三十五話「王妃と聖女が現れました!?」
王太子がいきなり振り向くと、いつの間に現れたのかオーガストが何食わぬ顔で立っていた。
「いつ来たの? 兄さん」
「少し前だ」
もしも最初からいたのであれば、王太子にだけ異様に短気なオーガストのことだ。切りかかって妨害するので、嘘ではないのだろう。
「それで、オッペンハイム卿。どうなんだ? 妹をこの村に留めるためだけに、雲を風で飛ばして雨が降らないように仕組んだ……どうだ?」
少しだけ視線が上にあるオーガストを、王太子は菫色の瞳で睨みつけている。この二人が仲違いをやめる日は、永遠にこないんじゃないかとすら思えてくる。
私が二歳の頃は、ここまで酷くはなかった……いや、婚約者に指名された日から、なにかとぎくしゃくするようになった。どちらも長男で二歳差と年齢も近く、なにかと比較対象にされてきたのでお互いに面白くないのかもしれない。同い年のエルンストと王太子がいがみ合っている姿は見たことがない。
「……さあ、なんのことか、さっぱりわかりませんね」
オーガストは、フンと鼻を鳴らして背中を向けた。相手は王太子だというのに、相変わらずだ。私が咎めても、オーガストは変わらない。
「で……でも、兄さんは、途中で私に協力して、水を広範囲に降らせてくれたけど?」
「そんなの、妹に尊敬されたいからに決まってる。それに、力を使い過ぎてキミが倒れてしまったら、それこそ本末転倒だからな」
王太子の見解を耳にしても、オーガストはなにも答えなかった。
「アルディオン様。話はもういいでしょう? 妹を連れて行きます」
「ま、待て! まだ終わっていない!」
「兄さん」
オーガストは、私の肩に手を添え、王太子のもとから強制的に引き離そうと動いた。オーガストに見つかってしまった以上、話し合いは切り上げるつもりでいたけれど、いきなり介入されたので、王太子はあからさまにムッとしている。足早に追いかけてくる。
「疲れたので明日にしてください。あと、王妃が物凄い形相で探していましたよ?」
「…………わかった」
ところが王太子は、オーガストの口から『王妃』と飛び出た途端、歩みをとめてしまった。先ほどまでとは異なり、額に汗を浮かべている。王妃絡みで、なにか困ったことでもあったのだろうか。気になった。
「……アルディオン様?」
私が声をかけると、王太子と視線が合った。けれど、歩み寄ろうとした私を阻止したのは、背後にいるオーガストだ。
「行こう、エリスティア」
「で、でも……」
「王太子なら、心配いらない」
「…………そうだね」
引っかかったものの、オーガストに連れられ王太子と別れた。
***
一夜明けた翌日。都心部の喧騒とは無縁で、落ち着いて過ごすことのできる北方の農村地帯に滞在中だというのに、今日はなぜか目覚めて早々胸騒ぎがしていた。
朝になると、外から聞こえるはずの人の話し声や、子どもの笑い声が一切聞こえないからだろうか。異様に静かすぎる。こっそり中庭に出て外の様子を偵察すると、案の定、村人は一人も歩いていなかった。その代わりに、王都でよく目にする兵士の姿がちらほらあった。誰か探しているのだろう。
着替えて寝室を出ると、すでにエリーゼとルシフェルは身支度を整えて椅子に腰かけていた。
「おはよう、エリーゼ。ルシフェル」
「お嬢様……おはようございます。今日はいつもより早いですね」
「おはよう、エリスティア」
「うん。たまたま目が覚めたんだ。時間が勿体ないから、軽く散歩にでも出かけようかなァ……」
見慣れぬ兵士に怯えていないだろうか。村人の様子が心配になった。狙いは私ではなく、王太子だ。この村を選ばなければ、兵士が巡回するようなこともなかった。
「それなら、私も一緒に行きます」
「右に同じく」
