵を拝借したので」
「拝借?」
「はい、あの居酒屋で」
「いつどうやって!?」
「そこは飯のタネ、手品です」
「何で、俺の部屋を知っている!?」
「もうそう怒鳴らないでくださいよ、深夜ですよ、ご近所迷惑ですよ」
「いいから、なんで!?」
「しぃ~~~っ!簡単ですよ、あのビールを被った友人に教えて貰いましたから」
鼻先に人差し指を立て、占い師はにゃりと笑ってそう言った
「へ、あいつから?それより何をしに来た?」
「やっとその質問ですか、少しお酒の飲み過ぎですね」
後ろ手で部屋のドアを閉めると、占い師はグイっと一歩近付いてきた
顔が近い
「逃げても構いません。結果は変わりませんから。ところで、あなた!妹さんいますよね?何時から会ってません?最近連絡しました?ああ、分かってます分かってます。ずーッと会ってもいないし連絡もしてない」
有無を言わさぬ迫力に、無言でうなずく
妹の件は事実だからだ。
「妹さんお亡くなりになりましたよ、自殺です。失恋が原因です。相当ひどい振られ方をしたみたいですね、精神的に病まれて……」
「ば、馬鹿な……何の連絡も……」
「ご家族もあなたに連絡しようとしてましたが、ある理由から辞めたようです」
「理由?」
「あなた、あの人の友人ですよね?」
「あの人?」
「女難の相の友人」
「……あぁ」
「妹さんの元カレです」
「!?」
「あなたを呼ぶと、あなたもあの友人も来てしまうでしょう?あの友人にツナガル原因のあなた、顔を合わせれば責めずにいられない、『アイツハドウセナニモシラナイダロウガ……ソレガナオユルセナイ』ですって」
何も言えなかった
何も考えたくなかった
「だめです、そういう逃げ方は許しません」
そう言うと、女占い師は足元に何かを投げた。
鈍く光るナイフ
「私たちは、あの男に復讐しようと思ってます。あれ、あの飲み屋の店員さん、彼女も被害者で協力者です。消極的協力者だったんですけど、あの場で当人が、彼女に気付けなかったのがビールをかけた契機ですね。もう一人の友人には悪いことをしましたねぇ。彼のほうが彼女に気付いちゃうんですもの、しっかり口止めはしときました」
口止めは完璧です!彼は絶対にもう喋ることはないでしょう、ところころと女は笑う
冷え冷えと蒼くナイフが光る・
仕切り直すように女は、短くため息を一つ着いた
「そのナイフで、私たちの協力者になるか、そのナイフで妹さんにまずあなたが詫びるか選んでください」
ナイフの蒼さが深くなる
耳の奥がジーと鳴る
また踏切の音が聞こえてきた
カンカンカンカン
「さぁ、ご決断を!」
「……」
「決断できませんか?ならもう少しお助けを、あなた、伯父さんになり損ねたようですよ?」
女占い師が、ベールに隠れても分かるほどにゃりと笑った
手が自然とナイフに伸びたーー
踏切の音はもう聞こえない




