スコルピウスの館②
深夜『スコルピウスの館』のプレイルームの隣の部屋で、リオンはその日の売り上げと新たに入った情報を聞き、その後一人精査していた。
少し目を閉じ、ほんの少し緩やかな睡魔を感じたところで小さな気配とふわりと香るシダーウッドを感じ目を開けると、目の前に一人の男が立っていた。頭の先から足の先まで黒ずくめの男が、大きく開いた窓の前に優美な立ち姿で見下ろしている。
「こんばんは。」
リオンは息が止まるかと思うほどの衝撃で目を見張った。
本能で目の前の男が何者なのか察知する。
遠い記憶にあるのは動かない体を椅子に預けた生気のない顔の少年。
それが今大人になった姿で腕を組み、杖もなく二本の足でしっかりと立って深く青い瞳で見ている。
「生きて……いたのか。」
リオンが呻くような声を出すとジョスランは微笑みながら肩をすくめた。
「死んだのは替え玉だ。」
あの広場の奥、遠くて顔ははっきりと見えなかった。リオンはぎりりと奥歯を噛んだ。
努めて冷静を装い、強い目でジョスランを見上げた。
「どこから入った? 警備は……。」
「みなさん、気持ちよく眠っているよ。別にこの場所を荒らそうと思った訳ではないからね。……少し意思確認を、ね?」
「意思確認……?」
ジョスランはふいと窓の向こうに目をやった。
「この屋敷の対にある居住棟にラウリーヌがいるね?」
リオンはガタッと音を立てて立ち上がり、机にバンと手をついてジョスランに対峙した。
「先日、広場で見かけたよ。」
「お前……!」
「ふ……。」
ジョスランはため息のような笑みをこぼした。
「ラウリーヌが幸せならばと思ったのだが、随分ともたもたしていることだ。」
リオンはぐっと言葉を呑んだ。
ジョスランは死んだ。広場の奥で首に縄をかけられて。だからラウリーヌの気持ちが落ち着くだろうと一年待った。
喪が開けた後、ラウリーヌの望みである復讐のためジスラール王国を手に入れ、笑顔を取り戻しその心を溶かそうと思っていた。急がずゆっくりと。
だが……ジョスランの遺体を確認はしなかった。
「こちらの準備は整ったが、そちらはどうだ?」
「なに?」
「安心してくれ、いきなりラウリーヌの前に姿を現そうとは思っていない。手を貸してもよいと思ってね。ローランド国王を廃するのは私の望みでもあるから協力しようではないか。」
「誰がお前の手を借りるかっ!」
ジョスランは心の内を読ませない表情でリオンを見下ろした。
「それは残念だ。」
リオンが咄嗟に背後の壁にかけられた剣に手を伸ばした隙にジョスランはベランダから飛び降り、夜の闇にその姿を消した。
「くそっ。」
(あれがラウリーヌの愛する男か。)
冷たくも美しく、年齢だけではなく格までも違うと思い知らされる威圧感。
リオンはどさりと椅子に座り、前髪をぐしゃりと握った。
ラウリーヌに知られてはならない。あの男が生きていると、知られてはならない。
*
「ジョスランさま、いかがでしたか?」
「交渉決裂だ。」
「また説得されますか?」
「即断できないような男に用はない。」
『スコルピウスの館』は、ベルジュラックの館を改修されており、真夜中の壮麗な館の周囲は暗闇に覆われている。喧騒が静まった深夜の今は人の姿もない。
ジョスランたちは勝手知ったる敷地内の隠し通路を使い敷地の外に出た。
ジョスランはかつての我が家を振り返った。
(遠慮なく自由に行動させてもらおう。交渉決裂とはそういうことだ。イーヴ・リオネル。)
*
ジョスランは聖人君子ではない。
毒に冒され寝たきりになった時は世を恨み憎んでいた。
ローランドによって捕縛された折、貿易の仕事で「碌なことはしていないだろう」と噂されていたが、当たり前だ。正攻法だけで事業が拡大するわけではない。相手によっては冷酷とも言える手を下してきた。恨みも買い命を狙われることもあったし淡々と処理もした。
リオンが行方不明になった時でさえも、その安否よりも「ラウリーヌを手に入れることができるかもしれない」としか感じなかった。
*
ジョスランは小さく笑って『スコルピウスの館』を後にした。




