十九話「水不足解消」
差し込む朝日と、小鳥の囀りで普段よりも二時間早く目が覚めてしまった早朝。もう一度寝ようにも眠気が迷子になってしまったので、適当に着替えて散歩することにした。運動は大事だ。たまになら、こんな日があってもいい。
……あれ? なんか変だな?
外に出るとすぐさま、昨日までとは様子が変わっていることに気がついた。空を見上げると、雨雲がぽつりぽつりと等間隔に広がっていた。村に流れ着いてから三週間。ここまで雲で覆われて朝を迎えるのは初めてだ。
巨大な水の塊を用意し、村全体に降らせることに成功したのは昨日。その試みが呼び水となったのか、それとも風の精霊と契約しているオーガストが見かねて動いたのか。二十日以上まったく降らなかったというのに、上空には雨雲がゆっくりと移動していた。
「昨日に引き続き今日も降ったら、もう収穫までは心配いらないぞ!」
「そうね! ああ、よかったわ!」
「これも王都からの使者のおかげだな!」
そんな会話を繰り広げながら、空を見上げている村民の顔は笑みで溢れていた。
歩いていた私と視線が合うなり「ありがとう」とお礼を言われたので、まぁいいかと代わりに頷いておいた。
もしもオーガストの仕業なら、早めに確認したい。足早に教会へと向かうと、礼拝堂の隣にある石造りの立派な建物に足を踏み入れた。
「兄さん、おはよう」
「その声は……エリスティア……!? 珍しくこんな朝早くに尋ねてきてどうした。朝食、まだなら用意してやろうか?」
午前七時だとまだ寝ている時間帯なので、制服姿でカップを手にしていたオーガストに心配された。学校に行く前に顔を出したかっただけだ。これを逃すと夕方になる。
「それより、上空にある雲は兄さんの仕業?」
「ああ、そうだ」
「どうして急に力を貸す気になったの?」
「……急ではない。様子見していただけだ。お前が村人から感謝されて嬉しそうにしていたから、横やりを入れないようにしていた。だが、体力を減らしてまで水を撒こうとしたから手を貸した。それだけだ」
オーガストいわく、私が村人に感謝されている姿を目にして、邪魔をするのもな、と見守ってくれていたらしい。けれど、無謀なことに挑戦中だと知るや否や、間違いが起こる前に本格的に動くことにしたと打ち明けられた。
「兄としては、事前に相談してほしいところだが……まあ、お前が楽しそうならそれでいい」
「……ありがとう」
「……エリスティア……!」
どうやら、私が相談すべき相手は司祭ではなかったらしい。魅了魔石はないというのに、ここまで尊重してくれる理由は謎だが、今回ばかりは助かったので素直に礼を告げた。頭を下げた私を目にした瞬間、オーガストは目を見開いて驚いたので心外だったけれど、今回ばかりは知らないふりをした。
朝食をしっかり取り、転移魔法で王立魔導騎士学校に向かう三兄弟を見送ると、とりあえず水不足の件は解決できたので村人に伝えた。大いに感謝された。
もうすぐ雨が降るだろう。この村での私の役割は終わった。いつ、次の場所へと向けて出発するべきか。エリーゼとルシフェルに相談したところ、村長の息子と約束したことがあるのでは──と指摘されてハッとした。
すっかり忘れてた!
村長に認められたあと、一か月後に祝言を挙げる予定だから、仲人として必ず参加してほしいと二人から頼まれていた。アルベルトの恋人、エイミーの母親からも深々と頭を下げられ、娘が幸せになるのはあなたのおかげだから、その日を見届けてほしい──と涙ながらに告げられていた。反故にするつもりはないので、それが終わるまでは滞在することを決めた。
***
数日後。有り難いことに、水魔法に頼ることなく自然と雨が降るようになったおかげで、手持ち無沙汰になってしまった。散歩するか、子どもたちと遊ぶかの二択だ。
「すっかり暇になっちゃったなァ……」
「いいじゃないですか。これはこれで」
「まあ、そうだけどね」
大きな桶に水を張り、服を洗っているエリーゼに突っ込まれる。手を伸ばして手伝おうとしても、不器用だからやめてください、と注意されるので眺めているだけだ。
「このままだと、週に一度、ジンジャーブレッドを作るだけの人になっちゃうよ」
「素晴らしいじゃないですか。いっそのこと、職人を目指したらどうです?」
「ジンジャーブレッドの?」
「ええ、そうです」
ジンジャーブレッドを専門にしている職人はいない。作る人がいるとすればパン屋だ。材料は比較的手に入りやすいものだし、オーブンがあれば誰でも焼けるほど簡単だ。
「うーん。それはどうかな。別に珍しいものでもないし、わざわざお金を出してまで買うもの好きなんて──」
「いますよッッッッ!!」
疑問に思ったので零したところ、エリーゼは食い気味に叫んだ。バン、と机を叩いたので驚いた。
「ど、どこにいるの?」
「内緒です!」
「ええ……内緒なんだ……」
「欲しがる人はいるってことだけは覚えておいてください」
「……よくわからないけど、わかった」
どうして力説されたのか。この時はまだ知らなかった。




