五十話「十回目にして初めて二十歳になりました」【完】
あと半時足らずで、私はいよいよ二十歳の誕生日を迎える。魔女の呪いは、十年前に魅了魔石が砕けたと同時に解けた──とはいえ、十九年と三百六十四日目の夜に、過去九回とも命を落とした。十回目を目前としている今、どことなく緊張していた。
「ティア。しばらく手を握っていようか?」
椅子に腰かけぼーっとしていたところ、隣の寝室で休んでいたはずの王太子が部屋に入ってきた。王太子と王太子妃の部屋は、隣同士だが繋がっているので、自由に行き来できるようになっている。
「先に寝てていいって言ったのに、起きてたの?」
「せっかく一緒にいられるようになったのに、先に寝るなんて勿体ない」
うっすら目の下に隈ができているというのに、そんな顔で言われても心配になるだけだ。立て続けに城内でトラブルがあり、その対処に追われていた。
「昨夜も遅かったのに……大丈夫?」
「二十歳を祝ってから一緒に寝るから大丈夫」
無理にでもベッドに寝かせたいところだけれど、王太子はまったく無関係というわけではないので一緒に待つことにした。
「ところで、僕の手を握っててくれる?」
「仕方ないな」
手を握るために私のベッドに移動し、並んで腰かけた。私よりも骨ばった掌には、豆が潰れた痕がある。ぎゅっと握ると、王太子も握り返してくれた。心なしか震えている気がした。
「私より、アルディの方が緊張してない?」
「そりゃあね。呪いは解けたと言っても、日付が変わるまでは……」
「……実は、私もそうだったんだ。だから起きてた」
「……うん。傍にいる」
「ありがとう」
それからは、他愛ない会話を繰り広げた。一歳になった双子のエレノアとレイノールが、歩いたことや、発した言葉、玩具の取り合いで喧嘩をしたことなど、王太子はうんうんと耳を傾けていた。
そしてしばらくして、カーン、カーン、カーン……と午前零時を告げる鐘の音が微かに耳に届いた。耳を澄まさないと聴こえない。大聖堂で鳴らしている鐘だ。十回目にして、ようやく鐘の音が聴こえているんだ。二十歳を告げる鐘の音が鳴り響いているのに、私の心臓はいつもと変わらず鼓動を打っている。生きている。
「エリスティア……?」
隣から心配そうに顔を覗かれた。菫色の瞳が不安そうに揺らいでいる。今のところは、異変を感じないし問題なさそうだ。
「ねえ……アルディ」
「うん」
「わ、私、生きてる……よね? それとも、都合のいい夢でも見てる?」
思わず質問してしまった。そんな私に王太子は、間髪をいれずに答えてくれた。
「夢じゃない。現実だ」
「そっか……そっか……」
少し経とうとも、呼吸できている。聖女セラフィナの言うように、私の呪いは完全に解けたんだ。とうとう解けたんだ。
「二十歳……おめでとう」
「アルディ。もしかして……泣いてるの?」
王太子の頬を、一筋の涙が伝い落ちる瞬間を目撃してしまった。見て見ぬ振りできなかった。
「……泣いてない」
「ふうん」
王太子や前世の彼たちは、こんな風に私の目から隠れるようにして、静かに涙を流してきたんだろうか。一人で耐えていたんだろうか。
その姿を想像しただけで、心臓がぎゅっと締めつけられたかのように痛くなる。苦しくなる。こんな感情が、私にもあることを初めて知った。
なにかしてあげたくなって、私の服の袖で拭ってみたけれど、拭っても拭っても溢れる涙がとまることはなかった。
それからしばらくして、遠くからはまたカーンカーンと鳴り響いていた。深夜一時を告げる鐘の音だ。あっという間に一時間も経っていた。
ようやく落ち着いたらしく、目元を赤くした王太子は、照れくさそうにその場に立ち上がった。
「……さて。そろそろ部屋に戻ろうかな」
私に泣き顔を見られてしまったので、もしかすると格好悪いと思い込んでいるのかも。年上だからか、子どもの頃からなにかと格好つけようとしてくる。そのままでいいのにね。
でも、このまま別々に眠るつもりはない。
「私を置いて行くの?」
「……ティア」
歩こうとしていた彼の腕を掴んだ。王太子のベッドより私のベッドは一回り小さいけれど、大人が二人いても余裕で寝られる広さだ。
「ねえ、向こうに戻っちゃうの? 一人は嫌なのに……」
「も……戻らない! ここにいる!」
「今日は、私が起きるまでずっと傍にいること。約束できる?」
「当然、できる!」
王太子はまた私のベッドに腰かけた。引き留めることに見事成功した。
ほっとしたからか、眠気が一気に襲ってくる。瞼を上げていられなくなる。限界だ。
