三十三話「魅了魔石が戻って来てしまった件について」
久しぶりに直視した。まさか、またこの魅了魔石を拝む日が、今生で訪れるとは想像していなかった。こんなこと、今まであっただろうか。思い出せない。
「ど、どうしてこれを……?」
「……やっぱり、知っているんだな。キミの持ち物であっているのか?」
「え……ええ。たぶん、そう……です」
首を振って否定しても、すべてお見通しな気がした。どうして魅了魔石を持っていて、それが私のものだと把握しているのか。彼の前で身に着けたことは一度もない。ずっと自室のベッドの下に隠していた。存在を知らないはずなのに、こんな形で手元に戻るなんて──。
「なぜ……、なぜ知っているんですか?」
「……二か月前。隣町で、墓を掘り起こしていただろう?」
「ッ……!?」
誰もいないことを確かめたし、周囲に人影はなかった。ただ、帰り際に、王太子の側近らしき人影は目にした。でも、他人の空似だと思って深くは考えなかった。
「キミが掘り返していたのは、男爵令嬢リーリエの墓だろう?」
「……忘れました」
「忘れたことにしたいのならそれでもいい。墓石を確認すると、享年は十九歳になっていた。わざわざ隣町まで赴き、掘り起こしたのも不可解だったが、公爵令嬢であるキミが、なんの繋がりもない赤の他人の墓を不躾にも荒らすとは到底思えなかった。そこに埋められていたなにかを掘り出したんだろう? だから、今度は生家を訪ねた」
時折、貴族の墓を狙って掘り返す不届き者はいるが、決まって狙われるのは爵位を持っていた公爵や伯爵で、棺に入れられた宝飾品が目的だ。リーリエは、教会の共同墓地の一角でひっそりと眠っているので、狙われる心配はない。
男爵令嬢リーリエの生家には、現在も人が住んでおり、四十代になった妹が肖像画を見せてくれたという。その絵の婦人の胸元には、紫色の宝石──つまり、魅了魔石が描かれていたと打ち明けられた。
男爵令嬢をしていた頃は、年に数度、邸宅に腕のいい画家や、駆け出しの画家を招き、家族の肖像画を描いてもらっていた。リーリエ単体でも何枚か描いてもらっており、その際、首もとが寂しいからと、妹が探して持ってきてしまった宝石が、あの魅了魔石だった。だから一緒に描かれている。
「キミが持っている姿は、一度も目にしたことがない。それなのに、どういうわけか引っかかるんだ。墓は他にもあるのに、キミがリーリエ嬢を選んだのはどうしてなのか興味が沸いた」
「…………」
「妹が言っていたよ。姉のように、二十歳の誕生日を目前にして、不自然にも亡くなった人物を一人知っている、と。その人は、隣町に住む公爵家で働いていたメイドで、エマリエという名だったそうだ。その人も、紫色の宝石を所持していたらしい」
王太子の口から、前世であるエマリエの名前が飛び出すとは思わなかった。
公爵家にて、メイドをしていたエマリエが他界したのはおよそ十七年前。九回目の人生ゆえに記憶にも新しい。だが、公爵家のメイドをしていたことは覚えていても、その前の男爵家とは接点がなかったはずだ。
「……隣町に住んでいたのに、知り合いだったんですか?」
「気分転換を兼ねて遠出をしている時に、紫に輝く宝石を落とした婦人を見かけた。拾って本人に返したところ、慌てて立ち去ってしまったらしい。その宝石が、姉であるリーリエ嬢が所持していたものと似ている気がしたので後を追うと、商人といたので商人から情報を得た。ある日、思い立って調べてみると、エマリエは息を引き取り、埋葬された後だった。これが真相だ」
前世の妹と遭遇した覚えはない。でも、魅了魔石を落として、拾われたことは薄っすら記憶にある。あれは十七歳で魅了魔石を手放しに行く途中だった。魔力を吸われてしまうので、拾ってくれた人には申し訳なかったが、すぐに立ち去るしかなかった。
「公爵家メイドのエマリエに、男爵令嬢のリーリエ。それから宿屋に生まれたリナリー。修道女のアリー。伯爵令嬢のナタリア……と、エマリエやリーリエと同じように、二十歳目前の誕生日に命を落としていた婦人の名だ」
