二十八話「疲労」
一人で生活するようになって早くも三日が過ぎようとしていた。エリーゼ、ルシフェルと今後どうしていきたいか、答えはまだ出ていない。
現在の年齢は十歳でも、過去の経験があるので滞りなく日常を送れている。昼前には起きるし、面倒だろうとも、食事や炊事の時間はきちんと取っている。
けれど、美味しい料理が完成した時、味つけに失敗してしまった時、早起きに成功した時など、ふとした瞬間にエリーゼやルシフェルの名前を出してしまうので、もう切っても切り離せない存在だということはわかっていた。
私が、世話係抜きで暮らしていることを初日に知った裏手の奥方は、忙しい中なにかと気を遣って様子を見に来てくれたり、料理を差し入れてくれたりするようになった。きっと、エリーゼが手を回したに違いない。
自分が独りでいることで、多方面に気を遣わせてしまっている自覚はある。従者である二人は、十歳という年齢のわりに、達観していることには気づいていそうだ。けれど、さすがに十回目の人生を歩んでいるとは夢にも思わないだろう。
そろそろ、王太子とも顔を合わせなければならない。これ以上、日数を空けるのは得策ではない。聞きたいことを忘れてしまっては本末転倒だ。
王太子の情報は、それなりに入ってくる。夜になると、夕食を持参したオーガストらが訪問するからだ。側近を伴っていたり単独だったり、日に何度も王都と村を転移魔法で行ったり来たりしているという。初めて現れたのは、休日前だった。今日から学校だ。
適当に朝食を済ませたので、日課になりつつある散歩に出かけようと家を出た私のもとへ、どこからともなく人影が近づいてきた。
「お……お嬢様!」
「……ん?」
視線を向けると、そこにいたのはエリーゼだった。
「お嬢様、大変なんです!」
このパターンは、村に滞在してから三度目だ。しかし、今までよりも緊迫した様子なので、すぐに事情を聞くために駆け寄った。
三日ぶりに対面したエリーゼは、額に汗を浮かべ、ほっそりとした顔をしていた。心なしか窶れている。一本に結んでいる髪も、乱れてところどころ弛んでいた。たとえ寝起きだろうとも、きちんとした身なりを心がけている彼女だけに珍しい。
「なにがあったの?」
「あ、あ、アルディオン様が……アルディオン様が、急に倒れたんです……」
王太子が……倒れた……?
最後に会ったのは三日前だ。変わった様子は見られなかった。日々鍛錬に励み、体を鍛えているためあまり体調を崩さないことは知っている。そんな王太子が倒れたと耳にして驚いた。
「すぐに案内して!!」
「は、はい!」
次期王位継承権を持つ、王太子の身になにか起これば、この村にいる全員の命にもかかわってくる。問答無用に首が飛ぶ。私だけならいいけれど、この村を選んだばかりに、無辜な民を巻き添えにしてしまう事態だけは、なんとしてでも回避しなければならない。
エリーゼに案内された先は、三日前に別れた教会だ。その隣に、オーガストらが建てた立派な石造りの住まいがあるので、そちらに足を踏み入れた。王太子は、私のベッドに寝かされていた。
「ここで倒れていたのをルシフェルが発見して、すぐに屋内へ運んだんですけど、目覚めないんです……」
「使いは出したの?」
「それが、気を失われる前にアルディオン様が、面倒なことになるから、絶対に知らせるな、と……」
確かに、安易に王室に知らせてしまえば、王太子の命を狙われたのだと王妃主体のもと、真っ先に濡れ衣を着せられてもおかしくはない。オッペンハイム家に対して、あまりよい感情を持っておらず、彼が言うように私が婚約者のままだというのならば、こちらの落ち度にして正式な婚約破棄に持ち込みたいはずだ。自分の姪である、聖女セラフィナを是が非でも王太子妃にしたい王妃なら食いつくだろう。
「その直前の様子は?」
「転移魔法を使おうとしたんだと思います」
「魔力が枯渇したのかも」
青白い顔をした王太子は、目を閉じたまま浅く呼吸を繰り返していた。苦しそうだ。
「……王太子?」
「…………」
声をかけても反応がない。仮病じゃないことはすぐにわかった。なぜならば、私が呼びかけたのに、体を起こそうとしないからだ。
以前、季節性の病で体調を崩した際に、お見舞いしたことがあったが、こちらに気がつくなり寝台から下りて、あろうことか剣を手に素振りしたことがあった。それを目にした側近が慌てて駆け寄り止めても、しばらく振り続けた。本当は寝込むほど具合が悪いのに、やせ我慢したらしい。
本人ではないので、その意図を正確に計り知ることは難しいけれど、今回も、起きていればきっとそんな反応をしたはずだ。
「お嬢様……一体、どうすれば……」
オーガストらオッペンハイム三兄弟は、王太子よりも一足先に転移魔法を使ったという。王立魔導騎士学校にいるならば、呼び戻すことは簡単ではない。基本的に、緊急性のある用事以外は、学生と容易に連絡を取れないようになっている。
「心配しなくても、私の魔力をある程度、注げば起きるよ」
「で、ですが、それだとお嬢様が……」
「意識を取り戻したらやめるから平気だよ。それより、なにか食べるものがあれば、持って来てくれる?」
「すぐに持ってきます!」
幸いにも、ここ数日は食べるか寝るか散歩するかのどれかだったので、魔力はほぼ満杯に等しい。体力があまり余っているオッペンハイム三兄弟とは異なり、私は無尽蔵ではないが、動けるようになる程度までなら、回復させることは可能だろう。そのあと、王都にいる誰かを招集すればいい。
「……無理しないでくださいね」
「うん」
寝ている王太子に手を翳し、村に水を降らせた時のように少しずつ魔力を注入する。一気に送ってしまうと私は極度に疲労するし、注がれた側も驚かせることになるので根気が必要だ。この村で手を貸したおかげで調節には慣れている。
ぴくりと一瞬、肩が動いたような気がしたが、起きることはなかったのでしばらく続けた。