「もう眠いので寝ます……。おやすみなさい、アルディオン……」
「ああ。おやすみ、エリスティア」
彼は、私の額にそっと口づけしてくれた。手を繋いだまま眠りについた。
***
「その料理は向こうで。それはそっちで」
初めて迎えた二十回目の誕生日──午前中。シルヴァーフォード城で生誕パーティーを開くというので、王太子とシシリーが率先して準備していた。
大広間に設置された細長いテーブルには、柔らかい白パンにローストビーフ、チキンの丸焼き、ミートパイなど、定番の料理がどんどん運ばれてくる。
本日の招待客は、私と面識のある二百名程度だという。王太子が秘密裏に案内状を出していたらしく、オッペンハイム三兄弟を筆頭に、村長の長男夫婦とその子ども、裏手の奥方とその夫、好青年に成長した村の元子どもたち、聖女セラフィナの家族も出席すると聞いた。
盛大に祝われた経験が、それほどないので不思議な気分だけれど、私のために王都まで会いにきてくれるのは素直に嬉しい。精一杯おもてなしするためにも、率先して手伝おうとしたところ、気が散るので座っていてくださいと炊事場から追い出されてしまった。一応、王太子妃なのに……。
会場でぼーっとしながら、てきぱき働く人々を眺めていたところ、双子のエレノアとレイノールを連れた乳母がやってきた。顔には疲労感が漂っていた。
「また困らせたの?」
「い、いいえ。ただ王女様も、王子様も体力があるので……ああ、危ないので走らないでください!!」
広々とした会場に興奮した様子で追いかけっこを始めたので、乳母も慌てて走り出す。
三人いる乳母には日々助けられていた。私一人で双子を相手にしていれば、今頃は倒れていたに違いない。弟妹の世話には慣れていても、乳児二人を同時に面倒見ることはなかった。しかも、誰に似たのか好奇心旺盛で活発な男女だ。
私は椅子から立ち上がると、その椅子を乳母に勧めた。最初は、畏まって座ってもらえなかったものの、使用人に温かい飲み物を用意させ、それを乳母に手渡したところ、観念して座ってくれた。のんびりとした様子でお茶を啜っている。
「ノア、レイ。こっちにおいで。お母さんが、魔法を見せてあげるよ」
「まほー?」
「まほー!」
「うん。あそこを見てて」
走り回っていたエレノアとレイノールに声をかけると、興味津々といった様子で戻ってきた。そして、私が指差した方向に、菫色の大きな瞳を輝かせて注目している。
城内では、転移魔法など消費魔力の激しいものは防犯の都合で制限されており発動しないが、水を出すくらいなら可能だ。水の玉を宙に浮かせ、邪魔にならないよう会場の天井付近で分裂させたり、一つの大きな塊にしたり、小さめの水疱にしたりと自由自在に形を変えてみせたところ、きゃきゃと笑いながら喜んでくれた。
二人の前で披露したのは初めてだ。水魔法は幼児にも受けがいいらしい。オーガストがいれば、子どもの体を風で浮かせることも考えられたが、まだ会場にいないので、私の専門である水を好きになってもらうことにした。
「まほー!」
「まーほー!」
「お外ならもっと遊べるよ。どうする?」
「いくー!」
「あしょぶー!」
「じゃあ行こうか」
乳母も椅子から立ち上がろうとしたが、大丈夫だからと屋内で休んでもらい、私は水魔法を駆使しながら双子と外で遊ぶことにした。
*
草花の生い茂る中庭にて、一時間ほど水を撒いて遊んでいた私たちのもとへ、王太子が足早に近づいてくる。
「ティア。ここにいたのか」
「うん。屋内だと、派手に水は使えないからね」
虹が見たいと言うので挑戦していた。体調を崩させたいわけではないので、子どもの体が濡れるようなことはしていない。村の子たちにやったような本格的な水遊びは、双子がもう少し大きくなり、本格的な夏になってから挑戦するつもりだ。
「おいで、エレノア、レイノール。お昼ご飯の準備ができたよ」
「ごあんー?」
「ごあん、ごあん、ごあん!!」
私に似たのか『ご飯』と耳にしただけで大興奮した二人は、真っ先に王太子のもとまで駆け寄った。腕を伸ばして抱っこをせがんでいる。王太子は、左右の腕で一人ずつ抱きかかえた。
「大丈夫? 一人、私が抱っこしようか?」
「問題ない」
王太子の両脇に抱えられた双子は、左右交互に揺らされているだけだというのに、きゃっきゃと楽しそうに騒いでいる。私には筋力がないので真似できない。やってほしいと頼まれると困ってしまうが、そういう場合はどこからともなくササッと現れるので、父親に任せている。
