バルティ⑤2
「今夜は新月。今夜君に会いに行くことは前から計画していた。まさかあんな大立ち回りがあるとは思ってみなかったけれど。」
ジョスランがくすくす笑う。
「来てくれなかったら危なかったわ。あの男は亡き王弟の護衛を務めるほどの腕だし、私はナイフしか持ってなかったから。」
「結果、こうやって連れ去ってしまうことになった。ラウリーヌはそれでいいか?」
「……。」
その時ドアがノックされ、懐かしい顔が入ってきた。
「ジーナ!」
「お嬢さま! ご無事で!」
ジョスランが暖かく微笑む中、二人は抱き合って泣いた。
「ジーナ、ラウリーヌの湯浴みと着替えを。後でまた来るよ。」
ジョスランはそう言ってラウリーヌの頬にキスをして部屋から出て行った。その後ろ姿にほんの少し寂しくなったものの、ジーナに助けてもらいながら着替えをすることにした。
「ジーナ、元気だった?」
「はい。でもずっと探していたんですよ。同じように探していたクリフさまと会ってジョスランさまのもとへ連れて行っていただきました。」
「……そう、ごめんなさいね。」
(私も街でみんなを探していたらクリフと会えていたかもしれない。そうしたらジョスランとももっと早く会えたかもしれない。)
考えても仕方のないことだと、髪を洗うジーナの手つきに懐かしさを感じながら目を閉じた。
湯浴みの後、ゆったりとした着心地のいいドレスを着て食事の席へと向かう。昨夜この屋敷に来てから随分と眠っていたらしい。今はもう昼だ。
「ここはバルティのはずれにあるジョスランさまの屋敷です。ジョスランさまは今ヴィドルバン帝国で子爵位を賜っています。」
「え?」
「全てお嬢さまを迎えに来るために成したことなんですよ。」
ジーナが嬉しそうな笑顔を浮かべて話す。
ジョスランはこの一年、どんな苦労をしてきたんだろうと思うと、胸が苦しくなる。その間ラウリーヌは『夜の城』の奥深く危険に晒されることもなく生きてきた。
*
「どうした? 顔色が悪いが。」
ジョスランの手がラウリーヌの頭から頬へと優しく撫でる。全ての不安も悲しみも取り去る手と深い青色の瞳。そしてシダーウッドの香り。胸が熱くなる。
「……大丈夫。」
「そうか。食事の間は二人だけにしてもらえるように言ってある。ゆっくり話そう。」
大きな窓の外に見える、林を思わせる植栽の間から柔らかい光が差し込む。
二人だけにしてもらうためにテーブルの上には既に色々な料理が並べられている。
ジョスランはナイフとフォークを持ち食事をしている。ラウリーヌは思わずその姿をじっと見てしまった。
ジョスランとラウリーヌはあの時から今までのことをお互いに語り合った。
時に涙を浮かべ眉を寄せ、時を埋めるように理解しあった。
「すごい、冒険をしたのね。」
「冒険、そうだね。思いもしなかった経験ができたよ。ラウリーヌも頑張ったね。」
「私は……。私はなにもできなかったわ。」
「そんなことはない。ベルジュラックの宝を取り戻し、国王派の弱体化を担ってくれた。」
ラウリーヌは首を振った。ラウリーヌにあったのはただ復讐心だけだったし、リオンや『夜の城』の住人たちが行動するのを待っていただけだ。
「それに、ラウリーヌ。私は君がいたから今ここに生きている。」
ラウリーヌは視線を上げてジョスランを見た。
「君が生きているから、私もまた生きている。」
ラウリーヌは息を呑み、唇を震わせた。
「私は……目的が達成されたら死ぬつもりでいたの。あなたの側に行くつもりだった。」
ジョスランは悲しげに目を伏せた。
「私が死んだものと思っている君の目の前に現れるのは怖かった。」
ラウリーヌはわずかに目を見開いた。
ジョスランが「怖い」と思うことがあるとは考えもしなかった。
「君に恐れられ拒絶されるのが怖かった。君がもし、新しい幸せを見つけているならば私はこの国に再び戻ることはなかっただろう。」
ラウリーヌはそろそろと手をジョスランに伸ばした。そして微笑んだ。
「幽霊でもなんでも、ジョスランを拒絶することはないわ。たとえあなたが悪魔になったとしても、私はあなたについていくわ。それに、たった一年で次の幸せを掴むなんてできるわけないじゃない。」
ジョスランは伸ばされたラウリーヌの手を包むように握り、安堵したように息を吐いた。
「そう、そうだな。」