「し、調べたんですか!?」
「ああ。なかなか骨が折れたけど、エマリエとリーリエは隣町だったし、もしかすると隣接している地域に住んでいたかもと狙いを定めたところ、当たっていたから最後までたどり着けたよ」
「そ……それで?」
最後まで、と耳にして私の心臓がどくんどくんと高鳴った。落ち着かない。最後、とは一体誰のことだろう。今は思い出せないあの名前であることは間違いない。九回目のエマリエ、八回目のリーリエ、七回目のリナリー、六回目のアリー、五回目のナタリアと見事正解しているのだから、辿り着いてしまっているだろう。
「この宝石の本当の所有者は、森林の奥地に住んでいた《リヴェリア》だろう? そして、魔女の名前は《ドラヴェナ》だ。魔女の呪いにかかっているんだろう? そして、それは今も──」
「…………」
魔女ドラヴェナ──そうだ。私は魔女ドラヴェナの呪いにより苦しめられている。リヴェリアという名前については思い出せないが、魅了宝石に刻まれている。
「……どうして、今も呪われていると?」
「……聖女セラフィナだよ」
「え……?」
どうして、ここで聖女セラフィナの名が上がったんだろう。聖女の姿をひと目見ようと、好奇心から探したことはあっても、一度も成功することはなかった。せいぜい、同じ空間に一瞬いただけだ。視線が合うどころか、認識されていないはずだ。
司祭よりも強い《光》属性を持つ聖女は、病魔に蝕まれて瀕死に陥った患者を浄化したり、邪気に満ちた土地を清めたり、何日も寝込み悪夢に魘される子どもを助けたりと、とにかく多忙を極めていた。だから、私を気にかけることはないと踏まえていた。理由が謎に包まれている。
「エリスティアが、厄介な呪いにかかっていることを教えてくれた」
聖女セラフィナは、光の加護を受けているので、人々が発する魔力や呪いの類いを探知できるという。治癒の帰りに、王都全体を視ながら散策していたところ、市場にいる私の体を覆うように、黒い靄が出ているのを目にしたという。たまたま近くにいた王太子の側近に尋ねると、エリスティア・オッペンハイムと答えたので、それで名を知ったと打ち明けられた。
「いくら聖女でも、最初は信じなかったさ。でも、決まって十九歳で死ぬ奇病なんて聞いたことがないし、宝石を売りに来たのはあの二人だというし、キミが婚約破棄をして颯爽と王都からいなくなったことで、急に信憑性が増してしまった。もしも自分の命に期限があるとしたら、見込みのない相手を待つ時間が勿体ないって、考えそうだなって」
指摘された通りだったので頷いた。
「それに、急がないと取り返しのつかないことになるとも言っていた」
そこで、聖女セラフィナに呪いを祓ってもらおうと頼んだところ、それは無理だと首を振られたという。私が目撃したのは、再度、お願いしている場面だと今更ながら判明した。だから、この村で再会した際に『誤解』だと説明したんだろう。
「魔女のかけた呪いが強力すぎて、聖女の力ですら祓うことは不可能らしい。光属性といっても万能ではないことを思い知ったよ。キミの行方がわからなくなって、それとなく居場所を探ってもらおうとしたのに、キミが最大出力で魔法を使わない限りは探知できない、とも言っていた」
「……そうだったんですね」
「どうすれば解けるのか、覚えていないか?」
「……それが、どうしても思い出せないんです……」
「…………そうか」
ドラヴェナの名前さえ、先ほど王太子から耳にしてようやく思い出したくらいだ。つい最近まで記憶していたはずなのに、どうすれば呪いが解けるのか、どういう会話を繰り広げたのか、すっかり抜け落ちてしまった。
「僕も、解決策がないか考えるから、諦めずに探してみよう」
「……そうですね」
長年、魔女と一対一で挑み続けていた。そんな私のもとに、転生十回目にして、初めて事情を知る味方が現れた。今までとは違う展開に、今生は少しだけ期待したくなった。