四人で仲良く屋内に戻ると、会場である大広間には、見知った面々が勢揃いしていた。オッペンハイム三兄弟とその妻子、アルベルトとエイミー一家、村長や村民たち、聖女セラフィナとその家族、エリーゼとルシフェルなど数えきれないほどだ。市場でよく声をかけてくれる夫人もいる。
私をひと目見るなり近づき、祝いの言葉と手土産を受け取る。山のように受け取るので、エレノアとレイノールは興奮していた。
賑やかで充実した二十回目の誕生日を、思う存分堪能した。思い出に残る最高な一日になった。
*****
笑顔で迎えた二十歳の誕生日から、二年の月日が過ぎようとしていた。三つになったエレノアとレイノールの成長が日々目まぐるしく、驚かされることばかりだ。
すらすら喋られるようになったし、私や父親である王太子の言うことを正確に理解し、別の提案をしたり拒絶をしたり、三歳だというのに自己主張がはっきりしていて大人顔負けだ。小さな体だというのに宿した魔力はどんどん増えているらしく、オーガストは近年稀に見る逸材ではないかと興奮していた。
ある程度の魔力を持って生まれた子どもは一定の年齢になると、神殿に召集されてどの精霊に好かれているのか調べることになる。双子は、まだ三歳なのでその段階ではないけれど、複数の精霊と契約できるのではないかと周囲からは期待されている。
「エレノア」
「レイノール」
私と王太子が、名前を呼びながら手招きすれば、エントランスホールでボール遊びをしていた双子は、笑顔で走ってくる。
「なあに? ぱぱ!」
「よんだ? まま!」
「今から外に出て、僕とママで水魔法を使うから、よく見てること」
そう告げたところ、二人とも不満そうな表情をして見せた。
「ノアもやりたいー!」
「ぼくもぼくも!」
「え、できるの……!?」
「できるよー!」
「ぼくもー!」
エレノアもレイノールも、精霊とはまだ契約していない。神殿へ連れて行くのは、来年はどうかと相談している最中だった。それなのに、できると言い出した。
「ぱぱ、まま。お水だしてくれる?」
「だしてだしてだしてー!」
「う、うん。いいよ」
「ほら」
娘に頼まれたので同時に呼び出したところ、私たちに応じた精霊だというのに、自分の魔力を差し出して水の威力をいきなり上げてしまった。エレノアだけではない、レイノールもだ。私と王太子は目を見合わせた。本来ならばありえない。でも、血縁者ゆえに魔力の性質が似ているのか、上手い具合に水を降らせている。
「あ……アルディ……。うちの子は、もしかしたら……」
「天才かもしれない……!」
珍しく意見が合致した。
前代未聞なので、今後どうするべきか話し合う必要があるけれど、楽しみでもあった。
もう魔女の名前も、昔の自分の名前も、過去すらも薄っすら思い出せなくなっているけれど、これからは元気すぎる双子と、ともに運命を乗り越えた王太子がいるので心強い。
「こんなのも、できるよー」
「ぼくもー」
わずか三歳だというのに、大きな水の塊を作り始めた。私も王太子も、双子には圧倒されっぱなしだ。子どもたちの成長を、こうしていつまでも、王太子と一喜一憂しながら見守っていけたらいいなと思った。
──完──
読んでくださりありがとうございました!
予定よりも10日ほど遅れてしまいましたが、目標だった50話書ききりました。
初めて番外編を含まず、本編だけで15万文字達成できました。
漫画でもアニメでもなんでも、はまってしまうと二次創作ばかりになって一次がまっっっったくできなくなる人間なので、5年ぶりに一次が楽しい今はいっぱい書きたいです。
今までは、最後まで書いてから推敲を重ねて投稿していたのですが、今回と、アルファポリスからの転載作品である「幼馴染みが描いた悪役令嬢ものの世界に「メイド」として転生したので、6年後の断罪イベントをどうにか回避したい」は、連載という形で毎日書いては推敲して更新していました。
後日、読み返した私が羞恥心に顔を真っ赤にしながら手直しするかもしれませんが、とりあえず終わったのでほっとしてます。
この一話書いて一話推敲という手法で100万文字目指したいですが、構想もプロットもなにもない段階なので、いつか挑戦できたらなぁ……。
続きも一応考えてはいるのですが、まだ構想が固まっていないので、そのうち書けましたら……。
ではでは、リアクションや評価、ブクマ、そしてここまでお付き合い下さりありがとうございました!!!!!