なんの目的でいるのか探るためにも家を出ると、普段は王都のいたるところで常駐しているような兵士が一人、二人、三人……と歩いていた。ここは王都からだいぶ離れた北方にある村だ。見慣れない兵士がいるため、村人は警戒して誰一人として散歩していない。
エリーゼとルシフェルを伴い堂々と歩いていると、早速、こちらを胡乱な目つきで一瞥した兵士は、傍にいた同僚にひそひそと耳打ちをした。一言、二言交わしてから、無表情だったのにぱっと満面の笑みを浮かべた。ここから一部始終を見ていたというのに、よくやるなァと感心しそうになった。その表情一つで、誰の指示で動いているのか瞬時に把握してしまった。
「オッペンハイム公爵令嬢では?」
「本当だ! お久しぶりです!」
二人揃って駆け寄ってくる。親し気な雰囲気を前面に出されているが、何度か挨拶されたことがある程度で、この二人の名前を知らない。どちらも二十代前半だろう。
「朝早くから、こんなところでなにをしているの?」
「もちろん、王太子の護衛ですよ」
「ええ、護衛です!」
王太子の護衛だと言い張っているが、本物の護衛ならば側近とその部下がいるし、そもそも村の内部を歩いているわけがない。なんの目的で巡回しているのか、二人から少しでもいいから探るつもりだったが、大した情報は持っていなさそうだ。
「そう。ご苦労様」
「オッペンハイム公爵令嬢は、どこかお出かけですか?」
逆に質問されてしまった。
「……朝の散歩だよ」
「そうでしたか。行ってらっしゃい!」
手を振って見送られた。少し歩いて背後を窺うと、手を振り続けていた。
「……不自然でしたね」
「うん。ちょっと怪しかったね」
気を取り直してあちらこちらを散策することにした。巡回している兵士の数は、ざっと数えて十人前後。警戒しながらも、家の前で体を動かしている老人や、家畜の世話をしている夫人、畑に向かう農夫を見かけた。
「どうします? 教会の様子を見に行きますか?」
「魔力探知に長けた兄さんがいるから、平気だとは思うけど……念のために見に行こうか」
「そうですね」
遠くからこっそり窺うつもりだったのに、村の入り口近くにある教会の敷地を覗き込むと、ずらりと兵士が並んでいた。その中心にいた人物は──。
「お……王妃!?」
「……聖女様もいるのでは……」
王妃と聖女セラフィナは、少し離れて立っている王太子になにか呼びかけている。この位置では聞き取れない。
「どうしますか? お嬢様」
聖女セラフィナと共に、王都に戻るように説得しにきたのか、それとも……。
村の中を複数の兵士が巡回していたのは、王妃の安全を確保するためだったのだと察した。王都から離れた農村地帯だろうとも、なにかあってからでは遅い。
ここで私が出て行っても、王太子の足手まといにならないとも限らない。どうするべきか頭を悩ませていたところ、一人の兵士がどこからともなく現れ、なにかを胸に抱えている姿が見えた。先ほど挨拶をしたうちの一人だ。なんだか嫌な予感がする。
「王妃様、こちらを発見いたしました!」
「ご苦労様♪ あとで褒美を与えるわね♡」
「ありがとうございます!」
王妃は、黒い箱を受け取ると躊躇うことなく開けた。そして箱の中身を、目の前にいる王太子に見せつけた。
「ど……どうしてそれを!?」
中身を目にした王太子は、慌てた様子で一歩後退した。
ここからでは箱の中身は見えない。でも、紫色の強い光が怪しく輝きを放っていた。
そう、王妃の手元にあるのは──魔女ドラヴェナが作った魅了魔石!
2026/4/30 46話の冒頭を執筆中で、推敲は35話まで終わっております。
本文は136700文字書いていますよ。あと少し!!
50話まで到達できたら、1日に2話更新できたらな、と思ってます。
5月中に50話まで書けるように頑張ります。
推敲は一度しただけなので、タイトルやらなんやら後から色々と直す場合もございます。
よろしくお願いします。




